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2010年12月27日 (月)

「朝鮮」を考える

 最初に北朝鮮から韓国の延坪島(ヨンビョンド)を砲撃したことを考えよう。どんなに悪口を言おうが拳骨を振り回そうが、喧嘩は最初に手出しをして相手に傷を負わせた方が悪い。そして、その前に起きた天安艦沈没事件まで「やっぱり北の仕業だったんだ」と思わせることになる。

 この事件で得をしたのは、同盟強化の口実に使える日本とアメリカで、最も打撃を受けているのが中国である。全く信用のない北朝鮮をかばう役割を一人で背負い込む羽目になっている。利口なロシアは、成功こそしなかったものの、国連安保理かけることで一歩身を引き、国際世論に従う方に回った。

 ノーベル平和賞授賞式の妨害、日本との尖閣諸島問題に関する強硬手段、さらに韓国でも同じような漁船体当たり事件が起きて、それらが共振して国際的なイメージダウンにつながり、強硬な中国に警戒を強める結果を招いた。それだけでオリンピックも万博も台なしだ。

 韓国はどうだろう。ソウルの防空演習の映像を見て、日本の戦時中を思い出した。「空襲警報発令」で、街行く人も一斉に地下へ避難させられる。「デートの約束があるんです」などと言っても通用しない。真面目に協力しないのは非国民だ。

 若者は、とっさに徴兵され軍務つくことを心配する。戦争になるのがこわい。譲って避けられるものなら譲ってもいい。日本と違って戦争は現実で隣りあわせなのだ。韓米同盟があるからその抑止力に頼り、近代的機動兵力を以て徹底的に北をねじふせてもらいたい、などと考えているだろうか。

 日本人のように、北をコテンパンに軽蔑するようなことは好まない。なぜならば、北の人々は兄弟なのだ。朝鮮戦争を体験している人の多くは70歳以上になっているが身内は双方にいる。戦争は最初北が一方的に攻め立て、釜山のあたりまで進軍した。

 その後、米国が国連軍を率いて反撃、中朝国境近くまで押し返す。その過程で多くの韓国人の若者が北軍に逮捕され、「朝鮮人民勝利のため一緒に戦おう」と、見方によれば「拉致」に近い形で北軍と行動を共にする。

 北軍は、中国共産党のいわゆる「義勇軍」の援けで態勢を立て直し、もう一度38度線のあたりまで戻してきたところで、停戦協定が成立した。朝鮮半島はこうして何度も押しつ戻しつで戦火にさらされ、多くの兵士や民衆が生死の境をかいくぐる辛酸をなめた。

 北と行動を共にした韓国人は身内と切り離され、今でも「離散家族」として、限られた人しか往来できていない。停戦協定以後も、工作員の暗躍で自発的にあるいは強制的に国境を越え、離れ離れになっている人は、日本の拉致被害者とは比較にならないほど多い。

 日本人拉致が非道で許しがたい蛮行であることは論をまたない。しかし、韓国人は日本にあまり同情的とはいえない。朝鮮戦争の深い傷跡がそのまま今も続いているからである。そして、日本の拉致被害者を応援するつもりで発言される北朝鮮非難、あるいは蔑視には、反感さえ抱いているはずだ。

 北は兄弟の国である。それなのに往き来もできない、戦争の恐怖にもさらされ、毎日不安の日々を送らなければならない。「なぜ、そうなったのだろう」と考えるのは当然だ。かつて塾頭は、極左の人の言う「南北分断の責任は日本にある」といった主張に憤慨したことがある。

 日本は、連合国に無条件降伏をした。その時点で、朝鮮における日本の権力は一切失われ、連合国の決定に従うことになった。米ソが38度線で支配区域を分けたことと、その結果に何の責任があるわけではない、というわけだ。

 歴史に、「若しも」とか「3段論法」は禁物だ。ただし、情念の世界では自由にあってしかるべきだ。こういう考えはどうだろう。日本人そして為政者は、朝鮮についてそこまで配慮しても罰は当たらないと思うのだが。

 日韓併合で、朝鮮は日本になった。日本と戦ったアメリカは、日本を占領する。当然朝鮮もその範囲内だ。終戦直前に参戦し、日本降伏に貢献したソ連は満州から朝鮮に矛先を向けた。したがって朝鮮の半分は支配下に置いていいということになる。

 塾頭は、日韓併合に「朝鮮の植民地支配」という言葉を使うことに賛成しない。日本は植民地にする気はなく、日本そのものにしたかったのだ。「日韓併合」ではなく「(純)植民地」にしておけばよかったのだ。

 そして、敗戦が見通せた頃、李王殿下に施政権を返上すべきであった。そうすれば、アメリカもソ連も朝鮮を分割支配する口実を失う。また、南北に分断される可能性もなくなっていた。日本と一体化したばかりに、朝鮮は大東亜戦争につきあわされ、兵隊にとられたり、日本人同様に従軍慰安婦になる道を開いた。

 つまり、植民地であればまぬがれたかも知れない戦争と、敗戦までつきあわされたのである。日韓併合がなければ南北分断もなかった――これは自明の理なのである。

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コメント

 日本は朝鮮の分断に何の責任もありませんよ。あなたのおっしゃるとおり。責任はソ連とアメリカにあります。だから配慮する必要なんてないです。

 あなたたち左翼は、朝鮮人のことよりもまずなにより一番に日本人のことを考えてください。拉致はでっちあげと国民を騙し、ばれた後も拉致された日本人のためには指一本動かさず、相手が社会主義国だと何も言えなくなる人たちが、朝鮮人のために必死になったところで日本人は相手にしませんよ。

投稿: ネトウヨ | 2010年12月29日 (水) 18時48分

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