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2010年12月 2日 (木)

今、内灘数え歌

 もう半世紀以上も前のことである。石川県の内灘砂丘に米軍の砲撃演習場が作られようとして激しい反対闘争が展開された。朝鮮戦争の戦火さめやらぬ頃である。

 実は、当ブログと表題の「内灘数え歌」復活に全く偶然ながらかかわっていたことをご紹介したい。この復活にご尽力いただいた方からコメントをいただき、内灘の高校生が曲想を現代風にして復活させたということを知った。

 最初のきっかけは、当ブログの前身「反戦老年委員会」で、昔歌声喫茶必携だった『青年歌集』に収録してあった題名のいくつかを羅列したことに始まる。これが07年5月のことである。その後同年10月に、それを見た地元の米田さまから、内灘関係の歌曲をぜひ高校の実習用に使いたいとのお申し出があり、楽譜をコピーして差し上げた。

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 それから3年余、新たに高校生が立ち上がり、普天間基地移転問題や朝鮮半島砲撃事件で緊張の解けぬ今、歌曲の心をわがものとして演奏に当たるという。それが、朝日新聞毎日新聞の地方版に取り上げられたというご連絡だったのだ。

 同記事は、いずれ消去されることも考えて、代表して朝日新聞の主要部を収録させていただく。か細いブログながらお役に立てたという喜びで、塾頭は身の震えるほどの思いだ。これが沖縄に広がり、全国に広がればどんなにいいだろう。次の見果てぬ夢だ。

     ◇
住民ぐるみの反対運動で米軍試射場を撤収させた内灘闘争。反基地運動の象徴として口ずさまれた「内灘かぞえ唄(うた)」が、内灘高校の生徒有志4人の手で再現された。「若い世代にも関心を持ってもらいたい」と、エレキギターをかき鳴らすロック調にアレンジ。4人は、21日に内灘町である映画上映会「内灘から辺野古を考える」での演奏にむけ、練習を重ねている。

 かぞえ唄は、戦後、内灘砂丘が米軍試射場として接収されたことに対する反対運動で、住民や全国の支援者らが座り込みで抵抗した際に歌われていた。同校では、数年前に総合学習でかぞえ唄を編曲して演奏した経験がある。今回の上映会に合わせて軽音楽同好会の顧問教諭が生徒に呼びかけたところ、同町在住の2年生4人が手を挙げた。

 原曲は民謡風に合いの手が入るゆったりとしたテンポの曲。初めて聴いた4人の第一印象は、「何だこの歌は」「古くさい」。だが、ロック調にすれば若い人でも楽しめるのではと、演奏を重ねながらアレンジを繰り返した。

 イントロではギターの弾き語りスタイルで、途中からはギター、ドラム、ベースが刻むリズムに乗せて激しく歌い上げる。リーダーの鉢野邦尭(くにあき)さん(17)は「とにかく歌を聴かなければ歌詞の意味もわかってもらえない。同世代にも関心を持ってもらえたら」と話す。

 演奏は、21日午後1時から内灘町役場の町民ホールでの映画上映後に披露される。上映されるのは、米軍基地の移設に反対する沖縄・辺野古の人々や、射撃場を撤去させた韓国人たちの運動を描くドキュメンタリー映画「マリーンズ・ゴー・ホーム」(藤本幸久監督)。協力金として入場料1千円が必要。問い合わせは主催の実行委(090・9441・7472)。(菊地直己)

■内灘かぞえ唄

一つ日の丸むしろ旗

二つ舟小屋に泊まりこむ

ホヤ ホーヤ

三つみんなで反対すれば

四つ吉田はんも困るやろ

ホヤ ホーヤ

五ついのちをメッコにしても

六つ村をば金では売らぬ

ホヤ ホーヤ

七つ中山あやまらせ

八つ役人追い返す

ホヤ ホーヤ

九つこんどはだまされまいぞ

ドカンやめるまで動きやせぬホヤ ホーヤ

    ◇

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コメント

はじめまして。
米田先生と一緒に、内灘から辺野古を考えるに取り組んだ実行委員です。
何年か前、「内灘闘争」を調べていて、内灘高校生がかぞえ唄の演奏をしたという断片的な情報を得ていました。
それが今回学校の枠を飛び出して、大きな花を開きました。
いろんなつながりの結果ですね。
ありがとうございました。

わたしは町議をしていますが、内灘闘争に関心があって、9月議会で内灘闘争についていろいろ質問しています。よろしかったら、HPを見てやって下さい。

投稿: みずぐち  ひろこ | 2010年12月10日 (金) 22時45分

みずぐち ひろこ さま
コメントありがとうございました。
ご活躍感謝します。
内灘闘争があったころ朝鮮戦争がありました。私は人権闘争もからんだ東京証券取引所の労組をたずね、「徴兵制度復活反対署名運動」をしたことがあります。
平和憲法があっても、アメリカがその気になればなんでもあり、そんな時代でした。

投稿: ましま | 2010年12月19日 (日) 07時51分

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