イラン、イラク、シリア
この3国は、緯度でいうと日本の名古屋から大阪に当たるような位置に首都を置き、昔から架け橋のように東西に連なっている。また、人類の文明発祥の地でありるにもかかわらず、砂漠の多さもあって西欧文明からは僻地扱いされてきた。
その反面、その戦略的位置と石油資源をめぐって、植民地化競争の激しかった地域である。3国のうち、最近のニュースで大きな比重を占めるのが、シリアのアサド政権による反対派民衆への武力弾圧である。
イスラム圏で民衆蜂起が始まったののは、昨年12月中旬、地中海でイタリアの対岸にあるチュニジアで、その成功を見て、エジプトや、アラビア半島の南端イエメンに飛び火、エジプトでは2月11日にムバラク首相が辞任を表明、世界に衝撃を与えた。
2月中旬には、ペルシア湾岸でサウジアラビアののど元に位置する、小国バーレーン。また、チュニジアとエジプトに挟まれたリビアで、カダフィー大佐の退陣を迫る民衆との間で内戦状態に――。ここまでが日本の震災前で、シリアはその直後から規模が拡大した。
震災報道に隠れてくわしい報道はないが、以前からシリアは日本にあまりなじみのない国であった。中東やアフリカの旧植民地は、第2次大戦後それぞれ独立を果たした。大まかな言い方をすると、それぞれの国境は、おおむね旧植民地の境界が踏襲された。
そして、その後すぐ始まった冷戦は、それらの国々が親米であるか親ソであるかに色分けされた。これも荒っぽくいうと、サウジアラビアなど王族支配の国は親米、イスラム教国でもいろいろな宗派や民族をかかえる国は、国内の統一を優先し、世俗主義の大統領制や共和制を採用した。
そういった国は、おおむね親ソで社会主義的ではあるが、宗教を認めない共産国ではない。ただここにきて、長期独裁政権、官僚腐敗などの不合理が一挙に表面化したものだろう。エジプトは軍部に対する不満が民衆の中に残っているものの、ムバラク首相を裁判にかけるという収拾段階に入っている。
その中でリビアとシリアは、依然として激闘が繰り返され、一回の戦闘で何十人かが殺され、すでに1000人を超える犠牲者を生んでいる。これらがイラクの場合と違って、アメリカが介入をひかえ、リビア介入のNATOも及び腰であることである。
その理由は、イラク戦争から得た教訓が次のようなものであったということであろう。(毎日新聞11/7/12)
【テヘラン鵜塚健】イランのサレヒ外相は11日、バネッタ米国務長官がイラク過激派への武器供与に関連してイランを非難した問題で、「米国が善悪を正しく判断できる国だとは考えていない」と皮肉を込めて反発した。イランはイラク情勢について「混乱は国益に反する」として安定を望んでいると見られ、過剰とも映る米側の「イラン脅威論」の裏には、本年末に予定されている米軍のイラク撤退を前にした強い焦りがうかがえる。
イランの武器支援援助疑惑に関しては、米統合参謀本部のマレン議長も今月7日に言及した。これに対し、イランのダナイファル駐イラク大使は「米国は『イラン恐怖症』をあおる口実を作っている」と批判した。
こうした発言が続く背景には、イラン・イラク両国の関係緊密化がある。6月末、イラク政府は、イラク中部にある反イラン武装組織の拠点「キャンプ・アシュラフ」を閉鎖すると発表した。この組織を米国が間接支援していることは公然の秘密で、イラクのイランに対する配慮を見せつけた格好となった。
イラン学生通信によると、80年代に戦火を交えたイランとイラク間の今年の貿易総額(見通し)は100億ドルで、2年前の7割増。イランからの電力供給や両国間のビザ相互免除も検討され、イランの影響力拡大が進む。
イラクでの治安改善の動きが鈍い中で、米国は駐留米軍撤退をにらんで敵国イランの動きをけん制する狙いもあるとみられる。
冒頭のにある、イランのイラク過激派への武器供与に関連した米国務長官発言に対し、イラン外相が「米国が善悪を正しく判断できる国だとは考えていない」と皮肉ったということは、イラン・イラク戦争(1980年9月22日~1988年8月20日)を想起してのことだろう。
日本では「イライラ戦争」などと呼ばれたが、ホメイニ革命、米大使館占拠事件などでイランに対敵したアメリカは、イラクのフセイン政権と友好関係を結び積極的に支援した。また一方でイランにもひそかに武器援助するなど、もともとの国境紛争をシーア派のホメイニとスンニ派のフセインの対立というイスラム同士の戦いという性格も持たせた。
その同志だったフセインを湾岸戦争以来敵に回し、遂にはフセインを逮捕、イラク後継政権に死刑を執行させることになる。なお、イラクはシーア派の方が人口が多く、それに次ぐスンニ派のフセインが権力を握り、一方の勢力クルド族を含め独裁的地位を保って国家統一を図っていた。
アメリカは、戦争目的をフセイン亡き後、自由と民主主義の普及に変えたが、自由選挙の結果、人口の多いシーア派が首班となり、国教としているイランとの相互理解が深まった。これもアメリカとしては皮肉な結果としか言いようがない。
この点、バアース党を標榜するシリアのアサド政権(現在は2代目)は、かつてのイラクのフセイン政権と似ている。ただし宗教はスンニ派が70%以上と圧倒的で、アサドは少数派の出身である。しかし、パレスチナ問題等で反米姿勢は終始変わらず、イランと宗派は異にするが友好的である。
パレスチナ、イスラエル、エジプト
アメリカは今回のシリア暴動を弾圧するアサド政権を非難するが、介入は巧妙に避けている。仮に政権が崩壊して無政府状態の中からイスラム過激派がイスラエルなどに乱入するような事態も警戒しているらしい。同じ懸念はエジプト動乱の時もあった。
パレスチナでは、対立していた穏健派のファタ派と、ガザ地区をにぎる主戦派の統一機運がでてきて、分裂していた方がやりやすく、いイスラエルにとっては脅威だ。また、同国には珍しく、若者を中心とした大規模なデモが発生しているというニュースもある。
ガザ地区で国境を接するエジプトの新体制が和平に向けて定着すれば、中東情勢はこれまでにない情勢の変化が生まれるかも知れない。日本政府は、震災にかまけている(……それすら十分ではない)うちに、世界に取り残されないようにしなければならないのだ。
YOMIURI ONLIN より
【エルサレム=加藤賢治】パレスチナ自治政府のマルキ外相は13日、AFP通信に対し、9月20日にパレスチナの国連加盟を申請する方針だと明らかにした。
9月の国連総会にあわせ、アッバス自治政府議長が国連潘基文事務総長に申請書を提出するという。
国連加盟には安全保障理事会の承認・勧告が必要だが、オバマ米政権は「交渉による和平」を主張、申請しても拒否権を行使する方針をパレスチナ側に伝えている。アッバス議長は、イスラエルとの和平交渉の早期再開は当面望めないと判断し、米国の反対を押し切り、国連加盟申請を決断したとみられる。パレスチナ側は、加盟が失敗しても、国連総会でパレスチナ国家樹立を支持する決議案採択を目指すなど、国際世論の喚起を狙っている。
ただ、パレスチナ側は、国連加盟を求める姿勢を見せながら、国際社会がイスラエルに交渉再開への圧力を強めることも期待している。中東和平を推進する米国と欧州連合(EU)、ロシア、国連の4者は交渉再開に向けた協議を続けており、同議長も交渉再開の可能性を否定していない。(2011年8月13日23時26分 読売新聞)
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