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2011年5月31日 (火)

君が代は起立口パクで

 君が代起立命令最高裁判決で、またわかりにくい用語がでてきた。「間接的制約」である。塾頭は戦時経験があるので、原告の気持ちは分からぬではないが、塾頭なら、起立はするが「口パク」または「口閉じ」てごまかす。

 この訴訟の発端は、原告が「国歌斉唱起立」命令に従わなかったことである。塾頭流は、起立には従い斉唱には応じない、というものだ。教育委員会などが、なおそれまで摘発するため、教員の口元に小型マイクをつけさせることにしたらどうなるか。

 これはもう「直接的制約」にならなければおかしい。判決要旨(部分)を見てみよう。

 自らの歴史観や世界観との関係で、日の丸や君が代に敬意を表明するのは応じがたいと考える者が起立斉唱を求められることは、思想及び良心の自由の間接的な制約となる面がある。

 個人の歴史観や世界観には多種多様なものがあり得る。内心にとどまらず行動として現れ、社会一般の規範と抵触して制限を受けることがあるが、その制限が必要かつ合理的なものである場合は、間接的な制約も許容され得る。

 間接的な制約が許容されるか否かは、職務命令の目的及び内容、制約の態様などを総合的に比べ合わせて考え、必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当だ。

 抽象的な概念や用語の羅列でわかりづらいが、「内心」に基づく、口パクという「行動」まで禁止するというのは、果たして「直接的な制約」なるのかどうか、実例で説明してほしかった。この意味からすると、すで判決のあった、君が代伴奏命令は明らかに「直接的な制約」になると思う。

 ピアノ伴奏というのは、芸術的内心に基づき、身体を使った労働を伴うものである。本人の良心や意思に反して命令される労働は、まさに「強制労働」にほかならず「刑罰」である。唱和する方も、いやいや弾かれる曲では、さぞかし合わせにくいことだろう。さらに、これは、奏者を変えるとか録音を使うとか代わるべき方法は簡単にみつかるはずだ。

 塾頭は、日の丸、君が代が伝統的経緯から見て100%嫌いではない。絶対に許せないのは、「それに従わない者は非国民である、どんな厳しい罰を受けても当然、社会から抹殺されるべきだ」、という「一億一心」の方なのだ。

 必要なのは、判決にある「必要性及び合理性が認められるか否か」という判断基準を明確にすることである。大阪府知事や東京都知事などが、この苦渋に満ちた憲法判断をどこまで理解できるかどうか、すくなくとも都知事に関しては悲観的であろう。

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コメント

我が国の序列体制の美しさは、教育勅語の中で語られている。

我が臣民は忠と孝の道をもって万民が心を一つにし、世々にわたってその美をなしていきましたが、これこそわが国体の誉れであり、教育の根源もまたその中にあります。
(我カ臣民克ク忠ニ克孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス: ワがシンミン ヨくチュウに ヨくコウに オクチョウココロをイツにして ヨヨソのビをナせるは コれワがコクタイのセイカにして キョウイクのエンゲン マタジツにココにソンす )


忠:  主君に専心つくそうとするまごころ。
孝:  よく父母に仕える。父母を大切にする。
国体:  主権のありかたにより区別される国家の形態


http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

投稿: noga | 2011年6月 1日 (水) 09時51分

小職は、高校から吹奏楽部に入ったことから、実は卒業式や入学式の他、運動会の開会式等の行事でも君が代を演奏した経験があります。
小学校や中学校の頃は、もう忘れてしまいましたが、卒業式や入学式では、歌わなかった様な気もしますが定かではありません。
また、歌わなかったとしても、イデオロギー的なものがあったのでは無いかと良く耳にするのですが、当時としては、恐らく関係しないのでは無いでしょうか。
恐らく、今の子供達にとっても、大人になれば忘れてしまうことを思えば、特に小学校の入学式や卒業式での君が代斉唱は、やらなくても良いのでは無いかと考えられます。
各学校毎に、子供達ばかりでなく教師やPTA等の皆様等の総意に基づき、やるかやらないかを自由に決めれば良いだけのことでは無いでしょうか。
但し、やると決まったことであれば、全員起立することが当然のことであるし、音楽教師であれば、校長先生からピアノ伴奏を命じられれば、それを拒否することは出来ないし、小職が音楽教師であれば、仮に日教組に入っていたとしても、それとは一切関係なく、喜んでピアノ伴奏を引き受けます。
逆に、もしやらないと決まったことであれば、日教組なんかには一切関係なくとも、それまでのことだけと考えており、そうでなければ、子供達に対して示しがつかないのでは無いでしょうか。
ちなみに、吹奏楽部で君が代を演奏した時ですが、全員起立して日の丸に注目するものの、歌っている方は数少なかった様な感じはしましたが、それはそれで気に止めることでは無いと思います。
起立するだけして、口パクだけでも、問題にすることでは無いし、歌わないのはおかしいとか、やらないのはおかしいなんていう事自体が、おかしいのではないでしょうか。
それよりも、子供達にとっては大人になってから、例えばサッカーのワールドカップやオリンピック等のスポーツイベントでも必ず国歌斉唱の儀式はあることを思えば、そういう場面で抵抗無く受け容れ、他国の国歌や国旗と共に君が代と日の丸を誇りに感じることが出来るようになれば良いだけのことでは無いでしょうか。

投稿: asa | 2011年6月 1日 (水) 23時40分

コメントありがとうございました。

noga さまの「序列体制」というのは初耳ですね。教育勅語では、序列など言ってるところはないと思います。ちなみに小生、教育勅語は全文、軍人勅諭は忠節の項全文を暗記しています。ところどころ忘れましたが……。

asa さま
昔、「代用教員」というのがありました。ほんのわずかな期間ですが、中学で理科と算数の担当です。もちろん君が代の経験はありません。

楽器はハモニカが得意。ピアノは指技にがてで、パソコンのキーすら一本指。だから、気ののらない伴奏はさぞかし指がこわばるのではないかと思いました(笑)。

最高裁の判決文は、良心の自由をどう確保するかという点で苦心があるようです。授業前後の「礼」は昔からごく自然に続いています。

それが、宗教施設への礼拝強要となると問題でしょう。要はそれに近いような状況を法や罰則などで作り出さないことですね。

投稿: ましま | 2011年6月 2日 (木) 10時05分

ましま様

代用教員と言うのは、確か戦前に召集令状(赤紙)により、教師の人材不足を補うために、今で言えば、非正規雇用による公務員に近いものでは無いでしょうか。
このことは別にして、幾らハーモニカが得意と言えども、いざ伴奏するとなれば、自ら譜読みするなりして練習したのでは無いでしょうか。
仕事をするに当たっては、正規職員だろうと非正規職員だろうと、プロフェッショナルであれば、関係ありませんから。

そう言えば、最近、英国のウイリアム王子のご成婚の際、入場行進に時に、「クラウンインペリアル」と言う曲が流れておりましたよね。
実は、吹奏楽でこの曲は演奏したこともありますので覚えているのですが、日本で言えば、今の天皇陛下と美智子皇后とのご成婚の時に作られた「祝典行進曲」に相当するものの様です。
実は、入学式や卒業式の時の校長先生をはじめご来賓の方々は入場なされる際に、「祝典行進曲」を演奏したことがあり、そのときに教わった記憶があります。

国歌と言えば、フランス国歌は「ラ・マルセイエーズ」と言う歌ですが、これはフランス革命の後に国歌となったと高校の世界史で習った記憶もあります。

国歌というものについて、他国の国歌というものをそうした歴史的な廃棄や文化の違い等も踏まえた上で、日本の国歌として君が代というものを子供達に教えて行く必要があるのでは無いでしょうか。
また、外国語教育の一環ということであれば、他国の国歌の歌詞等も併せて子供達に伝えながら、君が代や日の丸を日本の国歌、国旗として誇りに思える様に教育して行けば、良いだけのことでは無いでしょうか。

君が代について、亡国の軍国主義に繋がってしまうと言うことから、抵抗を感じる意見も分からなくは無いところですが、それはそれとして、敢えて正しく伝えた上で、抵抗無く受け入れることが出来るように教育することこそが大切なことだと、つくづく感じます。

塾頭先生がおっしゃる様に、小職も、日の丸、君が代が伝統的経緯から見て100%嫌いではありません。

日の丸については、何といってもシンプルで世界中の
どこの国の国旗と一緒に掲げても、最も誇らしいと感じます。
当然の事ながら、他の国の国旗に対しても、それなりに敬意も感じ、共に認め合った上でのことですが。
君が代について言えば、音楽的には短調で作られているので、確かに暗い感じはするかも知れません。
だからと言って、ある意味で日本の伝統としての奥ゆかしさや平和的な優しさというものは感じられ、それだけでも誇りには感じられます。
英国国歌は長調系で作られていることから、明るさは感じられますが、君が代に似て、比較的落ち着いた感じもしてます。

絶対に許せないのは、「それに従わない者は非国民である、どんな厳しい罰を受けても当然、社会から抹殺されるべきだ」、という「一億一心」の方なのだ。
従って、敢えて言えば、国歌斉唱の際には起立すべきではあるが、こんなものを条例で制定する必要は何処にあるのでしょうか?
また、何も君が代斉唱や日の丸を入学式や卒業式等で敢えてやらないのはおかしいと言って、法律等で義務付ける必要は一体何処にあるのでしょうか?

外国では、国旗を焼いたりする映像もありますが、これは、それぞれの文化の違いでもあるので、別に何とも思わなければ、それで良いと思います。
かつて、小泉総理が靖国神社への公式参拝をすることによって、中国国内での反日感情により日の丸を焼かれる映像がありましたが、こんなものに何ら気にする必要等何処にも無いでしょう。
国際社会から見れば、はっきり言って、恥ずかしい限りで幾らでも馬鹿にされ笑われても当然のことだと思えば、どうぞご勝手にと思えば、それで十分では無いでしょうか。

靖国神社に関しては、国際社会とは一切切り離し、異本人としては、国内だけで、ここに奉られている戦没者の方に対しては、大切に慰霊し参拝することで存続して行けば良いだけのことですから。
それを見た中国や韓国の人達は、そっと静かに通りすぎて行くだけで構わないものですので、敢えて公式参拝や天皇陛下にご参拝して頂く必要は、もう何処にも無いと思えば、ただそれだけで十分では無いかと考えられます。
そもそも、日本が国際社会から孤立するようなことまでして、靖国神社への公式参拝を求めるような人達も、絶対に許せません。
逆にそう言う人達にだけは、靖国神社に参拝して欲しくもありませんし、一体、何処のお国の方なのか分かりませんので、日本からとっとと出て行けと言いたいところでもあります。
特攻隊でもやりたければ、どうぞどうぞご勝手にということで、幾らでもやって、蹴散らされて勝手にご自分の命を無駄にして下さい。
あなた方だけの勝手な愛国心があれば、幾らでも出来て当然のことでは無いでしょうか。
そうでなければ、ただ大人しく参拝して頂く分には、別に何も申し上げることは致しませんので、ご安心下さい。

投稿: asa | 2011年6月 3日 (金) 19時07分

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