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2010年9月24日 (金)

日中関係構築の好機

 菅首相が国連でオバマ大統領の次に演説した。とたんに満席だった会場に空席が広がったという。テレビ画像を見ても、日本語原稿をから目を離さずショボイ棒読みで、鳩山前総理の風采に遠く及ばなかった。

 しかし、外交は見栄えではない。どんな名言でタンカをきっても、半年先に「学べば学ぶにつけ」と方針や内閣を放り出すより、国民の不安を取り除き繁栄に導くための地味で、忍耐強い外交努力と指導力の方が大事だ。

 今回の訪米で中国首脳との接触は困難と見られているが、日本が足元を見られたり自主的な外交方針のなさを露呈しない限り、より強固な日中関係を構築する好機だと思った方がいい。それが将来、米軍沖縄基地縮小に寄与すれば大成功だ。まさに、日本の政権交代の中身が試されているのである。

 まず、はっきりしていることは、小泉・安倍・麻生首相かとってきた、官僚主導の対米追随外交を脱却することである(福田首相は、独自の構想を抱いていたらしいが短期で政権を投げ出し、結果が出てない)。そして、日中の関係改善がアメリカの利益をそこなうという神話から抜け出すことである。

 前々回、「中国の不透明さ」と題して、中国政府の厳しい対抗措置の意味を探った。日本にとって初めてであっても、このようなことは米中間で何度も繰り返されてきた。冷戦時代の「封じ込め政策」に、なんら前向きな意義を見いだせなくなったクリントン政権は、「戦略的パートナー」としての位置づけを目指すことにした。

 そんな中、99年5月にNATO軍機による在ユーゴスラビア中国大使館爆撃事件が起きる。新華社など報道関係者3人の死者をだしたこともあって中国内で大々的に報じられ、反米デモや米大使館への襲撃事件が起きた。

 米マスコミも冷静さを欠き、中国当局がデモ隊にバスを提供したなどと、世論を刺激する方向に動いた。米国内には、伝統的な封じ込め政策維持論者や議会右派勢力が「弱腰」の政権を攻撃する勢力がある。一方、中国のデモ隊に対するバス提供は、過激化の暴走をおそれる当局がとった誘導作戦だったらしいが、朱鎔基首相の退陣要求騒ぎまでおきた。

 表面的には、事態がますますエスカレートしていたが、実は互いに落としどころをさぐっており、11月までにアメリカの陳謝で幕を閉じた。そして2001年1月、ブッシュ政権発足で、クリントンの融和政策批判で「戦略的パートナー」から「戦略的競争相手」に変わり、強硬策に転化するのではないかと見られていた。

 その矢先、こんどは4月1日に南シナ海上空で、偵察飛行中の米軍機が警戒に当たっていた中国軍戦闘機と接触、米軍機は中国領内の海南島に不時着する。そして中国軍機は、行方不明となりパイロットが犠牲になった。

 これは、米政権交代後初めての事件で、公海上・排他的経済水域という意見の相違、米国軍機と乗員の身柄拘束など、今回の尖閣列島事件ときわめて類似した点に留意していただきたい。しかも、空軍同士の衝突ということでより深刻で、直接的・全面対決への憂慮も高まった。

 しかし、中国側はデモ規制に神経を使い、アメリカ側も強硬派のラムズフェルド国防長官ではなく、パウエル国務長官が交渉の指揮に当たり事件の鎮静化を図った。むしろ対立をあおったのは、マスコミで、日本のマスコミも米国の論調に引きずられるように強硬論が飛び交った。(「米国追随報道を自己批判?」参照)

 この時も、騒ぎの中で合意文書づくりが着々と進んでおり、ある日突然に、という形で解決に向かった。これは、お互いに「交渉に値する相手方」という認識を持ったことから発展するが、それがなく「交渉相手として不十分」という認識を持ったら、北朝鮮の拉致問題のように一歩も進まない。

 古典的なパワー・ポリティクス信者は、米中関係はお互いの軍事力が背景にあるから、というだろう。しかし、上記の決着も、国が国内世論、国際世論のバランスの接点をさぐらない限り解決しないし、国益にも反する、という現代の背景の変化に目をそむけている。

 日本は、政権不安定、向米一辺倒に傾きがちな官僚主導を脱却し、外交能力を高めることが急務となる。以上本稿は、高井潔司『中国報道の読み方』岩波アクティブ新書が、大いに参考になった。くわしくは同署の一読をお勧めする。

 それと同時に、知っているようで知らない中国と中国人に対する知識と理解を深めることである。以下は、やや古典的な存在となったが、中国生まれで中国文学研究の大家である、竹内実氏の『中国の思想』(初版昭和42年)からの引用である。

 帝王とは、つぎのような存在でしかない。
  1 帝王は、誰でも打倒することができる。
  2 誰でも帝王を打倒した者は、帝王になることができる。
(中略)

 中国においては、政治とは帝王のことであり、帝王とは政治のことであった。帝王以外に、ほとんど政治などというものはないといって、過言ではない。権力が、帝王――予一人(われいちにん)と自称する人間に集中したからであろうし、宗族という大家族の家が、政治世界の原型となっているため、家父長が拡大したものが帝王にほかならないためであるのかも知れない。

 政治の世界に、極端に個人の権謀術数が渦まくのも、そもそも政治の世界のなりたちが、帝王という個人の裁量下にあるからではないだろうか。――とすれば、帝王に対する前述の命題は、政治の命題であり、したがって。革命の命題となる。中国における革命が、易姓革命となるのは、帝王の入れ替えが革命であるからにちがいなく、なぜそういうことになるかは、帝王のほかに政治がないからである。

【速報・NHKニュース】

9月24日 15時20分

沖縄県の尖閣諸島の日本の領海内で、中国の漁船と海上保安部の巡視船が衝突し、漁船の中国人の船長が逮捕された事件で、那覇地方検察庁は24日、船長を処分保留のまま釈放することを決めました。釈放の理由について那覇地検は「わが国の国民への影響や日中関係を考慮すると、これ以上身柄を拘束して捜査を継続することは相当でないと判断した」としています。船長は今後、手続きが済みしだい釈放され、中国へ送還されることになります。(以下略)

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