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2011年2月 4日 (金)

D51が呼ぶ春

 SL、D51が持つ男性的な迫力が春を呼ぶ、というような立春を迎える俳句が新聞に紹介されていた。「ボアーッ」という四囲を圧する汽笛、吹き上がる蒸気、遮るもののない牽引力、D51の持つ魅力を余すところなく想像させる句である。

 そのボアーッも、戦中派が聞くと思わず涙ぐむような追憶があるはずだ。出征する父と夫を駅に見送りに行った子と妻は、発車の汽笛が今生最後の別れを告げる合図となり、再び逢いまみえることができなかった。

 都会に残る両親から強制疎開で切り離され、遠い田舎の暗いお寺の本堂で、かすかに聞こえる終列車のボアッーに、布団に顔をうずめてすすり泣いた小学生時代の思い出のある人もすくなくないだろう。

2011_02020001_2  ボアーッの系統の汽笛は、D51に限らない。テレビがよく街録に使う新橋駅広場にかざってあるC11(デゴイチに対し、シーチョンチョンと呼びならわす)もそうだ。しかし、短距離、低負荷用で線路が細くD51の入れないようなローカル線を主に走っていた小型機だ。

  釜も小さく自重も軽く、やはりD51の重量感のある音にはかなわない。貴婦人と称されるC57なども復元、観光目的で運行されている。いずれも昭和の音だ。戦後しばらくは、96(クンロク)という大正時代生まれの名機が走っていたが、これは「ピュー」という甲高い汽笛だった。

 昭和の音、いつまでも残しておき、春と平和を呼ぶ音になってほしい。

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受信: 2011年2月 5日 (土) 10時31分

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