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2010年9月25日 (土)

船長釈放と大津事件

 今週前半まで、真夏日だとか熱帯夜だとか猛暑に明け暮れした。へそを出して寝ていても暑かったのが彼岸を境に一転、毛布だけでは足らず、厚い掛布団まで取り出す始末、そんな印象が今回の尖閣列島体当たり船長の釈放発表だった。

 ここしばらくは、勝ったの負けたの、陰謀があったのなかったの、マスコミは大好きな中国ネタではやしたてることだろう。中国は振り上げたこぶしのやりばに困っている。過去の事例から見て、日本が外交上の主導権を握るなど夢のまた夢かもしれないが、これまでも言ってきたように、これを一つのチャンスとして、東アジア外交に本腰をいれたらどうか。

 ただ、野党や識者、マスコミの一部に「政府には説明責任がある」と言っているのは笑止である。起きたばかりの外交問題の手の内をさらすような愚かなことができるわけがない。それは30年たってからだ。内政と外交の区別もできていないようでは困る。

 それは別として、今回とられた沖縄地検の発表内容である。司法が外的圧力に屈してはならないことはいうまでもないが、政治や社会の動向を勘案思料することが禁じられているわけではない。その点で、民主党や小沢氏への集中攻勢をかけた地検と沖縄地検では、全く配慮の仕方が違ったことが興味を引く。

 司法の独立ということで思い起こすのは、明治半ばにおこった大津事件である。ここで復習のためメモっておきたい。

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 1891年(明治24)、来日したロシア皇太子ニコライ(後の皇帝ニコライ2世)が鹿児島から東上、5月11日に大津市へさしかかった際、警護の警官津田三蔵が日本侵略の調査に来ていると誤解して切りつけ、負傷させた事件。

 これを知った政府の周章狼狽ぶりはただ事ではなかった。日ロ関係の危機必至とみて、明治天皇は見舞いのため京都の病院へ行幸をあおぎ、内閣・元老は、犯人に大逆罪を適用し死刑判決を示唆した。

 しかし、大審院長児島惟謙はこれを退け、刑法にのっとって「普通謀殺未遂」を適用、無期徒刑の判決を下した。これは、後々司法権独立を示す好例として、司法界の鑑とされた。なお、外相青木周蔵と内相西郷従道は引責辞職した。

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» 東シナ海、天気晴朗なれど波高し(中国漁船衝突事件) [逝きし世の面影]
尖閣諸島で中国の漁船と海上保安庁の巡視船が衝突した事件で中国外務省は25日、日本が検察庁が起訴保留で釈放された中国漁船の船長を逮捕、拘留したことについて、尖閣諸島は中国の固有の領土で、日本がいかなる司法手続きを取ることも違法で無効で、中国の主権を侵したとして強く抗議、日本は今回の事件について謝罪し、賠償しなければならないと述べた。 一方で、声明は、日中両国の戦略的互恵関係を発展させることが双方の利益だとしており、問題は話し合いを通して解決すべきだとしています。中国外務省が今回の事件をめぐり、声明で... [続きを読む]

受信: 2010年9月27日 (月) 09時25分

» 西暦1891年 - 大津事件 [ぱふぅ家のホームページ]
1891年(明治24年)5月、訪日中のロシア皇太子・ニコライに対する暗殺未遂事件が起きる。政府は犯人の津田三蔵に対し皇室罪を適用するように圧力をかけるが、大審院はこれに屈せず、京都地裁で無期刑の判決を下す。... [続きを読む]

受信: 2011年3月24日 (木) 23時16分

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