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2010年10月

2010年10月30日 (土)

日中、賢いのはどっち

 2010_10290002今朝、新聞を取りに行ったら、共産党のチラシがポストに入っていた。題して「尖閣諸島問題 日本の領有は国際法上も正当」、「しんぶん赤旗号外」でタブロイド判4ページ分あり、なかなか読みごたえがある。

 見開きページは右上隅に、1920年(大正9)年、中国長崎領事館が発行した、尖閣列島で同国漁民の遭難を救護した感謝状、右下段に、1958年(昭和33)北京で発行した「世界地図集」、左下は1953年(昭和28)年1月8日付「人民日報」紙面が掲載されている。いずれも、すでに報道されているものだが、中身をより正確に確認できるのがありがたい。これはゴミ箱行きではなく保存ファイルに収めよう。
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 先週、「尖閣共同開発を袖にする愚」というエントリーをあげ、事件発生の強烈な「本震」のあと執拗な「余震」があると書いたが、終息すると困る勢力がいると見えて、なかなか後を絶たない。今日の新聞にも、ベトナムで予定されていた日中首脳会談を、中国側が「日本が雰囲気を壊した」など、慣れない男女の交際のような理由でことわったそうだ。

 前回も書いたことだが、この問題はいくつかに分けて考えなくてはならないのに、お互いに反日・反中というナショナリズムガチンコ勝負にだけ関心を向ける。そもそもが、中国船員逮捕にはじまり、すでに全員帰国したのに、まだ国会でビデオを全面公開するとか制限するとかでもめている。

 中国も「船員を釈放しろ」とは言えないから、反日スローガンに困っているはずだ。ビデオをどうのこうのして、日本に何のメリットがあるというのだろう。日本人が尖閣が日本領であるという信念と領土を守り抜くという固い決意をもっていれば、なにも動ずる必要はない。

 共産党のチラシを上回る反論は、中国にできると思えない。それを中国幹部は知ってる。いまの時期はキャンキャン吠えまくる方が負け犬になるのである。その点でチラシが最後にこれまでの政府の主張が弱かったことを責め、

 日本と中国との間で、あれこれの問題で意見の違いや行き違いがおこっても、問題をすぐに政治問題にすることを戒め、実務的な解決のルールにのせる努力が大切であり、話し合いで平和的に解決することが何よりも重要である。

 と、数行で片づけてしまったのは残念だ。共産党にも、いうだけでなく「努力が大切」であることを自覚してほしい。

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2010年10月28日 (木)

同盟の深化と殺戮

 「今日は田んぼでべトコン1人をやった。あのヘリコプターを飛ばせて、その糞ったれ野郎が逃げ回るところを機関銃を浴びせたがどういうわけか当たらないんだ。しまいに野郎は俺たちに向き直って小銃を向けやがった。俺たちは奴の尻までぶっ飛ばした。ただの風船みたいに破裂したぜ」

 これは、米海外記者クラブ賞を受賞したフィリップ・ナイトリー氏の名著『戦争報道の内幕』の中で、ある米兵の自慢話を紹介したものだ。そのあと、子供を含むベトナム人男女の死体凌辱の話などが延々と続く。その前段に彼はこのように書いた。

 戦争にうまく勝利するには、敵を非人間的に見ることを将兵が学ばなければならないことは、あらゆる政府が気付いている。これを達成するもっとも簡単な方法は、国家主義的または人種差別的感情の一方、あるいはその両方を燃え上がらせることである。

 イラクで、アフガニスタンで、テロリストへの報復を名目に非人道的行為が広範にわたってあったことは、すでに公知の事実である。しかし、パキスタンなどで、将兵をマインドコントロールする必要さえないような殺戮が、ノーベル平和賞を受けた人の手で今なお続いている。

 前線の兵士は、現場から遠く離れた兵舎の一室で、ゲームのコントローラーのようなものを手に、ディスプレー画面を注視している。その画像は無人機から送られてくる現場写真だ。兵士は、何も考えずにひたすらゲームに熱中し、時間も忘れている幼い児童の姿に似ている。

 こうして兵士は、身も心も傷つかず、人影が目につき次第ゲーム感覚の殺戮を繰り返す。その一方、治安回復などの名目で現地に入った陸上部隊の兵士の中から、多くの戦争神経症とか心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神疾患が続出、除隊後それが顕在化して、失業や犯罪を繰り返すなどアメリカの社会問題になっている。

 日本では、そんな心配が一切ない。また、それを想像する人もほとんどいないだろう。アメリカが「こういうことに日本も付き合え」ということなら、「日米同盟の深化」などまっぴらご免だ。今の政府にそれを言える度胸が果たしてあるのか……?。

 

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2010年10月27日 (水)

菅内閣打倒!はあるか

 民主党が政権を獲得して正味一年以上を経過した。もう「初心者マーク」を外さなければならない頃である。鳩山前首相については、閣僚経験(さきがけ時代は官房副長官)がなく、いきなり総理大臣になったので、癖のないお坊ちゃん程度にしか知識がなかった。

 それが、首相就任前後の発言で、普天間基地の「最低でも県外」、「架け橋となる外交」、「温暖化ガス25%削減」、「東アジア共同体」、そしてかねての持論「友愛」が、EUを生む発端を作ったカレルギー伯の著書からきている(前回エントリー・「共同体」のはなし、参照)ことを知り、安倍・麻生とネオコンばりの政権が続いた後だけに、「塾の主張にもっとも近い外交方針を持つ政権」だとばかり舞い上がってしまった。

 通常、外交は首相が交代しても、内政以上に前内閣からの継続性、ことに条約の尊重はもとより、公式合意などを厳守する義務がある。しかし、野党による政権交代があった場合は、必要に応じて最低限の修正を施すチャンスになることも、また国際間の常識である。

 その可能性を裏切り、「学べば学ぶにつけ」という、およそ国のトップに立つ指導者とは思えないようなレトリックで公約をひるがえした。最近は、「首相経験者は、いつまでもその影響力を政界行使すべきでない」と引退をほのめかしていたのを、人にいわれたのかどうか、いとも簡単に撤回した。

 秘書のいわゆる「故人献金問題」でも、周辺はすでに解決済みなようなことを言っている。これについては、彼自身、野党時代にメルマガで「秘書が侵した罪は政治家が罰をうけるべきだ」と厳格な主張をしている。

 その意味は、選挙の洗礼を受けて復活することはあっても、一旦は議員辞職をして責任を明らかにするべきだ、という意味だろう。その前例は他にいくらでもある。首相を辞任したから、というのは理由にならない。首相だからより重い責任を負わなければならない。小沢氏の場合、秘書の裁判はこれからで、立場上推定無罪だが、鳩山氏の場合有罪が確定しているのだ。

 言葉の軽さは病的とさえいえる。一般社会では、このような言動をくりかえすと、受け入れてもらえなくなる。資質が問われて当然であろう。さて、後をつぐ菅首相の方である。無為無策、方向性のなさ、小沢処分など対する指導力欠如、それに加えて右翼筋からでる対中国屈辱外交などなど、マスコミの攻勢は日を追って激しさを加えている。そのため、内閣支持率は、乱高下するだろうが、、「だから交代せよ」という意見にはなっていないというのが、一般の世論ではなかろうか。

 当塾の関心事である外交だけにしぼって考えてみよう。普天間移転先を自民党当時より後退させるような、辺野古移転の日米合意を継承するという決定、これは鳩山内閣の閣僚として菅氏も立ち会っていたわけだし、同じ党内での首相交代なので仕方がない。

 また、9月の代表選まで、閣僚の交代を最小限にとどめたというのも、鳩山時代の引き継ぎ業務を円滑にするという意味でわかる。だから本格的菅シフトは代表選以後ということになる。辺野古案に回帰させた直接責任者は、平野前官房長官と北沢防衛相、それに岡田前外相だった。

 首相女房役である平野が、閣内に残るのはあり得ない。だが、本人の留任希望を押し切って岡田を閣外の幹事長に出し、前原に交代させたのは、本ブログが予想していたとはいえびっくりした。その心は、沖縄県民はかつての自民党以上に民主党、つまり政府に不信感を持っている、もはや、その他の負担軽減策を示したからといって、辺野古を容認する事態は来ない、ということだ。

 すなわち、日米合意見直し必至ということになれば、アメリカとなんとか話ができるのは、軍事知識があり同国に顔の利く前原しかない、ということになるではないか。北沢を防衛省に残した点は疑義が残るが、これも、省内をおさえるには、かねてから文民統制をモットーにしている彼が適任というなら、わからぬわけでもない。

 ここまで書くと「それは甘い、前原は小泉から首相候補と持ち上げられ、ネオコンに近いアメリカの代弁者ではないか」という護憲派の声が聞こえてくる。塾頭は、前原に会ったこともなく知識も深くない。だからそのとおりかも知れない。

 その上、地方首長に転向した杉並区の山田、横浜市の中田や、現職議員でも数名いる超右派と同じ松下政経塾の出身ではないか、という心配をする人がいる。しかし反戦塾は現実を直視し、そこから叡智を集めてよりよい方向へ、という考えだ。そうしないと一挙に悪い方に行ってしまう危険性もあるからだ。

 こういうと、菅首相の発想に似ているようだが、それは市井の一老人の繰り言で、首相にはもっとカリスマ性をもってほしい。話が横道にそれたが、前原が政治家を志したのは、外交をやりたかったからだといい、京大の卒論は中国がテーマだったという。政治を動かすのは、賢明な世論だ。政治家をワンパターン化したくはない、というのが塾頭の本音である。

 民主党は、沖縄県知事選に候補が立てられず、参院選に続いて不戦敗になるようだ。自民、公明は、辺野古移転反対を表明している仲井間現知事を支持するようなので、現状では、与野党全く逆転現象の発生を見ることになった。

 この先を占うのは、「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会(新安保懇)」の打ち出した、自民党時代にさえなかった反憲法的で過激な報告書の取り扱いである。菅内閣は8月にこれを受け取っており、来年度予算に反映させるのかどうか、国会論議を通じて明らかにさせなくてはならない時期が近付いている。

 自民党が小泉時代に作った「防衛計画の大綱」をどう変えるのか、変えないのか、それによっては、当塾も直ちに「菅内閣打倒」の旗をかかげなくてはならい。諸外国から笑われようとどうしようと、日本の安全を守るためにはそれしかない。

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2010年10月25日 (月)

「共同体」のはなし 2

 「東アジア共同体」を口にする人、あるいは批判する人、一体何をどう考えてものを言っているのかわかりません。EUの中にいる、いわゆるEU市民でさえラビリンス(labyrinth=迷宮)と言ってるようなのて、日本人にとって無理なのかも知れません。

 しかし、それを生み出した萌芽の時代から、これまで発展させてきた根本理念は、ゆるぎないものがあると思います。残念ながら、それを解説・強調する論説はすくなく、経済面に傾きがちなので、前回の予告通り、共同体が生まれ出るまでを、年表的に書いて見ました。なお、カテゴリの最初の方の記事と重複する点はお許しください。

1308年 「欧州は統合し団結しよう」と提案した法学者がいた。しかし、これはトルコ軍侵攻を防ぐ軍事同盟案だから外してもよさそう。

1801年 『永遠の平和のために』を書いた哲学者カントの弟子、F・ゲンツが欧州統合の3原則を提案した。このことはあとに関連があるので覚えておいてほしい。
 ①諸国家を統合して、諸政府間の区別を無くす。
 ②他国の利益侵害を許さない一つの憲法を諸国家が共同で持つ。
 ③諸国家が共同して「超国家性」を持つ国家機関を設け、諸国家間の紛争を平和的に解決する。

1847年 文豪・ヴィクトル・ユーゴーが「欧州合衆国」の創設を提言した。共産党宣言の出る前の年、アメリカはまだ独立していない。

1923年 第一次世界大戦を終えて、オーストラリアのクローデンホーフ・カレルギー伯(母は日本人・青山光子)が『パン・ヨーロッパ』を著し、欧州の統合を呼びかけた。(鳩山由紀夫の祖父・一郎が彼の著書から「友愛」の精神を知り感銘を受けている)

1929年 ヴェルサイユ体制構築に力を尽くしたランスのA・ブリアン外相が「欧州経済統合構想」を国際連盟の枠内で行うことを提案したものの、英・独・伊は冷淡な反応。

1946年 第二次世界大戦で首相だった英・ウィンストン・チャーチルがチューリッヒ大学で講演、カレルギー伯の理念を継承。翌年、翌々年にかけて「欧州議員同盟」をはじめ期成同盟など各地の汎欧州運動が活発化、1948年に19か国1000人を集めてハーグ決議を採択。

1951年4月18日 初の「超国家性」を持つ、CECA(欧州石炭鉄鋼共同体)条約をパリで調印。
 この条約の提案は、1950年5月フランスのロバート・シューマン外相により行われた。彼の発言の要旨は次の通りである。なお、大西健夫早大教授は、『EU統合の系譜』で、この提案をゲンツ3原則(前述)の「現代的表現」と位置付けた。

 欧州統合は一日にして成るものではなく、まず事実上の連帯を構築することが必要であって、このような欧州統合を果たすためには100年に及んだフランスとドイツの抗争に終止符を打つことが求められている。

 フランス政府は、フランスとドイツの石炭・鉄鋼の生産全体を「共同最高機関」の下に置くよう提案する。この機関は、欧州の他の諸国の参加のために解放されている。

 戦争経験のあるものならだれでも知っているが、石炭と鉄鋼は武器生産に不可欠で、一国の経済を左右した。仏・独国境地帯は鉄鋼や石炭の産地であり紛争の原因を作っていた。また、隣接するルクセンブルグにも石炭があり、ベネルックス3国もこの条約に参加した。

  CECA100か条の前文

 古来の敵対に代えるに、諸国の本質的利害関係の融合を以てし、経済共同体の設立により、多年、血なまぐさい対立によって離間していた諸国民の前に、一層広く深い共同体の最初の礎石を据え、かつ将来の共通の運命を方向付けることのできる制度の基礎を築くことを決定して、欧州石炭鉄鋼共同体を創設することを決定……

参考文献:小屋修一『欧州連合論』、庄司克弘『欧州連合』、バンジャマン・アンジェル/ジャック・ラフィト『ヨーロッパ統合――歴史的大実験の展望』、その他

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2010年10月24日 (日)

「共同体」のはなし 1

 当塾では「東アジア共同体」というカテゴリを設けています。この言葉には定義がありません。かつて「それは、戦時中の大東亜共栄圏と同じじゃないか」という書き込みをいただいたことがあります。「反戦塾」ですから、同じであるわけがありません。

 戦前からあったのは、特定の盟主国があり、「ここに共通の利益を追求する容れ物があります。さあ、みんな入りましょう」という、経済ブロック主義という試みでした。しかしこれは失敗に終わりました。

 「東アジア共同体」というのは、民主党のマニフェストにあり、自民党政権時代から言葉としては使われています。しかし、政治家の話をマスコミで見ていると、「ASEAN(東南アジア諸国連合)で日中どちらが主導権をとるか」とか、ASEANプラス2とか3、あるいはオーストラリア、アメリカまで入れて、などと、「容れ物が先きにありき」の経済ブロック的な発想が強いように思えます。

 EUが念頭にあるのは確かでしょうが、EUの最初のスタートは欧州石炭鉄鋼共同体です。そのような容れ物や共通通貨・ユーローなどを、最初から想定していたわけではありません。スタートと発展の「理念」は、あくまでも「ヨーロッパの恒久平和の構築」で、結果として今のEUに至ったのです。

 当塾のいう「共同体」は、あくまでも「平和の道具」としての欧州モデルの実現です。アジアは「ヨーロッパと違って一体感がないから不可能」という考えは逆で、種々の対立を抱えているからこそ、それを解決するために必要だと言えましょう。

 それからもうひとつ。それがお互いの利益にかなうと見れば、国家主権の一部を共同体に移譲するという厳しい決断が必要な点と、加盟各国の独自性は完全に保証される、というようなシステムそのものをもっとくわしく知る必要があるのではないでしょうか。

 いずれにしても、そういったものが一朝一夕でできるはずがありません。ヨーロッパの長い戦乱の歴史と、加盟各国民の英知と情熱によって練り上げられてきたもので、今なお試行錯誤が続いており、将来に向けて厳しい試練が続いているということです。

 以上の通り、「仲良しクラブ」とは違うのです。南シナ海資源共同開発、自然環境保護事業、南北朝鮮と日本による非核地帯宣言、そういったものが「共同体」のきっかけになる、これは「反戦塾」の夢物語でしょうか。次回は、改めて欧州石炭鉄鋼共同体の誕生までを眺めてみたいと思います。

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2010年10月22日 (金)

尖閣共同開発を袖にする愚

 すこし前に、尖閣諸島沖で起きた漁船衝突事件を日中間の大地震にたとえ、一進一退をくりかえす両国関係を、その余震と表現した。普通の余震は本震のあったあと、次第に揺れが小さくなり、やがて消滅する。

 この余震はなかなか厄介で、そう簡単に収まりそうがない。報道によると、「中国が今月中旬、沖縄県・尖閣諸島周辺の海底資源に関する共同開発に応じるよう日本側に求めいていたことが21日、分かった。日本側は即刻拒否した」(10/22毎日新聞)という。

 また、前原外相がたびたび露骨な強硬論を発言することに、中国側は不快感を持っているようだ。どっちともどっちだが、これは自然現象ではないのだから、相互に譲り合い、取り返しのつかない被害が生じないよう100年の計を立てなくてはならない。

 民主党は、マニフェストに「東アジア共同体」をうたっており、歴代首相をはじめ外相もそれに触れてきた。しかし、その緒に就いたと思われる業績は何もない。最近はむしろ逆の方向を向いているのではないかと思わせることが多い。

 前置きが長くなったが、尖閣諸島沖のことに話をもどそう。冒頭に触れた報道ではよくわからないが、釣魚島という島そのものと、領海つまり国境の線引きをどこにするかということ、それに共同開発をするかどうかという3つの問題はそれぞれ別個の問題であるということを、どれだけの人が認識しているだろうか。

 まず、領土であるが、本塾はカテゴリ「東アジア共同体」をさかのぼってもらえばわかるとおり、釣魚島が日本の施政下にある固有の領土とする点は、どんな右派系の人より自信をもっているつもりである。

 ここが、問題視され始めたのは、海底の資源開発が脚光を浴びた時以来であることはよく知られている。領土の存在は別として、資源開発の権利をいう場合、大陸棚(陸地から連続してもっとも深くなるところまで)説と、二国間の陸地からの等距離を境界とする説がある。

 中国や韓国は前者の説をとり、日本は後者の説による。2説併存しており決まりはないが、どちらかというと大国の支持がある前者の方が有利(国連海洋法会議)になっているようだ。したがって双方の説が重複する地域では、共同開発という現実的な解決方法が採用される。

 現に、出油はしなかったが、昭和54年(1979)から61年までの7年間、日韓石油共同開発が行われた。実はこの時も弱腰とか譲りすぎという意見がでていた。結局得られる利益、失う損害を考えて最善の道を選んだといえる。

 したがって、中国の提案を即刻拒否、という表現は誰がしたのかわからないが、交渉次第では日本にとって有利な方法もありうるわけで、国粋主義的でヒステリックな反応としか言いようがない。

 この問題は、1978年に当時中国の副首相だった鄧小平氏が言った尖閣諸島領有権棚上げ論は、資源問題に関する限り正解であり、日本は「問答無用」ではなく、この点をつめて話し合いに応ずるべきであった。拉致問題同様、日本はせっかく開けかけた交渉窓口をまた閉じようとしている。

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2010年10月21日 (木)

小沢国会説明の意義?

 当塾は、去年の小沢民主党代表時代から、政治資金規正法違反容疑で秘書が逮捕されるという事態について、小沢氏が進んで国会での説明責任を果たすよう期待していた。しかし、それは第5検察審査会による強制起訴の決定によって、様相が大きく変わってしまった。

 小沢氏は、「国会の決定があればそれに従う」と言っている。証人喚問の決議がなされれば、法的義務が生じるので出席を拒否できない。小沢氏の言動からみてためらう理由はなく、それに応じて証言するのがこの際の正道であろう。

 そのほかに、政治倫理審査会や参考人招致という国会説明の方法がある。民主党は岡田幹事長などは、秘密会議にできる審査会を中心に方法をを探っているようだが、そんな半端なことはやめた方がいい。前と違って小沢氏は刑事被告人という立場なのだ。

 証人喚問以外は強制力がなく、出席も小沢氏の意思次第ということになる。したがって記者会見で発言していること以上の新事実が明らかになる可能性は薄いだろう。また、小沢氏にとっても、それで誤解を解くというという政治的効果が、今となってはほとんど意味をなさなくなっていいる。

 犯罪の有無は法廷の裁くところとなる。したがって、野党が追及するのは、政治家としての道義的的責任ということになるだろう。かりに野党が要求する議員辞職が容れられれば、その根拠すらなくなる。

 証人喚問に応じた場合、発言に偽りがあれば偽証罪に問われる。その反面、証言を拒否できる条件も法律でこまかく規定されている。自らの裁判に影響を与えるようなこと、または起訴された秘書の裁判にかかわることなどを理由に回答を拒否できる。

 そうすると、どの場合になっても、マスコミの無責任な「政治とカネ」バッシングにそった、一般国民の期待するような「真相」が明らかになるようなことは起こらない。本塾は、今月7日に「小沢氏には戦ってほしい」という記事を書いた。

 最近、ようやく雑誌メディアなどにも同趣旨の論調が現れはじめた。上久保誠人立命館大学政策科学部准教授の゛「政治的検察」を完全抹殺するために小沢氏はあえてガチンコの法廷闘争を゛ (ダイアモンドオンライン) というような、ストレートな題名すらある。

 小沢氏は若し証人喚問というような結果になったら、ぜひ法廷闘争の前哨戦として、堂々と証言台に立ち、結果として《小沢追い落とし》を生んだ「政治とカネ」問題の何たるかを明かしてほしい。議員としての道義的責任をとるのは、秘書たちの判決があったあとでも遅くはない。

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2010年10月19日 (火)

「昭和の考え」

 今日の毎日新聞投書欄を見ていたら、表題の記事が目についた。要旨は、単身で苦労しながら小学生の子育てをしている知人に対し、そのカウンセラーから「考え方が昭和ですねえ。もっと気軽に考えて男性とも交際したらいいのに……」、と言われたことを憤慨する内容である。

 ここに登場する人物は、昭和より平成の方が長い人たちだろう。「明治の考え」「大正の考え」の両親に育てられた塾頭は、特にこれにコメントする気になれない。ただ、その考えは「カウンセラーの考えでしょ」とだけ言っておこう。

 昭和の中で消えた言葉はたくさんある。たまたまインド旅行の土産話で、「空港で客の荷物を運んでくれる商売があった」と聞いた。それは「赤帽」?、この言葉も風景も職業も日本の駅頭から消えてしまった。

 ついでに、今日は「消えた○○ボウ」シリーズ。中折れ帽、鳥打帽、カンカン帽、山高帽、正ちゃん帽、登山帽、戦闘帽、弊衣破帽、以上帽子。カネボウ、クラボウ、チャンボウ、以上大手紡績会社。

 オンボウという職業があった。あるいは公務員かも知れない。火葬場で償却処理を担当する。かつては、遺族がなにがしかの心づけをするもの、という常識があった。

 アイボウ、これも仕事関連で今も使われる。もともとは、ふたりで駕籠をかつぐ「相棒」からきている。人や荷物を運ぶのに天秤棒の一方をかつぐ相手を言った。駕籠はなくなったが、荷物の方は、昭和中ごろまでは農村や工事現場でいくらも見られた。力のいる仕事である。シンボウ(辛抱)という言葉はまだあるかな。

 ヌウボウ。ある雑誌にアール・ヌウボウ(新芸術運動)のことを書いた。これは明治から昭和にかけて流行したようだ。フランス語ヌウボウは新、英語のNewである。雑誌社の社長は、昭和初期のダンティーなモボ(モダン・ボーイ)をほうふつさせる文化人だった。

 「ヘェー、チットも知らなかったよ。私ゃ、テッキリ、ヌーッとしてボーッとしている人のことかも思った」との、ご感想。ところがである。あらためて『広辞苑』で調べてみたら、「ヌーヴォー」の②として、(「ぬうっと」「ぼうっと」にかけていう)人のたいどのつかみどころのないさま。「ヌーボーとした男」――とあるではないか。

 カンボウ(官房)とは、清の王室が使う携帯便器のこと、これは前々回記事にした。頑張る仙石官房長官を「柳腰外交とは何だ、意味が違う、撤回しろ」と、『広辞苑』を調べてオチョクったのが自民党の鴨下議員。そのうち仙石長官解釈の「柳腰」も「平成の考え」として広辞苑にのるカモしれないのにねえ――。( ^ω^ )

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2010年10月18日 (月)

平和は自信ある外交で

 日本では、田母神元自衛隊幹部、中国では地方中核都市の学生が主導するデモなど、尖閣諸島を震源とした地震の余震がまだ続いている。しかしこの先、国民が日頃の備えを整えておけば、心配されるような事態は何も起こらないはずだ。

 その備えとは、第1に日中2000年の交流を前向きに考え、発展強化させる善隣外交である。次は、どんな場合でも落ちついて行動できるよう、心構えを養っておくこと。3番目は、それを揺るがないものとする「東アジア共同体」という、耐震構造建築を作り上げることである。

 第1と第3は省いて、第2をひとくちでいうと、日本は寸土も侵させないし、外国へ武力をもって侵略せず、加担もしない、という固い決意を内外に示すことにつきる。日米同盟に全面依存しきることがいかに心もとなく、不安定なものであるかを、ここ数年でわれわれは学習した。

 そのために、専守防衛を任務とする自衛隊の強化が必要とあれば(塾頭は米中に続く第3のグループにいる日本の軍事費が少ないとは思っていないが)、それを厭ってはならない。くわしく触れる余裕はないが、自国防衛に無関心であったり、人任せにする国が、これまでに大きな戦争の原因になったり、地域の安定をそこなった例は枚挙にいとまがない。またそうすることが、日米、日中関係にとって悪影響をおよぼすというのは、いまや時代遅れの伝説である。

 そこで本題に入るが、これまで尖閣諸島事件で政府がとってきた姿勢は、前述に照らして大きな矛盾のないもののとして賛成である。むしろ、「勝った負けた」の国会論議やマスコミの誘導、悪乗りしたデモなどの行為が結果的に国益を損じ、日・中双方に不利を招いていることを知るべきである。

 ただ、「領土問題は存在しない」という硬直的姿勢は賛成できない。それは「問答無用」といわんばかりで、上記第1の原則に反した外交上の非友好的姿勢に他ならないからだ。「固有の領土だ」というだけでは双方平行線で最後まで解決しない。しかし、国にとっては基本的な命題で、不条理に譲歩したり主張を取り下げる必要はない。

 そこで、中国側の主張の基本的な考えを探るため、しばしば中国側がとりあげる、日本人学者の故・井上清京大名誉教授の《「尖閣」列島――釣魚島の史的解明》を参考にすることにした。その内容を批判するような形になるが、自身にはこれだけ膨大な資料を取材・分析する能力がなく、反論・教示もいただけない故人なので、読後感ということでお許し願いたい。

 まず、主張の基本的姿勢である。文中、いたるところで日本政府に(たとえ自民党政権であろうとも)帝国主義・軍国主義という形容詞を付したり「日共」と表現するなど一方を敵視した表現が多く、かつての孤立した新左翼の口調で語られている。せっかくの膨大な史料があらかじめ決められた筋書で解釈・利用され、公正を欠いているように見られる点は残念である。

 次に、「日清戦争で窃かに釣魚諸島を盗み公然と台湾を奪った」という結論部分である。教授は、「窃かに盗んだ」理由として、民間人がアホウ鳥の羽毛採取のため島の利用を思いつき、沖縄県庁に土地貸与を申し出たのが明治18年ころであるのに、9年間許可を躊躇していた事実をあげる。

 それは、清国(中国)領であるこを日本政府が自覚していたから、日清戦争に日本が勝利し、講和条約が開始される1895年3月20日に先立つわずか2か月ほど前、1月14日になってこっそり自国領に編入手続きをすませていた、という主張である。

 これには、大きな論理的破たんがある。講和条約では、台湾全島とその付属島嶼、澎湖列島など、中国から日本に割譲する区域を定めたが尖閣諸島が清国領であると日本が認識しているか不確定地域であると考えるのであれば、その条約に含めればいいだけの話である。こっそり掠め取る必要は何もない。

 日本側がいう、「無主の島」と決定するため慎重な調査を繰り返したというのは本当であろう。それは、清の異議申し立てがあった場合、その他の第三国の認証が得にくくなることをおそれていたと考えられる。これは、博士の主張に似ているようでも、「盗んだ」という動機とは全く違う。

 博士が、古来中国の領土と認識されていたという根拠は、明の時代以降、中国の冊封を受けていた琉球王朝との往来のため、航海の目標として、中国の文献に釣魚島の存在や、その先琉球側に海の色が変わる海溝があるなどの記述があることである。

 しかし、多く指摘されているように、航海の目標を書いた以上に、その島の利用とか領土とかには一切触れていない。博士が、領有していたと中国側が認識していたはずだ、と憶測しているだけである。博士の論文の一節にこういうくだりがある。

  釣魚島などの事が書かれている「福州往琉球」の航路記は、中国の冊封使の記録に依拠している。しかも、この程順即は、清国皇帝の陪臣(皇帝の臣が中山王で、程はその家来であるから、清皇帝のまた家来=陪臣となる)として、この本を書いている。それゆえにこの本は、琉球人が書いたとはいえ、社会的・政治的には中国書といえるほどである。(中山王=琉球王、塾頭注)

 待ってほしい。この伝でいけば、斉の皇帝に藩屏を誓う上表分を差し出し、斉から鎮東大将軍や征夷大将軍の位を受けた雄略天皇や、明の恵帝から「日本国王」の称号を受け、遣明使に「日本国王 臣 源表す、臣聞く……」という国書を持たせた足利義満の家来が書いたものは、すべて中国書と見てもいいことになる。沖縄や対馬が中国や朝鮮の領土といわれかねない暴論ではないか。

 塾頭は、近代国民国家が誕生する前の古文書や伝承を、領土問題の議論にのせる建設的な意味はまったくないと思っている。明の時代といえば、ようやくアメリカで独立宣言があり、その末期にはナポレオンがヨーロッパなどをあらしまわった時期である。

 清の時代になっても、満州出身の王朝の前近代性は、前エントリーでも見る通りおとおりおとぎ話級の伝統にしばられ、臣民はあっても国民はなく、台湾の生蕃は取締りの対象外などと、施政権や国境とかの概念も稀薄で、国際法による処理にもなれていない、いわば国民国家としての資質に欠けていたと言わざるを得ない状態であった。

 一足先に近代国家入りを果たした日本が、国際法のルールに敏感だったのと対照的である。明治政府が慎重に過去の経緯を調査し、近代的手続きを経て領有に至ったのはむしろ自然の成り行きで、奪ったの盗んだのという言辞は当たらないのではないか。最後にひとつだけ付言するが、塾頭は領土問題の解決は、西欧型の共同体をつくるしかない、と考えている。

 

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2010年10月15日 (金)

官房異聞

 衆参両院での国会論議が続いている。野党は、外交にしろ経済にしろ、いま問題の司法にしろ国民が真剣に望んでいる論議をよそに、議事堂での写真撮影だとか柳腰がどうだとか、本論から外れたところで「謝罪しろ」とか「取り消せ」だとかといって時間と国費を浪費している。

 その中で仙石官房長官の老練さが目立っている。抑制にこれつとめる首相をカバーする一方、言いたいことは言って、発言を追及されればあっさり謝るなど、野党の次元の低い指摘、追及をむしろ際立たせる役目をつとめている。

 官房とは何か、辞書にもあまり出ていないのだが、入江曜子『紫禁城』岩波新書にこんなことがでている。それを仙石長官が地でいっているのかどうかは別として、日本でいえば大正末期まで続いた中国・清王朝の「官房」の話だ。

 官房といえば日本では内閣官房などの官庁の一部門をさすが、清朝では皇帝、太后、后妃が用いるポータブル式便座を官房、それ以外の臣下のものは便盆と呼んで区別する。

 食堂がその時々の主人の気分によって定められるのと同様、トイレットも一定の場所があるわけではない。まず主人から「官房を伝えよ」と声がかかると、係の宮女たちはただちに行動をおこす。

 一人は官房承り係というべき太監に命令を伝える。それを承けた太監は雲龍模様の黄絹で覆った便器を恭しく頭上に捧げて居宮の門まで運び、そこで一礼すると素早く覆いとって運搬役の宮女に渡す。この間、別の宮女は主人の衣服をくつろげ帯紐を外し、さらに別の一人が官房の下に敷くための約二尺平方の油布を準備する。

 使用後、宮女は官房を捧げて門まで行き、待機していた太監に渡す。彼は恭しく受け取ると再び黄色い覆いをかけ頭上に捧げて去る。そこには洗う係、拭き清める係、香水のチップスを詰める係などそれぞれ専門の太監がいて素早く処理をするため、あたりに臭気が漂うことはない。

 ちなみに排泄物は暖房の灰で覆われ、さらに太監や雑役たちの手をへて城外に搬出されるが、西太后の場合は、尊い排泄物を灰で汚してはならないとされ、特に香水のチップスが用いられた。

 官房の材質は琺瑯引き、銅製、木製などで種々あるが、西太后のお気に入りは香木製で、それにセットとなる椅子式便座は大ヤモリ「大壁虎」をかたどった檀材で、四本の足はしっかりと床を押さえ、捲いた尾は把手、擡げた頭はトイレットペーパーを挟むためにやや上向きに口を開いているしいう凝ったものであった。

 長い引用で気が引けるが、ネタがネタ。途中でやめることができなかった。あしからす゜。m(_ _)m

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2010年10月14日 (木)

10大ニュースは?

  チリの鉱山落盤事故で33人全員が救助された。テレビも新聞もこのニュースでもちきりだ。今年の日本の10大ニュースを言うにはまだ早い。しかし、今年ほど100年に1度あるか、50年に1度あるかといったにニースが矢継ぎ早に起こった年は、これまであっただろうか。

 その最たるものは、エリート検察官による証拠物件変造が明るみにでたことである。つまり、閻魔大王が舌を抜かれる瀬戸際に立っているとでも言おうか。前代未聞である。

 政治は、もう目が回りそう。現・自民党系以外の野党が政権交代を果たした。これは去年の事だが、60年このかたなかったことだ。外交密約が暴露され、事業仕訳が公開されるなど、官僚と押しつ戻しつという変化は今年に続いた。

 その清新と見られた鳩山首相が、半年余りで小沢幹事長と共に辞任。原因となった沖縄普天間基地移転問題のぶざまな日米合意と社民党連立離脱。それを受けて菅首相が表に立ったばかりの参院選で与党過半数割れ、ねじれ国会再来へ。

 その余韻もさめぬ中、民主党の代表選が菅・小沢の正面衝突で過熱。次の首相に若し小沢が選ばれれば、菅内閣が3、4か月でまた交代するという瀬戸際に立った。小沢首相になれば、検察審査会の度重なる起訴への決定を受けて、自らの問題で指揮権を発動するか、被告として法廷に立つか、前代未聞の事態になるところだった。

 対外関係では、尖閣諸島の漁船衝突事件と中国の強硬姿勢への対応。これらはいずれも10大ニュースから外せない。政治関連では、まだまだ尾をひく問題が残っており、年末までに新たな10大ニュース入りする事件が起きる可能性は大である。

 大相撲の大関解雇や、NHK中継返上。これも生まれてこの方なかったことだ。ノーベル化学賞に日本から2人受賞、中国の反体制運動家の平和賞受賞もある。そして、取り調べ可視化問題に発展した検察・警察の調書依存、証拠不足が招いた無罪判決という大きなニュースもはずせない。

 止まらぬデフレ、ギリシアの金融危機、円高、不況。それに記録破りの酷暑。しかし、もうこれで10では足りない。ニュース仕分けで、分野別ベスト10にするしかなさそう。韓国軍艦撃沈事件も北朝鮮の金正恩さんも、このままではどこかに行ってしまいそうだ。

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2010年10月13日 (水)

衣食足りて礼節を知る

 9月7日、中国漁船が海上保安庁の巡視船と衝突し、中国側の強硬姿勢が鮮明化した先月下旬以降、その関連のエントリーを9本も続けてしまった。ということは、今回も中国ネタである。

 その間に塾頭の考えも微妙に変わっているかも知れないし、今後も断片的に続くかも知れない。そこで、読み返す便宜のため、これらをカテゴリの「東アジア共同体」にすべてまとめた。最初が9月20日で、以後ほとんど連続している。

 前々回の9日に書いたことだが、中国民衆は高度成長により、「衣食足りて礼節を知る」になるのか、逆に「衣食足りて人権に目ざめる」ようになるのか、などと、紀元前の中国「管子」以来の慣用句を引いた。

 あとで気が付いたのだが、これにはやや解説がいる。中国の「礼節」とは、帝王に対する礼節であり、庶民間の礼儀ではない。「礼節」のかわりに「栄辱」が使われることもある。「東方礼儀の国」といえば、中国から冊封を受け、中国以上に儒教を重んじた朝鮮、特に李氏・朝鮮をさした。

 日本が「礼」をめぐって中国と打々発止のつばぜり合いをしたのは、7世紀607年のこと。有名な推古朝・聖徳太子の話である。

 日出ずるところの天子、書を日没するところの天子に致す。恙(つつが)なきや

 隋の煬帝(ようだい)に差し出す国書にこう書いた。怒ったのは煬帝。

 蕃夷の書、無礼なるもの有り、復たもって聞する勿れ

 2度と聞かせるな、と外務大臣に怒鳴りつけた。

 「謝罪しろ」と言ったかどうかはわからない。しかし翌年には、手土産を山積みにして答礼の使者を派遣、関係は見事に修復した。使者に会った天皇(おそらく聖徳太子)は、『隋書』によると次のようにコメントした。

  大唐は礼儀の国と聞いて朝貢の使いを出した。わたくしは夷(えびす)で、かたよった海中にあり、礼儀を知らない。

 と、よいしょ。あらかじめ、水面下で打ち合わせてあった筋書?かも知れない。今ならお見事な外交手腕である。このあと701年には、最初の遣唐使が楚州の沿岸に上陸した。所要の問答の後、唐人が言った。

 しばしば聞く、海東に大倭国あり、これを君子国という。人民豊楽にして、礼儀敦(あつ)くおこなわれる、と。いま、使人をみるに、儀容はなはだ浄(きよ)し。あに信(まこと)ならずや

 ここでもまた「礼儀」である。隋も唐も漢民族の王朝だが、元や清など多民族の帝王に支配された歴史もある。それだけに、中華思想というのは年季が入っており、アメリカの開拓魂と同様体質にしみこんでいる。こういったことを念頭に、長い友好の歴史を刻んできた隣国と付き合うのが大人の外交の智慧である。

 まちがっても、「悪しき隣人」と公言してはばからない枝野前幹事長ような人物を、表にだすことは避けなければならない。(以上歴史については、『日本の歴史』中公文庫ほかを参照)

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2010年10月12日 (火)

金木犀当たり年?

Dscf3108  今年は金木犀が当たり年だという。たしかに花は多いような気がするが、一斉に咲き始めたと思ったら散るのも早い。温暖化、猛暑のせい?。何でも悪い方にとるくせがついてしまった。あすから改めよっと。(1910・体育の日撮影)

♪古い上衣(うわぎ)よ さようなら
  さみしい夢よ さようなら ……

  戦後焼け跡青春時代の象徴、池部良さん 逝く。 合掌。

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2010年10月 9日 (土)

ノーベル平和賞+相撲・NHK癒着

 当塾では、尖閣列島沖漁船衝突事件発生以来、ほとんど毎回といっていいほどこの問題をを取り上げてきた。「中国とはどういう国なんだろう」と考える日が多くなったわけだが、その中で「なるほどな」と思った論述を、竹内実京大名誉教授の古い図書の中から見つけた。

 それは、9月24日にエントリーした「日中関係構築の好機」に載せたが、再度引用させていただく。

 帝王とは、つぎのような存在でしかない。
  1 帝王は、誰でも打倒することができる。
  2 誰でも帝王を打倒した者は、帝王になることができる。
(中略)

 中国においては、政治とは帝王のことであり、帝王とは政治のことであった。帝王以外に、ほとんど政治などというものはないといって、過言ではない。権力が、帝王――予一人(われいちにん)と自称する人間に集中したからであろうし、宗族という大家族の家が、政治世界の原型となっているため、家父長が拡大したものが帝王にほかならないためであるのかも知れない。

 政治の世界に、極端に個人の権謀術数が渦まくのも、そもそも政治の世界のなりたちが、帝王という個人の裁量下にあるからではないだろうか。――とすれば、帝王に対する前述の命題は、政治の命題であり、したがって。革命の命題となる。中国における革命が、易姓革命となるのは、帝王の入れ替えが革命であるからにちがいなく、なぜそういうことになるかは、帝王のほかに政治がないからである。

 つまり、現代の帝王は、胡錦濤でも温家宝でもない、゛中国共産党゛であるということである。帝王が法律なので、人権尊重や言論の自由も憲法の解釈も帝王次第だ。ノーベル平和賞に輝いた劉暁波氏は、そういった帝王に果敢に立ち向かった人である。

 今回の受賞で世界の中国を見る目が厳しくなり、帝王も苦境に立たされるかも知れないが、そう簡単に革命に至るとは考えられない。過去の主な王朝は、2~300年も続いている。その一方、初めて中国を統一した秦は80年ほどで崩壊した例もある。

 要は、民衆次第なのである。日本のマスコミでは、盛んに不満分子の存在や活動を報道し、また中国政府かそれを恐れているかを伝えるが、民衆内に格差はあるものの、史上例を見ない経済成長を果たし、生活が豊かになって世界の富強国となったという実感をどう見るかにかかる。

 中国共産党は、党内の保守派を抑えながら解放の実をあげていく、という苦悶の政策を今後も続けるであろう。民衆は、「衣食足りて礼節を知る」とばかり、革命から遠ざかるのか、「衣食足りて人権を知る」になって、天安門事件の再来になるのかを問われれば、どうも前者の方になりそうだと思われるのである。

 さて、もうひとつテーマにあげた本日の大ニュース、NHK記者の相撲協会家宅捜査事前漏えい問題であるが、あまり詳述するいとまがなくなった。これは、前々回の記事「打落水狗」に書いた、NHKと相撲協会の怪しい関係が、「やっぱり」と思わせるものになったことである。

 朝日新聞によると、記者が協会幹部にメールしたのが、NHKの相撲中継中止発表の3時間後だったという。NHKトップが捜査情報を知っていたとはあえて言わないが、「NHKと日本相撲協会との関係は、単なる取材する側とされる側にとどまらず、中継などを通じてNHK自体が大相撲の興業にかかわるという当事者同士でもある」(音好宏・上智大教授、毎日新聞10/9)と位置づけられる間柄だ。

 中継中止決定が、相撲不祥事のNHK波及を防止するためだった、という当塾の観測は、当たらずとも遠からずではなかったかと思う。

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2010年10月 7日 (木)

小沢氏には戦ってほしい

 検察審査会の決議で小沢民主党元代表が強制起訴されることになった。西松建設事件のとばっちりで大久保元秘書が政治資金報告書の記載の仕方で検挙され、買収汚職の嫌疑が:検察のリークで当時代表だった小沢氏の足を引っ張ったのが小沢狙い撃ちの最初である。そのため、選挙を戦えないと見た小沢氏は代表をおり、鳩山氏に代わった。

 ところが、麻生内閣のあまりにも姑息な延命策もあって、民主党が衆院選で大勝してしまった。その結果、小沢氏は与党幹事長に復活するわけだが、今度はやはり元秘書だった民主党石川議員らが国会開会直前に別の政治資金記載問題で逮捕される。

 これらは、いずれも贈収賄など不正なカネの動きがあれば疑獄事件として直ちに政治家を辞めなくてはならない問題だが、そうでなければ、政治資金報告書の記載ミスまたは事務上の手続きに関する微罪である。

 その秘書の行為を小沢氏が承認していたかどうか、承認していたらその微罪の共犯ということになるだけである。いくら微罪であっても、秘書の不始末は、政治家自らが道義的責任を負って、それなりの始末をつけるのがこれまでの慣習だった。

 鳩山氏には普天間基地移転問題の変節以外に、やはり秘書による「故人献金」の報告書記載問題があり、小沢氏へは、中身を明らかにしない執拗な「政治とカネ」追及が続いて、道づれ辞職ということになった。これは、道義的な責任の取り方のひとつである。

 検察が政治家の巨悪に立ち向かうのは当然である。しかし巨悪でない、あるいは巨悪が証明できず不起訴になった有能な政治家が、何度も活躍の機会を奪われ、国政を左右するほどの影響を与えたことは、史上にその例をみない事実である。

 さらに検察審査会という、少数の一般人による密室の協議で、強制起訴に持ち込める未熟な制度のため、何年にもわたって未決状態を作ってしまった。そして遂には、その政治家の政治生命を奪ってしまうような異常な事態を生んでいる。

 強制起訴というのは、不起訴を確認した検察に代わって、選任された弁護士、つまり「雇われ検察官」が起訴をする。鬼の検察にかわって弁護士が裁判所に告発するのだ。あらたに新証拠がでてくる可能性は、極めて低いといわざるを得ない。

 裁判所は、このケースでも普通と同じ扱いで、「人民裁判」ではない。証拠もなしに「気分は有罪」という判決が出てくるはずはない。そうすると、一体この騒ぎは何だったのかということになる。折しも大阪、沖縄の地方検察で大きな課題がもちあがった。

 特に大阪のケースは驚天動地、検察内部で正義と不正義が正面衝突するという、司法の根幹をゆるがす大問題に発展してしまった。悪法も法であるからには従わなければならない。小沢氏が逃げずに受けて立つという姿勢は立派である。

 ご承知のように本ブログは、小沢氏を支持したことが一度もない。しかし、今度は被告扱いだ。遠慮をせずに堂々と戦って無罪をものにしてほしい。かつて司法制度改革にかかわったことのある小沢氏である。大型の弁護団を組織するというが、日本にとってどういう司法のあり方がいいのか、最後の大仕事として政治の場で実現してほしい。

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2010年10月 5日 (火)

打落水狗

 日本語流にいえば「溺れる犬は叩け」である。中国の作家・魯迅が使ったのがはじめといわれるが、「羊頭狗肉」とか「狗鼠(くそ)」とか、中国は犬に関してどうもイメージがよくない。日本の「忠犬ハチ公」とか、「犬公方・徳川家綱」など、愛犬物語にはことを欠かないのとどこかちがう。

 紀元前の前漢はじめ、「絞兎死して走狗烹らる」ということわざもあった。どんなすぐれた将軍でも、敵がなくなれば殺され(煮られ)てしまうという意だ。なぜ、こんな話題を持ち出したかというと、最近の、中国のヒステリックな反日姿勢や、大阪検察特捜部の破廉恥行為の報道、それに、大相撲やアメリカのイチロー記録バッシングに至るまで、すべて「打落水狗」ではないかと思えてしょうがないからである。

 裏にあるのは「嫉妬」と「功利」である。高度成長で最長寿国で、という日本に対するネタミが、中国に限らずどこの国の民衆でも深層心理にないとは言えないだろう。それが、少子高齢化で成長も頭打ち、デフレで高福祉も赤信号となれば、まさに水に落ちた犬だ。

 伝統と権威で我が物顔だった、大相撲と検察の虚構があばかれた。これも水に落ちた犬である。そこで、突然正義の味方づらをして犬叩きに専念するのが日本のマスメディアである。相撲と暴力団の関係など、特に内情熟知のNHKが知らなかったはずはない。

 検察不祥事について、後追いの断片的記事をつなぎあわせると、マスコミでは、事実関係をある程度把握していたふしがある。それらを不問にしてきた罪は一体どうなるのだ。その罪深さを自覚としたNHKは、情報操作つまり視聴者のせいにして、中継自粛という筋違いの始末をつけようとした。

 最近、新聞記者を「無冠の帝王」とあまり言わなくなった。それより、全体がサラリーマン化し、ジャーナリズムからほど遠い「どこかに向けて一斉にシッポを振る犬」に見えてきたのだ。名物記者・名物評論家といわれた人はほとんど姿を消しつつある。

 国際間であろうと、国内問題であろうと、まず絶対に「水に落ちない」ようにする心構えが必要で、それには権威権力に対するおごりがないか、嫉妬を生むようなことがないかを、絶えず顧みることが必要だろう。

 そして、マスコミにとっても「水に落ちることが絶対にない」とはいえないことを理解すべきだ。、それが、民主主義の名で言論の自由を封殺される事態を招くことに留意しなければならない。NHKの大相撲中継中止は、言論ではないが、ふと、そんなことを思わせるものがあった。

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2010年10月 4日 (月)

勝海舟とシナ

 『新訂海舟座談』(岩波文庫)所載。
  明治29年(1896)10月17日、日清戦争に勝利し、戦後景気に沸いていた頃。ここで歴史が止まっていたら?。いや、日本は止まっているようです。

(前略)松方も、今度は、シナと交易する事に勉めるそうだ。西洋人などわざわざ遠方から来る位であるのに。向こうがし[河岸]にいながら、商売をせぬと言うものがあるかエ。

 オレは若い時、シナへ行って見て、万事の大きいのにビックリした。我が日本の事を思うと、何もかも小さくて、実に涙がこぼれた。その小さい中で、また小さな小党派の争いをしているのだよ。

 松方も、シナの公使に、オレから言ってくれと言うけれどもソウ奔走するのは、嫌だからね。黙っているよ。

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2010年10月 1日 (金)

元気のいいお兄ちゃんへ

 《菅・仙石「売国政権」》
 《小誌だけが知る「土下座外交」》
 《石原慎太郎激白!「ヤクザ国家には核武装しかない」》

 今日発売の『週刊文春』の新聞広告の主な見出しです。やはり本日発売の『週刊新潮』も
 《全世界に恥を晒した売国の「腰抜け内閣」罪と罰》
が売りで、同じような活字が躍っていました。

 ネットなどでご活躍の゛元気のいいお兄ちゃん゛にはあまり参考にならないと思いますが、2冊ともお買い上げになれば、出版社は企画があたった、と喜ぶでしょう。しかし、塾頭よりひとつ年下の慎太郎節にはあきれました。

 核戦争になれば、日本は中国に負けます。双方に弾頭とミサイル製造能力が同じであれば、発射基地と目標の分散が可能な、国土の広い方が必ず勝つわけです。中国の国土は日本の25.6倍、人口も10倍以上あります。米ソともに広い国土があるけど、弾頭やミサイルの数が多すぎて生き残り不可能、という結論をだしました。

 本塾は「核問題は研究もしちゃあいかん」という、核アレルギーさんには反対ですが、それはさておき、アメリカの核の傘論とか海兵隊の抑止力、つまり「トラの威を借りよう」という意見もあります。慎太郎も反対かもしれませんが、都民の税金で銀行を作ったりつぶしたりする無責任知事のいうことは、まともに聞けません。

 核の傘を維持してくれ、と頼んでいるのは、日本とかNATOの一部の非核保有国です。アメリカは、戦術核削減を遅らせている口実にそれを使っています。冷戦思考が残っていることは、実は軍部にとっても予算獲得上好都合なのです。

 さて、肝心な尖閣諸島問題です。クリントンさんは前原さんに「日米安保の対象になる」といいました。なにか、前原さんの手柄みたいにいわれてますが、安保条約第5条に「日本国の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃……」と書いてあるから当然なことで、施政下にない竹島はだめなのです。

 その一方で、アメリカは領土問題は日中2国間の問題だからそっちで解決してくださいといい、2005年の日米安全保障協議委員会合意では、「島嶼部への侵略」は日本が単独で対処という決めになっています。

 ついでに言っておきますが、万そこそこの沖縄在住の海兵隊が、中国や北朝鮮ににらみをきかせているわけではありません。米国軍の総合力の一環のそのまた一環にしか過ぎないのです。アメリカに頼っていればすべてよし、と思うのはとんでもない幻想です。アメリカは自国の利益に反してまで日本を助ける気はありません。だからこそ、日米間には緊密な連携がなくてはならないのです。

 もうおわかりだと思いますが、日本非難に熱を入れる中国のネットウヨや、最近売上利益にめざめてきた傍系メディア。それにくらべ、自国政府を「売国奴」とののしることに熱心で、中国政府に自信をつけさせる日本国内の論調。さて本当の売国奴はどこにいるのでしょうか。

 そうです。日本は決して他国へ侵略しないという憲法9条を厳守するかわり、一歩も国土を侵害させないという日本国民の気概が必要なのです。それがあってはじめて対等でリーズナブルな国交も進められ、また他国からの尊敬もかちとれます。

 ゛元気のいいお兄ちゃん!゛。ぜひ自衛隊でも海上保安庁でも入隊して、激しい日頃の訓練に耐え、尖閣列島守備の第一線で活躍してください。期待してます。

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