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2011年7月18日 (月)

女子サッカーW杯優勝と涙

 自慢じゃないが塾頭はスポーツ観戦で応援するチームや人が勝とうが負けようが、涙したことなど、生まれてこの方一度もない。そもそも夜中の3時から始まる中継、それも下馬評では一度も勝ったことのない、身長・体力差では大人と子供ぐらいの差がある相手に蹴散らされそうなみじめな放送を、睡眠を犠牲にまでして見る気はなかった。

 それが、暑さのせいか例により早起きしてしまい、最初の追いつきゴール以後を見る破目になった。そして最後はPK戦にもつれ込み、勝利を決める一蹴が成功した時に、なんと、不覚にも涙がひとすじならぬひと粒。

 まさに、不覚。あれっ、なんだこれは。じわっとでもなく、こみ上げるでもなく、あふれるでもない。たったひと粒、それで終わり。あるいは加齢現象か?。

 「ああ、政治と違ってまだ世界に自慢できるものがあったんだ……」という感歎にしておこう。何たる塾頭の愛国心?!。

 

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コメント

女子サッカーワールドカップの優勝は、小職も決勝戦は、途中からになってしまいましたがテレビ観戦しました。
その前の準決勝の時には、最初からテレビ観戦したのですが、一つだけ残念だったのは、試合開始前のセレモニーである両国の国歌斉唱の際、君が代斉唱の後にスウェーデン国歌斉唱のときに、CMになってしまったことが非常に気になりました。
何故、勝手にCMなんか流したのでしょうか?
仮に海外のメディアから、君が代斉唱のときにCM流されたら、日本人としてどう思うのでしょうか?
それでも構わないというのであれば、それこそ何処のお国の方なのか分かりませんし、国際常識から見ればおかしいとしか言い様がありません。
何も、日本からとっとと出て行けとまでは申し上げませんが。

ちなみに、小中学校の入学式や卒業式での君が代斉唱自体は別にやってもやらなくても構わないものの、やらなければおかしいと言うこと自体は根本的に間違っており、やるとなれば起立するのは礼儀であるし、音楽教師であれば、命令されなくても自主的に喜んで引き受けて行けばそれで良いだけのことだと感じているだけに過ぎません。
これなら、個人的には反対しても、周りは誰一人として歌っている人なんかいなくても、ただ日の丸に注目し自分の演奏を聞いて貰えるだけでも遥かにやりがいを感じるのでは無いでしょうか。
どうせ子供達にとっては、大人になってから当時のことなんか忘れてしまうことも多いし、ただ日本の国歌として抵抗無く受け容れることが出来る様に育って貰えればそれだけで良いと思いますので。

投稿: asa | 2011年8月22日 (月) 22時47分

愛国者法とかミサイルにパトリオットなどという名前を付ける。
ああいうのが困るのです。

投稿: ましま | 2011年8月23日 (火) 11時43分

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