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2011年5月

2011年5月31日 (火)

君が代は起立口パクで

 君が代起立命令最高裁判決で、またわかりにくい用語がでてきた。「間接的制約」である。塾頭は戦時経験があるので、原告の気持ちは分からぬではないが、塾頭なら、起立はするが「口パク」または「口閉じ」てごまかす。

 この訴訟の発端は、原告が「国歌斉唱起立」命令に従わなかったことである。塾頭流は、起立には従い斉唱には応じない、というものだ。教育委員会などが、なおそれまで摘発するため、教員の口元に小型マイクをつけさせることにしたらどうなるか。

 これはもう「直接的制約」にならなければおかしい。判決要旨(部分)を見てみよう。

 自らの歴史観や世界観との関係で、日の丸や君が代に敬意を表明するのは応じがたいと考える者が起立斉唱を求められることは、思想及び良心の自由の間接的な制約となる面がある。

 個人の歴史観や世界観には多種多様なものがあり得る。内心にとどまらず行動として現れ、社会一般の規範と抵触して制限を受けることがあるが、その制限が必要かつ合理的なものである場合は、間接的な制約も許容され得る。

 間接的な制約が許容されるか否かは、職務命令の目的及び内容、制約の態様などを総合的に比べ合わせて考え、必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当だ。

 抽象的な概念や用語の羅列でわかりづらいが、「内心」に基づく、口パクという「行動」まで禁止するというのは、果たして「直接的な制約」なるのかどうか、実例で説明してほしかった。この意味からすると、すで判決のあった、君が代伴奏命令は明らかに「直接的な制約」になると思う。

 ピアノ伴奏というのは、芸術的内心に基づき、身体を使った労働を伴うものである。本人の良心や意思に反して命令される労働は、まさに「強制労働」にほかならず「刑罰」である。唱和する方も、いやいや弾かれる曲では、さぞかし合わせにくいことだろう。さらに、これは、奏者を変えるとか録音を使うとか代わるべき方法は簡単にみつかるはずだ。

 塾頭は、日の丸、君が代が伝統的経緯から見て100%嫌いではない。絶対に許せないのは、「それに従わない者は非国民である、どんな厳しい罰を受けても当然、社会から抹殺されるべきだ」、という「一億一心」の方なのだ。

 必要なのは、判決にある「必要性及び合理性が認められるか否か」という判断基準を明確にすることである。大阪府知事や東京都知事などが、この苦渋に満ちた憲法判断をどこまで理解できるかどうか、すくなくとも都知事に関しては悲観的であろう。

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2011年5月30日 (月)

 Dscf3424_2 台風くずれの低気圧が大雨をともなって東北の震災地をうかがっている。天気予報では、盛んに「地震で地盤がゆるんでいます。崖崩れには十分ご注意ください」と繰り返している。

 先の見えない原発事故の被害も重なって、日本経済は崖っぷちに立たされているという日々がこれからも続く。そんなとき、総理大臣を崖から突き落とそうというたくらみにがあり、政治が空白化していることに心をいためる。

  崖は閑地や路地と同じようにわが日和下駄の散歩に尠からぬ興味を添えしめるものである。何故というに崖には野笹や芒に交って薊、藪枯しを始めありとあらゆる雑草の繁茂した間から場所によると清水がわいたり、下水が谷川のように潺々と音して流れたりしている処がある。また落掛るように斜に生えた樹木の幹と枝と殊に根の形なぞに絵画的興趣を覚えさせることが多いからである。もし樹木も雑草も何も生えていないとすれば、東京市中の崖は切り立った赤土の夕日を浴びる時なぞ宛然堡塁を望むが如き悲壮の観を示す。(『荷風随筆集(上)』岩波文庫、より)

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2011年5月29日 (日)

原発と原爆

 これは、前回の「フクシマ」と「ヒロシマ」の続きである。まず下表を見ていただきたい。

原発保有国の原発立地(Wikipediaその他から作成)
Dscf3418  どこの国でも原発立地には、人口密集地から遠い過疎地を選ぶ。今回の福島事故で起きた避難・被害を見れば当然理解されることだ。日本は全体が地震の多発地帯である上、人口密度、原発密度ともに、原発上位国では断トツの1位である。

 10万㎢というと、北海道に青森・秋田の一部を加えたほどの面積だが、そこに14.28基もの原発を押し込んでいる国はほかにない。原発数第1位のアメリカでさえ1.08基、人口密度からすると、日本はそこに10倍以上の人が住んでいることになる。

 どう見ても、これ以上原発をふやすというのは狂気の沙汰としか考えられない。狭い国土に放射性核廃棄物を保管する場所もない。これと全く同じことが核武装についてもいえるのだ。

 元空幕長田母神某がどう考えているかわからないが、日本が核武装したら、中国・北朝鮮に勝てると思ってる輩がいるとすれば大間違い。国が広い方が絶対勝つのだ。ミサイル発射基地は敵の攻撃を防ぐため分散できるし、国土が狭く人口密度の高い国には攻撃目標が絞りやすい。

  力に差のある兵器を配備しても抑止力効果はないに等しい。それより、脱原発に向けての技術的プログラムや、代替エネルギー開発への先行、核軍縮・核廃絶実現への政治的影響力を持つことの方がよほど国益に資することになる。

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2011年5月27日 (金)

「フクシマ」と「ヒロシマ」

 毎日新聞OBの岩見隆夫氏が『サンデー毎日』6/5号に、「フクシマ」と「ヒロシマ」について、という一文を寄せている。歴史的経緯を説明した上、広島被曝者で現在福島大名誉教授の星埜惇さんの福島原発事故に対する追及などを「理解できる」としながら、「安易に結び付けず冷静な判断を」というのを結論にしている。

 本塾では、「脱・原子力ニッポン!」を(8)で、「原発は原爆とちがうもの」という考え方が、今回の事故で認識が変わったということを書いた。その変化の理由は、現在、原発のすべてを取り仕切る政・官・財・学の「原子力体制」では、原子力をコントロールできず、暴発する危険を回避できない、という現実を見たからである。つまり、北朝鮮の核保有を不安視するのと変わらないということである。

 現在の閉鎖的・無責任体制の原子力村のような仕組みを解体し、核特有の不安材料を一掃できるような新技術でも発明できれば別である。しかし、そのプログラムを示し、実現できることを説明できる人が果たしているだろうか。

 フクシマを受けて、これからの原発は、危険予防や放射能廃棄物処理のため、ますます過大な投資を迫られ、コスト上昇につながるようになるだろう。それらを完全に解決するのと、新エネルギー利用技術の向上やコストダウンを図るのと、どっちが早いか効率的かを比べてほしい。

 「冷静な判断」ができる人ならすぐわかるはずた。ただ、そうすることによって国の援助のもと安易な経営や、安定した地位や、おいしい思いをしてきた人、そういった体制に慣れ親しんできた人達の権威と利益が失なわれかねないということになる。

 これだけでは、ヒロシマとフクシマを共通視する説明にならないので、やや長いが付け加えておきたい。前のシリーズでも述べたが、中曽根康弘議員が原子力利用開発に予算付けしたのは1954年のことで、前年朝鮮戦争休戦協定が成立したが、米ソ冷戦の真っただ中であった。

 この当時は、核兵器を持つ国は「偉い国」であった。同時に米ソの核競争が人類の破滅を予測させるものであることも意識され始めてきた。「平和のための原子力」という発想を持ち出したのは、1953年12月8日の米アイゼンハワー大統領の国連演説である。

 一定の制約(これが後にIAEAの発足となる)のもとでの核の平和利用を世界にひろげる、というもので、これを核軍縮の第一歩とした。現在、核所有国が「偉い国」と思い続けているのは、北朝鮮とイランぐらいだが、当時は、「偉い国」になりたく「平和利用」という名目で手をあげたのが、中曽根構想だったのである。

 エネルギーの安定供給や温暖化防止などという理屈は後なってつけたもので、当初はウランの確保、濃縮技術確立、技術者養成からはじまり、原発を持って発生したプルトニュウム等の後処理までこなせる(これを軍事転用可能な機微核技術という)ようにして「偉い国」になろうというのが、当初から続いた「原子力体制」の目的である。

 コントロールの利く核技術をこなせる同盟国を増やしておきたいという、アイゼンハワーの目的に沿ったものでもあったが、一旦国策として定着した「体制」は簡単に崩れない。アメリカやロシアは、核兵器の圧倒的保持国として「偉い国」の幻想を維持したいという一部国民の声は残るが、高いリスクやコストをかけてまで原発を造れるかどうか疑問である。

 冷戦が終わったのだから、全く別の発想があってもよさそうなものだが、何十年も続いた体制だからくずしたくない、というのは、安保条約や同盟のあり方に手を付けたがらない構図と全く同じなのである。つまり、核抑止力とか核の傘信奉と同じレベルの話であるということになる。

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2011年5月25日 (水)

それに引きかえ……

 みのもんたの「朝ズバッ!」(TBS)という番組がある。保育園児の犠牲者ゼロという音声にひかれて、注意して見ると次のようなことだった。

 津波被害で壊滅した保育園では、月1回、津波の避難訓練をしていた。園児は遠くの高台にいそいで避難するのは困難なので、先生の運転する自家用車で避難することになっていた。地震当日、先生たちは地震発生直後、駐車場から車を引き出して子供を分乗させた。

 「避難先、小学校!」という指揮する先生の一声でスタートし、あるワゴン車には16人の園児が乗り込んだ。最初は、より近いマンションも候補にしていたが、階段が狭く駆け上がるのは困難だと感じ、そこを候補から外してあった。

 そのマンションは、結局全棟冠水し、危うく難にあうところだった。小学校へ行くコースはいくつかあるが、最短の公道は途中に5差路があり、日頃渋滞ぎみなので最悪の事を考え、やや細いが別コースを研究した。途中畑の中の農道を通ると早いこともわかり、あらかじめ農家に了承を得てあったので、そこを通った。

 この地域でも、まさか?という油断から被災した人はすくなくなかったようだ。だけど、保育園の先生方は、「想定外」だとか「千年に一度」などとはいわなかった。

 もうお判りでしょう。それに引きかえ…………!。

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2011年5月24日 (火)

「猥雑政局」極まれり

 政治家の劣化はいわれて久しいが、今日の毎日新聞をみていたらこんなことがあった。衆議院の特別委員会で谷垣自民党総裁が福島第一原発関連の質問をしたことについてである。

 2面の見出しが「福島1号機 注水中断問題/調整不足で政府守勢」で、同じ事柄を書いた5面の見出しが「谷垣氏、追及甘く/首相に二の矢放てず」だった。

 双方とも記名記事で、違う記者が担当している。同紙は社論と異なるいろいろな記者の意見が紙面をにぎわすことが珍しくないが、これはコラムなどとは違う報道記事である。それも評価が真反対の見出しになるのは珍しいことだ。

 今も変わりないとすれば、タイトルをつけるのは整理部に権限と責任があって、記者のせいではない。しかし、記者の書きぶりによってタイトルを決めるので、記者の印象や意見が反映するのでこういうことになるのだろう。

 読者として吟味する楽しみもあるので紙面にケチをつける気はなく、精読してみた。すると前者は、谷垣氏が声高に攻撃のボルテージを上げている質問の内容と、それを受け流そうとする首相の答弁をそのまま伝えることに主眼があった。

 これに対して、後者はその内容とともに自民の山本一太議員や岡田民主党幹事長などの反応を広く取材しており、それが記事に反映している。タイトルはそれを忠実に反映させたものだということになるだろう。

 一方、社説のタイトルは、「海水注入問題/原発に政局持ち込むな」であった。「サミットの場で世界に対し今回の事故の原因、今後の対策をまさに発表しようとする矢先に、その信頼性をいたずらに失わせるような議論をすることが、日本の国益上いかがなものか」という趣旨である。

 それに加えて、国民の、特に原発被災者の政治不信・絶望に油を注ぐよぇな愚挙に気がつかない政治家に対し、もはや我慢の限界にきていることを知るべきだ。というのが塾頭の意見だ。

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2011年5月23日 (月)

前方後円墳のなぞ

 今月に入って、原発以外をテーマにしたのは1回しかない。間をとってブログをすこし軽くしたいという気持ちが今回の題。古墳は塾頭の趣味でもあるので、これまでも斉明天皇陵など何回も取り上げてきた。

Dscf3415  今回は、特定の古墳ではなく、卑弥呼の頃(3世紀中ごろ)から推古、聖徳太子の前(6世紀いっぱい)まで続いた「前方後円墳」のなぞと特異性である。最大のものは、仁徳天皇陵といわれる大山(だいせん)陵古墳の全長486mで、北は岩手県から九州一円に至るまで、大山陵の10分の1程度のミニ古墳も含めて一体いくつあるのだろう。

  あの鍵穴のような、三味線のばちのような、あるいは帆立て貝のな独特の形が特徴的で、あなたの身近にもきっとあるはずだ。宮内庁指定で立ち入り禁止の皇室陵に指定されていなければ、その一番高いところにのぼることをお勧めする。

 古墳が作られる位置は、大抵海とか川から見上げられる眺めのいいところ、という説がある。支配者に畏敬の念を集めさせるため、というのが定説だが、葬られた故人にとって気分のいい場所というのもあってもいいと思う。そういった思いであたりを見渡したい。

 一番高いところは、通常後円部だが、何故「後」円なのだろう。どっちが前か後ろか決め手がないのに、学者さんが勝手に決めたらしい。そういえば、天皇陵などでは、前方部に向けて鳥居が立っているところもあり、そこが前だといわれればそうなのだろう。

 最も合理的な説明は、周りの土を掘って、円や四角のやや大型の墓を造る風習は弥生時代にすでにあった。その土を掘ったところが池になり、一か所だけ通れるところを残した。それが発展し定着したのが前方後円墳で、鏡なら柄に当たる部分が墓の前にあたるというものである。

 もうひとつわからないのが、前方後円の向きである。カットでご覧のように、すべてバラバラで勝手な方角を向いている。全国すべてそうで、比較的揃っている奈良県北部の佐紀古墳群は、円部を頭とするとすべて京都の方を向いているようだが中には例外もあり、中心線を引いてみると平行にはならない。

 ピラミッドであろうとアンデスであろうと、古代遺跡の祭祀に関する方向感覚は極めて正確で、現代人を驚かせる。日本も例外ではないという所説を見たことがあるが、この無法則なバラバラさ加減はなぜだろう。誰か研究した人はいないのだろうか。

 前方後円墳がもてはやされるのは、中国文献にある卑弥呼の時代に箸墓という大型前方後円墳が奈良盆地の纏向に出現し、都あとらしい建物跡も見つかった。その後、同タイプの墓が急速に全国的に広まったことによる。

 最初の頃のものは、縦に穴を掘って棺を収め、纏向の王朝から配られたと見られる三角縁神獣鏡が多く副葬されている。また円筒形の埴輪とか、特殊な祭器など各地で共通する器物が出土する。

 後期に入ると墓室は横穴式に代わり、石棺の構造など同じ工人が作ったとしか思えないような似たものが発見される。そういった伝播のしかたを見て、纏向から始まったヤマト王朝が墓型や大きさなどをコントロールする支配地域となったという解釈がでてくる。

 いずれにしても、伝説・神話に近い時代から確実な文献・資料がある時代につながって前方後円墳が続いたということが大切で、万世一系は信用しないがヤマト王朝の伝統が引き継がれてきたことは確かだろう。

 しかし、その後の律令時代や現在の法制のような中央による地方の支配と言った考え方をするのも無理がある。スタイルが似ていると言っても、個々を見ると独自性があり、中央規格で統一されているようには見えない。

 むしろ、葬祭をめぐる交流のなかでもたらされる共通の道具や器物の普及とか、「これはいいなあ、この部分は真似してみたい」という中央思考の流行のようなものではないか。そういった個性的な面が、テンデバラバラの方角に頭を向けた作り方に関係しているような気がする。

(図版は古市古墳群。白石太一郎『古墳とヤマト政権』より)

【続・前方後円墳のなぞ】
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-2219.html

【前方後円墳のなぞ(その3)】
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-8890.html

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2011年5月21日 (土)

脱原発と言えぬ菅

 毎日新聞は21日、26、27両日にフランス・ドービルで開かれる主要国首脳会議(G8サミット)でエネルギー政策に関する発言として、「原発の安全性を向上させたうえで継続利用する方針を示し、日本が<脱原発>に転じたとの見方を払拭する」という概要を報じた。 同紙の言う概要とは次のようなものである。

 4本柱は(1)原子力の安全性向上(2)再生可能エネルギーの推進(3)石油、石炭など化石燃料の二酸化炭素(CO2)排出量削減(4)省エネ・節電。特に再生可能エネルギーを基幹エネルギーに加える方針を強調する。化石燃料のCO2排出量については、日本は石炭をガス化するなど最先端の削減技術を持つため、普及を促進する。

 これで見る限り<脱原発>ではないか。どこに「払拭」するための文言があるのかわからない。かりに現存稼働中の原発以外に新増設するという可能性を言うのでなければ、記者の用語に対するあいまいさか不勉強であろう。

 もうひとつの可能性は、概要にはないニュアンスを発言するという、経産省役人あたりの背景説明で記事を作ったのか、ということである。ベトナムへの原発輸出を約束したので破談にしたくないという、いやな予感は前からあった。

 しかし、同紙の別の面で海江田経産相が、記者会見で次のように語ったという記事がある。

「事故まで日本の原子力技術は世界一安全だと思っていた。しかし、事故を踏まえて高度化された安全性が確定していない。その間は(原発輸出は)足踏み状態にならざるを得ない」

 その間に、競争相手だった中国、韓国、ロシア、フランスなどがその地位を奪うだろう。買い手も、原発の新増設が日本でさえ始まらないのに、「買いましょう」というお人よしがあるはずがない。

 どうせ日本は、「脱原発」にならざるを得ないのだ。なぜならば日本国民は、今回の事故で放射能のこわさを知り、安全神話への不信感をつのらせた。これから、原発立地歓迎などという自治体は、猛烈な反対でまず出てこなくなるだろう。

 原発の停止や、経営切り離しをいやがっているように見える電力会社も、実は脱原発派なのだ。これからますます増えるであろう建設費・地元対策費や、万一の場合「補償額に制限は設けない」などといわれれば、民間企業である限り原発を引き受ける会社がなくなる。おいしい部分がなければ、原発はお荷物なのだ。

 前回、欧米各国の新エネルギー開発が進んで原子力を上回り、発電コストもトータルで原発に対抗できるようになったことを書いた。アメリカはシェールガス利用の有効性確認以来、原発に関心をなくしている。原発が一番ふえそうな中国でさえ、新設は風力の方が多いと聞く。

 このように、「脱原発」を宣言しても誰も驚かないし、逆に「払拭」してみせても、笑われるだけで日本に何の実利もない。むしろ、現存原発廃炉までの安全対策、核廃絶まで含んだ放射能処理技術などに経験を生かし、変わるべきエネルギーの開発で先頭に立ちます、と宣言したほうが国内外にとってどれだけいいかわからない。

 払拭論が、仮に与野党内の守旧派政治家、一部官僚、財閥系財界の思惑に根差すようなものであれば、菅首相はこれをキッパリ切り捨てなくてはならない。それがないから、浜岡原発停止を発表してもあの程度の支持で止まっているのだ。

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2011年5月19日 (木)

ポスト・フクシマ 4

「原発は安い」神話
 フクシマのおかげで、原発に関する専門語が、大量かつ急速に国民の間に普及した。曰くシーベルト・ベクレル、圧力容器・ベント等々、その数は到底数えきれるものでない。同時に「原子力体制」「原子力村」などといわれる、原発をめぐる実態も曝露されつつある。

 「原子力体制」は、中曽根当時議員による予算付け以来、歴代自民党内閣により「無資源国日本」の陰に隠れて生き延びてきた、政・財・官・学からなる強固な仕組みであり、「原子力村」は、それを直接差配する構成メンバーをいう。

 「原発安全神話」は、「原子力村」の中で作られた。なぜ「村」というかというと、特定の限られたメンバーでよそ者を排除し、村八分もあるという閉鎖性、それに秘密主義・情報隠しが政府の保護のもと常態化していたからだ。

 「安全神話」は、メルトダウン以上のスピードで崩れる運命をたどっている。ところが、いまだ「推進派」の中で信じ続けられている「原発は安い」神話がある。下記が経産省の発表するエネルギー別電力コストで、一番広く使われている。(単位:円Kw時)

 原子力     5.3
 石  炭    5.7
 天然ガス    6.2 
 石  油    10.7
 水  力    11.9
 風力(小中) 24
 風力(大)   14
  太陽光    49

原価の計算には、初期費用、稼働率、耐用年数その他いろいろな要素をどう組み込むかで大きな違いが出てくる。現に東電で計算したものの中にも、各原発それぞれ10円を越すような計算もある。だから目的によっていろいろ提示できるわけだ。

 計算根拠を突き詰めると、「企業秘密」という壁に阻まれるが、これは自由競争をする会社のいうことで、地域独占が認められ、政府の認可で料金が決まるような会社のいうことではない。ただし、これには次のものが含まれていないことがわかっている。

1.揚水式発電所費用、2.電源三法交付金、3.バックエンド費用、4.送電費用
 
 簡単に説明すると、1.は原発の性格上、供給の余る時間帯の夜などでも途中運転を停止できないため、その電力を水力発電所のタービンを逆回転させることにより、需要ピーク時にそなえる費用。

 2.は原発所在地、地元への懐柔交付金、3.は、使用済み核燃料ほか放射性廃棄物の保管・処理、4.は、原発が消費地から遠いために必要とする送電設備費や数%にのぼる送電ロスである。

 ことに、3.のバックエンド費用は、六ヶ所村の設備が満杯で、処理方法の技術的検討が行き詰まっており、12年10月までに2兆1900億円の費用が必要とされているが、実現の見込みはまだ立っていない。

 もちろん、政府が原子力行政推進のため使う研究開発助成金など直接、間接の費用は含まれず、今回の事故の天文学的補償金や、今後強化されるであろう追加安全対策費などは一切計算外だ。

 もう結果ははっきりしている。原発ほど高くつくものはない。安全に次ぐ2番目の神話も崩壊した。世界の趨勢は、いち早くその先を進んでいる。環境エネルギー政策研究所主席研究員・松原弘直氏は次のように指摘している。(『週刊エコノミスト』、5/24)

 今年4月に米国ワールドウォッチ研究所が発表した「世界原子力産業白書2010-11)において、原子力と比較して急成長する自然エネルギーの最新情報がまとめられている。そのなかで、10年末には世界の自然エネルギーの累積導入量が、3億8100万㌔㍗となり、ほぼ横ばいが続いていた原子力の設備容量(3億7500万㌔㍗)をすでに追い抜いていることがわかった。

 つまり、日本の常識は世界の常識ではないことがすでにはっきりしていたのである。原子力と違って、小規模分散型の新エネルギー開発は、巨大産業でなくても手掛けられ、自由競争になじむ分野だ。政府の政策転換があればますますコストダウンがはかれるだろう。

 

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2011年5月17日 (火)

ポスト・フクシマ 3

楽しみながらの節電
  「あなたにとって無くてもいいと思う電力消費は何ですか?」というアンケートをしてみたらどうだろう。年代により性別により職業により相当変わってくるだろう。家庭は15%節約を、と言われても、算定基準がはっきりしないため、毎日体重計とにらめっこで減量するよりはるかに困難だ。

Dscf3413_2  気分として15%、では目標としてないほうがましだ。生活費を切り詰めるため、家庭でできることはすでにやっている。やはり、産業として、企業として、オフィスとして、「ここをこれだけ減らします」という方が数字としてはっきりする。写真は、公設運動場の事務所をとり囲む自動販売機群で、全国いたるところで目にする光景ある。

 これを「無駄」というのは、塾頭の天敵・石原都知事と同意見である。夜間はほとんど人がいなくても煌々と灯をともしつづけ冷・温飲料を用意している。そもそもこういった風習が入ってきたのは、占領下アメリカのGIがコカコーラを街頭でラッパ飲みして見せたのが始まりだろう。

 砂漠で水のないような所の風習で、至る所に清水がある日本には必要がなかった。今も、水道水は世界に誇る清潔とおいしさを誇っている。もうひとつアメリカGIにまつわる話、ベトナムに派遣されたて、ここにはひげをそるお湯もないので戦えないといったとか。

 当時は、しょうがない奴らだ、と思ったが今では日本もそうなってしまった。これが果たして文明といえるかどうか疑問だが、習慣化した生活文化には違いない。最近は公共建築でも自動ドアが至る所に設置され、トイレの熱風乾燥器のようなものも増えた。

  古来日本では人の集まるお寺の本堂は扉を開放し、手水鉢で手を清める風習がある。不必要な電気を使う文化などやめて、もっとましなことに使おう。石原知事は、パチンコ屋が無駄だというが、これには反対だ。

 昼間の熱い時、家にこもって各自が冷房するより家をあけてパチンコをした方が節電になる。ただし、駐車場の車に乳児をおいたまま夢中になるような輩がいるから、保育室設置は義務付けた方がよさそうだ。
 
 とにかく、脱・原発の第一歩は節電だ。楽しみながら節電をすることで、よりスムーズな電源転換が可能になる。塾頭のアンケートの答えはこれだ。

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2011年5月16日 (月)

ポスト・フクシマ 2

災い転じて「脱原子力」へ
 前回、今後われわれは原発とどう向き合っていくのか5つに分類してみた。「脱原発」とは、1.長い期間をかけて原発ゼロにし、2.電力消費を節約し、3.その間に原子力から小型分散型の水力・火力発電を活用、新エネルギー発電へのシフトや研究開発に総力を挙げるということである。

 なお、弊ブログが連載して主張してきた「脱・原子力」は、核兵器までを対象にし、核拡散防止・核廃絶までを含めた思想体系である。「原子力は国家なり」と信じている国は、北朝鮮・イランなど限られた国になった。日本もスタート時はこれに近く、「原子力体制」と関連産業を育ててきた経緯がある。

 これから先、原発を持ちたがっている国は、ベトナムをはじめ多くの発展途上国である。日本の今回の事故は小規模な核爆発といってもよく、アメリカが恐れる「核拡散」と選ぶところがない。「脱原発」と「核廃絶」は、もはや同列で考えるべきなのである。

このところ、原発問題を真剣に考える人の間では、「脱原発」が相当市民権を得るようになってきたと思われる。しかしそれに抵抗感を持つ人は、多分、菅首相の浜岡原発停止勧告に「唐突すぎる」と反応した人と重なるようだが、概ね次のようなことだろう。

 1.安全性を高めることにより、これまでの政・財・官による「原子力体制」を崩したくない人。米倉経団連会長や産経新聞などで、いまなお原発輸出に幻想を抱いているようだ。

 2.電力不足でこれまでの生活環境がおびやかされる「節電はいやだ」と考える人、さらに輸出産業に打撃を与えるので不況から抜け出せなず、雇用不安になると信ずる人。

 3.地元で原発の恩恵をこうむり、もし撤退するならその補償金を要求したいという人。こういう人は、福島のような事故があって故郷を捨てても我慢する覚悟なのであろうか。

 共通して言えることは、まず、被害が及ぶ範囲が広大で影響が後世まで残るという事故の深刻さが、他に比較しようのないものであることを認識していないことである。中曽根元首相が言う、墜落をこわがっていれば飛行機の発明ができなかったという詭弁や、某タレントが聞きかじりでいう、風力発電は野鳥が衝突して死ぬ、など語るに落ちたというべきだろう。

 さらに、核反応は人類が完全に制御しきれるものでないということや、福島原発の事故調査で明らかにされることになるだろう、組織や人間の不注意・失敗・誤認を完全防止できないことなど、どこまで留意しているか疑問なことである。

 今回の地震・津波と原発事故が、たとえば武士と町民の文化、軍人と官僚の時代、戦後経済第一主義などのあとにくる、日本文化が大変化を遂げる結節点になるかもしれない程の事態だということを感じていない。そんな人にとっては、菅発言が「唐突」に聞こえるのはある意味で当然だ。

 今までの生活を変えたくない、貧乏になりたくない、これは本音だ。しかし電気はふんだんに使いたい、電気料金はそのまま、増税も困る、それができない政府は無能だ、などと言っていれば日本は滅亡の淵に沈むしか途がない。

 日本が元気になるためには、いち早く「脱原発」を宣言する事、ことに政治家は早い者勝ちだ。原子力学者は、運転中の原子炉の安全確保を慎重に再点検する。さらに国内外の廃炉処理、放射能廃棄物の保管法開発、核軍縮のお手伝いに邁進していただく。ただし、原発安全神話に協力してきた学者だけは、「学者生命」を終わりにしていただきたい。 

 「脱原発」宣言を機に、新エネルギー開発の国際的遅れを挽回し、環境立国で世界のトップに立つことを国是にしたらどうか。2年、3年後のことではない。30年、50年さきの長丁場の目標だ。そのための貧乏なら、ここはしばらくは我慢しなければならない。そのような国民の良識に、原発推進組はあせりをみせはじめている。

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2011年5月13日 (金)

1号機は底抜けらしい

Dscf3410  写真は、築40年を超える拙宅。右側雨どいの水はトレンチへ。地下では見本に置いたような土管で受けて左のお水槽の横腹に穴をあけ突っ込む。別にモルタルなどで固定してなく、振動などでずれたり欠けたりする。

 そこから地下にもれたところがえぐられ次第に大きな漏水口ができる。汚水槽から公道の側溝に、やはりやはり土管で導くが、今の塩ビ管とちがって隙間だらけだ。家庭排水も同様、昭和初期の住宅は雨水は土中にしみこますのが普通だった。

 したがって、水は流すが、側溝まででてこないどこへ行ったんだろう、なんていうことが往々にしてあった。それが恐ろしや、原子炉なのだから身の毛がよだつ。福島第1原発1号機は1番早く直せると思ったのに終わりが見えない。

 東電社員は「メルトダウン?、そういってもいいです」と記者の質問に許可を与える始末だ。ああ、体質は何も変わっていない。事態は一進一退でなく、一退二退のように見えるが、この有様なので予定した「ポスト・フクシマ」には、まだ手が付けられない。

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2011年5月12日 (木)

スカートの影がお好き?

 首相の浜岡原発停止要請に「唐突だ」とか「思い付きだ」という批判が、判で押したように続出したことに対し、批判の意味がよくわからず、前々回のエントリー・「脱・原子力ニッポン!」を(9)で、「菅評価真っ二つ」という副題をつけて、「唐突批判」を批判した。

 そう思ったのは私だけでなく、続々と疑問が投げかけられている。毎日新聞の論説副委員長・与良正男さんは、11日夕刊のコラム、「熱血!与良政談」でこう書いている。

(前略)まず書いておく。今回の首相の判断は妥当なものだったと私は素直に評価している。これまでの想定があえなく崩れ、しかも相当高い確率で起きるであろう危機が目の前にある以上、それを回避するのは当然だ。一方で国内の原発すべてを停止するわけではないというのも現実的な判断だと思う。

 私の考えを押しつける気も自信もない。だが、どうしても納得いかないのは、「拙速で、場当たり的だ」とか、「根回し不足だ」とかいった、決断に至る手続きに対する批判だ。結構、これが多いのだ。

 では、熟慮するため、菅首相が識者を集めて浜岡問題を検討するナンヤラ会議を作っていたらどうだったろう。今、手続きを批判している人たちは「またまた丸投げ」とか「決断力がない」とか、なじっていたのではなかろうか。

 あるいは政府が事前に地元自治体に対し内緒で「停止後も交付金は今まで通りにするから」と根回ししていたとする。仮にその後、それが明らかになった場合には今度は「密約があった。けしからん」と騒ぎ立てるのではないか。何より、「拙速批判」は、万一、明日、大地震が起きたらどうするか、という根本的な問題に答えていない。

 もちろん、地元や中電側の戸惑いや苦悩を広く伝えていくのはメディアの責務である。でも私のごとき社説やテレビのコメント役を担当している人間は、それだけでは済まされない。「地元が戸惑っているからダメだ」というのは批評しているように見えて、実は地元に判断を委ね、自らの考えを表明するのを逃げているとさえ思う。

 「首相の延命策だ」という政局絡みの見方も何とワンパターンであることよ。この種の話は延命策であろうがなかろうが、結果がすべてだ。今後、うまくいかなかったら判断を下したトップは責任を取る。政治決断とはそういうものだ。私だって今回の首相決断を評価した以上、今後もその責任は免れないと思っている。

 また、ダイヤモンド・オンラインでは、

消費税10%発言」や「TPPへの参加表明」など、菅首相の「唐突」な決断は厳しい評価を受けてきた。しかし、例えば英国では政治指導者の「唐突」な決断は珍しくなく、国民もそれを問題視しない。なぜ日本では、菅首相の「唐突」な決断が批判されるのだろうか。

 と書き(12日)、菅首相の手本は英国流民主主義によっているとした。しかし、批判の根源にある心情は、どうやらこれらとは別のものだろう。次の引用は、当塾が2年前の6月に書き込んだもので、偶然に今朝読み返し、これかな?と思った。

民主主義のこの発明は、最近になって真の恥辱にまで発展した特性、すなわちわれわれのいわゆる「指導者たち」の大部分の卑怯な特性に、最もぴったりと応ずるのだ。いくつかの重要なことをすべて実際に決定するばあいに、いわゆる大多数というスカートの影にかくれることができるのは、なんと幸福なことだろう。(中略)

 実際、一つだけ決して忘れてはならないことがある。すなわち多数は、このばあい、決して一人の人間の代理ができない、ということである。多数はいつも愚鈍の代表であるばかりでなく、卑怯の代表でもある。百人のバカものからは一人の賢人も生まれないが、同様に百人の卑怯ものからは、一つの豪胆な決断もでてこない。

 述べたのは、ナチス・ドイツ生みの親ヒトラー・ユーゲントてせある。『我が闘争』に出ている。

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2011年5月11日 (水)

ポスト・フクシマ 1

 当塾の5月5日付のエントリーが「ポスト・ビンラディン」だった。続けて「ポスト・フクシマ」を書く心づもりだったが、まだ福島原子炉の冷却に目標はあっても見通しが立っていないことや、菅首相の浜岡原発全面停止発表など、流動的要素が多く先送りした。

 とは言ってみたものの、本当の理由は、これから事故の検証がはじまり、日本のエネルギー政策のあり方や、原発を抱えまたは新設候補とされている地元住民の議論がはじまるのももこれからである。さきを占うようなことは書きづらいということだ。

 たまたま、「ポスト・ビンラディン」で、「今度の作戦がパキスタン政府と同軍部の暗黙の了解のもとで行われたと思っている」という憶測を書いたが、読売オンライン(5/10)によると、英紙ガーディアンの報道として「米国がウサマ・ビンラーディンをパキスタン国内で発見した場合、パキスタンは米軍による単独作戦を容認するとの密約を、米パが結んでいた」という内情を明かしている。

 予断めいたことをなぜ書いたかというと、それが多くの環境条件の積み重ねから導き出される(使いたくない言葉だが――)歴史的必然だったからである。「ポスト」といえば「ポスト・ベトナム」を思い出すが、アフガン・イラクともにベトナムと同様な経緯をたどるという「歴史的必然」を、塾頭は当初から疑わなかった。

 残念ながら、アメリカは「歴史的教訓」を無視した罰は受けなくてはならない。しかし、それはアメリカにとってマイナスではない。彼らの若い開拓魂は、必ずや新しい方向を見出し、世界をリードしていくことになるだろう。

 そういった意味で、ポスト・フクシマの先がよく見えないまま、「歴史的必然」をさぐる目的でシリーズにしてみることにした。途中であれこれ別のテーマが挟まったり、空中分解してしまったら恒例によりご容赦を願う。

菅首相が何度か表明しているように、浜岡の停止は決めたが、原子力利用に関する全体の政策は、白紙の立場で議論し見直す、としている。この結論を大まかにあげると、次のようになる。

 1 運転中の原発すべてを可及的すみやかに停止し、廃炉にもっていく=反原発
 2 運転中の原発は、より厳しい安全基準をもうけ、それに満たないものは廃炉にする=脱現発
 3 老朽化した原発の更新はもとより、新設は一切認めない=脱原発
 4 新立地は認めないが、より厳しい安全基準をもうけ、それに合致するものは更新を含め認める=現状維持
 5 新技術を開発し、安全が保障できる原発なら新設を認め、現政策をさらに推進する=推進

 ここで、注意していただきたいのは、「反原発」と「脱原発」を区別することである。本塾は、現実無視の反原発ではなく、脱原発の立場であることをこれまでも述べてきた。菅首相は、例によって自らの意見を言わず、結論を「議論」にゆだねている。市民運動をまとめていく手法ではあるが、民主党内にはおそらく1から5までがあり、とても今、首相が結論を言いだせる環境にはないのだろう。

 すでに、旧民社党出身議員は電力・電機労連などの意向を受けてか、脱原発に抵抗を示す姿勢になっているようだ。菅政権の支えとなっているメンバーは、松下政経塾出身者が多く、気になるところだが、パナソニックは東芝、日立などと違って原発には縁が薄いのでどうか。

 しかし、去年策定された温暖化対策としての電力原発依存率30%を50%に引き上げるという民主党政策は、自民党以上に過激なものだった。これを脱原発に転換するということは、理由はともあれ容易なことではない。

 菅首相にとっては、進退窮まるような課題に挑戦することになる。結果として5に戻るようなことになれば、鳩山政権同様、菅政権も民主党も命脈はそこでつきる。その点は、小沢派も同然であろう。かりに、菅首相が見事に乗り切れたら、歴史に残る名宰相になるが、その展望はない。

 そこで、震災の緊急措置にめどがついたころ、新政策を掲げて解散総選挙で民意を問うしかない。党分裂、大いに結構。自民党も巻き込んだ政権再編ができれば、政治の閉塞感から解放される一つのチャンスになる。なぜ、「脱原発」が現実的なのかについては、次回以降で考えることにさせていただきたい。

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2011年5月10日 (火)

「脱・原子力ニッポン!」を(9)

菅評価真っ二つ
 このシリーズ(7)で、浜岡原発を停止させる菅首相の決断について書いた。英断だとする孫ソフトバンク社長や橋下大阪府知事と、唐突で相談もなかったといった顔で酷評する米倉経団連会長や石原御前崎市長など、真っ二つに分かれた反応をマスコミは伝える。

 私は、英断派だが、嫌悪感をかくしもせず菅批判をする米倉氏を見て「どうしてそこまで……」という疑問を持った。また「唐突」という理由もわからなかつた。読売新聞によると政府は1か月も前から極秘で検討していたというが、地震などは誰かと相談ずくで起きるものではない。

 影響が大きく即断しなければならないことがらが「唐突」なのは、至極当然である。菅首相に対する批判意見には、これと違うのもある。これから襲うであろう電力飢饉、増税、失業不安などが為政者の不手際によるもの、という不人気便乗組があり、若いオポチュニストに多い。

 これは、かつてない国難が、間もなく解消するだろうという、未体験者の甘い幻想からきている。その証拠に、代わりに誰がどうやれば解決するのかという代案がない。塾頭も、落ち着きを見せた秋口頃には解散総選挙をして、政権再編があればいいなと思っているが、今回は最初に書いた「唐突」批判を批判する。

 前回書いた、小佐古敏荘東大大学院教授が、自分の提案が採用されなかったと言って、泣いて政府を批判したのも、考えてみれば、この数十年間、これまでに書いてきた「原子力体制」にどっぷりつかってきた人たちで、菅首相の「白紙で再検討」発言に危機感というより「体制は維持されるのが当然」という考えにこり固まっている人に違いない。

 中曽根康弘氏が、この体制を立ち上げるとき「左翼学者がぐずぐず言うから、札束で横っ面を叩くんだ」と言ったとか言わなかったという話があるが、それ以来、麻酔にかかったように潤沢な助成金の中で慣れ親しんできた人たちだ。

 それが政、官、財、学、地方自治体の原子力村である。米倉会長は石油化学業界から出ているが、この業界は大量電力消費産業でもあり、政府の援助保護のもとで育った業界のひとつである。

 これまで続いてきたことはこれからも続くのが当然、という考えは、衣食住や豊富な電力はあるのが当然と考え、国の危機を実感していないオポチュニストと根は同じといえなくもない。

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2011年5月 8日 (日)

「脱・原子力ニッポン!」を(8)

土下座はしない原子力村学者


 「原発は、大量破壊兵器の原爆とは別だと思っていました。しかし制御不能に至った原発を目の当たりにすると、認識を変えざるを得ません」(毎日・11/5/5)と言ったのは、政治史などが専門で、自らも広島原爆被災者の福島大名誉教授・星埜惇さんである。

 実は塾頭もそう思っていた。戦争目的ではなく、平和利用であるからには、優秀な学者が集まって知恵をしぼり、念には念を入れて安全確保をするものだと信じていた。

 それが一挙に崩れたのは「想定外」発言であり、「事故」を「事象」、「爆発」を「通常とは異なる上方の解放」などと、児戯にも等しい言いくるめ方をしようとした、原子力村の姿勢があったからである。

 いずれ、原因調査委員会により実相が明らかにされると思うので、あえて戦犯さがしをする気はない。ただ、10mを超す津波や自家発の同時不調などは、素人でも容易に想像できたことだ。想定外のことを想定して策をめぐらすのが学者ではないか。

 また、津波の高さだけが想定外のようなことを言っているが、格納容器や圧力容器の系統にも破損個所が複数あるようだ。これは、配管の継ぎ目など衝撃に弱いところが地震動や爆発の衝撃でこわれた可能性はないのか。

 運営をまかされていた東電の清水社長は、避難所をまわり、土下座して被災者に詫びた。それで済むわけではないが、安全のお墨付きを出して運転を認可させた原子力安全委員会のメンバーはどうしたのだろう。発電所の現地に出向いたのは地震後40日たってようやく1人だけだという。

 これまで原発に協力を惜しまなかった、原子力安全委員会や原子力学会に所属した学者16名が、連名で自らの不明を弁明し、あらためて「緊急提言」というものを出した。内閣参与だった小佐古敏荘東大大学院教授は、自分の提案が政府に採用されなかったと言って、涙目会見をした。

 避難を余儀なくされた被災者を考えると、いかにも軽い。原子力安全委員として安全神話を作り上げた責任は、どこに置いてきたのだろう。東電社長の土下座は別世界のよそ事なのか。不思議としか言いようがない。

 旧聞に属するが、かつて考古学研究者が、自分が土に埋めておいた石片を数十万年前の旧石器だと偽って発表した事件があった。学会内では疑問を持つ学者もあったが、結局新聞記者に偽装の現場を押さえられ、考古学者の信頼は地に落ちた。

 考古学者の間では、これに強い危機感を抱き、真相解明と再発防止のため委員会を設け、歳月をかけて、チェックのあり方や学者のムラ意識にメスを入れることなどの自己批判報告を出した。

 原子力体制を支えた学者には、そのような危機感もないようだ。個々の学者の言動は、『世界』5月号や『週刊現代』5/21号などにあるようなので、ここでは代表して有馬朗人・元東大学長語録を、毎日新聞(5/6夕刊)から拾ってご紹介しよう。有馬氏は、原子物理学者で文相の経験もあり、原子力体制の学者の中で大御所的存在といっていいだろう。

 「私も含め日本の科学者たちはなぜ日本の津波対策を考え直さなかったのか。それが私の科学者としての一生の不覚です」

「震災後の今でこそ約1200年前に貞観地震で今回のような大津波が来たことが知られていますが、残念ながら私も地震後に知りました。国もそのことを事前に認識し、十分な対策を提示することがなかった」

「今回は、政府や東京電力が言い訳のように『想定外』と言ったから批判を受けたけれど、自然の中には想定外がたくさんあるんです」

「これを風力や水力の自然エネルギーで代替できますか。自然エネルギーの利用推進はもちろん必要ですが、安全で安心できる原発を造るしかない」

「第二次世界大戦がはじまる頃、ABCD包囲網が作られ、日本は石油を一滴も輸入できなくなりました。それで、日本は石油のあるインドネシアに進出し、開戦につながった。そういう日本のエネルギー自給率はわずか4%。自給率を高めるために原発は必用です」

「福島第2原発にも津波がきています。第2原発の方が第1原発よりも新しいから、冷却の発電機などが建物内にあり被害を受けませんでした。費用はかかるが、被害が出る前に、防災をしっかりすすめなくてはなりません」

 最後のくだりは、想定外だったはずの津波に、第2原発は新しいから対策が効をそうしたという、トンチンカンな発言。その前の項で、資源争奪戦争をいうあたり(注:インドネシア進出は開戦後の誤り)、原爆も原発も同列に置いた「住民より国益」優先の発想につながっている。

 また、彼らの頭の中には「放射能漏れなど起きるはずがない」、ところが「現況は深刻だ」と、その間の思考回路がプツンと切れたままなのである。そこを「想定外」に預けてしまった。冒頭では、専門外の事を知らなかったことが当たり前のように語られる。これを破廉恥と言わずして何と言おう。

 原発にしろ原爆にしろ原子力には、人類にとって制御しきれない放射能被害がついて回る。そしていかなる技術、組織をしても人間のミスはさけて通れない。今回の事故は、まさにそれを証明している。このさき、責任をとらない学者に、どうして国や国民の将来をゆだねることができるであろうか。

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2011年5月 6日 (金)

「脱・原子力ニッポン!」を(7)

浜岡原発の操業停止
 前回の「ポスト・ビンラディン」と一緒に「ポスト・フクシマ」を構想し、今回のテーマにしようと思ったが、「ポスト」をいうのはまだ早いような気がしてきた。「フクシマ」はまだ終わっていないだけではなく、その前の「ポスト争い??」が熾烈を極めることになりそうだからだ。

 今日(6日)午後7時過ぎ、菅首相は記者会見し、現在稼働中の4、5号機を含め浜岡原発を全面操業停止するよう中部電力に要請した。想定される東海地震に対する対策が不十分と見たからである。

 現在停止中の1基について、再開を認めるかどうかが注目されていたがそれを超える厳格な判断をした。塾頭はこれまでの菅首相の「白紙に立ち戻って再検討する」などの発言から、脱原発路線を考えているのではないかと予想していたが、いよいよその方向に踏み出したような気がする。

 当然、これまでのシリーズに書いてきた、政・官・財・学などからなる「原子力体制」と、「福島以後をどうするか」の壮絶なバトルが始まる。その体制を率先推進してきたY紙をはじめ、明日の新聞各紙はどう評価するか見ものである。

 同原発には、運転差し止め訴訟がが起こされ、1審原告敗訴、上告中になっている。班目東大教授(現・原子力安全委員長)は、その裁判に中電側証人として出廷(07/2)、「非常用発電機2台が同時に壊れる事態は想定していない」と断言。ちょっとでも可能性があるものを積み重ねると設計ができなくなる。割り切らなければ」とも述べていた(毎日11/5/3)。

 静岡地裁はその証言をそのまま採用、常民側の請求を棄却した。「菅総理に裁判所の判断を無視する権限があるのか」とか、例により「場当たり的、軽率、思いつき、延命策、パフォーマンス」などといった、やっかみ半分の批判も当然出てくるにちがいない。

 それで、仙石・前原交代で見せたような右顧左眄、発言撤回、方針緩和など姑息な手段をとるようでは、菅総理だけではなく、日本の「ポスト争い」の負けであり、「お盆までには仮設住宅を」などについても、誰も信用しなくなるだろう。ここは正念場である。

追記

 7日付各紙の社説は次の通り。

朝日=妥当・賛成
毎日=決断を評価する
読売=異例だかやむを得ない
日経=(電子版に社説掲載なし)
産経=熟慮なく軽率、合意形成の経緯を否定、パフォーマンス

 予想の線に近かったが、産経は本文に書いた反対論拠に類似しすぎて笑っちゃった。

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2011年5月 5日 (木)

ポスト・ビンラディン

 2か月とおかず世界に飛んだ大ニュース、東日本大震災とビンラディン殺害だ。全く違う角度の出来事だが、ここから世界が変わる、という予感がする。ビンラディン、たったひとりの死だが、ソ連崩壊にも匹敵する一時代の区切りになるかも知れない。

 日本を襲った地震と津波もさることなが、フクシマを襲った放射能の恐怖である。核の管理は、限りない大きな力に魅せられた「原子力体制」を支持する「人々」に委ねられている。その「人々」を信じることが、いかに愚かであったか、この「ポスト・フクシマ」の方は、また稿を改める。

 ビンラディンは、これまで生きているのか死んでいるのかわからなかった。アメリカはその中で彼を追って10年も戦い続けたのである。米軍がパキスタン軍施設に近い隠れ家を急襲し、死体を海に捨てたことになっているが、その真相は別として、存命していないことはほぼ確実になったと思う。

 この殺害をめぐって、さまざまな反応がでている。いくつかあげてみよう。まず、ビンラディンが神聖視され、報復テロが激化するだろう、というもの。そもそも、9.11の主導者がビンラディンであるとの確証のないまま、彼をヒーローに仕上げカリスマ化したのはアメリカで、すでに彼の育てたアルカイダは、同時多発テロを起こすような機動力がなく、各地の自称・アルカイダが主になっている。

 イエメン、シリア、イラク、ガザ地区などにアルカイダが送り込まれているというが、反米闘争と位置付けられる組織的な結束や行動があまり見られない。今後も貧困や差別に反発した散発的な自爆テロが後を絶たないだろうが、米軍(外国軍)撤退が進めば反米テロは自然解消するだろう。

 次に、アメリカで群衆が集まって勝利の歓呼の声をあげたとか、イスラム圏ではアメリカに対する抗議の集会も報じられている。思慮に欠けたこのような動きは別として、米軍の行動はパキスタンの主権侵害であるという指摘もある。塾頭は、これらのいずれも大勢に影響することなく、この事件で和平路線が促進されると見る。

 つまりこれは、綿密に組み立てられたアメリカの決定的な「出口作戦」なのである。この時期が選ばれたのは、エジプト、リビア、シリアといったイスラム有力国をはじめ、イエメン、レバノンその他の民衆蜂起が独裁体制をゆるがし、これまでのようなアメリカの干渉を止めて、中東から手をひくチャンスにしたい、ということではないか。

 もちろん、イスラエルに肩入れしてきたパレスチナ問題は残る。ここにも、新情勢が生まれた。これまで分裂していたパレスチナの強硬派ハマスと和平指向のファタハの和解統一である。さらにエジプト、シリアの政変を受け、穏健派イスラム原理主義といわれるムスリム同胞団の影響が強くなり、相対的にアルカイダが進出する余地が狭まれば、イスラエルはアメリカの威を頼りにするすべがなくなる。

 オバマ大統領がイラクからアフガンに転進をはじめてから「敵はタリバン」と言い続けてきた。タリバンは、たしかにビンラディン引き渡しを拒否した当時のアフガン政権の主体で、アフガン戦争により壊滅したた。しかし、現在確実に地方で勢力を回復しており、現カルザイ政権も治安回復には彼らの協力なしでは不可能になっている。

 また、パキスタンはインドとの対抗上、タリバンを育ててきた過去があり、アメリカの追討作戦に協力しきれない面があった。最近のアメリカの無人機によるパキスタン北西部の爆撃は、パキスタン人の反米感情に火をそそぐものでしかなかった。

 私は、今度の作戦がパキスタン政府と同軍部の暗黙の了解のもとで行われたと思っている。その証拠のひとつは、パキスタンのタリバン運動(TTP)のスポークスはロイターに電話したとされる「パキスタン指導者やザルダリ大統領、同国軍がわれわれの第1の標的となる。米国人は第2の標的だ」という声明にも現れている。

 ビンラディン殺害作戦で損をする国はどこにもないのである。最も得をするのがアメリカでありオバマなのだ。この国は、勝ったことにしないと撤兵しにくい。市民が戦勝気分にわくのも計算済みだ。際限のない帰還兵士の傷病対策、財政危機を救う軍事費低減はもとより、オバマの支持回復は、これを措いてほかにない。  

 そもそも、国家を敵にするのでなければ、いわゆる「抑止力」などというものは意味をなさない。アメリカは今後どこを敵とするのだろうか。さきにも言ったが、ビンラディンを敵にするのは相当無理があったのだ。だからそれをかばったアフガン国家、→その母体であるタリバン、と迷走を続けなければならなかった。

 アフガンの治安維持に問題ありとする撤兵反対派は依然として大きいだろう。しかし外国兵がいなくなって生じる治安悪化は一時的なもので、居座ることの方が勝るとはいえない。また、一方ではアメリカ不在の間隙を縫って資源獲得をねらう覇権主義的な動き、たとえば中国などを警戒する、などの論もでてくるだろう。

 しかしアメリカを反面教師とし、国際社会から孤立するような行動はとれない。さらに、国内問題を抜きにしてアメリカにとって代わろうという野心を持つ国は当分でてこない、と見た方が順当だ。こうして見ると、世界は古典的な戦争を過去のものとし、新しい平和構築・安全保障の枠組み作りに進みだす。これが、楽観論者・塾頭の考えである。

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2011年5月 1日 (日)

「脱・原子力ニッポン!」を(6)

原発問題、海外はどう見るDscf3399
 日本にいるとよくわからないが、この度の震災の海外での報道は大変なボリュームらしい。人類がこれまで目にしたことのないような津波の猛威が映し出され、被災者への共感が寄せるとともに、日本人の秩序を守り団結する姿が感動を与えたようだ。

 その一方で、福島第一原発から、低濃度の放射能に汚染された水を放流したことに対し、韓国やロシアから事前連絡がなかったという厳しい抗議を受けた。日本への渡航者は激減し、輸出品には食品はもとより工業製品まで放射能汚染のない証明を求めるなど、防護・警戒姿勢を強める国は数十か国にのぼった。

 ドイツは、脱原発緩和策を撤回し、中国やアメリカは新設の計画を先延ばしし、韓国・台湾・イタリアでは建設候補地などで大規模な建設反対デモが起きた。原発を商売にしたいフランスや原発導入で先進国の仲間入りを果たしたいベトナムなどを含め、全世界は福島原発事故の推移を固唾を飲んで注視している。

 前にも書いたが、、広島・長崎、ビキニ環礁で死の灰を浴びた漁船まで入れれば、4回も放射能の洗礼を受け、その怖さを知っているはずの日本が、これまでの「原子力体制」を維持し続け、ほとぼりのさめたころ「はい、日本です。新型原発を買ってください」などと外国向け商売を再開できるだろうか。

 横っ面を張り飛ばされないまでも、決して尊敬はされまい。これまでつちかってきた原子力関連技術や放射線医療の知識を生かして、世界の脱原発の先頭に立ち、併せて核軍縮および核廃絶のリード役に躍り出る、政・官・財・学・一部マスコミにとっては大変な発想転換だが、日本外交の地盤沈下を防ぐ残された唯一の道であり、「災い転じて福となす」絶好のチャンスである。

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