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2011年1月25日 (火)

菅首相の歴史認識

 24日に行われた首相の施政方針演説で、外交問題のうち中国問題について、中国革命の父といわれた孫文に触れた部分があった。それだけで首相の史観を云々するのは早計だと思うが、取りようによっては、的外れな演説になっていることを指摘しておきたい。

 これについて、同演説の部分と、当塾の前身「反戦老年委員会」に書いた「日中関係史」(当塾のバックナンバーにもそのリニューアル版シリーズがある)を再録した。破線内が引用であるが、すこし長いのでお急ぎの方は、最後の◎結論をご覧いただきたい。

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施政方針演説(官邸HP)

 アジア太平洋諸国との関係強化にも努めます。中国の近代化の出発点となった辛亥革命から、今年で百年になります。革命を主導した孫文には、彼を支える多くの日本の友人がいました。来年の日中国交正常化四十周年を控え、改めて両国の長い交流の歴史を振り返り、幅広い分野での協力によって戦略的互恵関係を充実させることが重要です。同時に、中国には、国際社会の責任ある一員として建設的な役割を果たすよう求めます。
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日中関係史考
(旧拙ブログ:反戦老年委員会)
DATE: 02/20/2007

  【満鉄とアジア主義】 前回は第一次世界大戦後を大正時代に区切って年表を書いてみた。それによるとこの時代、戦争は終わっていても、日本が得た中国国内の利権をめぐって紛争が絶えず、反日運動や日本軍との衝突が繰り返し起きていたことがわかる。

 日本政府、および日本人は大陸に対してどういう感触を持っていたのだろうか。日清、日露の戦勝は、安全保障・自衛の範囲から、次第に大陸おける地歩確立という帝国主義的植民地主義が一般に受け入れられるようになった。 その裏には、戦争による人命や財産の莫大な損耗には、相応の見返りが必要、という国民感情も関係する。またそれに反抗する中国、朝鮮人に対しては、関東大震災の際の居留民殺傷のような差別と蔑視と脅威を根づかせることにもなった。

 そこで植民地政策の先兵となった南満州鉄道株式会社(満鉄)の存在と、西欧の植民地主義排除を唱え、日本人の道義的深層心理に重なっていると見られる「アジア主義」の二つをとりあげ、この時代を考えてみたい。

 通常、1931年(昭和6)の満州事変やその翌年の満州国独立をもって、日本の中国侵略開始と見られることが多い。しかし中国側から見れば、日露戦争でロシアが持っていた不平等権益を日本がそのまま手に入れ、さらに対華21ヵ条要求などでそれを拡張強化させる方向を示したことで、「侵略」と受け取られても仕方がない面がある。

 満鉄は1906年(明治39)、日露戦争のポーツマス講和条約とその内容を承認した日清条約により、ロシアから日本政府に引き渡された権益のうち、大連~長春、奉天~安東県間の鉄道とその支線、鉄道付属地および撫順・煙台炭坑などの付属事業経営を目的とした株式会社である。

 当初資本は2億円。その半額は政府の現物投資、残りは年6%配当の政府保証つきの民間公募で細分化されていた。また所要資金は社債に頼ることにしたので、政府は金をかけずに事実上自由に動かせる国営会社を手にしたことになる。民間会社の体裁はとるが、当初から満州・華北の植民地経営をにらんだ国家の出先機関としての機能を隠そうとしていなかった。

 鉄道付属地は年々拡張を続け、1931年には当初の3倍以上、現在の横浜市の面積を上回る480平方㎞に達した。また鉄道10㎞につき15名の駐兵権を持ち、租借地同様中国の主権を排除した。満鉄は大豆など農産物と石炭を輸出し、日本からの輸入品・綿布などを運賃操作したり、エネルギー源を独占して利益をあげた。さらに多くの産業開発に出資したほか、資源調査、情報収集など植民会社の機能をフルに発揮した。優秀な人材を集めた「満鉄調査部」の名は今に残る。

 こういった西欧型植民地主義に抵抗し、中国の改革推進者で革命の父といわれる孫文がアジアの連帯と自決を目指す「大アジア主義」を唱えていたことが知られている。それに共感し、日本の侵略的行動に批判的立場をとっていたのが、国内の大物右翼であった。その代表格である玄洋社の頭山満が、1924年(大正13)来日した孫文に語ったとされる言葉を次に掲げる。(藤本尚則『巨人頭山満翁』山水書房、松本健一『竹内好「日本のアジア主義」精読』岩波文庫、所載)

 貴国四億の国民を以てして、外国の軽侮と侵害を甘んじて受くるが如きは、苟も国家を愛する志士豪傑の之を憤るのは当然である。嘗て満蒙地方が露国の侵略を受けし時の如き、幸にして我が日本が相当の実力ありたればこそ、多大の犠牲を払って、唇歯輔車(相互に助け合う)関係にある貴国保全の為め之を防止するを得たのである。依って同地方に於ける我が特殊権の如きは、将来貴国の国情が大いに改善せられ、何等他国の侵害を受くる懸念のなくなった場合は、勿論還附すべきであるが、目下オイソレと還附の要求に応ずる如きは、我が国民の大多数が承知しないであろう。

 これをもって「日本がロシアの侵略から中国を守った」とする俗説は誤りである。頭山に、日本がとっている行動を正当化しようという気はなく、むしろ逆である。しかしこれを聞いた孫文は一縷の望みを絶たれた思いがしただろう。このあと、孫文は神戸大学で「日本は世界文化に対して西方の覇道の番犬となるか、はたまた、東方王道の干城となるを欲するか」と日本に迫る悲痛の演説をするのである。

 この前年、孫文は一人の日本人の死に対し上海で追悼大会を開催した。孫文の意気に感動し、身を挺して協力した熊本県出身の大陸浪人・宮崎滔天に捧げたものである。現在の中国でも、「宮崎は中国人民の真の友人、傑出した国際的友人であり、同時に中国人民の革命隊列の中で思想が堅く、不屈であった一人の外国人革命戦士であったといえる。彼は中国人民の革命事業に対し、また中日両国民の友情あふれる交流に対して貴重な貢献をなした」と、最大級の賛辞が寄せられている。(『中国人の見た中国・日本関係史』編者:中国東北地区中日関係史研究会、編訳者:鈴木静夫・高田祥平、東方出版)
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◎結論

 端的にいうと、孫文を日中友好を象徴する人物として取り上げることは適切を欠く。孫文も韓国の金玉均も、自国の近代化を日本の明治維新から学ぼうとしたことは間違いない。そして、何度も来日しているので親近感は持っていただろう。

 しかし、孫文が親日家であるという証拠はない。前述の日本は「西方の覇道の番犬となるか、はたまた、東方王道の干城となるか」という「神戸演説」が有名だが、これは1924年(大正13)という年に行われた。

 その前年は、当塾がたびたび大陸侵略の始まりとしている「対支21カ条条約」を中国が破棄、中国全土で排日抗議運動が最高潮に達している。また、同国内では内戦に明け暮れし、孫文の理想実現にほど遠しという時期であった。

 日本の侵略的意図がますます高まる中、孫文は日本の姿勢に絶望を感じ、血を吐くような気持ちで行ったのが神戸演説である。明治以来、右翼勢力の第一人者であった頭山満や、大陸浪人といわれた宮崎滔天なとど、アジア主義者を中心に、孫文を支援する支援者は少なくなかった。しかし、いずれも国家の枠からはずれた、どちらかというとアウトロー的存在であった。

 当時、頭山と親交があり、憲政を旗印に改革を訴え入閣を果たした犬養毅も支持者であったが、彼は総理大臣になって半年足らずで5.15事件が起き軍人の凶弾にたおれた。こうして彼は、戦前最後の政党出身総理となり、戦争拡大の時代に入って行くのである。孫文の心の中には、「日本に裏切られた」という気持ちが存在しても不思議ではない。

 毎日新聞によると、首相が孫文を取り上げたのは、仙石前官房長官の示唆だったように伝えている。これも「神戸演説」の話が発端のようだが、仙石氏の発言の意図は、「覇道より王道を」という神戸演説を例にとり、尖閣諸島問題や中国海軍の軍拡傾向を批判する文脈からだったらしい。

 また、日本にとっても、その後の日本進路について、アジア内部からの最後の警告であったととらえるのが定見である。この意味からも、施政演説が木に竹を接いだような印象になり、共鳴や感動を得られない内容になっているのだ。

 3回前のエントリー「菅内閣と自転車」で、《必要なのは、政治家としての「史観」であり「人生観」である》と書いた。塾頭にとっては、その憂いがますます払拭できないものになてしまった、という観を深くするものである。

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コメント

大変参考になりました。

投稿: 安東俊幸 | 2011年1月31日 (月) 23時27分

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