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2011年6月13日 (月)

荷風の子孫の世

 Dscf3440  「葛飾土産」『荷風随筆集』(岩波文庫)から引用

 わたくしの若い時分、明治三十年頃にはわれわれはまだ林檎もバナナも桜の実も、口にしたことが希であった。むかしから東京の人が口にし馴れた果物は、西瓜、真桑瓜、柿、桃、葡萄、梨、栗、枇杷、蜜柑のたぐいに過ぎなかった。梨に二十世紀、桃に白桃水蜜桃ができ、葡萄や覆盆子に見事な改良種の現れたのは、いずれも大正以後であろう。

 大正の時代は今日よりして当時を回顧すれば、日本の生活の最豊富な時であった。一時の盛大はやがて風雲の気を醸し、遂に今日の衰亡を招ぐに終わった。われわれが再びバナナやパインアップルを貧り食うことのできるのはいつの日であろう。この次の時代をつくるわれわれの子孫といえども、果たしてよく前の世のれわれのように廉価を以て山海の美味に飽くことができるだろうか。
            昭和廿二年十月

 【塾頭解説】「覆盆子」は「イチゴ」と読む。多分、盆をふせたような葉っぱの下に実がなるからであろう。ちなみに、塾頭がチョコレートやシュークリームといったスイーツを口にしたのは、太平洋戦争前、小学校低学年のころ親がどこからか手に入れてきたのが最後であった。

 荷風は、孫子の時代が史上例を見ないほどの飽食の時代になったことを多分知るまい。終戦から2年たったこの年、8月14日浅間山爆発20余人焼死、9月14日キャスリーン台風死者2247人。10月1日臨時国勢調査、総人口7810万1473人。

 少子化時代の今よりずっと人口はすくない。ひるがえって今時の大災害後、先の子孫の時代にはどうなるだろうか、荷風と思いを同じくするものがある。

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