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2010年9月 6日 (月)

「戦中・戦後」断片⑤

松根油編
 終戦直前の中2に課せられた勤労動員のうち、最も過酷な重労働は暗渠排水工事であった。これは、泥田を自分の背丈以上の深さに掘り下げ、排水路を作る工事である。これに次ぐのが松の根っこ掘りであった。陸軍仕様の円匙(エンピといったがエンシが本当。スコップのこと)で使いにくく苦労した。

 松の根を乾留して、航空機燃料を作ろうというものである。海軍の研究で、200の松根があれば1機を1時間飛ばすことができるという触れ込みだった。

  皇国決戦ノ現段階ニ対処シ山野ノ随所ニ放置セラレアル松根ノ徹底的動員ヲ図リ、簡易ナル乾留方法ニ依ル松根油ノ飛躍的増産ヲ期スルハ刻下極メテ喫緊ノ要勢ナルヲ以テ、皇国農山漁村民ノ有スル底力ヲ最高度ニ7結集発揚シ、以テ本事業ノ緊急完遂ヲ企画シ皇国戦力ノ充実増強ニ寄与セントス

 これが、昭和19年10月20日に最高戦争指導会議が策定した「松根油等緊急増産対策措置要領」である。

 中学生数人で半日かかっても1株が掘り出せなかった。あと大人が来てどこかへ運んだのだろう。いくつか集まったところでそれを切り刻み、10日もかけて乾留するのだそうだ。実験室で細心の注意を払い、かろうじて僅かな量の留出に成功したというおぼつかない話だ。

 国民を総動員して掘り起こした松の根っこは、結局1機の飛行機も飛ばすことができなかった。わずかに製造された油をのちに駐留軍がジープに使ってみたところ、数日でエンジンが使えなくなったという。

 こんなエピソードが『日本海軍燃料史』下巻、伊藤清三回想記にある(亀井淳「1945年のオイルショック」POPULAR SCIENCE所載)。伊藤清三は、農商務省で松根油担当技手であった。

 伊藤技手らは陸海軍佐官級十数名に呼ばれて宴席に座った。酒が回ったころ陸軍の中佐が伊藤に、「お前らはだらしがない、もっと松根油を出せ」と怒鳴ったので「本当に戦争に勝つんですかね」とつぶやいたところ、中佐は抜刀して非国民を殺すとわめく騒ぎになった。

 そこはおさまったが、次に海軍の少佐が、「伊藤、君は満足に食事もではず、油を十分に積むこともできずに飛んで行く特攻隊の気持ちがわかるか」と説教した。「それならなぜこんな宴会をするんですか。こんなご馳走は特攻隊に食べさせたらどうですか」といい返してまた大騒ぎになった。その翌日、憲兵が伊藤技手のところへ脅しに来たという。

 大変な侍がいたものだ。懲罰徴兵で闇に葬られる覚悟があってのことか、あるいはもっと上に確実な軍部のコネがあったのか。エリート官僚同士のチョットしたつばぜり合いなのであろう。根っこほりに汗を流す庶民にはちょっと想像できない話である。 

 

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