「戦中・戦後」断片④
壺井栄『二十四の瞳』編
「なにをしょげているんだよ。これからこそ子どもは子どもらしく勉強できるんじゃないか、さ、ごはんにしよ」
だが、いつもなら大さわぎの食事を見向きもせずに大吉はいったのだ。
「お母さん、戦争、負けたんで。ラジオ聞かなんだん?」
彼は声まで悲壮にくもらしていった。
「聞いたよ。でも、とにかく戦争がすんでよかったじゃないの。」
「まけても?」
「うん、まけても。もうこれからは戦死する人はいないもの。生きている人はもどってくる。」
「一億玉砕でなかった!」
「そう。なかって、よかったな。」
「お母さん、泣かんの、まけても?」
「うん」
「お母さんはうれしいん?」
なじるようにいった。
「バカいわんと!大吉はどうなんじゃい。うちのお父さんは戦死したんじゃないか。もうもどってこんのよ、大吉。」
そのはげしい声にとびあがり、はじめて気がついたようにまともに母を見つめた。
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