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2011年3月

2011年3月31日 (木)

震災後の20日間

 日本は、震災前から変わらなければならなかった。また、変わるべきだった。国民はそれを期待して政権交代の道を選んだ。しかし、次第になにも変わらず、中には悪化しかねないことがらも目立つようになり、菅内閣支持率は底辺をうかがうようになった。

 「3月危機」、それは全く別の方からやってきた。日本の根幹をゆるがす大地震、津波、原発崩壊のトリプル・クライシスである。それからの20日間、何が変わり何が変わらないのか、しっかり見つめておく必要がある。

 当塾は、前々回に「震災は政治改編の好機」と題して、当面の連立を含む「危機突破政府」と、緊急事態を脱した段階で、政界再編まで視野に入れた日本再建のための公約を競う総選挙で選んだ「復興・再建政府」の2段階案を書いてみた。

 書きながら、なにか実現性のない理想案のようで気恥ずかしさもあったが、こういった際だから景気づけもいいかな、ということで投稿した。さて、この20日間を見て、まずほとんど変わらないトップが、福島原発の危機的状況である。

 それに関連して、このあと東日本の電力供給がピンチに陥り、国民生活や日本経済が激変を余儀なくされることがわかった。ことによると経済大国から一歩後退し、これまでの国際的地位を失うことになるかも知れない。これが今後の大きな変化である。堅実、安全を売り物にした日本の技術力への信頼に陰りを生ずる、この変化も前回書いた。

 政界を見ると、言いにくいことだが、明らかに地震は菅内閣にとって「神風」となった。3月危機はおろか、新年度予算も、与野党対立案件やマニフェスト抜きの危機対応型編成で執行できるようになるだろう。

 一方、統一地方選も与野党激突型の選挙にならず、投票率は劇的に低下することが予想される。したがって、結果がローカルのエピソードとして語られることはあっても、結果が中央政界に影響することはまずないであろう。

 以上が大いに変わった点である。全く変わらないのが、自民党とそれを支持する傾向の強い産経新聞と読売新聞である。こういった事態には、当然政府に公的な情報が組織的に集まり、速やかな対処が求められる。

 政府の判断に、後講釈的な批判はできても、野党が政府以上の処置を講ずることはできない。どうしても、政権中枢のメディア露出度は高くなるのが当然だ。この点で点数を高めているのが、原発処理を報告する枝野官房長官の明晰な語り口である。

 そこで、妬心あらわな自民党筋の発言が出てくる。曰く「丁寧語がわずらわしい」、「首相をはじめパフォーマンス優先」、「連坊大臣がファッション気取りで防護服を」、「首相の原発視察はけしからん」などなど。無理したあらさがしは見苦しい。

 「連立はいいけど、菅首相では参画する人がいない」という発言は、あきらかに地震対策の失敗を期待し、共同責任を負うことを避ける意向であることを隠そうともしていない。これでは、自民党の支持率が高まるはずがない。永田町界隈にいるとこんなことさえわからなくなるのだろうか。

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2011年3月29日 (火)

原発は国営化せよ②

 このテーマは、大地震発生の2日後、東電役員のあまりにもの無責任な発言に触発されて、一気に書き上げたものだ。それだけに、今の時点で大きな見当違いがないかどうか読み返してみた。結論から言うと、その後の各種報道は、より強調されてしかるべきだという傾向を示している。

 塾頭は、地震についても原発についても専門知識を持たない。だが、いわゆる素人考えが案外当たっていることもある。東電は、「津波の高さが想定外」だったと、その一点に絞っているようだがそれはウソである。原子炉運転の心臓部である電源のバックアップは、ディーゼル発電機さえあればいいと考えていたことが、庶民から見て想定外なのである。

 東北電力からの外部電源を引くのに、何日もかかってもたもたしていた。これなど、どうしてすぐつなげるようそばまで線を引き、切り替えられるようにしておかなかったのか。柏崎原発でも、自家発の近辺で火災が発生して騒いだばかりではないか。

 3、4日で終息に向かうと思っていたのが、いまだに先が見えない。日本が得意なはずの専用作業ロボット、無人飛行機それに真水運搬船とか、非常用電源船・救援船など、現在のような事態を想定した準備がなかったのかと思っていたら、フランスやアメリカにはそれがあって、応援の申し入れもあったという。しかも最初は、それを断っていた。

 塾頭は、「電気がいらず、水や振動に強く、薪か石炭で動く蒸気エンジンのポンプぐらいあってもいいではないか」、とある書き込みに書いた。このところ、現場を必死で支える職員は、肉親の安否もわからず、ビスケットや缶詰などの一日2食で、まだ一度も風呂にはいれず、廊下で雑魚寝だという。

 これは、職員の犠牲的精神の美談ではなく、東電の危機管理対策がゼロであったことを余すとこなく伝える醜聞だ。塾頭は、原発安全神話を信じてはいないが、それでも事故当初は、日本の技術をもって海外から賞賛されるような処理ができるのではないかという、淡い期待を持っていた。

 この信用を無くしたというダメージは、とてつもなく大きい。どうしてこのような事態に至ったのか、文末に長い引用を毎日新聞からさせていただいたが、保護されている独占企業、政府、マスコミまで含めたなれあいを突く国家的構造欠陥を明らかにした点で目新しい。

 すなわち、一見万全を期しているようでも、人間のすることだ。判断の甘さや錯覚、思い込みなどの中から取り返しのつかな結果を生むことがある。原子力というのはそういうものだ。世界の信頼回復は、このままの体制でハードをすこし改善した程度で追いつくものでなない。これまでの原子力政策を白紙に戻し、ゼロから再出発するしかないだろう。

 当塾の「国営化論」も、原発存続強化のためでなく、安全かつ合理的な撤退作戦の検討、代替エネルギー開発強化と普及、核拡散防止(廃絶)を目指す国家的技術プロジェクトの一環としての位置づけなど、目的を大転化させるものとして考えたい。

発信箱:すべて想定されていた=福岡賢正
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 原発事故の報道に強烈な居心地の悪さを感じている。その理由を突き詰めていくと、メディアが安易に使う「想定を超えた」という言葉のせいだと思い至る。眼前で今起きている事態は本当に想定外だったのか。

 《最大の水位上昇がおこっても敷地の地盤高(海抜6m以上)を越えることはないというが、1605年東海・南海巨大津波地震のような断層運動が併発すれば、それを越える大津波もありうる》

 《外部電源が止まり、ディーゼル発電機が動かず、バッテリーも機能しないというような事態がおこりかねない》

 《炉心溶融が生ずる恐れは強い。そうなると、さらに水蒸気爆発や水素爆発がおこって格納容器や原子炉建屋が破壊される》

 《4基すべてが同時に事故をおこすこともありうるし(中略)、爆発事故が使用済み燃料貯蔵プールに波及すれば、ジルコニウム火災などを通じて放出放射能がいっそう莫大(ばくだい)になるという推測もある》

 すべて岩波書店の雑誌「科学」の97年10月号に載った論文「原発震災~破滅を避けるために」から引いた。筆者は地震学の権威、神戸大の石橋克彦氏。つまり今回起きたことは、碩学(せきがく)によって14年も前に恐ろしいほどの正確さで想定されていたのだ。

 石橋氏はその後も警鐘を鳴らし続け、05年には衆院の公聴会でも同様の警告を発している。電力会社や原子力の専門家たちの「ありえない」という言葉を疑いもせず、「地震大国日本は原子力からの脱却に向けて努力を」との彼の訴えに、私たちメディアや政治家がくみしなかっただけなのだ。(以下略)
----------------(毎日新聞03/29)

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2011年3月28日 (月)

震災は政治改編の好機

 塾頭は、今回の震災が日本の政治にとって、先の大戦に匹敵するほどの大きな転機だと思っている。今、政治がやり遂げなくてはならないことは、大きく分けてふたつある。まずは、国家存亡にかかわる緊急措置の果断な実行、次いで国の将来を見越した再建・復興計画樹立である。

 これらの問題がややもするとごっちゃに議論され、国民を不安に陥れている。終戦時は、ポツダム宣言受諾・天皇による詔勅放送から武装解除、占領軍受け入れという緊急措置が大きな混乱なく進められた。

 敗戦処理をした東久邇内閣が退陣して半年後、戦後はじめての総選挙が行われ、新憲法案の審議が始まった。今回も、これと同じような段階と手順が必要で、分けて考えなければならない。マスコミや多くの論者は、政治を民主・自民両党の権力争いという、これまでの延長線上から抜け出せない見方をする。

 今回の災害のもたらす影響は、戦後高度成長の惰性をかりてというような生易しい対処では乗り切れない。国力も国際環境も産業構造も激変しているのだ。ここで、日本の政治に転機をあたえる具体案を考えてみた。

 まず、政治目標を「危機突破・緊急対策政府」と「中長期復興・再建政府」に二分して考える。前者は現菅内閣が主体で、野党からも人材を集めた挙党連立内閣とする。ただし、期限を設け、9~10月ころ解散・総選挙で民意を問うて「中長期復興・再建政府」に移行する。

 選挙の公約作りは、政府の業務に直接たずさわらない党が中心となるが、今後の日本の経済・防衛の在り方のうち、「原発、凍結・削減」か「安全確保・推進」か、「日米同盟の抑止力依存」か「米軍基地縮小」か、さらに財政、福祉、景気対策など、諸対立点を明確にする。

 大政党は、なかなか党内を一致させることは困難であろうが、「民主党は見限ったが、自民に投票するのもいやだ」という国民意識がある中、党分裂・小党乱立をいとわず百花斉放で大いに論争を高めるべきだ。つまり55年体制前の状況を再現させる。

 その結果として、政治の閉塞状態から抜け出し、大災害を奇縁とした政治改編が実現して日本に新たな目標と活力がよみがえる、「塾頭のたわごと」といわれればそれまでだが、その程度の夢は持たせてほしい。

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2011年3月26日 (土)

江戸の冬と味覚

 電力ゼロでも心豊かに暮らせた時代があった。
庶民は、「あんこうのようなもの」(落語)で店の小僧をからかいながら、「おーい、お銚子1本!」があればもう極楽。
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あんこう鍋
1人前¥3400
神田淡路町
老舗・伊勢源で

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2011年3月25日 (金)

作業員「搬送」とは何だ!

 福島原発で被曝した作業員を《搬送》した、とマスコミが一斉に伝える。搬送とは生きているひと様に使う言葉ではない。

 広辞苑
はん-そう【搬送】荷物などをはこびおくること。―・たい【搬送帯】コンベヤーの訳語。―・つうしん【搬送通信】搬送波を用いて行う通信方式。―・は【搬送波】情報を含む低周波信号電流によって変調され、これを搬送する高周波電流の称。電信・電話・ラジオ・テレビなど、有線・無線の別なくいう。

 マスコミの中には、「病院に向かった」とか「入院した」と言い方をしているところもある。「搬送」としたところは、即刻訂正してお詫びすべきだ。決死の作業にたずさわった英雄的作業員に失礼ではないか。

 たった今(3/25、20:00)、菅総理大臣まで声明に使った!。多分、救急車の業界用語をそのまま使っているのであろう。

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2011年3月24日 (木)

反戦塾乗(11/3/24)

非日常
 大地震以来の「非日常」は依然として続いている。まず余震。このキーを叩いている瞬間にもゆれがあった。数えていないが、1日10回ではきかないだろう。震度3や4では全く驚かなくなった。いちいち付き合ってはいられない。

 次が計画的ではない計画停電。夜はローソクの火の元で食事をし、あとは寝るしかない。時間帯がその都度違い、突然中止になることも多い。なにか得をしたような気になるが、一日の予定がまるで立たない。

 「日常」が見えてくるのは、福島原発のコントロール回復と歩調を合わせることになるだろう。政治批判はそれまでお預けだが、この国を挙げて協力し合わなければならない時に、内閣支持率のアンケート調査をしている無神経なメディアが1社あったことには驚いた。

民衆の力 
 エジプトでデモがあった。ブラカードの代わりに、思い思いの手製日の丸を頭上に掲げている。笑顔の子供の顔が可愛い。「私たちは貧しくて物をあげられないけど、日本がまた強くなるようにデモをするの」だという。

 チュニジア、エジプト、リビア、イエメン、バーレーン、オマーン、シリア、断片的に伝わってくる民衆蜂起は、それぞれ動機が違い、この先どこに落ち着くのかみえない。その中で、エジプトの「がんばれ日本」デモは、なによりの贈り物だ。

 一方、リビアのカダフィーの頑張りが世界に異変を起こしている。世界の警察官・アメリカがヒヨっているのだ。NATOは、アメリカにやる気がないとバラバラ。テロとの戦いがあほらしいことに、ようやく気がついたのだ。

 モンロー主義のアメリカに先祖返りをするのかどうか、日米同盟の中味ももよほど性根を固めて考えるべき時代が近づきつつある。災害復旧でお世話になったのを機に、「抑止力」の呪縛から離れてみようではないか。

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2011年3月22日 (火)

中国の思想

 このたびの大地震で、海外のメディアは日本人の冷静な対応を驚嘆をもって伝えているようだ。特に中国では在日特派員、留学生、旅行者などを通じて、危機に臨んでも秩序を失わず、謙譲と助け合いの精神で中国には見られない団結力を発揮、災難を克服していると驚きの目で見ているという。

 ネットの書き込みに「ざまを見ろ」的なものがないではないが、たちまちにして非難の声にかき消され、中には、将来中日が戦うようなことがあれば、中国は必ず負けるに違いない、という「自虐史観?」まであるようだ。

 えらい様変わり、と思う人がいると思うが、実はそうでもない。世相は時と共に移り変わるという「革命思想」は、古来から中国に一貫したものがあり、「共産中国」だけが中国だと思っているような視野の狭さでは、将来必ず道を誤ことになる。

 塾頭が子供の頃、「メンファーズ」という日本語化した中国語があった。「仕様がない、あなたに合わせよう」といった感じで、帰還兵などを通じてもたらされたものだ。漢字で書くと「没有法子(メイユーファーツ)」である。

 ニム・ウェルズの観察によれば1937年頃の、老朽中国の精神をあらわす常套語は「没有法子」のほか「馬々虎々(ママフーフー)」「不要緊(プヤオチン)」「差不多(チヤプトオ)」などであった(竹内実『中国の思想』NHKブックス所載)。

 「馬々虎々」は文字に意味はなく、音で表現したもので日本語にすると「マアいいんじゃないの」程度の意味、「不要緊(プヤオチン)」は、どうでもよい、気にするな、「差不多(チヤプトオ)」は、でたらめ、中途半端な仕事ぶりのことをいう。

 魯迅もこれらのことを日本人の「生真面目さ」と対比して論じているので、別に外国人の見た一方的な偏見ではない。それが、昨今の反日感情や抗日姿勢で全く逆に見えたのは、共産革命に身を挺したエリート青年共通のモットーが、古い中国からの脱却であり、現在もそれが続いているからだ。

 そういったモットーや建前で、4000年の歴史を持つ中国人の深層まで変わってしまったわけではない。言わんとしていることは、日本人は中国人を理解しきれていないし、中国人の日本観も誤解に満ちたものであるということである。

 ひとつお断りしておくが、前述の老中国を表す言葉は、俗界や政治から距離を置き隠棲した聖人君子や、「中庸」といった中国思想と無縁ではなく、美徳として考えられたこともあるのである。

 中国文化や儒教移入に熱心だった中世から江戸時代にかけて、日本に多くの影響をもたらした。したがって、相互の思想の中には底流で相通じるものがある、ということに気付かざるを得ない。反面、絶対同化しきれないものがあることも事実であるが、二者択一しかない欧米の一神教諸国より近い考えが持てるはずだ。

 その障害になっているのは、政治の硬直化、相互不信と誤解の増幅、それに低次元のナショナリズムやポピュリズムなどである。大震災で情報疎通が進展したことは、不幸中の幸いであった。さらに人的交流や文化交流がより活発化することにより、障害がひとつひとつ取り除かれる日がやがてくるにちがいない。

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2011年3月21日 (月)

水温む

今日、お彼岸の中日。雨模様。写真は19日。

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2011年3月19日 (土)

板垣死すとも……

 今帝国議会に立て堂々侃々の言論をなし、以て勝を制するは容易なりとするも、その結果たるや、いたずらに議会の解散を見るにすぎず。初期の議会すでに解散せられ、次期の議会もまた解散せられ、一集一散。社会の紛騒を醸生するが如きことあらば、国民の幸福を那辺に向て求めんとするや。

 たとえ議会は解散せらるることなく、内閣大臣をして容易にその椅子を去らしめ、我取てこれに代わるを得るも、久しく我国専制政治の下に養成せられたる陸海軍のごときは、彼の欧州立憲政治の下に養成せられたるものと、もとより大いにその趣を異にするがゆえに、そのこれを駕御するは必ず容易ならざるべし。

 果たして然らば、吾党が従来計画期図したる国民の幸福は、何によってその目的を達するを得るや。(『明治文化全集・正史篇』下巻、坂野潤治『明治デモクラシー』岩波新書・所載)

 板垣退助が明治憲法発布の前年、明治22年に述べた疑念である。現在の政情そのままであることは信じられないほどである。「日本の民主主義は上から与えられたもの」などという「自虐史観」があるが、明治10年代の「自由民権運動」は、すでに議院内閣制の行方を見極めるほど発達していたのだ。

 明治23年11月29日に初の帝国議会が招集される前の事である。しかしすでに地方議会が先行しており、明治11年3月2日の東京府会発足をはじめとして、各県の県会が続々と成立、選挙で選ばれた議員が政党を組織して、地方自治や政治のありかたについて白熱した議論が展開されていた。

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2011年3月18日 (金)

非日常②

 当塾は前回「非日常」の題をつけ身近の写真だけを掲載した。しかし今、世に起きていることの「非日常」はとてもそんなものではない。地震・津波の地獄、放射能汚染危機、人口移動、内外の経済秩序破壊……。

 少年時代に経験した戦中にも「非日常」があった。政府は「非常時」といって忍耐を強い、国民精神の統一をはかった。国民は戦争目的のため、日常の言葉を失った、いや失わされたのだ。それとは全く違う「言葉を失った」、「言葉を選べなくなつた」現象が、今、わが身に降りかかっている。

 被災者にどんな言葉がかけられるのだろか。ありきたりの慰めの言葉、同情、激励、いずれも相手を傷つけずに発言できる自信はない。あるTV中継で、被災者が叫んでいた。「頑張れ頑張れというれど、なんにもないのに何をどう頑張れというのだ!」。

 怒り、呪い、恨みをぶつければぶつけるほど救いから遠のくのが天災だ。忘れること、忘れてならないことを、どうして人に押し付けられようか。この非日常の中で、「反戦塾」を掲げ、惰性のおもむくまま書き続けることには、どうしても困難を感じてしまう。

 だからといって閉塾するわけにはいかない。当分は、投稿が不規則であったり、日頃のパターンから外れた雑然としたよりマイナーなブログになりそうだ。「日常」に復するまで、社会の動きに対する観察眼を磨き続け、日常に復する日を待とう。その日は、意外に早く来るはずだ。

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2011年3月16日 (水)

非日常

Dscf3365 ↑私立中学
ガソリン・軽油売り切れ

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路線バス間引き

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新聞遅配お断り

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2011年3月15日 (火)

反戦塾乗(11/03/15)

 この題は、さしたるニュースがない時に使う。ところが今回は逆だ、ニュースがありすぎる。しかも国の根幹をゆるがす大ニュースの連続だ。

原発国有化の第一歩?
 福島原発の危機拡大と東電の情報管理体制に不満を抱いた首相は、今朝未明東電本社に赴き、政府・東電の統合対策本部を設け、自ら本部長につくことを宣言した。前回のエントリー「原発国有化」への第一歩になるか?。東電社長の責任放棄にならなければいいのだが。

地震の命名
 この題名は08年の6月のエントリーだ。気象庁が名付けた「岩手県・宮城県内陸地震」のことである。今回は「東北地方太平洋地震」、これが正式名称だという。いかにもお役所仕事(気象庁は国交省の一部局である)らしい名前で、実感をともなわず覚えにくい。
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_e4cb.html

 マスコミもほとんど使っていないが、今のところ統一されたものがなく、後世これを語り継ぐ際、何と呼ぶことになるのだろう。「関東大震災」のように、短く実感できるものが最善だ。教科書に責任のある文部省は、まちがっても気象庁と横の連絡を密にしないでほしい。以下、マスコミが使っている名称である。(記事によってまちまちのところもあるかも知れない)

・東日本巨大地震(日経、読売)
・東日本大震災(毎日、東京、朝日、産経、あかはた)
・東北関東大震災(NHK)
・東日本大地震(日テレ)

 海外から見るとズバリ「ジャパン・トリプル・クライシス」である。地球規模で地震・ツナミ・原発が語り継がれることになるだろう。

やっぱり厄年「卯」
 「卯年の飢饉」は、2010年4月17日のエントリーだった。別に今年を占う気はなかったのだが、徳川時代の自然災害連発、政治の無力が表面化し、「迷惑(明和9=メイワク)年」(1780)や「卯年の飢饉」(1783)といわた時代のこと思い起こしたのだ。
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-811e.html

 象徴的なのは、卯年にあたる天明3年の浅間山の大噴火だ。死者2万人と称される。また奥州の大飢饉の悲惨さは言語に絶するものがあった。この時代に日本がこうむったダメージは、今回の地震を上回るといっても過言ではなかろう。明治維新はこれから85年後のことである。

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2011年3月13日 (日)

原発は国営化せよ

 12日午後3時半過ぎ、福島第一原発1号機建屋がさく裂音とともに白煙を空高くあげ、上部壁、天井を吹き飛ばした。遠方のカメラでこの瞬間を映したビデオをテレビの映像で見られた方は多いと思う。

 マスコミは、メルトダウンとか放射能漏れが午前中に発覚したあとのことで、これを容易ならぬ事態とし一斉に「爆発」と伝えた。ところがどうだ、東電の役員は何と言ったか。(毎日新聞11/3/13)

 東電の小森明生常務(原子力・立地副本部長)は12日夜の記者会見で「通常とは異なる過程で原子炉建屋の上方が解放された。言葉としては爆発だった」と認めたが、「会社としては水素爆発だったと言えるだけの議論はまだしていない。そういう可能性はあるということでおっしゃったのではないか」と述べるにとどめた。

 塾頭が表題の記事を考えたのは、この常務の度はずれた「言葉」に対する侮蔑が、許しがたいからである。マスコミが見、国民が感じた事柄を言葉をもてあそんですり抜けようとする態度はどこからくるのか。

 「立場立場があるから……」などという弁護は一切認めない。それが過去一貫した同社の基本姿勢だからだ。省エネを言いながら、電力売上高の伸長を希い、利益を増大させて安定高配当を実現させる、それが自らの地位を守る唯一の途、と考えていたからではないのか。

 原発は、政府の厳重な規制と監督下にある。ところが、これを隠れ蓑とし、民営会社のもっとも悪い面を仕事に反映させた結果が、矛盾だらけの詭弁として、おもてにさらされることになったのだ。「民営化できるものは民営化」で旗を振り、ブームに乗って「郵政民営化」を実現させた小泉改革とは全く逆に、この際「原発国営化」を提唱する。

 当塾は、反核運動としての原発撤廃論はとらない。また、核兵器の知識も研究も不要という考えにも否定的であることは、過去言い続けてきた。しかし、今回の地震により、原発に対する国民の信頼は、過去にない急降下を示すに違いない。福島原発の再建や新規立地は絶望的になることも考えられる。

 だけど、原子力が日本のエネルギー源の10%を超えるようになった現在、原発を全廃させるわけにいかない。使用済み核燃料処理という荷物も背負ったままであり、核の国際的番人の役割をになうIAEAの事務局長に天野氏を送り出したばかりだ。

 そうすると、いまさら原発から逃げ出すことはできず、高度の技術と安全のシステムづくりで、当分はおもりし続けなければならない国家的な義務がある。だからといって、信頼しきれない電力会社にその一端を委ねる気は到底しない。

 国営の目的は、国民に安全・安心を提供することにある。つまり自衛隊と同じで国民のコントロール下にある「暴力装置」のひとつとして考えようということである。違う点は、費用を税金ではなく、電力会社の払う電力料金でまかなうということである。

 電力会社にとって、おそらく高い電力料金を課せられることになるだろう。東電は明日から、輪番停電を実施するという。福島原発の操業不能の原因は、バックアップ体勢の不備であった。 こういったことで、何のペナルティもなく、過失による安定供給義務違反を見逃すことなど、どうしてできようか。

追記(03/14)
3月14日付毎日新聞による、小森常務の事態発生根拠に関するコメントの追記。

 東電によると、非常用発電機は原子炉やタービンと同じ重要度で、もう少し標高の高い場所にあるが、ポンプなどは重要度がやや落ち、津波に冠水した。東電の小森明生常務は「あまりに想定外の高さだった。原発はかなりのタフネス(頑健さ)を持っていると思っていたが、電源の重要性を再度、しっかり考えなければならない。重い、厳しい教訓だと、率直に受け止めている」と唇をかむ。

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110314ddm003040083000c.html

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2011年3月11日 (金)

最大級地震見舞

 Dscf3353 11日午後2:46の地震の震源地は三陸沖で、震源の深さは約20キロ。マグニチュード(M)は8・4から8・8に修正された。関東大震災のM7・9を上回り、気象庁によると国内観測史上最大級。被災地の皆様にお見舞い申し上げます。(↑反戦塾被災状況)

追記:13日にマグニチュードは9.0に訂正されました。三陸沖から茨城沖まで長さ500キロ、幅200キロの断層を総合、ほぼ同時に起きた単一の地震とみるとそうなるのだそうです。なお、震源の深さは、気象庁の公式発表が10キロから30キロまでさまざまあり、落ち着かないのでそのままにしておきます。

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メア発言にはない「抑止力」

 メア発言が明るみに出たのは7日である。当塾は8日これを記事(前回)にした。おもな趣旨は、現地沖縄の激しい反応にくらべ、中央マスコミの反応がにぶく、政府もまた鈍感でまともな抗議ひとつもできなかったことである。

 それから5日たった。9日ころから急に報道量が増えたが、その中身は沖縄県の怒りや、メア発言の経緯や米当局の素早い謝罪ぶりなどである。すなわち「沖縄県民を侮辱した」という感情論が中心で、ことの真相に迫るものは皆無だということである。

 沖縄の米軍駐留がなぜ必要なのかについての結論は、次に引用する憲法にからめた、軍事費節減効果だけで、日本の外交・防衛筋が力説する「抑止力」には一切でてこない。触れたとすれば大学生の研修のポイントになるはずである。報道されないということは、言わなかったということなのだろう。

 日本の憲法が変わると日本は米軍を必要としなくなってしまうので、米国にとってはよくない。日本政府が現在払っている高額の米軍駐留経費負担(思いやり予算)は米国に利益をもたらしている。米国は日本で非常にうまくやっている。【共同】

 そうすれば、鳩山発言の「方便」ときわめて綿密な整合性がでてくる。当塾でこれまで再々指摘してきたことがら、
 ①アメリカの世界戦略は、太平洋の拠点基地をグァム、ハワイに集約することで、在日基地の機能は低下する。
 ②それでも在日基地を維持し続けるのは、思いやり予算などで軍事費の軽減ができることが当面最大の国益であり、演習基地としても便利に使える。
 ③「抑止力」は、むしろ日本側の要望からでた論理で、外務・防衛官僚が長年慣れ親しんできた方法で楽がしたいからだ。
という推測がますます真実味を帯びてくるのだ。

 メア発言で日本が注目しなければならないのは、言ったことでなく言わなかったことの方である。日米同盟を引っ張り続けてきた自民はもとより、菅政権もこの醜い隠れ蓑を使い続けてきた。国会で激しくこの点を追及するとすれば、共産・社民しかない。

 委員会の割り当て時間が少ないのか、その能力がないのかわからないが、沖縄県民の基地闘争に呼応して、たとえ数百人の規模であろうとも、連日抗議デモを組むじらいのことをしても罰はあたらないと思うのだが。

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2011年3月 8日 (火)

メア発言の××たけだけし

  米国務省日本部長メア氏の「沖縄県民はゆすりの名人」などといった発言が、前原外相辞任など内政混乱のかげにかくれ、沖縄以外では見過ごされようとしている。沖縄県会が早速抗議の決議をし、2大県紙が社説を掲げ、アメリカ側に内在する僭越な在日基地感覚を突いたのは当然である。

 メア氏は沖縄総領事を務めた知日派で、辺野古移転案を強硬に主張し続け、クリントン長官に大きい影響力を持つことでも知られている。しかしその対日理解の程度は、「沖縄の支配者は米国」という占領者意識が今なお息づき、米政府内のゆがんだ対沖縄観、対日観を色濃く投影している」(琉球新報)というもので、このような偏見に満ちた高官が日本の交渉相手であったことに驚かされる。

 このニュースは、共同通信によってもたらされた。朝・毎・読のうち、ややくわしい共同発をそのまま掲載したのは毎日だけで、読売の「一部報道によると」とか、朝日の「県内では反発が」という、よそごと扱いで背景に踏み込むような記事はなかった。

 沖縄の2県紙は、これに周辺情報や追加取材を加えて真相に迫っている。「偏見に満ちた」といったのは、それを告発したのが、沖縄基地問題を研修の対象にし、現地を取材したアメリカの大学生であったからである。

 メア発言は、ほかにも多くある。「沖縄はごまかしとゆすりの名人」「怠惰でゴーヤーも裁培できない」「日本人は和の文化をゆすりの手段に使う」「憲法9条を変えれば、米国の利益のために日本の土地を使用できなくなる」、日本政府は仲井真弘多知事に対し「『お金が欲しいならサインしろ』と言うべきだ」「普天間は危険な空港ではない」などなど言いたい放題。アメリカの大学生が、現実とは違う差別発言に嫌悪感を持ったのは当然であった。

 ゴーヤは、拙宅でも夏の日陰を作っている。果実は、はやりの健康食品として重宝に利用できる。近所では一種のブームにさえなっている。沖縄より本土の方が生産高が高いのは、決して沖縄の人が怠惰だからではない。彼のねじ曲げた発言がこの程度のものであることは、詳報があってはじめてわかることだ。

 琉球新報は、8日の社説で「発言が報じられた7日、永田町・霞が関で追及する動きが乏しかったことは理解に苦しむ」といっている。県会の決議を受け、NHKは夜7時の定時ニュースで、発言の経緯をようやく詳しく報道しはじめた。

 「ごまかしの名人で怠惰」
 アメリカの長い核軍縮と提唱と実態の落差を、深く反省しての言葉かと思った。

と茶化したのは、毎日新聞の夕刊「近時片々」欄である。そんな的をはずした奥歯にはさまったような物言いではなく、普天間移転を種に思いやり予算を増額させる「ゆすりの名人」をそのままお返しした方がいいではないか。

 鳩山前首相の「方便発言」も、メア発言もほめたものではないが、これを奇貨として、日米合意の「できないことをできる」とした「ねじれ現象」に本気でメスを入れることを、政府やマスコミに要望しておきたい。現政府には望むべくもないが、前原氏ならそれができたかも知れない、と思ったことだけを付け加えておこう。

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2011年3月 7日 (月)

もう超然内閣しかない

超然内閣待望論」を書いたのは先月19日だ。その時は半分冗談だったが、前原外相辞任で、菅政権はいよいよがけっぷちに立った。もはやあとがない。話し合いかやけっぱちかは別として、解散しかないだろう。

 昨年暮れの国会が始まる頃、菅政権の継続性を維持するためには3つの条件があると考えた。まず、体を張って首相を擁護してきた仙石官房長官を守りきることであった。法律的な落ち度があったわけではない仙石を、野党の歓心を買うためいけにえにしたあの冷酷なまなざしが、すべての始まりであった。

 2番目は、小沢元代表の証人喚問(政倫審の参考人招致ではない)である。小沢は、自発的ではない強制された形での国会証言を望んでいたと想像する。この方が証言に重みもあり、執拗な国会攻勢をかわして法廷にのぞむ方がいいと思ったのではないか。 

 最後が代表選後たびたび公約してきた「挙党一致」公約の放棄である。これが、1、2の解決に失敗した先にある当然の帰結だといってもいい。党は相次ぐ会派離脱、脱党などの末期的様相を呈し続けているが、ここにきて、内閣の主柱であった前原の辞任により、舵を失った難破船同様になってしまった。

 菅内閣発足間もない頃、「血迷ったか?田中秀征」と題し、かつて「さきがけ」で同じ釜のめしを食った評論家田中秀征が、菅に首相の資質なしとした論調を非難した。民主党創設以来、何度も代表選にでてその任にもついてきた人だ。これほど資質がないとは誰が信じようか。

 中味はそれほどでもないが、題が過激だった。この点は反省してお詫びしなければならない。以上のすべては首相の資質、指導性のなさに結び付けざるを得ないからだ。次々と仲間を放逐し、党内の人材も菅から距離をおきはじめた。

 冒頭に「解散しかないだろう」と書いたが、民主党3代目の首相というのはどうも考えにくい。かりにあったとしても、衆院の現有勢力は保てない。かといって自民党が過半数を確保するめども立たない。となると、現在のような政治情勢は当分続くことになる。

 内外ともに、予算すらまともに決められないというような、悠長な政治情勢が許される時代ではない。現横路衆議院議長・前河野洋平衆議院議長が解散後無所属で立候補し、両者協力して超然内閣を提唱するような手だてはないものか。今の政党内閣制のもとでは無理だろうが、他にもっといい方法があったらぜひ教えてほしいものだ。

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2011年3月 4日 (金)

中朝国境の大爆発

 全然違う目的で韓国の新聞をサーチしていたら次のような記事が目に入った。(「朝鮮日報」日本語版3/3)
http://www.chosunonline.com/news/20110303000038

 (前略)白頭山の火山対策は、昨年下半期から政府全体で進められてきた。昨年8月に行政安全部、教育科学技術部(いずれも省に相当)、消防防災庁、気象庁など九つの関係機関が協議体を設置して以降、火山活動に対する基礎研究から噴火時のシナリオ別避難対策までさまざまな研究、調査が行われている。

 白頭山は1903年以来噴火していない。なにか差し迫った状況があるのか、この前の記事を見ても、何故このような対策を取るようになったのかに触れていない。そこで、さらに検索を重ねてみたら、去年6月の次のような聯合ニュースが目についた。正確を期すため全文を引用する。
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2010/06/18/0200000000AJP20100618001300882.HTML

  【ソウル18日聯合ニュース】中国と北朝鮮の国境に位置する休火山の白頭山が、数年内に噴火する可能性があると指摘された。噴火すれば、欧州の航空路をまひさせたアイスランド火山噴火よりも被害が大きいと予想され、気象庁が国家レベルの災害対策に乗り出した。
 気象庁が18日に明らかにしたところによると、釜山大学地球科学教育科の尹成孝(ユン・ソンヒョ)教授は16日に同庁主催の白頭山関連セミナーで、2014~2015年の間に白頭山が噴火する可能性を指摘した中国火山学者らの見解を伝え、対策づくりを促した。詳細な観測資料が入手できず、正確にいつとは断言できないが、白頭山が近い将来に噴火する兆候を見せているのは確かだと強調した。

 尹教授によると、2002年6月に中国東北部の望城県でマグニチュード(M)7.3の地震が発生して以来、白頭山では地震頻度が10倍に増えている。白頭山頂上の火口湖・天池が少しずつ盛り上がっている事実が衛星写真から確認され、天池と付近の森では火山ガスが放出されている。

 また、地震波の分析の結果、白頭山の地下では液状のマグマが約10キロメートル、20キロメートル、27キロメートル、32キロメートルの地点に4重になり分布していることも明らかになった。位置は天池のすぐ下と推定される。

 アイスランドの火山噴火は、噴出量は0.11立方キロメートルだったが、大量の水蒸気と火山灰で被害が拡大した。頂上に20億トンの水をたたえる白頭山が噴火すれば、これよりはるかに深刻な被害が生じると、尹教授は予想する。

 日本の学者の推定によると、10世紀半ばに白頭山でが大規模噴火した際の噴出量は83~117立方キロメートルで、アイスランド火山の1000倍に達する。

 尹教授は、南北共同研究や韓国、中国、日本などによる国際協力を通じ、観測装備を設置し地震の前兆を探知するとともに、噴火時期と規模を予測し、被害を減らす対策づくりが必要だと提案した。

 セミナーに出席した気象庁関係者らは、尹教授の警告を受け、国家レベルでの対策の必要性に共感した。

 全炳成(チョン・ビョンソン)庁長は、白頭山噴火対策を防災機関や航空当局などと協議する必要があるとの見解を示した。ただ、韓国政府は白頭山に対する実質的な影響力がないため、観測装備の設置は当面難しいだろうとした。

 李ヒョン(イ・ヒョン)地震管理官は、火山関連は気象庁の業務に含まれているものの、これまでこれといった対応をしていなかったとし、年内に国家レベルの総合対策を講じ、国際協力案も進めると述べた。

 火山学者の警告をどの程度信頼できるかよくわからない。しかし、新燃岳より顕著な予兆が観測されているのは確かのようだ。火山国日本は、数年に1度ぐらいどこかで噴火が起き、被害の模様も報じられるが、朝鮮ではピンとこないというようなこどがあるのだろうか。あまり騒がれているような様子でもない。

 白頭山は、知られているように中朝国境にあり、山頂の火口湖の中も国境線で仕切られている。双方にとって多くの伝説を秘める聖なる山であるが、ことに朝鮮では民族の祖とあおぐ檀君神話に欠かせない位置を占めている。

 ぐっと近く(塾頭が子供の頃)、あらたな神話が生まれた。平壌で金ぴかの大銅像になっている金日成が、その山中で抗日パルチザンとして軍功をあげ、金正日が生まれた所でもあるので、生家と称する建築物が現在観光名所になっているという。

 それらはウソで、独立前はソ連軍の大尉として国外にいた。これは、すでに多くの証人があり、北朝鮮以外では周知の常識だ。その、聖山が大爆発するかも知れないというのは、3度目の核実験や延坪島砲撃どころではない。農業生産に致命的な影響が出て、金王朝存続の瀬戸際に立つだろう。

 日本の新燃岳なら、せいぜい2、3の県にまたがるローカルなニュースだ。白頭山はそうはいかない。規模から見ても、火山灰や火砕流の被害は農業などに深刻な被害をもたらすだろう。これは、中国側にも影響するが、懐の大きい国と北では深刻の度が違う。

 もちろん韓国、そして過去の例から証明できる日本の東北地方への影響がある。もはやこれはローカルニュースではなく、6か国協議からアメリカを除いた各国が、上記記事のように協力しあわなければならない国際問題である。

 各国が、レベルの低い国内政治問題にかまけている場合ではない。大自然の力を借りて協力の場をつくり、この地域(北東アジア)の安全と平和をもたらすことができれは、不幸中の幸いになるのだが、まあ、これも塾頭の繰り言のひとつといわれればそれまでのことだが。

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2011年3月 3日 (木)

大学受験の皆さん

 携帯電話は、外へ置いてきましょう。仙台の持ち込んだお兄さん(お姉さんかも知れない)、もうすぐ警察がきます。手口を隠さず話しましょう。ついでに大学のために防止策を提案しましょう。反省し、つぐないをつけたあとは、しっかり勉強をして、ヘレン・ケラーのような立派な人になってください。(塾頭)

 大学という学びの門をくぐるとき、人は最も大切な楽しみ(孤独、読書、想像に遊ぶ時間)を風にふかれる松の木とともに、外へ置いてこなくてはならない。
                   ヘレン・ケラー

(小倉慶郎訳『奇跡の人ヘレン・ケラー自伝 』新潮社、「座右の銘」宝島社・所載)

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2011年3月 2日 (水)

情報操作の陰湿さ

 前回まで「たて」と「やり」シリーズを書いてきた中で、痛切に感じたことがある。それは、書いてきたことが未知の事でも新事実でもないのに、なんでおれが書かなければならないのか、ということである。

 「普天間基地移転先は国外、少なくとも県外へ」といった鳩山構想が、ルーピー扱いされたことにマスコミが軽率に乗っただけで、日米間にある重大な懸案を一向に正面からとりあげようとしなかったせいだ。

 鳩山の「(官僚やとりまきから)学べば学ぶにつけ」という、首相の責任投げ出しに至った経緯は許せないが、考えたことは誰よりまっとうなのである。それを沖縄地元紙をのぞくマスコミは伝えようとしなかったし、支持しようともしなかった。

 塾頭は、世に云う「陰謀論」には組しない。しかし、マスコミは大きいほど《強い権力》には弱い。それがアメリカではペンタゴンであるかも知れないし、日本では検察庁であったかも知れない。個々の機関がどうのということではなく、そういった総合的な権力機構からにらまれたら、逆にいうと可愛がられていないと、まっとうな取材もできなくなるということだろう。

【参考】
・米国追随報道を自己批判?
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-4a6a.html

・大新聞幹部の反小沢
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-5c08.html

 そこに、結果として情報操作に手をかすことになる。その責任は編集権をにきる幹部にあり、末端の記者との間で時として大きな懸隔を生むこともある。毎日新聞の場合、1971年の沖縄返還協定にからみ、密約を漏らしたとして西山記者が裁判にかけられたが、社は記者を守りきれずに処分した。

 Dscf3319 カット写真は2/28付の毎日紙面である。今度は、故大森実氏のことで、内容は見出しを追えば中身がわかる。
・北ベトナム 大森実氏の病院爆撃報道
・65年10月の記事 ライシャワー氏が名指し批判
・検証 45年癒えぬ傷 「すでに歴史的事実」
・「大使は生涯謝罪考えた」米元補佐官

 最後に、情報操作があったことのわかる部分の記事を引用しておこう。「陰謀操作」ではなく、これは「陰湿操作」の類である。

ライシャワー大使はこの2日後、記者会見して大森氏を名指しで批判。米大使館は声明で「共産側は、北ベトナムのライ病院に対し、米国が故意に無差別攻撃を行ったと非難していると、大森実氏が同紙に報じているが、これは全く事実に反している」と指摘した。

 毎日新聞は大森報道を「正確だ」と主張したが、その後の毎日新聞の姿勢の変化に対し、大森氏は「自分の報道の事実上の修整」と受け止め、会社に抗議する形で66年1月に退職した。

 

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2011年3月 1日 (火)

「たて」と「やり」(総括)

 シリーズも6回目になりました。自衛隊が「たて」であっても、日本に基地を置く米軍が「やり」を持ち、「周辺事態」という、「地理的概念ではない(政府国会答弁)」ところへ、なにかの事態が起きたという理由で出かけていき、自衛隊がその「後方支援」をする、これが「たて」と「やり」論の中味です。

 あまりにも、憲法を無視したまやかしではないか……というのが、これを書いてきた動機です。「一体化」という言葉もよく使われます。いろいろなケースを考えて日米合同訓練が盛んにおこなわれていることはご存知でしょう。
【参考】「プラグ・アンド・プレー」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_35b7.html

 訓練が悪いとは言いません。「たて」と「やり」と言う言葉で、さも憲法に沿っているように、ごまかすことが問題なのです。鳩山前首相がいうように、アメリカと対等の立場でキチッとおさえる点はおさえてあればいいのですが、その点の官僚の手抜きを黙認してきたのがこれまでの政府です。
【参考】反戦塾:改憲案
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_0ff0.html

 普天間という1基地を移転するだけで相の首が飛ぶという、異様な日米関係です。安保条約を「新ガイドライン」の線までもどして再構築することなど、今の政治では不可能と言ってもいいでしょう。

 唯一の方法は、このさき沖縄の基地闘争を全国的に展開することしかありません。そして、保守でもリベラルでも何でもいい、自らの言葉で官僚の尊敬を勝ち取り、全世界に向けた外交の実をあげることのできる指導者を選ばなければなりません。

 現状から見て、夢のような話ですが、大正から昭和のはじめにかけて、政治と軍人を含む官僚の監視を怠ったばかりに降りかかった、そう遠くない体験があります。杞憂といわれるかも知れませんが、そんな時期にさしかかっているのではないでしょうか。

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