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2011年2月26日 (土)

「たて」と「やり」 4

 3か月前、韓国の南北境界線に近い延坪島(ヨンビョンド)が北から砲撃を受た時は、本当にびっくりしました。第一報を聞いて、国の指令からはずれた軍部の暴走か、噂されていた金正日の認知症悪化かと思ったくらいです。

 国の安全を考えるうえで、当塾はこういったことも日頃注意が必要だ、と言ってきました。今、まさにそれを上回るような危機がリビアに起きています。カダフィー大佐は30年間統治してきた国民に対し、雇兵を使って機銃掃射を繰り返し、最後の一人になっても独裁権力を手放さないと言っています。

 リビアは核保有国でしたが、カダフィーはこれを廃棄し、国際社会から喝采を浴びました。もしそのままだったら、と考えるとぞっとします。残念ながら地球上には、狂人も強盗も暴力団国家もまだあるんだなと考えざるを得ません。

 日本国憲法の前文にはこう書いてあります。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するものであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。

 誕生してから65年、今なお輝きをましている世界に冠たる憲法です。しかし私はこの理念に、「理想」という言葉のあることに注目します。理想が実現していない現在、「やり」は持たなくても「たて」まで捨てる意味にはならないと解釈します。

 自衛隊創設の頃だったように記憶していますが「戸締り論」というのがありました。これは評判が悪く、あまり顧みられないたとえで終わったようです。私がなかなか言い得て妙だと思うのは、多くの家が戸締りをしている中で、「この家には戸締りなど全くありません」と公表したらどうなるでしょう。

 「留守であれば泥棒に入ってもいいんだ」と思う人がでてきて、泥棒を奨励することにもなりかねません。東西の長い歴史の中で、そのようなことがあったことを例示するのは、そんなに難しいことではなさそうです。
 
 憲法9条の趣旨に反しない限り「たて」である自衛隊の存在は、どうしても必要であるというのが当塾の立場です。ただ、安保条約違反と言えるほどの拡張解釈と同盟のありかたが、はっきり「違憲」であることを、これまでのシリーズで明らかにしてきました。

 仮に、自衛隊の存在に憲法解釈上疑義があるというなら、疑義や拡張解釈の起きないよう憲法を改正すればいいのです。その点、私はガチガチの護憲論者ではありません。自民党改憲案などを葬るには、対抗できる改憲案を具体的にぶつけるべきだということを、たびたび述べてきました。

 それでは、自衛隊の持つ「たて」はどのような物がいいのでしょうか。また、「たて」だけで日本は守れるのでしょうか。実は、最初の設問は答えが難しくなるのであとまわしにして、後段の設問からお答えします。

 日本の安全は、「たて」があれば守れます。その理由は、平和憲法があること、島国で海に囲まれていること、経済発展したため、「たて」が冷戦下安保の頃よりはるかに頑丈になっていること、この3つです。

 それより、国内の基地に「やり」をかまえた用心棒を高いカネで雇っている方がはるかに危険です。しかもその用心棒は、日頃しっかり息をあわせ、一緒に訓練する間柄だからといって、かなり勝手にあちこち外出するようになりました。

 自衛隊が戦争に加わらなくても、アメリカの敵となった国が、用心棒がいる基地を襲う危険があるということです。自爆テロの目標になったり、やテポドンが飛んでこない保証は、どこにあるのでしょうか。

 だから、安保条約は必要ないとはいいません。新しい時代に即応した、日本の自主性を重んじた運用ができればいいのです。ガバン・マコーマック名誉教授(オーストラリア国立大学)や、カレル・ヴァン・ウォルフレン教授(オランダ・アムステルダム大学)などが「アメリカの保護国か属国並」と表現する、そんな安保でなければだめだ、とアメリカ側がいうのなら破棄せざるをえません。

 「集団的自衛権を認めるよう憲法を改正しろ。それができないのなら高額なミカジメ料を払え」などと、アメリカは、そんなヤクザのような国ではないと思うのですが、そう思われる状態を招いてしまった責任は一体誰にあるのでしょう。

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『最後に残る国家は、たぶん日本国』 世界中の王政がなくなっても最後に残るキングはトランプのなかのキングと英国の王室だとの話がある。 科学の進歩でキリスト教など物理的な物事まで口出しする宗教は無くなるだろうが、最後まで残る宗教は仏教だろうとアインシュタインは予想した。 そして、EU方式の国家統合が世界的に広まって、あるいは社会科学が進んで国家そのものが段々無くなったとしても、最後まで残る国家とは我が『日本国』かも知れない。 国家は大昔からあり、今後もずっと変わらず存在し続けると考えている人は多いが... [続きを読む]

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