« 敗戦前後の会社員 | トップページ | 横須賀で日米共同ストレス・テストを »

2011年7月10日 (日)

脱原発の定義が必要

 「脱原発」がこれほど口にされたことはかつてない。ところが使う人によって解釈はまちまち、たとえば、停止中の原発再開について菅首相は「脱原発」だが海江田経産大臣は「推進派」などと、政治を語るプロでさえ間違った使い方をする。

 右か左か、白でなければ黒、天使でなければ悪魔。そういった単純さが時代の風潮とは困ったものだ。どうしても分けたければ次の4つになる。

1.推進派=成長路線、地球温暖化防止、核燃料サイクル開発でエネルギー資源確保などから、安全確保の上原発推進、輸出開始。(いままでの原子力体制維持強化)

2.技術信奉派=これまでの原子力体制には反省が必要だが、それらの改善や技術の進歩で復活させる余地を残しておきたい。(ヒューマン・エラー軽視)

3.脱原発派=エネルギー節約、電源の効率的分散、原発から再生可能エネルギーへの置き換えなどの組合せで数十年先には原発ゼロにする。(下図参照、菅首相は手順を明示せず)

4.反原発派=反対運動などで早期に原発を全廃に追い込む。(エネルギー政策欠如)

 現在の論調は2.と3.が多い。2.の論者は、日本経済の悪化、緊急停電のダメージを説くものが多いが、3.の将来原発全廃を目標とするかどうかで2.と3.の中間というのはあり得ない。菅首相の欠点は、2.と3.両方の主張を取り込もうとしたことにある。

Dscf3472_2  図は、それぞれの政策を枠で囲んであるが、その枠が重なり合いながら進んでいくという部分の説明が全く不十分と言っていい。それができないのは、やはり電力会社を含む既存権益の温存をねらう官僚等の抵抗であり、菅おろしの中核をなすことが、次第に明らかになって来つつある。

 菅氏の失政は、これと妥協を図るため仲間を切り捨てたり、自らの政治目標を宙ぶらりんにしたまま、ことを進めようとしたからではないか。かねて観察してきた「秋口解散」が、菅首相後継者の後継者の手によるものであったにしろ、現実味をおびてきたような気がする。

 菅おろしに「唐突」という言葉がよく使われるが、震災が発生したことがそもそも唐突なのだ。非日常の中で、前例踏襲や根回し優先の官僚主義では対処できない。その意味からの「唐突」は、大いに歓迎する。

|

« 敗戦前後の会社員 | トップページ | 横須賀で日米共同ストレス・テストを »

石油・エネルギー」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

反原発は『エネルギー政策が欠如』ではなくて、
最もエネルギー政策を考えていたことは、絶対に起きないと言っていた過酷事故である、福島第一原発の爆発で証明されています。
原発事故を見た、福島県知事は原発の稼動など絶対に無いと言っていますよ。
事故後に政府は突然放射能の安全基準値を20倍に拡大してしまたのですが、以前のままなら福島県全域が日本から失われのと同じ。
終結していないので、まだまだ全容が不明だが、
本当に全てを損害保障したら今の国家予算を遥かに超えるはずですよ。
日本政府が半世紀前に作成した幻の報告書が有るのですが、
それによると今の福島原発よりも遥かに小さい15万キロワットの原発一基の事故でも国家予算の2倍の損害になるとの恐るべき試算が出ているのです。
出来る限り早く、如何にして損害を小さくして撤退出来るかを論議するべきではないでしょうか。

投稿: 宗純 | 2011年7月11日 (月) 11時34分

「脱原発」には、新規原発建設の中止・完全凍結という考えを最初に据えるべきです。 現在の原発は、耐久期間が40年なので、それより長くは稼動できません。(その後は廃炉処分となります。)

2015年頃までに新規原発建設の完全凍結を実現できれば、2050年には全ての原発を稼動中止にできます。 それまでに代替エネルギー技術を確立すればよいので、脱原発は十分可能です。

さらに、当然ながら、「脱原発」には核燃料サイクルの放棄が含まれなければなりません。 この点も極めて重要です。

投稿: もえおじ | 2011年7月11日 (月) 12時31分

宗純 さま
脱原発と反原発を混同していませんか?。反原発は、「原発をなくせ」と言っているだけで、運転中の原発をすべて止めた後30%近くの電力不足が起きるがそれに対するエネルギー政策をどうするか、聞いたことがありません。再生可能エネルギーによる補完計画も30年はかかるでしょう。ひたすら節約せよというのでしょうか。

100%安全な原発などないのは自明です。また運転を止めたから安全だというわけにもいきません。ここは、現存する設備をもっともリーズナブルな形で段階的に廃止に持っていくことを冷静に検討すべきです。

今は、国論統一が一番大切な時で、推進・反対も極論は遠ざけるべきだと思います。

投稿: ましま | 2011年7月11日 (月) 18時51分

もえおじ さま
ごもっとも、新規建設に触れなかったことは不十分でした。新規の場合は3通りありますね。新規立地と、既存原発の増設と廃炉の代替。新規立地は猛烈に金がかかるほか、受け入れ候補地は皆無になるでしょう。

しかし増設と代替は考えられますね。それを阻止するのは政府の方針か、地元の反対です。政府の方針つまり脱原発は早く決めた方がいい。それにより、新エネルギー切り替えのスピードが違ってきます。

いずれにしても今が正念場ですね。

投稿: ましま | 2011年7月11日 (月) 20時03分

誰でも自分を基準にして全ての物事を考えるのですが、
そのために、案外経験や良識が優れているインテリの人の方が『自分を基準にして』判断しているために、
逆に、大失敗してしまうことが有るのですが、今回の話はまさに其れです。
今の時点は、福島第一の事故の真っ最中です。
ですから、今の日本では全員が、御自分のように『原発は危険である』と思っていると判断しているのではありませんか。?
福島を見れば、『原発は危険である』との原則が誰にでも判るだろうとの判断は、
確かに正論では有るが、残念で困ったことですが事実とは違います。
未だに以前の通りの『原発は安全である』との原則(神話)を信じている人々が政府や財界やマスコミなどに大勢いるのですよ。
経団連の米倉会長ですが、ストレステスト実施を机を叩いて非難している。
米倉が、『原発は危険である』が色々な諸般の事情を熟慮した結果、苦渋の選択として再稼動させるべきでだとの結論に達したと考えているのでしょうか。?
其れは多分間違いで、
今でも『原発は安全だ』と思っているから、あんな恥ずかしいことが出来るのです。
今の四分類は間違い(些細な違い)で、一番肝心な分類で有る『原発は安全』と信じている人々と、
現実を見て『原発は危険である』と、全く正反対の方向の考えの人々がいるのです。
『原発は危険』だと判っても、『車は急に止まれない』の安全標語ではないが、巨大なシステムはなかなか止まらないのです。
ですから物事を正しく認識していても、仰られているように、その後の対応は色々有るのは事実ですが、技術信奉か反原発か脱原発など、その違いは実は根本的な問題ではありません。

投稿: 宗純 | 2011年7月12日 (火) 11時16分

黒は白になれません。グレーは黒ではありません。限りなく黒に近くなることも限りなく白に近くなることもあり得ます。

われわれは、グレーを黒に追いやる愚を犯してはなりません。日本をどのような国にするか、政治家でもジャーナリストでもないわれわれは、グレーを一歩でも半歩でも白に近づける努力を傾倒すべきと考えます。

投稿: ましま | 2011年7月12日 (火) 11時43分

黒に近いのか白に近いかを論じているのではなくて、
私の方は、そのもっと前の議論の段階の、前提条件の話なのです。
白が正しのか。黒が正しいのか。の判断ですね。
これが今の日本の社会の中では『終息していない。』と主張しているのですが、・・・
この前提条件の結論(白黒何れが正しいか)が出ないと、白黒論争自体まったく意味が無いし、これからの進路も全く判らない、と思いますよ。
具体的に言えば経団連の米倉会長は、最初福島第一原発事故の発生を見ても、全く以前の通りの『日本の技術は最高で原発は安全』との発言をしていたのです。
現在ですが、全く以前の原発安全神話の自分の態度や言葉を否定も反省も、
全く一言もしていません。
以前とまったく同じ態度です。
ですから今でも『日本の原発は安全で事故は起きない』と信じていると考えるべきでしょう。
私達とは全く別で、
ようは、目の前で起きている現実とは別の世界で生きているのですね。
喧嘩でも戦争でも同じですが、味方は一人でも多いほうが良いし、敵は出来る限り少ない方が損害は小さいのです。
米倉などの狂信者達ですが、今では風向きが変り、『原発は安全だ』と叫んだら世間からアホ扱いされる程度の判断力は十分有るのです。
だから、『原発は安全』だとの本心は黙っているのです。
現実離れした間違った本心を隠して色々発言しているのですが、彼等は今までは日本で絶対多数だったのですよ。
原発事故で、今は少数派だが、力関係は拮抗していて何れが勝つかは予断を許さない。。
『原発は絶対安全』と信じてい疑わない、このまっ黒連中だけを孤立させることが出来れば、成功の確率は高くないし、孤立させることに失敗すれば負けるでしょう。
灰色もグレーも『迷っている』だけであり『原発は安全でない』とは思っているのですから『白』でなくとも『白に近い』と判断して味方に付ける努力は大切です。
反だの脱だの技術信奉だとの些細な違いでのレッテル貼は間違いであり『原発は危ない』との考えで大同団結するべきでしょう。
それで無いと勝てませんよ。
経団連や通産省などの力の有る団体や組織は、今でも以前のままであり、
侮れない影響力もパワーも有るが、何ら今までの自分達の根本的な間違いには気が付いていないのです。

投稿: 宗純 | 2011年7月12日 (火) 14時22分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/40752914

この記事へのトラックバック一覧です: 脱原発の定義が必要:

» 解同(部落解放同盟)に対する根本的な誤解 [逝きし世の面影]
2011年07月07日 (経済) 『解同の土建屋大臣VS財界系シンクタンク野村総研・宮城県知事』 に対して、貴重なご意見を頂ましたが、何故か返事のコメント投稿が出来ない。しかし見逃すことが出来ない重大な根本的な誤解の代表例なので、これは別立ての記事として掲載し...... [続きを読む]

受信: 2011年7月10日 (日) 16時03分

» 解同(部落解放同盟)に対する初歩的な誤解QA [逝きし世の面影]
Q,「部落」というのは、「町、村」などと同じようなの地域を指す言葉で、決して、差別用語ではなかった。何々部落と地区名を言うし、少し昔は「部落リレー」という種目が運動会のプログラムにあるくらいでした。 A,そもそも『部落』の言葉には何の差別的な意味は無...... [続きを読む]

受信: 2011年7月11日 (月) 16時23分

» 福島第一原発事故の損害額はいくらか、幻の半世紀前の政府試算 [逝きし世の面影]
『経済的に成り立たない原子力による発電』 未だに完全に崩壊した安全神話に浅ましくもしがみつく電力会社やマスコミによる原発再稼動に向けた悪質な印象操作や世論誘導の『やらせ』が続けられているが、では原発とは過酷事故が起きた時にどれだけの損害を出すのだろう...... [続きを読む]

受信: 2011年7月12日 (火) 08時09分

» スッカラ菅総理の一人相撲。 [プールサイドの人魚姫]
 単なる思い付きの発言が次々と飛び出し、政界のみならず産業界までも混乱の渦に巻き込む菅総理の脱原発宣言であるが、「脱・菅」が先だろうと周囲の反応は冷やかである。  明確なビジョンと未来の展望すらまともに示せない人間が... [続きを読む]

受信: 2011年7月17日 (日) 15時25分

« 敗戦前後の会社員 | トップページ | 横須賀で日米共同ストレス・テストを »