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2010年10月27日 (水)

菅内閣打倒!はあるか

 民主党が政権を獲得して正味一年以上を経過した。もう「初心者マーク」を外さなければならない頃である。鳩山前首相については、閣僚経験(さきがけ時代は官房副長官)がなく、いきなり総理大臣になったので、癖のないお坊ちゃん程度にしか知識がなかった。

 それが、首相就任前後の発言で、普天間基地の「最低でも県外」、「架け橋となる外交」、「温暖化ガス25%削減」、「東アジア共同体」、そしてかねての持論「友愛」が、EUを生む発端を作ったカレルギー伯の著書からきている(前回エントリー・「共同体」のはなし、参照)ことを知り、安倍・麻生とネオコンばりの政権が続いた後だけに、「塾の主張にもっとも近い外交方針を持つ政権」だとばかり舞い上がってしまった。

 通常、外交は首相が交代しても、内政以上に前内閣からの継続性、ことに条約の尊重はもとより、公式合意などを厳守する義務がある。しかし、野党による政権交代があった場合は、必要に応じて最低限の修正を施すチャンスになることも、また国際間の常識である。

 その可能性を裏切り、「学べば学ぶにつけ」という、およそ国のトップに立つ指導者とは思えないようなレトリックで公約をひるがえした。最近は、「首相経験者は、いつまでもその影響力を政界行使すべきでない」と引退をほのめかしていたのを、人にいわれたのかどうか、いとも簡単に撤回した。

 秘書のいわゆる「故人献金問題」でも、周辺はすでに解決済みなようなことを言っている。これについては、彼自身、野党時代にメルマガで「秘書が侵した罪は政治家が罰をうけるべきだ」と厳格な主張をしている。

 その意味は、選挙の洗礼を受けて復活することはあっても、一旦は議員辞職をして責任を明らかにするべきだ、という意味だろう。その前例は他にいくらでもある。首相を辞任したから、というのは理由にならない。首相だからより重い責任を負わなければならない。小沢氏の場合、秘書の裁判はこれからで、立場上推定無罪だが、鳩山氏の場合有罪が確定しているのだ。

 言葉の軽さは病的とさえいえる。一般社会では、このような言動をくりかえすと、受け入れてもらえなくなる。資質が問われて当然であろう。さて、後をつぐ菅首相の方である。無為無策、方向性のなさ、小沢処分など対する指導力欠如、それに加えて右翼筋からでる対中国屈辱外交などなど、マスコミの攻勢は日を追って激しさを加えている。そのため、内閣支持率は、乱高下するだろうが、、「だから交代せよ」という意見にはなっていないというのが、一般の世論ではなかろうか。

 当塾の関心事である外交だけにしぼって考えてみよう。普天間移転先を自民党当時より後退させるような、辺野古移転の日米合意を継承するという決定、これは鳩山内閣の閣僚として菅氏も立ち会っていたわけだし、同じ党内での首相交代なので仕方がない。

 また、9月の代表選まで、閣僚の交代を最小限にとどめたというのも、鳩山時代の引き継ぎ業務を円滑にするという意味でわかる。だから本格的菅シフトは代表選以後ということになる。辺野古案に回帰させた直接責任者は、平野前官房長官と北沢防衛相、それに岡田前外相だった。

 首相女房役である平野が、閣内に残るのはあり得ない。だが、本人の留任希望を押し切って岡田を閣外の幹事長に出し、前原に交代させたのは、本ブログが予想していたとはいえびっくりした。その心は、沖縄県民はかつての自民党以上に民主党、つまり政府に不信感を持っている、もはや、その他の負担軽減策を示したからといって、辺野古を容認する事態は来ない、ということだ。

 すなわち、日米合意見直し必至ということになれば、アメリカとなんとか話ができるのは、軍事知識があり同国に顔の利く前原しかない、ということになるではないか。北沢を防衛省に残した点は疑義が残るが、これも、省内をおさえるには、かねてから文民統制をモットーにしている彼が適任というなら、わからぬわけでもない。

 ここまで書くと「それは甘い、前原は小泉から首相候補と持ち上げられ、ネオコンに近いアメリカの代弁者ではないか」という護憲派の声が聞こえてくる。塾頭は、前原に会ったこともなく知識も深くない。だからそのとおりかも知れない。

 その上、地方首長に転向した杉並区の山田、横浜市の中田や、現職議員でも数名いる超右派と同じ松下政経塾の出身ではないか、という心配をする人がいる。しかし反戦塾は現実を直視し、そこから叡智を集めてよりよい方向へ、という考えだ。そうしないと一挙に悪い方に行ってしまう危険性もあるからだ。

 こういうと、菅首相の発想に似ているようだが、それは市井の一老人の繰り言で、首相にはもっとカリスマ性をもってほしい。話が横道にそれたが、前原が政治家を志したのは、外交をやりたかったからだといい、京大の卒論は中国がテーマだったという。政治を動かすのは、賢明な世論だ。政治家をワンパターン化したくはない、というのが塾頭の本音である。

 民主党は、沖縄県知事選に候補が立てられず、参院選に続いて不戦敗になるようだ。自民、公明は、辺野古移転反対を表明している仲井間現知事を支持するようなので、現状では、与野党全く逆転現象の発生を見ることになった。

 この先を占うのは、「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会(新安保懇)」の打ち出した、自民党時代にさえなかった反憲法的で過激な報告書の取り扱いである。菅内閣は8月にこれを受け取っており、来年度予算に反映させるのかどうか、国会論議を通じて明らかにさせなくてはならない時期が近付いている。

 自民党が小泉時代に作った「防衛計画の大綱」をどう変えるのか、変えないのか、それによっては、当塾も直ちに「菅内閣打倒」の旗をかかげなくてはならい。諸外国から笑われようとどうしようと、日本の安全を守るためにはそれしかない。

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