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2011年1月31日 (月)

菅首相語録の軽さ

 菅首相に限らず、今どきの政治家の語彙はまことに貧弱だ。中でも総理なるが故に、菅首相語録には、練れてなく紙片のような軽さを感じる。曰く「最小不幸社会」「第3の開国」「熟議」など、いずれも他からの借り物のようで、オバマが使った「Yes I Can!」のような肺腑を突く言葉にほど遠い。

 かといって、国債の格付け問題で「うといので」といったアドリブとも冗談ともとれる発言に、野党党首が、本会議場で慣れない金切り声を張りあげて食らいつく図は、国辱ものでもっと悪い。前項であげた3項目の内容を国民の前に明解にすることこそ、野党質問の神髄であるべきだが、やはり言葉を持たないからであろうか。

  上の3項目が、首相の思ったほど国民に受けないのは、いずれも言葉に跳ね上がるような勢いがなく「陽」より「陰」の印象になるからだ。「第3の開国」はよさそうに思うが、国民が「明治維新や敗戦と比べるほどのことか。失政だったグローバリゼーション指向や小泉改革とどこが違うのだ」というさめた気持ちを持っているからだ。

 首相が知らないのか、あるいは無視したのか、日英条約改定を前にした「第2の開国」がすでにある。明治32年、天涯茫々生・横山源之助著『内地雑居後の日本』を是非参考にしてほしい。(文中下線は、それぞれゝ、◎、●で強調したところ)。調べてもらえば決してオーバーではなく、TPP以上であることがわかるだろう。

  明治維新以来の日本の社会は、政治社交の上には悉く改革の歴史を示し、世人がぼんやりして居る間に活発なる改革は遂げられ、着々として成功を示し来たり、而して余れは維新の改革を以て、神武天皇以来、類少なき大改革なりとして、今日より之を思ふも、愉快に堪えざるなり、

 此の社会を根本より改革せんとする、現に改革せられたる、日本の歴史中例幾何やある、且つ僅に三十年前の事にして、少しく年取れる者は、大抵身親から知り居る事実なれば、特に我れ等は愉快とするなり、余は当時の青年政治家に対して、之を断行したる勇気と苦心とを謝すべし。

 二十七年に入りて、日清戦争起こりたり、今まで東洋の一孤島として、世界の注目の外に在りたる日本国が、俄に東洋の一大強国として、世界の注目を惹くに至れり、(◎)而して間もなく此の七月より、内地雑居といふ古今未曾有の時機に入らんとす(◎)、

 すなはち日清戦争によりて、日本の国は欧米諸国に其の價値を認められたりといふ者の、直接関係せるは支那帝国にして、欧米諸国は遠くより見物したるのみ、恰も、本所回向院に行きて、相撲を見物し、常陸山はつよし、梅が谷は強しと局外より見物して、その強弱を推測して知りたると同じく、其の実己れ自身が彼らと取り組みたるにあらざれば、果たして常陸山が強きか、梅が谷が強きか、実際知る能はざるが如く、日清戦争を見て居りたる欧米諸国も、今まで買ひ冠りたる支那老大国が、今まで軽蔑し居りたる日本に敗けたるを見、案外なるに驚き、そのエラキを認めたりといふに過ぎずして、その実如何ほどエラキか、如何ほど強きかを知らざるなり、

 然るに内地雑居は、今まで局外に居てのみ知りたる日本国の真価を知るの機会とは為らんとす、あゝ此処大事の場所にあらずや、(ゝ)唯だ日清戦争は、武器を以て其の勝利を決したる、言はゞ単純なる勝負に過ぎざりしが、内地雑居は、人情に於て、道徳に於て、産業に於て、企業心に於て、且つ労働に於て、技芸に於て勝負を決する戦争なれば、支那を相手に、軍器をもて勝敗の定まるやうな、気楽にして迅速なる者にはあらざるなり(ゝ)。

 果然四五年前よりそろそろ準備は始められたり、内地雑居準備等は当局者の間に設けられたり、民法商法の法典は編纂せられたり、警察事務取扱は丁重とはなれり、監獄事務も急に改められんとせり、民間には、英語研究会四方に起り、急に語学生増加し、欧文印刷所忙しく、教育家の間にも内地雑居後の教育方法研究せられ、文学者も志ある者は世界の文学を頭脳に置き、特に影響あるべき実業界に於ては、商人は日夜内地雑居後を夢み、工業家は資本を集めて基礎を堅めんとす、

 今や甲も、乙も、丙も、丁も、猫も、杓子も内地雑居を説き、七月以後を想像して身の始末を付けんとす、浮世風呂の流し場、床屋の店端、噂に出づるは内地雑居の事、鉄道の音響聞こへぬ草深き田舎に至るまで、長き日を此の噂に消し居るなり。

 (●)ああ読者諸君、特に余輩が本書に於て目的とせる職工諸君、卿等は果たして他の社会との人達と同じく、此の七月あるを覚悟し、内地雑居後の準備を為せるや、敢えて問はん(●)。

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コメント

最初の開国は明治維新である。二番目の開国は戦後である。三番目の開国はこれからである。


考え方にはいろいろある。自分たちの考え方が理に合わないものであることを証明するのは難しいことである。だが、それが証明できなければ、おかしな考え方を改めることも難しい。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

投稿: noga | 2011年1月31日 (月) 18時03分

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