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2010年8月 9日 (月)

原爆=「反米」は駄目

 どう訴えたらいいのだろう。

 《安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから》という、広島の原爆碑・碑文の解釈を誤っている。そうして、アメリカの大使が謝罪の意を表さなかったことを非難する。

日頃、ヨーロッパの空気を伝えていただいている「時々パリ」さまの関連する記事で、コメント欄を拝見し、そういった意見で覆われていることに愕然とした。
 
 当塾では、久間元防衛庁長官の原爆「しょうがない」発言などで肯定的意見を述べたり、「戦争なんでもあり」論で、お互いを呪い、憎悪し、報復・懲罰といった理由で戦争の連鎖を繰り返す愚を記事にしてきた。しかしこういった機会に、はっきり碑文の主語は、人類としての「我々」であり、「日本人」であることを主張したいので、コメントではなく本文とした。

 アメリカ内部にある原爆投下正当化論を聞くといつも腹立たしくなる。反面、南京虐殺や慰安婦問題で何度も謝罪や補償を要求されることにも不快感を抱く。これは、塾頭も人後に落ちない「感情」の問題である。政府は譲るべきでないことには、譲ってはならない。

 一片の社交辞令で「謝罪」し、「補償」というカネを払えば、情念は消え去るのであろうか。ここで冒頭の碑文の話に戻る。今回の原爆忌で、被爆者団体の責任者がマスコミの米大使出席の印象と謝罪の問題について質問を受けていた。

 その発言は「謝罪云々より、来ていただいたことに価値があり、感謝しています」というものであった。被爆者であっても「情」にはさまざまなものがあるだろう。しかし、この責任者は「理」を語っているのである。繰り返してはならない誓いは、このような惨禍をもたらす戦争を二度としないという「人類」の誓いであり、「日本人」の誓いでもあるということだ。

 まさに、菅首相の言うように「唯一の被爆国としての責務」なのである。そして広島市長が宣言したのは、被爆都市宣言ではなく「平和都市宣言」で、もっぱら軍縮・非戦を述べたものであることに注意していただきたい。また、ルイス大使が発言した「戦争の全犠牲者に敬意を表するため」という目的も、まっとうなものである。

 原爆被爆者と東京大空襲や沖縄ひめゆり隊の犠牲者を区別する理由は、どこにあるのだろう。「情」でなく「理」で考えれば、戦後の余韻が残る時期に作られた碑文の意味がよりはっきりしてくる。1カ月前、「ポツダムに原爆碑」という記事を書いた。

 「理」にさといドイツ人は、アウシュビッツの惨劇に対し、その事実を検証すると共に「ドイツ人はどうしてヒトラーのような人間を生んでしまったのだろう」「そして、何故あのような人物を選挙で選んでしまったのか」「心ならずもジェノサイドに手を貸してしまった責任はどうか」という分析から、謝罪なしにはヨーロッパで生きていけない、ということを先ず最初に理解した。そして、二度と繰り返さないための態勢づくりを着々と進めた。

 最近は、クラスター爆弾禁止のように、国より市民レベルの国際運動が効果を上げている。広島市長も世界中を飛び回っていて一部市民の不興を買っているとも聞く。原爆碑の文句が気に入らないと入って、工具で毀損した右翼組織があるが、くれぐれもこういった挑発に乗らないようにお願いしたいものだ。

 最後に、被爆者の方が書かれた碑文に関する記事を、メルマガ「縄文塾通信」で見たので、その一部をご紹介する。今日は、長崎の原爆忌である。

 合掌。

某メルマガの読者欄で、広島平和記念公園の「原爆死没者慰霊碑」の碑文に主語がないのだが、本当の意味はどうだろう」という文章が載っていた。

 前記荒谷勲くんに確認したところ早速、碑文は、

  「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」

であり、それを英訳文は(当然主語を伴った)

 Let all the souls here rest in peace,
 For we shall not repeat the evil.

 だと教えてくれた。もちろん碑文には英訳文は書かれていない。この英文は、英語通訳に当たってのテキス用だそうだが、主語の「我々」についての説明は2通りあって、

(1)誰がというのは、人類みんなを指している。

  "We" in the inscription means all humankind.

(2) これはすべての人々が世界平和に実現を誓う言葉として書
    かれた。

     It is our hope that people everywhere will come to
     embrace the spirit of these words.

 と言うことだった。

 荒谷君曰く、英語で話す際この碑文の日本文を紹介すると、決まって「誰が?」と問われるというのだ。そこで英訳文を紹介すると、今度は「なぜ(われわれ(Weなのか)?」と反問され、その度に答えに窮するのだと言う。

 さて金谷さんが、講演の締め括りとして語られたのは、この(主語不在の)碑文についてであった。

「(被害者でありながら)非道な行為に対して恨みや復讐の念を一切持たず、こうした悲惨な行為や経験を、世界中の誰もが、二度と繰り返してはならないという表現は、日本語という「主語を持たぬ言語」だからこそ初めて出来ることであり、且つ日本人のみの持つ崇高な祈念の表意なのだ」

 というものであった。この言葉は一種の啓示となって私に、日本そして日本語への誇りと愛着を、より強くさせてくれたのである。

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反戦・軍縮」カテゴリの記事

コメント

現実に原爆攻撃を実行したのがアメリカであるので『反米云々』であるとか無いとかの話に矮小化される雰囲気はあるが、(特にアメリカ国内では
ヒロシマナガサキですが、反米とかのレベルではなくて『人類に対する犯罪』であるとする立場ではないでしょうか。?
アメリカに限らず誰も、決して使ってはいけない非人道的な超大量破壊兵器をアメリカが日本国に対して使用してしまったのです。
アメリカ国内では日本への原爆攻撃に対しては今でも6割は支持しているそうですが、ヒロシマナガサキの破壊が正しかったのか。?
間違いだったのか。?
全てはこの数十万人の大量殺人の正当性(必要だったのか、あるいは不必要だったのか)に収斂するでしょう。
ドイツのポツダムで世界の首脳が集まって戦後処理で会議していた最中の7月25日に原爆投下命令書にトルーマンはサインしたそうです。
アメリカのトルーマンは何のために命令したのかの動機が一番の問題でしょう。
巷間言われている『世界大戦の戦争集結後の主導権を握るためにソ連に原爆の威力を見せ付けて恫喝する為』であるとか『折角莫大な資金と労力で作った最新兵器の威力を知る為に戦争終結までに駆け込み使用した』などが理由の一部にでも含まれていれば、到底許されない許すべきでないとんでもない事でトルーマンアメリカ大統領の戦争犯罪(人類に対する罪)は免れないでしょう。

投稿: 逝きし世の面影 | 2010年8月 9日 (月) 11時51分

今日は。
拙ブログにコメントとTBありがとう御座いました。
御ブログにて展開して頂いた事柄を、私も本日のブログで再度広げて見ました。
TBさせて頂きますので、ご査収下さい。
それにしても、罪深い事ですね。

投稿: 時々パリ | 2010年8月 9日 (月) 18時45分

イランではヒロシマ・ナガサキが公立学校の授業で取り入れています。とはいってもアメリカが核兵器によって民間人の大量殺戮を行ったという反米プロパガンダという意味合いが強いのですが。しかしヒロシマ・ナガサキがどんな意味なのか知られているため、その政治的な狙いがブーメラン現象となり対米戦略として核兵器を保有すべきだという飛躍した意見は表にはでてきません。

もし核兵器を保有するとなれば、学校で教えてきたヒロシマ・ナガサキに論理矛盾が発生してしまうのです。ですからイランでは核軍縮=反米という論理になります。ブッシュまでは単純明快で、それで問題はなかったわけです。

そのアメリカが変わろうとしていることにイランの指導部は切り替えができていません。いまのところオバマ大統領の核軍縮は理念だけで、時期がまったく不明であるということが不満ということのようです。

96年の夏、イランの北西部にある小学校の先生に頼まれて、12歳で亡くなったサダコの話しをして折り鶴を教えたことがあります。折り紙という文化はイランにはありませんでしたが、指が我々と同じで短くて太く器用でしたので子供たちは折り鶴を上手に折ってくれました。

投稿: ていわ | 2010年8月 9日 (月) 21時07分

時々パリ様のコメント欄に投稿したK.T.です。
言葉足らずで誤解を招いた点があるかと思いこちらへ投稿させていただきます。
亡父の基本的な考えは、「仲良くすることと、仲直りは違う」と言うことでした。
昭和30年代の我が田舎町にも、交流事業や伝統工芸品のバイヤーとしてアメリカ人が訪れることもあり、拙宅に滞在された方もありました。その多くは古き良きアメリカ人そのもので、我々の貧しい生活を馬鹿にすることも無く、節度と敬意をもって接してくれたことは子供心にも良く覚えています。そうした方々には、父も最大限の好意と尊敬を抱いて長く交流を続けた方もありました。
国家間の関係から、田舎の庶民の交流まで様々なレベルで、150年程度とはいえ長い歴史の中で、互いに恩義があったり、お客だったり、切っても切れない複雑な関係が形成されていて、単純に100%敵味方と割り切ることなど出来様はずもありません。出来れば仲良くすに越したことは無いのです。
しかし、根本的な謝罪や許しを伴うものとしての「仲直り」を強制するのは如何なものかということです。戦争であるからには互にどうしても許せぬ「一分」が在ります。それを無理に許そう、あるいは謝罪させようとすることは反って相手の「人格」を否定する行為ではありますまいか。
「仲直り」はしないで、許せぬことは許せぬとあくまでも主張する、だが、それはそれとして日常仲良くしていくことに何の不都合も無いではありませんか。
日本人には何か100%の「仲直り」をしなければならないという強迫観念があるように思えてならないのです。
また、決して揚げ足を取るつもりはないのですが、「日本語に主語が無い」という御主張には、異議があります。確かに欧米語における主語は日本語には存在しませんが、言語学には素人の考えですが、日本語は述語が主語を包括する、あるいは規定する言語だと考えています。ですから行動や形容の主体を明らかにするために複雑な敬語体系が必要なのです。
この点を念頭に置くと、「過ちを~」の主体に関する真島様の解釈には失礼ながら少々無理があるように思われます。
若し、真島様の言のように全人類が誓うと言いたいのなら、自然な日本語としては、例えば「諸共に繰り返すまじ、過ちを」といった言い方になると思います。
また、他の方も述べられていますが、私が第三者的な国の人間なら、「全人類が」と言われても、「なんで私があんたに強制されなくちゃならないの。失礼ね。自分で考えてから決めるわよ。」と言いたくなるでしょう。
「全人類が過ちを繰り返さないと誓う」という解釈で、自我と他者との境界をズカズカと踏み越えてしまうという、あまりに日本的な過ちを繰り返したくはありません。

無遠慮な物言いで非礼な点は平にご容赦を。

投稿: K.T.  | 2010年8月11日 (水) 01時25分

K.T. さま こんにちは
コメントありがとうございます。

早速ですが、まず「日本語が云々」というのは、引用文の中にあるので、私の意見ではありません。ただ読者に誤解をされるような文構成は、私の責任でお詫びをします。

次に、「人類云々」の本意は、むしろ「日本人のひとりとして」の方に重点を置いています。碑文が書かれた当時すでに憲法9条が存在し、「人民の名の下において」とうたった昭和3年のパリ不戦条約を再認識する気運があったのでWe=全人類と解してもいいのかな……と思ったまでです。

今、韓国向け政府談話につて書いている途中ですが、そこに至るまでの分析を怠り、中味の薄い政治的謝罪を何度繰り返しても、張り付いた情念は変えることができず、むしろ悪影響さえあるというのが最近の心境です。

投稿: ましま | 2010年8月11日 (水) 13時33分

>早速ですが、まず「日本語が云々」というのは、引用文の中にあるので、私の意見ではありません。

こちらの早とちりがあったようです。
大変失礼いたしました。

これからも、貴ブログ読ませていただくつもりです。

投稿: K.T. | 2010年8月12日 (木) 15時17分

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