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2011年4月14日 (木)

終戦直後は電力豊富

 ある有識者の偉い先生曰く、「電気の節約も終戦直後のことを思えばまだまだできるはずです」。
 ご存知ないな。知らない人が聞くと毎夜ローソクの火で過ごしたように聞こえる。戦争中は爆撃目標になることを恐れて灯火管制というのをやった。街灯からは電球を取り去り家庭の照明も暗くした。なにも節約したわけではない。

 戦後は、軍需工場で電気を使わなくなったので、食料は不足していたが、電力は一挙に余ってしまった。家庭で使う電気は、電燈とラジオぐらいだ。ちょっとした家には電気アイロンもあったが、まだボディーに炭火を入れるアイロンも活躍していた。困ったのは、電球が切れると換えが手に入りにくかっただけ。

 電蓄(電気蓄音機)や扇風機はお金持ち用だ。ビルやデパートは天井に大きなファンの扇風機がゆっくり回っていた。ほかに家電製品なるものはまだ発明されていない。そこにはやったのが電気コンロである。

 ニクロム線(誰でも知っている言葉だった)を渦巻き状に取り付けた簡単なもので、煮炊きやこたつに入れて使った。小さくても2~300Wは使う。電気代は安くはないが、今の感覚からすればふんだんに使えて便利だった。

 煮こぼれなどがあればニクロム線がよく切れる。それをつなげては使うのでニクロム線がだんだん短くなる。消費電力がふえるので、しまいに今でいうブレーカーにあたる鉛線のヒューズが飛ぶ。そこで、荷札についている細い針金を一本抜いてきてヒューズがわりにつないでまた使う。

 そんなことをよくやったものだ。終戦直後をすべて悲惨と見るのは当たっていない。生活の知恵はいろんなところで働いた。ただ、今度の震災があらゆる意味で先の戦争に劣るものではないことだけは、実感として間違っていない。レベル7である。

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