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2010年9月27日 (月)

中国は変わったか

 ・・・・変わった

 尖閣列島沖で起きた公務執行妨害容疑者を不問にして釈放したら、「謝罪しろ、賠償をよこせ」と対立をエスカレートさせる。

 南シナ海に遠く離れた南沙諸島など、フィリピンやベトナムなど弱小国に軍事的圧力を加え、領有を主張する。アフリカなどに人とカネを送り込み、鉱物資源などを手当たり次第あさる。これを、帝国主義、覇権主義、膨張主義といわずに、何と言おう。

 かつて、社会党委員長だった浅沼稲次郎が「米ソ帝国主義は日中共同の敵」と中国との共同宣言で言ってしまったため、1960年、日比谷公会堂で右翼少年に刺し殺された。

 72年、アメリカ・ニクソン大統領が中国を電撃訪問し、①体制間の相違を相互に認め、それを超えて「平和共存5原則」に基づき国際問題および2国間問題を処理する。②米中ともにアジアで覇権を求めず、覇権主義に反対する。(以下略)

 鄧小平16字原則。「増加信頼、減少麻煩、発展合作、不搞対抗」(信頼を高め、摩擦を減らし、協力を発展させ、対抗しない)

 以前と変わったのは、改革を成功させ毎年2桁の経済成長を達成、オリンピックも万博も実現。世界同時不況の中でやや衰えたとはいえ、ひとり高成長を続け、アメリカり一国支配や日本の経済が頭打ちになったことである。

 ・・・・変わらない

 「ナショナリズム」と「党」。このふたつは、中国人不変のDNAといえる。辛亥革命以前は、「中華思想」と「帝王」と言い換えてもいい。

 中国の革命や危機に際しては、必ずナショナリズムが大きな梃として作用する。毛沢東の革命も「反日」を原動力にした。ただしこのナショナリズムは漢民族のそれである。チベットやウイグル、朝鮮などの少数民族は含まれない。したがって彼らの動きはすごく気にする。

 釈放された船長は母国に着くと「党に感謝します」といった。普通は「政府」とか「国民」に感謝するというだろう。北朝鮮でさえ、共和国にとか首領さまといっても「党」とは言わない。世界でこの国だけだ。

 帝王は政治を意味し、政治とは帝王のことだった。その帝王が今では「党」にかわった。党は、それほど大きな存在なのだ。軍を持ち、地方で割拠、人民を指導し、政府を操る。それは、国であって国でなく、胡錦濤であり胡錦濤でなく、温家宝であり温家宝でもない、わかりにくい概念だ。

 ・・・・そういったことを知ったうえで

 日本は大いに変わらなくてはならない。どう変わるのか、そこまでいう余裕は今ない。

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