« 産経の早とちり? | トップページ | 脱原発の定義が必要 »

2011年7月 8日 (金)

敗戦前後の会社員

石崎重郎『石油日記』日本経済新聞社、より

  六月二十一日(木)
 戦局に伴い物情はすでに騒然を通り越して深刻、都民皆疎開逃避に右往左往して荷物を安全地帯に運ぶために、又は疎開先をさがすために出勤の率も半減、丸の内[界隈の会社]も大型爆弾に恐れをなして疎開相つぐ状態なり。

  七月四日(水)
 社長出社せず、常務は怪しき行動のみにして今日も又「ふみよ」の女将をつれて長野に行きしとか、橋本氏も帰らず。辞令をつきかえす工場長、社員がいると思えば、一方にはひとりぎめの任地に赴任して、辞令に対して動こうともせぬ社員もある。何たる会社であるか。全く胸も一杯なるような切なさだ。
 雨しきりに降る、わが心の底まで沁みるかの如く。

  七月二十七日(金)
 くだらぬ、実にくだらぬ、電話一本でこと足りる会社の現況の問い合わせに、午前中出頭せよなど軍需監理局へわざわざ二時間の無駄足だ。実に軽蔑に値する官吏の威張り様である。燃本へも行く用があるのだが行きたくもなし。

  八月十五日(水)
 昭和二十年八月一五日正午。
 大東亜建設の聖業はここに空しく挫折した、戦いは終了して、今日只今より敗戦苦難の生活始まる。
 会社の後始末をつけたら東京を離れよう、敵兵の銃剣下に少量の施米で生きて行く生活には堪えられぬ……。
 自分は固よりこの敗戦の責を子供のために負う。伯夷叔斉ではないが、かの西山に退いてその薇を食っても二人の子供だけは敗戦の辱しめから遠ざけて、天晴れ日本精神で鍛え上げた次の再建日本の国民に育て上げなくてはならぬ。[会社を]やめて米英ソ支の旗の見えぬところへ身をかくして魚樵の生活をしてもよい、子供の教育にわが半生をささげようではないか。

  八月十八日(土)
敗戦の現実を率直に受け入れて全土敵国の占領下に、これから一億総力を結集すべきだ。畏くも御詔勅には
「朕は常に爾等と共に在り」
と仰せられた、一君万民、天皇陛下とともにあるというこの日本国民の最後最大唯一のよりどころは何にしてもまして力強くわれら今後の苦闘を元気づけてくれるであろう。
 敵兵進駐をあと旬日にひかえて、わが心ようやく定まる。

(石崎氏は当時大協石油幹部社員、後に専務、顧問)

|

« 産経の早とちり? | トップページ | 脱原発の定義が必要 »

戦中・戦後」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/40726823

この記事へのトラックバック一覧です: 敗戦前後の会社員:

» 九電やらせメールより悪質、東電少年の「やらせ」疑惑 [逝きし世の面影]
『通常の業務慣習だった仕込み(やらぜ)』 大相撲では長年の公然の秘密であったが、お馬鹿なふんどし担ぎの仲介者が手間を惜しんで記録が残る携帯メールで行った為に、二場所開催中止の大騒動になってしまった御粗末な八百長騒動。 放駒相撲協会理事長は、これだけ事...... [続きを読む]

受信: 2011年7月 9日 (土) 08時24分

» ★原発災害を乗り越えて福島の未来を考えよう! [★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★]
★「現場は戦争」~福島第一原発の作業員Tさんインタビューhttp://www.o [続きを読む]

受信: 2011年7月 9日 (土) 22時52分

« 産経の早とちり? | トップページ | 脱原発の定義が必要 »