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2011年2月

2011年2月28日 (月)

「たて」と「やり」 5

 今週のTBS・サンデーモーニングにコメンテーターとして出演した、元自民党総裁で前衆議院議長の河野洋平さんは、最近の国際世論、特に中東では日本がアメリカ追随の政策をとり続けていることで、かつての信頼を失いつつあるという趣旨の発言をしていました。

 外相としての経験のある河野さんですが、衆議院議長は、日頃表敬訪問などで海外の要人と接することが多く、1年ともたない外相や首相より、はるかに国際感覚を的確につかめる立場にあります。かつての最高機関の長がテレビで公言するようになったことは、国民として重く受け止めなくてはなりません。

 シリーズも5回目に入り、そろそろ<難関>の「たて」の話に取り組まなければなりません。なぜ難関かというと、多くの兵器を「たて」と「やり」に区分するのは困難だということです。これまでに、シリーズの中で「やり」の最たるものはミサイルだといいました。

 ところが、「たて」の役割を果たす防護用ミサイルというのもたくさんあるのです。MD(ミサイル防衛)システムの中のPAC3などというのもそのひとつです。もう昔になりますが、イラクのフセイン政権がイスラエルのテルアビブ上空にミサイルを飛ばし、イスラエル側がパトリオットという迎撃ミサイルで迎え撃つ花火のような映像をご記憶の方もあると思いますが、あれです。

 防護専用のミサイルなら、北のノドンを撃ち落とす目的で日本が持つのは当然だ、ということになるでしょう。しかし、百発百中というわけにいかず、日米共同開発のテーマにのせられています。大変お金のかかる研究であるばかりか、配備に反対する国もあるのです。

 それは、核兵器削減条約でICBMの本数を制限しているのに、当事者の片方だけが撃ち落とす能力を持つと本数を決めた意味がなくなるというものです。「やり」を持たない日本のためだけであれば、そんな理屈は通りません。

 ところが、MDシステムは偵察衛星による発射情報の把握、イージス艦などによる軌道計算、迎撃ミサイルの発射などが一体化して機能するものです。これまで、偵察衛星の情報は全面的にアメリカに依存しており、日本独自の衛星計画も進んでいますが、敵国上空を偵察する衛星が「やり」でないといいきれるかどうか、疑問も残ります。

 ミサイルの話から離れて見ましょう。シリーズ 4 で、日本が「たて」だけで守れる理由の一つに、島国だからということを言いました。前大戦もそうでしたが、制空権、制海権を奪って本土に接近、艦砲射撃や空爆を繰り返す中、海兵隊が上陸用舟艇で殴り込みをかけて根拠地を築き、陸軍を投入して首都を制圧、だいたいそんな筋書で戦争が進みました。

 ここで、前回取り上げたアメリカのゲーツ国防長官の言葉を思い出してください。現在は地上からの艦船攻撃能力が発達しているので、海兵隊の上陸などは不可能だ、と言っているのです。陸続きと違って大勢の陸軍兵士を送りこむには船しかなく、すぐ発見されて撃沈されたら膨大な兵員の損害を招き、作戦が立たなくなるのです。

 日本に、その備えがあり、憲法で攻撃する「やり」も持っていないとわかっていて、どうして損を承知で日本に攻めてくる国があるでしょうか。さきほども言った通り、「たて」と「やり」の仕分けはなかなか難しい面があります。それは、兵器の進歩や戦場の様態が時代と共に変化していることにもよります。

 しかし、憲法で「やり」は持たない、使わないという国是が徹底すれば、兵器のこまかい機能面などそう神経質に考えることもないでしょう。ただ、これまでの自衛隊が、どこまで自主的な判断をしてきたか疑問です。

 兵器産業とつるんでいたり、米軍の思惑や兵器購入要求に盲従していたとしか思えない点もあります。当塾では、非人道兵器・クラスター爆弾禁止条約加盟をシリーズを書いて要望しました。自衛隊にそんな国内で使えないような兵器を持つ理由がないと考えたからです。

 これは、しぶる防衛庁を押し切り、加盟を決断した当時の福田首相と、後押しした公明党を高く評価します。「学べば学ぶにつけ」内閣よりよほどましだったと思います。また、同様に国内でどう使うのかわからない新鋭重戦車について、「怒!高いおもちゃ」というエントリーをあげたこともあります。予算要求に陸・海のバランスを保つよう額を決めるという話もありますが、とんでもない話で、「たて」にならないような装備は、どんどん仕分けしてしまいましょう。

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2011年2月26日 (土)

「たて」と「やり」 4

 3か月前、韓国の南北境界線に近い延坪島(ヨンビョンド)が北から砲撃を受た時は、本当にびっくりしました。第一報を聞いて、国の指令からはずれた軍部の暴走か、噂されていた金正日の認知症悪化かと思ったくらいです。

 国の安全を考えるうえで、当塾はこういったことも日頃注意が必要だ、と言ってきました。今、まさにそれを上回るような危機がリビアに起きています。カダフィー大佐は30年間統治してきた国民に対し、雇兵を使って機銃掃射を繰り返し、最後の一人になっても独裁権力を手放さないと言っています。

 リビアは核保有国でしたが、カダフィーはこれを廃棄し、国際社会から喝采を浴びました。もしそのままだったら、と考えるとぞっとします。残念ながら地球上には、狂人も強盗も暴力団国家もまだあるんだなと考えざるを得ません。

 日本国憲法の前文にはこう書いてあります。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するものであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。

 誕生してから65年、今なお輝きをましている世界に冠たる憲法です。しかし私はこの理念に、「理想」という言葉のあることに注目します。理想が実現していない現在、「やり」は持たなくても「たて」まで捨てる意味にはならないと解釈します。

 自衛隊創設の頃だったように記憶していますが「戸締り論」というのがありました。これは評判が悪く、あまり顧みられないたとえで終わったようです。私がなかなか言い得て妙だと思うのは、多くの家が戸締りをしている中で、「この家には戸締りなど全くありません」と公表したらどうなるでしょう。

 「留守であれば泥棒に入ってもいいんだ」と思う人がでてきて、泥棒を奨励することにもなりかねません。東西の長い歴史の中で、そのようなことがあったことを例示するのは、そんなに難しいことではなさそうです。
 
 憲法9条の趣旨に反しない限り「たて」である自衛隊の存在は、どうしても必要であるというのが当塾の立場です。ただ、安保条約違反と言えるほどの拡張解釈と同盟のありかたが、はっきり「違憲」であることを、これまでのシリーズで明らかにしてきました。

 仮に、自衛隊の存在に憲法解釈上疑義があるというなら、疑義や拡張解釈の起きないよう憲法を改正すればいいのです。その点、私はガチガチの護憲論者ではありません。自民党改憲案などを葬るには、対抗できる改憲案を具体的にぶつけるべきだということを、たびたび述べてきました。

 それでは、自衛隊の持つ「たて」はどのような物がいいのでしょうか。また、「たて」だけで日本は守れるのでしょうか。実は、最初の設問は答えが難しくなるのであとまわしにして、後段の設問からお答えします。

 日本の安全は、「たて」があれば守れます。その理由は、平和憲法があること、島国で海に囲まれていること、経済発展したため、「たて」が冷戦下安保の頃よりはるかに頑丈になっていること、この3つです。

 それより、国内の基地に「やり」をかまえた用心棒を高いカネで雇っている方がはるかに危険です。しかもその用心棒は、日頃しっかり息をあわせ、一緒に訓練する間柄だからといって、かなり勝手にあちこち外出するようになりました。

 自衛隊が戦争に加わらなくても、アメリカの敵となった国が、用心棒がいる基地を襲う危険があるということです。自爆テロの目標になったり、やテポドンが飛んでこない保証は、どこにあるのでしょうか。

 だから、安保条約は必要ないとはいいません。新しい時代に即応した、日本の自主性を重んじた運用ができればいいのです。ガバン・マコーマック名誉教授(オーストラリア国立大学)や、カレル・ヴァン・ウォルフレン教授(オランダ・アムステルダム大学)などが「アメリカの保護国か属国並」と表現する、そんな安保でなければだめだ、とアメリカ側がいうのなら破棄せざるをえません。

 「集団的自衛権を認めるよう憲法を改正しろ。それができないのなら高額なミカジメ料を払え」などと、アメリカは、そんなヤクザのような国ではないと思うのですが、そう思われる状態を招いてしまった責任は一体誰にあるのでしょう。

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2011年2月24日 (木)

「たて」と「やり」 3

 近代戦で「やり」といえば、まっ先にくるのが核兵器です。核実験に成功しても、放射能のある危険物を手にすることはできるが、それだけでは核兵器といえません。起爆装置をつけた核弾頭を作りその運搬手段を持ってはじめて兵器になるのです。

 広島、長崎の運搬手段は爆撃機でしたが、今はもっぱらミサイルで勝負することになります。アメリカとロシアが核軍縮交渉をして合意したのは、大陸間弾道弾(ICBM)という長距離ミサイルとその弾頭です。アメリカはカナダ、ブラジルなど近接する国が中短距離核ミサイルを持たない限り、ICBM対策をすればいいのです。

 逆に、アメリカがICBMで優位を保っていれば世界中どこでも攻撃できます。これを「戦略核」といいますが、中・短距離用のミサイルを使うものを「戦術核」ということがあります。この核兵器は、ヨーロッパに配備されていますが、削減の方向にあるものの撤去はこれからの課題になっています。

 日本にとって厄介なのは、このミサイルです。北朝鮮には、日本が射程に入るノドンが200基もあるといいます。なお、念のため付け加えますがミサイルには核でなく、生物化学兵器その他大量破壊兵器など、なにを積んでもいいわけです。日本国内はもちろん、アメリカも戦術核を原子力潜水艦に積むなどの方法はありますが、現在は配備されていません。

 したがって方法は2つ、相手国が日本にミサイル攻撃をする原因をつくらないことと、飛んできたミサイルを途中で撃ち落とす(MD計画)ことしかありません。アメリカの「核の傘」というが、アメリカが北朝鮮の日本に向けた戦術ミサイルのために、大陸間弾道弾で先制攻撃をするなど、よほどのことがない限り考えられないでしょう。

 アメリカが冷戦さなかに力を入れてきたのは、ミサイルや情報などの近代兵器の開発競争で、第2次大戦までの地上戦に重きを置いた陸軍、巨砲・巨艦の海軍は後退しました。ソ連に勝てたのはその競争にソ連が追いつけなくなったからです。さらに、イラクでもアフガンでもアメリカの地上軍の犠牲はとめどもなく増え続け、反省点になっていると思われます。

 手で持つ「やり」ではなく、飛び道具で世界はすっかり狭くなったのです。各地に基地を分散しておく必要はありません。陸・海・空・海兵隊など各地に基地をおくより、できるだけ1か所にまとめて、総合力を瞬時に発揮できるようにした方が効果的で経済的なのです。

 パキスタンのタリバンを殲滅するといって、アメリカの某基地で家族と朝食をとったあと出勤した若い兵士が、ディスプレーの前で無人機から送られてくる画像をもとに、人影を見ると機銃の引き金を引くという、戦争が果てしなくゲームに近づいたのです。

 「米軍再編」といって、総合力を持つ基地を、太平洋からアジア各地・中東までにらみのきくグァムへ移転する計画がすでにあります。沖縄の海兵隊もその対象になっています。アメリカのロバート・ゲーツ国防長官は、講演の中でアフガン戦争やイラク戦争の例を引き、

 現在では、上陸作戦を実施する上で、現在の敵国が持つ、ミサイル類の陸上からの艦船攻撃能力を考えると、強襲揚陸艦による大規模な戦争は考え難い。その結果、「第二陸軍」としての海兵隊の兵員数は肥大化した反面、役割の独自性が薄れている。(我部政明「東アジアの中の日米安保」『普天間基地問題から何が見えてきたか』所載)

 と明言しています。こう見てくると「沖縄に基地を残してほしい」「辺野古に海兵隊が訓練できる新基地をつくってほしい」「核の傘は維持してほしい」などと言っているのは、アメリカではなく、日本の防衛・外交官僚の方ではないかと思えてしまうのです。

 鳩山前首相の、普天間移転先の日米合意で理由とした、海兵隊と抑止力の話は「方便」だったという暴露は、まさに「真相をさらけだしたな」という感じでした。グァムに基地を集約したいアメリカにとって、沖縄にとどまってくださいというのは、相手に迷惑だと思うのですが、アメリカが前政権と決めた辺野古移転を頑として譲らないのは、それなりのメリットがあるからだと思われます。

 まず、グァム移転には相当の費用がかかるが、リーマンショックなどが重なって軍事予算の削減が厳しい。日本側から防衛についていろいろ注文がでているのをいいことに、これを最大限に利用しよう、ということです。

 直接的には、グァム移転費の肩代わり追加、思いやり予算の増額と、住み心地のいい新基地の無償提供などです。また、日本側が「抑止力」というなら、なにもわざわざ否定することはない。米国内のタカ派にも通りがいいし、他国がそう思うなら、それで実害はない。

 それよりも、世界でアメリカ一国主義が崩れ去り、エジプト革命のようにアメリカの盟友がどんどんはなれていきかねない昨今の情勢から、無理が利いて愛玩犬のようについてはなれない同盟国があることは、孤立感をいやすうえでかけがえのない支えとなります。鳩山前首相のいうように、アメリカにとって沖縄基地の存在は、当面は「パラダイス」なのでしょう。

 その程度の外交力と、度重なる首相の交代で足元を見られているのが日本です。それが、尖閣諸島沖漁船衝突事件の中国の強硬策や、北方4島へのロシアの態度変更につながったと言えましょう。ついでに、尖閣列島事件以来公然と起こってきた「中国脅威論」に触れておかなくてはなりません。

 中国が海軍力を飛躍的に向上させ、琉球列島を抜けて太平洋側まで潜水艦などを進出させるようになった、などと、まるでアメリカとの覇権争いが今すぐにでも起きそうな議論が支配的です。また的確な情報がないため、依然として前の民進党政権当時の台湾は独立志向、中国は武力制圧といった、台湾海峡問題が存在すると思っている人がすくなくないことです。

 2008年に国民党の馬英九政権ができて、中台は現在の体制を急変させることなく、双方ともに最大の利益を追求する新方針に変えました。いわゆる三通政策で人・情報の往来が大幅に自由化され、オリンピック・万博・台湾観光など、双方に大きなメリットがでてきています。

 香港の一国二制度も試行期間を過ぎ、大きな波乱はありません。現在台湾では、本土との友好関係を高め、双方の距離を縮めることに反対する意見が少数派になったようです。最近、地方選で民進党の優位が目立つようですが、以前のような独立を前面に出す政策は修正されています。

 日本の産経新聞などは、中国の邪悪な陰謀だとか、馬英九は島民を中国に売ったなどと、さかんにおせっかいを焼いていますが、台湾の大多数の人の気持ちではないでしょう。仮にこのまま平和統一に向かうとすれば、気に入らない人はいるでしょうが、米国がかねて主張していたことでもあり、日本としても反対する理由がありません。

 そうなれば、中国の軍艦が太平洋側にでるのは当然で、誰も異論を唱える理屈がなくなるわけです。アメリカは、そこまで読んで米中関係をすすめていると思います。ただ悲しいかな、アメリカのポチが気がついていないだけなのです

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2011年2月23日 (水)

「たて」と「やり」 2

 50年間1度も変えたことのない日米安保条約ですが、その実質的な中身は、あん饅が肉饅に変わったどころでありません。換骨奪胎という言葉がありまかず、うわべは同じでも、骨や内臓までとりかえた、といっても大げさではないでしょう。

 その最初のきっかけは、1991年にあると考えてます。すでにベルリンの壁は崩壊していましたが、ソ連邦が解体しロシアとなったのは、この年の12月30日のことです。同じ年の初めには、クェートに侵攻したイラクを撃退するため、湾岸戦争が開始されました。

 その戦争支援のため、海部内閣は90億ドル(約1兆2000億円)を追加支援したのにクェートからは感謝されず、血を流さずカネで済ませたからだ、などの批判が国内からも出ました。なお、好景気は続いており、9月に過去空前といわれた「いざなぎ景気(65/11~70/7)」を超えた、と経企庁が発表しています。

 それまでの安保を「冷戦下安保」としましょう。第2次大戦後、資本主義国は共産主義革命が伝染病のように広がっていくのを大変恐れました。朝鮮、ベトナムから、アメリカのおひざ元・キューバにまで及んだのです。

 信じられないでしょうが、日本でさえ絶対ありえないとはいえなかったのです。アメリカは、なんとかこれを水際で食い止めようと、アジアでは、日本・台湾・フィリピンの線でソ連を封じ込めようとしました。したがって、日本の防衛は、沖縄ではなく北海道が最重点で、ソ連の大部隊が敵前上陸してくる想定もしていました。

 その共産主義の脅威がなくなったのだから、これをきっかけに基地の大幅縮小や安保条約の見直しをするべきだったのです。しかし、台湾海峡で戦争の危険があるとか、通商や原油輸入のタンカーの安全を守るなどが論議され、沖縄の基地もそのままでした。

 1995年2月にナイ・リポート(ジョセフ・ナイ国防次官補「東アジア太平洋戦略報告(EASR)」)がだされ、「日米同盟は、国際共同体すべての平和と安定の維持という広範な利益をもたらしているのである」として日本防衛の自衛隊からアメリカの世界的パートナーとしての自衛隊を意図するようになったのです。

 日米政府は、1997年9月に新ガイドライン合意でこれを確認し、アメリカ軍が周辺事態(「周辺」の定義はあいまいで地域が定められていない)が起きた場合の行動の自由をみとめたため、安保の「事前協議」が空文化してしまったのです。

 日米安全保障条約がいつのまにか、日米同盟と言いならわされるようになりました。最初は反安保陣営が「日米軍事同盟」といっているのを、自民党政府が「経済条項もあり、軍事同盟ではない」と、陳弁これつとめていたものです。

 ガバン・マコーマック・オーストラリア国立大名誉教授は、1980年から、同盟という言葉が使われ始めたといいますが、日本ではもっと後のような気がします。NHKの安保特集TV番組で、日本に「日米同盟」という言葉を使わせるように工作し、「同盟とは互いに血を流す間柄のことだ」と喝破したのは、ブッシュ政権のタカ派リチャード・アーミテージ国務次官補だったと言っていました。

 ここまで干渉するとは、おそれいったものです。今回は条約のことなどでやや文が硬くなりましたので、次回は「たて」と「やり」漫談風に変えて、頭の体操をしてみたいと思います。

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2011年2月22日 (火)

「たて」と「やり」 1

 日本各地に散在する米軍基地、面積にするとその約75%が沖縄にあります。日本になぜそんな米軍基地が必要なのか、改めて考えてみたいと思います。日本は、日米同盟(日米安保条約)があって、米軍と自衛隊が共同して日本の安全を守ることになっています。

 そのために、国内に米軍の基地もあるのですが、日本は、憲法第9条があるため、自衛隊が海外に攻めていくことはできません。それでは、戦争になった場合に弱いので、自衛隊は「たて」の役割で守る専門、米軍は憲法の制約にとらわれないので、相手を攻撃する「やり」の役目をする、という解説を最近よく耳にします。

 なんとなく、わかったような気分にさせられていますが、これは日本国憲法を無視した全く危険な考え方なのです。自衛隊が「たて」にしては物騒な新鋭戦闘機や戦車を持っているので、その存在自体すでに憲法違反だという意見があります。その議論は、ここでは一応棚上げにしておきます。

 まず、日本国憲法につていいくつか考えてみましょう。この憲法はGHQ(総司令官・マッカーサー)から押し付けられたもの――その通りです。GHQが日本を占領するとすぐ新憲法制定の必要性を考えました。最初は日本の中からいろんな案が出てくることを期待していました。

 10月には、元首相の近衛氏にこのことを告げています。しかし、近衛は戦犯の容疑がかかり自殺したので、案づくりは政府の手にわたりました。もともと、明治憲法を大幅に変えたくなかった戦前からの官僚と政治家が中心になって作った案が、翌年2月1日に毎日新聞のスクープで明らかになりました。

 この案を見て焦ったのはGHQです。すでに、GHQには、民間で非公式に作られた案がいくつか来ていたのです。それに比べてあまりにも明治憲法に近く、そのような案ではアメリカ国内やソ連などにある「天皇を裁判にかけろ」という意見をおさえることが困難になると見ていました。

 マッカーサーは、占領を日本国民の支持をえながら成功させるためには、天皇を利用することが大切なことを知っており、同時に民主主義を徹底して根付かせることが第一と考えていたので、政府がそれに従わないようなら、GHQが考える案を公表してどっちがいいか日本国民の意見をきいてもいい、とまで言ったようです。

 それから、政府とGHQの間で激しい意見のやりとりがあるのですが、強硬にGHQが押し切ります。なお、第9条の戦争放棄は、当時の幣原首相のアイディアが採用されたものという説もあります。戦争放棄をうたったパリ不戦条約は、幣原氏が戦前2度目の外務大臣になった一週間前(1929.6.2)に日本が批准したもので、戦後の日本を担う責任を負うことになった氏にとっては、印象深いものがあると思います。

 また、憲法が翻訳調でGHQ案を丸写ししたという主張をする人もいますが、これは、法文作成の実務にあたった法制局第一部長佐藤達夫さんに失礼です。むしろ、翻訳調にならなにいよう、かつ、過去の漢文調から、口語体に近いものにするよう職を賭してGHQとわたりあっています。漢文調が残っているので、文法的には似たところのある漢文調と英文調が誤解されたのかも知れません。

 ともあれ、日本の議会ではいくつかの修正を含め、共産党をのぞく全党の賛成で憲法が成立しました。重ねて言いますが、憲法は占領軍の強い干渉があって生まれたもので、マッカーサーの仕事がうまくゆくことに当面の目的があったわけです。また日本国民も、押しつけを歯を食いしばって我慢したという事実はなく、これをすなおに喜んで受けいれました。

 講和条約が締結され、占領が解かれた後すぐ改正してもよかったわけですが、日本の保守政治家も、そうはしませんでした。朝鮮戦争が起き、アメリカはむしろ日本に再軍備を求めます。しかし、吉田首相は、憲法の存在と革新陣営の抵抗を理由にことわり続け、ようやく自衛隊の前身・警察予備隊を作るにとどめました。

 以来、日本は軍備より経済発展の道を選び、世界でまれに見る成長をとげたのです。講和直後は、冷戦がいつ熱戦になってもおかしくない状況となり、日本にいた占領軍が一挙に撤退すると不安がますため、日米安保条約(旧)を結び米軍が一部残ることになりました。さきに述べた警察予備隊も、国内治安に責任を持つ意味もあります。

 1960年には岸首相が、「より独立国にふさわしいものにするため」と称して、暫定的で期限のない条約を、10年契約以後毎年自動更新という(現)安保条約に変えました。それから50年、世界は大きく変わっているのに、安保条約は1度も変えていません。

 その変化をたどってみると、次のようなことがあります。

①冷戦激化のもと、日本は防衛力も経済力も貧弱で発展の途上にあった。
②アメリカは、日本を共産主義の防波堤とすることに意義を認めた。
③冷戦終結、ソ連解体、EUの発展。
④中東戦争、ユーゴ解体などの地域紛争の時代に。
⑤日本は世界第2の経済大国に成長。軍事費も米中に次ぐ世界屈指の額に。
⑥米軍の世界戦略変更。
⑦ブッシュ政権下のアメリカ一国主義とテロとの戦い。
⑧地域としての不安が西欧から太平洋へ。

 日米安保が締結されたのは①②の時期で、当然その時代を反映したものになっています。その骨子は、次のようなものです。

1.国連憲章を尊重し、その精神の下で行動する。
2.経済協力をする。
3.それぞれ武力攻撃への抵抗能力を高める。
4.日本国の安全又は極東の平和・安全に脅威が生じた場合は協議する。
5.日本国の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処する。
6.アメリカは、陸・海・空軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

 ポイントは5.で、条約第5条の部分をそのまま引用して書きました。ここでは、相互の憲法に規制されることが明記されています。そのほか、3.の日本又は極東の平和・安全に脅威を生じた場合の事前協議や、6.の米軍基地設置への日本の許可(権利ではない)が目を引きます。

 これを見てお気づきになりませんか。反共の防波堤をつとめる日本に、アメリカは、今よりずっと遠慮がちの態度だったと思えるのです。それが、上記の変化の中でいつの間にか、我が物顔で基地を使い、基地運営に思いやり予算をつけさせ、自衛隊が海外で血を流すことや日本の憲法を変えることまで、陰に陽に要求するようになりました。

 安保条約には、「たて」と「やり」などのことは、どこにも書いてありません。それどころか、米軍が軍事行動を起こすための範囲が日本と極東に限られ、脅威が生じた場合に事前協議することも定められています。つまり、米軍が日本の基地を利用して行動を起こすとき、「日本国憲法の趣旨に反する」といって、反対することができるのです。

 米軍は沖縄からベトナムやイラクに軍を出動させていますが、事前協議など一度も日本から要求したことがありません。また、条約はそのままで、交換公文、合意文書、ガイドラインなど、中には秘密文書まで含め、国会にかけない約束事をして「日米同盟」の中味を変えてきました。

 それにより、「やり」は使えないはずの憲法が、いつのまにか無視されたままどんどん同盟を「深化」させています。防衛予算も経済発展にともない、世界で5本の指で数えられるほど膨らみました現在改憲案を作り直している自民党はもとより、。「たて」も「やり」もいっしょくたにして考える菅政権もその点では、まったく歯止めになりません。

 安全保障の要に「抑止力」つまり、「やりも持っているぞ」というおどしを重視する政策は、どうしても変更させなくてはなりません。「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」(憲法第9条)の今日的意義を、あらためて再確認することが大事です。

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2011年2月19日 (土)

超然内閣待望

 菅首相は、解散を意識し始めたという。第3の開国どころか、開国以来の憲政の危機である。解散しても与党民主党はもとより、最大野党も過半数は無理だ。その他の既成政党、泡沫政党も期待される存在ではない。

 そこで100年以上前に戻って、救国・挙国一致・超然主義内閣はどうだろう。首班は現在無所属の横路衆議院議長だ。これを唱道して選挙を戦い、これに賛同する候補者を党派を問わず募集すれば、権力争いと売名に余念のない中堅議員をのぞく、若手とベテラン候補が数十人は集まるだろう。

 第一党は無理にしても、極左・極右以外の無党派層の支持を得て、連立を組めるぐらいの勢力になれば、首班も十分あり得る。西岡参院議長ではこの役柄は無理だが、政策は、とりあえず「国家安康・君臣豊楽」でいい。

 国内外の変遷・流転がめまぐるしい昨今、マニフェスト選挙などもう古い。あれはせいぜい地方選用だ。民主党の体たらくを見ていればよくわかる。この提案、塾頭のおふざけだが、片山哲内閣、村山富一内閣の例だってあったわけだし発想の飛躍は大歓迎。

【超然主義】明治憲法直後に首相黒田清隆が、数日後枢密院議長伊藤博文が演説。政府は政党の動向に制約されることなく、超然として独自に政策実現をはかることを宣言した。

【国家安康・君臣豊楽】豊臣秀吉の供養のため方広寺に奉納した鐘の銘にある文字。国の安全と君臣の繁栄を祈願しているようだが徳川家康は、家と康を安の字で裂き、豊臣の繁栄を祈る呪文だと因縁をつけ、大阪城を総攻撃して豊臣家を滅亡させた。

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2011年2月17日 (木)

鳩山発言の功罪

 まあ、よくぶっちゃけたものである。普天間移転先変節にからむ、ウィキリークス顔負けのお坊ちゃま流暴露。北澤防衛相は、「一生に一度あるかないかの驚き」とかわしたが、菅首相は「在日米軍は公共財」という、何を言っているのかわからない国会答弁で逃げた。

 「身震いした」「万死に値する」という沖縄の怒り(琉球新報・社説)は、当事者として当然だろう。塾頭の感想は、朝日の「おどろきあきれる」や読売の「唖然」に近いが、別にその内容については意外ではない。北沢・岡田・平野の各大臣の姿勢がわかったことをのぞき、当塾でかねがね指摘してきたこととすべて符合するからである。

 ただ、驚いたのは、当塾が断片的な報道で知ったことや、情報を総合して予測・観察した結果が、そのまままぎれもない事実として、責任者本人の口から出たということだ。予算委員会では、野党揃って鳩山氏の参考人招致を求めたが、もしそれが実現したら、元総理は、ひるむことなく堂々と答えてほしい。読売の社説には、鳩山発言が日米関係を悪化させ、国益を損ずるというような懸念を示しいるが、陰に陽に発言を封殺しようという動きもでてこよう。「学べば学ぶにつけ」という言葉は、もう使えない。
 
 塾頭は、安保条約維持派だが、このさい日米関係悪化をあえて選んだらどうか。外交史の中で、米英関係をよく勉強してほしい。切っても切れない間柄ながら、両国の関係が険悪になったりするのは日常茶飯事、そもそも独立を戦争で戦った相手だ。

 意見が違えばはっきりものを言い、議論もする、それができない同盟国などあり得ない。そういったきっかけを作ってくれたのならば、鳩山発言の「功」の部分として評価したい。また、菅内閣が前内閣の方針を受け継がず、より保守色を強化したことが確定。打倒すべき対象であることが明確になったことも「功」のひとつであろう。以下、新聞報道などにより「鳩山発言」を要約しておこう。

抑止力という方便 普天間の移転先として辺野古移設しか残らなくなった時に理屈づけしなければならなず、「抑止力」という言葉を使った。方便と言われれば方便だ。県外から県内回帰のための後付け説明だった。 
(注)米国防長官すら「海兵隊の機能」を疑問視し、米軍幹部ですら「有事の米国民救出」を第一の機能と明言し、米議会は「海外駐留費削減と海外基地閉鎖」の議論を進めていることを県民は知っている(琉球新報社説)。

関係閣僚の不一致 公約実現に否定的な北沢防衛相。「県外」公約自体を否定し、嘉手納統合案を掲げた岡田外相。くいうち工法で辺野古移設を進言する岡本行夫・元首相補佐官。平野官房長官は、徳之島案で尽力した。

官僚の壁・自身の力量不足 防衛相も外務省も沖縄の米軍基地に対する存在の当然視があり、数十年の彼らの発想の中で、かなり凝り固まっている。官僚を最後まで統率できなかったことは、力量不足。
(注)解決策は「オバマ大統領との直接対話」と指摘した鳩山氏だが、それすら官僚の壁に疎外され不発に終わっている。両省の幹部2人ずつを呼んで、首相の意志を実現するため極秘の活動を指示したが、その翌日新聞記事になって切ない思いになった(琉球新報)。
 
常時駐留なき安保 信念としては今も生きている。封印をしたのは、旧民主党では十分主張していたが、今の政権を取った民主党内では残念ながら市民権を得ていなかった。普天間移設の問題でも、常時駐留なき安保という文句はつかわなくてもその方向に導いていきたかったので、「国外、最低でも県外」と何度も言った。

反省点 相手は沖縄というより米国だった。最初から私自身が乗り込んでいかなきゃいけなかった。これしかあり得ないという押し込んでいく努力が必要だった。オバマ氏も今のままで落ち着かせるしか答えはないというぐらいに多分(周囲から)インプットされている。日米双方が政治主導になっていなかった。

パラダイス 米軍が辺野古にこだわる理由は、沖縄は基地説いてパラダイスだからだ。思いやり予算などもつけてもらい、居心地がいいので居座り続ける。(予算委員会・赤嶺政賢共産党委員発言による)

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2011年2月15日 (火)

大新聞幹部の反小沢

 「小沢氏の政治と金は山ほどあり、真っ黒だから、民主党は除名すべきなんですよ」。これが今週のTBSサンデーモーニングにおける毎日新聞主筆・岸井成格の発言である。マスコミをバックに持たないコメンテーターの発言が一巡し、最後にやや声高に他の発言を牽制するような口調で言ってのけた。

 そこで話が打ち切りになり、何故どこが真っ黒なのか、何の説明もないまま次に進んだ。もちろん、国会で小沢氏が説明していないことは事実だ。民主党はそれを処分の理由にするつもりだろうか。しかし、説明の機会を奪ったのはむしろ党の方ではないか。

 小沢氏は、強制起訴が決まったのだから、本当は国会で発言などしたくない。政倫審で自発的に発言しろ、といわれても「疑いを晴らすのは法廷であり、国会ではない」という気持があるから、自ら進んで応じたくはない。

 それに、野党は偽証罪もある証人喚問を要求しており、政倫審の参考人招致決議には賛成しないといっている。それならば、証人喚問しかないではないか。小沢氏は「国会で決めてくれれば従う」と言っていた。証人喚問なら、いやでも出席しなければならない。

 当塾が最初から証人喚問にしぼって対応すべきだといっていたのは、昨年の国会が始まる前だ。そのころから始めていれば、この問題は相当様相を異にしていたと思う。しかし、強制起訴の手続きがはじまり、3月危機必至といわれ、挙党一致に失敗した現在となってはすべてが手遅れだ。

 最初から横道にそれてしまったが、ここにきて、また大新聞幹部の「小沢真っ黒論――復活させてなるものか」といわんばかりのイメージ操作が熱を帯びているのはなぜだろう。先週「政治とカネ」に異論、という記事を書き、毎日新聞とサンデー毎日上で、いわゆる小沢疑惑に対する鳥越俊太郎と岩見隆夫の論争があることを紹介した。

 そこに今日、「それでも小沢一郎はうさんくさい」という見出しをつけた今週のサンデー毎日の広告を見た。てっきり先週の再反論かと思ったらそうではなく、鳥越の指摘した心証を得た根拠や新事実のない、かつて報道された、検察のリークらしい内容をむしかえしただけのものだった。

 小沢がうさんくさく、真っ白でないことぐらいは素人でも想像がつく。しかし、橋本政権の頃までは、自民党の政治家はほとんどそうであったことも知っている。当時の顔ぶれは、与野党を問わず今でも大勢残っている。

 問題は、小沢氏の秘書たちが、選挙の何か月前の影響が無視できないような時期に何度も立件・逮捕されたり、代表選など日本の政局にかかわるような時期に強制起訴されたりすることだ。

 ロッキードやリクルートといった贈収賄事件ではない。検察はそこまで狙ったようだが結局証拠をつかめなかった。秘書の帳面の付け方が悪かった程度のことで、日本を動かせるだけの力を持つ有力政治家の活動を妨害したり、政治生命を葬り去ることが果たして正義なのであろうか。

 新聞社幹部と違って、小沢氏に会ったこともなければ、政治の内情にもうとい。しかし、小沢氏は、政治家になる前、司法試験を受けて法律家になることを目ざしたといわれ、政治の親ともいえる田中角栄氏の公判を欠かさず傍聴したり、また金権政治で失脚した金丸信を身近に見ていた経験がある。

 したがって、法にふれるようなことには神経質なほど用心していたと想像している。だから、ゼネコンなどから受注の便宜をはかる目的でカネを受け取るなどのミスを犯さないよう、秘書にも厳重に命じていたに違いない。

 しかし、政治献金を1円でも多く集めてくるのが秘書の役目であり力量である。法に触れなければ、自らの責任で法すれすれの危険を犯してでもやってのけるようでなければ、立派な秘書とはいえない。

 そういった、社会的な風潮は少なくとも20年前にはあった。今の新聞社幹部もそんな雰囲気の中で育ったはずだ。今はどうかわからないが「あの記者は書類を盗んでいくから気をつけろ」などといったことが現にあったのだ。

 法の目を盗むことが好ましいことでないことは確かだ。しかし、大新聞の幹部が顧みて大言壮語できることかどうか、甚だ疑わしいといわざるを得ない。それより、合法的に行われる本来の巨悪に正面から立ち向かうのが大新聞の役目のはずだが、現状は道遠しの感がする。

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2011年2月14日 (月)

エジプト革命の行方

 エジプトの民衆蜂起によるムバラク大統領追放を取り上げるのは、2度目である。その間、日本のニュースは、大相撲・噴火・土壇場菅の3点セット全盛で、世界中の注目を集めたエジプトの政変など全くよそごと扱いだった。

 ようやく、街頭で喜ぶ民衆の映像などがTVなどに大写しされるようになったが、報道はアメリカや西欧各国の視点に立ったものが多く、アラブ人の真意・背景を伝えるものは少ない。蜂起の原因として、長期政権・独裁反対、失業者増大・貧富の格差、民主化・自由化要求などを指摘するが、反欧米・ユダヤや宗教的な側面は、なるべく小さく見せようとしている。

 塾頭は、どうもそれは違うのではないかと思う。今回の蜂起の連鎖がイスラム圏に限られ、他の独裁国に波及していないことや、在日エジプト人、彼らは富裕層で権力に近いはずだが、涙を流さんばかりに喜んでいる姿を見て感じる。

 またアメリカは、発生以後オバマとクリントンの発言が食い違うなどの狼狽ぶりから一転、この決着を見て、「安定した体制づくりに資金援助は惜しまない」などと、性懲りなく頼まれもしない飴玉をぶら下げて見せる、いつもの姿にもどっている。

 やはり、世界の関心は対イスラエル問題なのだ。鬱積した憤懣の大半は、イスラム教徒・ムスリムへの偏見と差別意識にあったと思う。アメリカは、最大の産油国・サウジアラビアへの波及を警戒しているというが、この国の若者の失業が多いといっても、彼らは長時間拘束されたり単純労働を嫌っているだけで別に貧しいわけではない。

 また、厳格なイスラム国家で、イスラム擁護者を自負する国王は、神の意志で生まれてきた一般のイスラム教市民と全く同等であり、決められた日に決められた方法で、だれでも陳情や意見が言える制度もあるという。

 もちろん貧富の差はある。しかし、持てる者は持たざる者に分け与える義務があり、これも厳格な戒律だ。彼らにとって、欧米流民主主義以上に公平・公正が保たれていると感ずる限り、他の価値観を押し付けられるのは迷惑なのだ。

 サウジは、エジプトや旧イラクのように世俗専制大統領がいて住民の自由を弾圧しているわけではない。アメリカが心配するのは、王制が転覆することでなく、長年続いてきた親米がこのところややゆらいでいるところに、エジプト革命が起き、イスラム圏有力二本柱が崩れ去ることだろう。

 前回、エジプトに「実質的な野党第一党・穏健派イスラム原理主義・ムスリム同胞団」という、長ったらしい形容詞で報道される勢力のあることを書いた。これにも適切な解説がなされず、欧米がムバラク政権のあと、この勢力に支配させることを恐れているということで、「やはり過激派なんだろう」と思い込まされている。

 まず「原理主義」、この言葉は、キリスト教プロテスタント福音派など教典に忠実な解釈をする考えを言ったもので、イスラム原理主義というのは、それを転用した最近の造語である。偶像崇拝を禁止するイスラム教信仰の最大の根拠はコーランだけである。極言すれば、イスラム信者は全員原理主義だといっていいかも知れない。

 塾頭も邦訳のコーランを持っているが、これはコーランではない。コーランは、国籍がどこであろうとアラビア語に限られ、アラビア語による解釈しかない。「サラムアレーコン」という、平和をたたえる挨拶の言葉は、サウジであろうがインドネシアであろうが、ムスリム共通のアラビア語である。

 唯一の神、アッラーのもとでは、国境も国家も意味をなさない。もともとは、砂漠の牧草地を求めて移動し続ける遊牧民の発想ではないかと思わせるものがある。それが「同胞団」という名称になっており、ムスリム同士助け合おうという精神土壌を生む。

 ムスリム同胞団は必ずしも一体ではないが、パレスチナのガザ地区を「ハマス」として支配下におき、レバノンでも活動している。いずれも医療・教育・福祉関係で奉仕活動をおこない、住民の高い支持を受けている。そこが、自爆テロとか、アルカイダのよう人の殺傷を伴う抵抗組織とは違うので「穏健派」と呼ばれるのだろうか。しかし、もともとアラブ人が住んでいた地域に侵入し、武力でユダヤ国家を建設、イスラムの排撃を続けるのを見殺しにするわけにいかない。

 ムバラクは、アメリカの援助を受け、イスラエルと平和条約を結び、ガザ地区との国境封鎖、経済封鎖などでパレスチナ側に圧力を加える協力をした。国境を越えた連帯意識を持つ同胞団が過激にうつるのは、ある意味で当然かも知れない。

 エジプトの民主的選挙で同胞団議員が多数選出されれば、同じ手は使えない。直ちに平和条約を破棄して第5次中東戦争が始まるようなことはないだろうが、イスラエルはムスリム包囲網の中で完全孤立し、強引なパレスチナ地域入植政策の放棄を考慮せざるを得なくなるだろう。

 最後に「事実上最大の野党」であるが、同胞団が国政選挙に候補者を立てれば、過半数はともかく、最大の有力政党になるという意味だ。これまでの選挙でもその傾向は明らかだったが、同胞団から候補者を立てられないよう、立候補資格を厳重に制約するなどの方法で、政治から締め出すことに成功していた。

 しかし今後は、大統領独裁とともに法律が改正され、そうはいかなくなる。軍部の特権維持がどう動くか微妙だが、ムバラク復活の愚を犯すようなことはないだろう。エジプト人は、結束はないとはいえやはりアラブ連盟の盟主としての地位を維持したいはずだ。また、古代文明の発祥地としてのプライドとその力を持つ有力な国家であることには違いない。

 前回も書いたが、アメリカはイスラエル支持の世界戦略を、変えるのか変えないのかの岐路に立っている。それにより、「テロとの戦い」の行方が影響を受けざるをないという、注目すべき変化が起きつつあるのだ。日本のコップの中の嵐のような政局とはわけが違う。注目し続けよう。

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2011年2月11日 (金)

西暦1900年という年

 Dscf3306 Dscf3306_2 カットの小学校唱歌集が発行されたのは、1900年、すなわち明治33年で、日清戦争の5年後、日露戦争の始まる4年前である。全17曲のうち、2、3、4番目に掲げられた歌詞を見る。

  軍歌  目賀田萬世吉作曲
       帝国読本編者作歌

我等 は 日本男児 なり 世界 で
強い は 我等 なり 幾千艘 の
軍艦 も 幾百万 の 大軍 も
少し も 畏るること は ない
我等 の 持ッてる 鉄砲 に 和魂
(やまとだましい) の 丸(たま) を 込め
一度 に ヅドン と 射ッて やろ

   おきて  入江好治郎改作

一、よく よく 守れ 学校 の おきて
  よく よく 守れ 先生 の 号令 を

二、よく よく 守れ 国 の 法度(おきて)
  よく よく 守れ 天皇(きみ) の 命令 を

   海国  山田源一郎・白井規矩郎作曲
        田中壽治作歌

一、我等 いっしよに船造り 盥の海に浮すべし
 軍艦商船うちつれて大浪蹴たてゝ進むべし
 木片(きぎれ)の船を浮かべては
 盥の水も海なれど世界の海も後にこそ
 盥のうちの水と見め。

二、国の品物積み込みて 遠き国まで送るべし
 打出す大砲音高く国の威風を示すべし
 我が日の本は海の国 四方の港は水深し
 やよや人々船浮けて富と御稜威を世に誇れ
(トントンなど擬音、エンヤラホなどのかけごえは省略した)

 この年、中国では「義和団」という、拳法を信奉する団体が「西教排斥」「扶清仇教」をモットーに大規模な暴動を起こした。ドイツの無法な膠州湾占領などが動機になっており、攻撃目標はキリスト教伝道師や西欧文明で、下層農民や労働者を吸収して勢力を増大、北京や天津の外国人を皆殺しにするという噂が立った。

 5月末ごろになると事態は一層急迫、列国は、居留民保護の名目で、停泊中の軍艦から海兵を上陸させた。しかし、義和団は、弾を受けても死なないという迷信があり強烈にこれに対抗、列強軍は前へ進めなかった。

 こういった状況の下、当初は取締りに当たっていた清政権が、突如義和団に味方し、列強に宣戦布告した。驚いたのはイギリスをはじめ西欧列強である。このままでは、公館・居留民の生命が危機にさらされる。

 列強連合軍に日本も加わっていたが、義和団のスローガンに「反日・排日」はまだない。日本も援軍を急派することには消極的で、あらぬ誤解を受けることを避ける方針だった。しかし、西欧からの援軍が着くまで多くの時間がかかる。イギリスから積極的な要請があり、各国もこれに同調したので、7月初旬、ようやく1個師団の出兵を決めた。

 こうして、日英露独など連合軍は、李王朝が逃げ出してもぬけの殻になった北京を占領し、掠奪の限りをつくした。ただ、日本軍だけが勇敢に戦い、厳しく軍規を守ったことで、国際的に高い評価を得、賞賛の的になった。

 これを北清事変というが、ロシアは満州に大軍を送って占領、得た利権をなかなか手放そうとはしなかった。清国の領土保全のため、陰に陽に清国を後押ししたのは、小村寿太郎外務大臣である。この頃の日本は、まだ、中国を蔑視したり、侵略の野望をあらわにするようなことはなかった。

 しかし、冒頭の唱歌のように、列強の一員としての実力を評価されるようになった。それからは、前向きはいいが、「それ行けどんどん」といった無謀な国威発揚が試みられ、天皇国家主義が頭をもたげる時代を迎えるのである。

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2011年2月 9日 (水)

力士は携帯提出を断れ

 重大なことなのに、どこでも議論されていない。相撲協会が力士に「自発的に」というものの、何の権限があって実質的に携帯電話の提出を強制するのか。これは憲法の精神を踏みにじる行為なのに、誰も抗議しない。

 ことにマスコミは、言論の自由とか検閲には声高に権利を主張するのに、同じ条文にある「通信の秘密」保護へは一切声をあげない。日頃の取材に盗聴器でも仕掛けているのだろうか。あまりにもの無関心ぶりにあきれはてるばかりだ。

 日本国憲法
第二十一条[集会・結社・表現の自由、通信の秘密]集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保証する。
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密はこれを犯してはならない。

 協会所属力士は、携帯提出を日本国民としてきっぱり断るべきだ。「疑われるようなことはしていない」との言明を信用しないような協会なら廃業もいとわない、それぐらいの侠気(おとこぎ)があってこそ、日本の伝統文化を身につけた立派な相撲取りといえるのではないか。

 第十二条に「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」という条文がある。不当な要求を断ることは、国民の義務でもあるのだ。

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2011年2月 8日 (火)

米国は年貢の納め時

 小沢疑惑だ、八百長だと騒いでいる間に、世界は大変なことになっています。そうです。地中海はイタリアの対岸・チュジニアに始まった、独裁政権を市民デモで倒すという連鎖反応です。それがイスラム圏の中央に位置するエジプトに飛び火して、オバマさんは頭をかかえ込んでいるはずです。

 ベルリンの壁崩壊の時とは違って、今度は、共産圏ならぬイスラム圏内で、独裁権力者を追放し、イスラム魂をとり戻そうという意図があるように見えます。つまり、イランのホメイニ革命と類似点がチラホラするのです。

 アメリカは、早く火を消したいので、ムバラク大統領の早期退陣をうながしたり、いや、すぐやめると混乱が起きるのでもうすこし頑張れ、といったり、ムスリム同胞団(最大野党で穏健派イスラム原理主義組織)の勢力はたいしたことない、といってみたり、まあ、あんまり言うことが露骨すぎて「内政干渉」という言葉の出番もない程です。

 それはそうでしょう。イスラム国に取り囲まれているようなイスラエルですが、まともに勝負できそうな国はエジプトしかないのです。何回かの中東戦争を経て、やっとの思いで、エジプト・イスラエル間の平和条約に持ち込み、シナイ半島やスエズに安定をもたらした経緯があるのです。

 以来、アメリカはエジプトへの援助を継続し、共同軍事演習を行うなどムバラク独裁政権と緊密な関係を保ってきました。今回のチュニジア現象は、イスラエルを取り巻く、ヨルダン、レバノン、シリアなどの各国にも影響を与えています。

 さきほど触れたムスリム同胞団のことですが、もともとイスラム教徒は、神がすべてで国境を超えた結びつきを重視し、国の権威より、仲間同士の相互扶助を重んじます。したがって、同胞団が持つ医療サービス体制などで、庶民には圧倒的な支持を得いてます。

 たしかにその時期により、環境により変貌し、組織としての一体性はとぼしいといえますが、イスラエルと鋭く対立するガザ地区を支配するハマスの母体になるなど、他の周辺国でも無視できない存在になっています。

 このことから、これまで非合法扱いされていたエジプトの同胞団が政治の表に立つと、イスラエル・ガザ間で紛争が起きた時、これまでのように国境封鎖・経済封鎖でイスラエルに肩入れすることなど考えられなくなります。逆に支援体制をとるかも知れません。

 これは、イスラエル・アメリカにとって一大事です。これまでの努力が水泡に帰す可能性もあります。アメリカがイスラエルを擁護するのは、政・財・学界に力を持つユダヤ系国民を無視できない一面があるからで、オバマさんの頭の痛いのも当然でしょう。

 しかしもう、アメとムチで世界を切り回すのは止めましょう。友好国だったイランのパーレビー国王はホメイニ革命でひっくりかえり、イラン・イラク戦争でイラクのフセイン大統領を応援したのに、大量破壊兵器を隠しているという偽情報で戦争をし、さらに、アフガンでソ連に対抗するため育成したビン・ラディンやタリバンが、その後テロとの戦いの相手となり、いまだに泥沼から抜け出せないでいます。

 その間、アメリカの兵士が何千人命を失ったでしょう。もちろん戦場になったところでは、民間人を含めそれに10倍するほどの人が死んでいます。イスラム圏でなくても、内政に口出しされたり軍隊を派遣されたりすることに、どこの国もすっかり懲りています。アメリカは、足元の南米をはじめ、そういったやりかたが世界中で嫌われていることを知りながら抜け出すことができません。

 国内右派グループとの戦いもあるでしょうが、もう、ここらが年貢の納め時ではないでしょうか。日本は、内政の混乱でそれどころではなく、何のお手伝いもできないことが残念です。

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2011年2月 7日 (月)

「政治とカネ」に異論

 毎日新聞には、「メディア」と名付けた面がある。今日は別のテーマを考えていたが、予定を変更した。理由は8段も費やして、同紙を含め有力紙の小沢叩きを痛烈に批判するコラムを、2人のジャーナリストに書かせていることである。

 毎日らしいと言えば毎日らしいのだが、日頃の社論または記事表現とは裏腹の内容なので、「小沢無罪」を先取りした方向転換の動きなのかな、と邪推してしまった。2人のうちひとりは、「ニュースの匠」というスペースを持つ常連の鳥越俊太郎氏で、いま一人はルポライターの横田由美子氏である。

 まず、鳥越氏の書き出しから。

 私が小沢一郎氏を当コラムで取り上げると、いわゆるジャーナリストと称する方々が次々と私の実名をあげて批判を展開する。よほど痛いところを突いてしまったのかもしれない。朝日社説子しかり。今回は私の大先輩、岩見隆夫氏(「サンデー毎日」1月30日号「サンデー時評」)です。

 私もそのコラムの見出しにならって「岩見隆夫さんは間違っている」というタイトルで反論してみます。岩見さんの論点は「『不起訴=虚構』はとんでもない短絡」という批判です。その論拠として検察内部に処分を巡って対立があったことや起訴論が検察内部にあったことを挙げる。しかし、

 以下は、http://mainichi.jp/select/wadai/torigoesyuntarou/news/20110207ddm012070026000c.html
で見ていただきたい。

 横田氏の「独自色を前面に出すべきだ」は、サイトに見当たらないので、内容を紹介する。

 1月31日、小沢氏が強制起訴された翌日からの新聞各紙の報道は、「予想された域を出ず新味に乏しかった。各紙、延々と類似の政局報道が続く。社説にしても、一般読者からすると似たような印象をぬぐえない記事ばかりが並ぶ」とし、「けじめ」を最低限の落としどころとして筆をそろえるという。各紙のわずかな違いの記述に続けて、

 小沢氏の「政治とカネ」をめぐる一連の報道では、新聞やテレビなどのいわゆる「既存の大手メディア」とネットの世界では、論調や意見に大きな隔たりがある。ネットでは小沢氏を支持する意見が圧倒的だ。彼らのコメントからは、大新聞に代表される既存メディアや検察審に対する不信が頂点に達した感がある。

 と、指摘した。実は昨日、政治談議などあまりしない親族だが、「政治とカネ」論が本質とかけ離れているのではないか、ということを話題にしたばかりである。横田氏は、新聞の読者離れを防ぐため、「これまでの取材・報道姿勢を見直し、独自色をより前面に出すべきだ」ということ結論にしている。

 言うはやさしで、その根は深く、一朝一夕で改善されそうにもない。今回の毎日紙のように、社外の対立意見を並べて見せるような紙面構成をとることが、その第一歩になるかどうか、長い目で見守るしかない。

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2011年2月 5日 (土)

八百長騒ぎ

 「今さら大騒ぎするのは片腹痛い。私の知っているかぎり相撲はそういうもの。昔から当たり前のこととしてあった」、「日本の文化の神髄である国技というのはちゃんちゃらおかしい」。各紙に報じられた石原都知事の発言である。

 ふだんは塾頭の天敵のような都知事だが、この点はもろ手を挙げて賛成。弱い相撲取りも、八百長相撲もひっくるめて酒を飲みながら楽しむものだ。興業であることを忘れ、公益法人などといって、文部省管轄でNHKと共催するような形にしてしまったから、こんなことになる。

 相撲が「日本の文化の神髄」ではないが、日本の伝統文化であることはたしかだ。歌舞伎と同じに民営化すればいい。国が助成するなら、国技館の固定資産税を免除する程度で十分。運営に口出ししたり、なんとか審議会、かんとか調査委員間などと、あやしげな有識者が集まっても益はない。

 本場所を中止すれば、天皇杯や総理大臣杯はもとより、友好杯を提供してきた多くの友好国の意図も宙に浮く。「そんなことには、かまっていられない」という、最近の日本を覆うストイックさの方がなんとなく心配だ。

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2011年2月 4日 (金)

D51が呼ぶ春

 SL、D51が持つ男性的な迫力が春を呼ぶ、というような立春を迎える俳句が新聞に紹介されていた。「ボアーッ」という四囲を圧する汽笛、吹き上がる蒸気、遮るもののない牽引力、D51の持つ魅力を余すところなく想像させる句である。

 そのボアーッも、戦中派が聞くと思わず涙ぐむような追憶があるはずだ。出征する父と夫を駅に見送りに行った子と妻は、発車の汽笛が今生最後の別れを告げる合図となり、再び逢いまみえることができなかった。

 都会に残る両親から強制疎開で切り離され、遠い田舎の暗いお寺の本堂で、かすかに聞こえる終列車のボアッーに、布団に顔をうずめてすすり泣いた小学生時代の思い出のある人もすくなくないだろう。

2011_02020001_2  ボアーッの系統の汽笛は、D51に限らない。テレビがよく街録に使う新橋駅広場にかざってあるC11(デゴイチに対し、シーチョンチョンと呼びならわす)もそうだ。しかし、短距離、低負荷用で線路が細くD51の入れないようなローカル線を主に走っていた小型機だ。

  釜も小さく自重も軽く、やはりD51の重量感のある音にはかなわない。貴婦人と称されるC57なども復元、観光目的で運行されている。いずれも昭和の音だ。戦後しばらくは、96(クンロク)という大正時代生まれの名機が走っていたが、これは「ピュー」という甲高い汽笛だった。

 昭和の音、いつまでも残しておき、春と平和を呼ぶ音になってほしい。

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2011年2月 2日 (水)

菅政権に第4の敵

 当塾では、このところ2、3の例をのぞき立て続けに菅政権の頼りなさを書いてきた。間の悪いことに、中国メディアもそのような報道をし始めている。中国網(チャイナネット)は、国務院直属の中国外文局が運営するサイト、つまり当局の見方を反映していると伝えられるメディアで軽視できない。

 ただし、例によって1月28日付のシンガポール紙「聨合早報」の外電を引用する、という形になっている。「窮地に立たされる民主党と菅直人」と題したその内容は、菅政権には3人敵があるというものである。

 1人目が国民で、支持率21%という政権維持のギリギリのラインに来ており、20%を下回った首相はだいたい、自分の名誉と忠誠を守るために辞任すると観測する。そして、人々の心はますます離れ、「壊れた壁を見て、皆で崩す」つまり、人が弱っているところに乗じて攻撃するとはこのことであると表現した。

 2人目が野党で、国会審議の難航ぶりを紹介、3人目に小沢一郎をあげ次のように述べている。

 もとはと言えば、小沢一郎が菅直人と野党の板ばさみになって、にっちもさっちも行かない状態だったのが、今では事態が一変し、菅直人が板ばさみにあう羽目になった。

 国会の審議は無理やり進められ、菅内閣はなんとか維持できたが、頼りにしていた仙谷由人も、力強い支持者であった馬渕澄夫も虫の息である。孤立無援になってしまった菅直人はもっとも悲惨な敗者である。

 民主党も菅直人も窮地に立たされ、無残な姿である。彼らの「返り咲き劇」は、2010年の下半期から内部の圧力に外部の危機とまとめて攻撃を受け、もはや反撃する力も残っていないようだ。日本の政局は今も暗闇の中である。

 このように見られている政権に、どれほどの外交力が期待できるであろうか。すでに足元を見られ、中国、ロシア、アメリカから押しまくられている。虎視眈々と狙ている4人目の敵を忘れてはならないのだ。

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2011年2月 1日 (火)

菅首相語録の軽さ(2)

 前回、標題の記事を書いたら、すぐあと、首相が予算委員会で中国の清王朝は「蒙古族」という失言をし、後刻訂正したと各紙に報道された。ただ前回書いたように、記者会見で口が滑ったとか言い間違えた言葉尻をとらえ、口汚く罵倒するような野党には組しない。

 今回は、なぜかあんまり問題にされていない。しかし塾頭は、「ああ、やっぱり限界が見えた。史観のない総理は、見限るしかないのか」と思わせるものだった。ぶらさがりの記者会見ではない。国会質疑の中である。一般教養として戦前の昭和史を知るものなら、満州と蒙古を言いちがえることなど、まず考えられない。

 「菅首相の歴史認識」で書いたように、孫文を支援した民間日本人などの話を、両国の友好関係に短絡的にとりあげるのと同様、戦前のアジア近現代史への関心のうすさが露呈したとしか思えないのである。それが、日米同盟の深化、「共通の価値観」、TPPの中味であるとすれば、菅内閣にはご退場願わざるを得ないことになる。

 これまで何度かそうは思ったが、あまりにも短いトップの交代が国力を弱めること、とって変わるべき宰相が見当たらないことから、首相就任以来「消極的」な支持をしてきた。それは、森派などが誘導してきた国粋主義的自民党に後戻りさせない、ぎりぎりの要件だと思ったからである。

 それが、野党攻勢と言うより、小沢元代表排除といった党内抗争や政策の混乱、そこに首相の資質まで疑われるようでは、かすかな望も立ち消え寸前にまで来ている。昨年末に向けて当塾が訴え続けてきたのは、小沢氏の早期の証人喚問(政倫審の参考人招致ではない)を済ませることであった。

 そこで、「身に覚えのない」ことを証言すれば、それなりに法的根拠も発生し、処分問題も理由を失って、挙党一致体制がとれると思ったからである。岡田幹事長は、まだ政倫審招致などをうじうじ言っているようだが、強制起訴された以上、もはや招致決議も出席もあり得ない。

 証人喚問も社民党、国民新党が反対するという。そうなれば、党内反対委員を説得して満場一致の喚問決議を説得する余裕などますますない。小沢氏の方は「決議があれば出ますよ」と、かえって余裕たっぷりに構えられるようになった。党としての処分と言っても、その口実にとぼしく、機関決定も難しい。つまり、菅首相の方が政治的敗北追い込まれたような情勢になってきたのだ。

 塾頭は3月危機、6月危機などあってほしくなく、あり得ないと考えていたが、閣内に亀裂が生ずるようなことがあれば、一挙に崩壊する可能性もある。その場合、小沢派復権か大連立か解散総選挙かまったく見えてこない。

 うんざりするほど続いた混沌だが、いましばらくは我慢せざるを得ない。そして国家百年の計のため、進路を誤らない政治家を選び出す機会を待とう。

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