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2010年8月24日 (火)

「戦中・戦後」断片②

 前回は、太平洋上の戦局が逆転し、次第に追い詰められていく日本と、学生は教場を閉鎖され、勤労動員で校外に出たことなどを書いた。また、敵性語禁止など常軌を失っていくありさまにも触れた。同様のことを、津田塾に進学された松林さまが「護憲+」にエントリーされ、トラックバックをいただいたので見ていただきたい。

「護憲+」
http://blog.goo.ne.jp/rojinto_goken/e/1e8acf5cbaf376f5cb2c576de50fd365

 庶民の本音編

 このシリーズの題名に《断片》という字句をつけたが、逆に過去の記事をまとめることにもなった。次の2本を参考に供した上で、塾頭の古い手書きのノートに、言論としては決して出てくることのない俳句・川柳を調べてメモしたものがあるので、それを加えることにした。

「不穏言動調査」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_10c0.html

「戦時不穏歌謡」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-7da2.html

高崎隆治『戦時下俳句の証言』新日本新書より。

  これらの句を読んで、感動したり反撥したりしていたころ、旧制中学生であった私は思いがけない事件の飛沫を浴びることになった。新興俳句に対する弾圧事件である。まだ子どもだということで検挙は免れたが、十数冊の俳誌『土上』と、小学校四年生の時から書きためた五六冊の俳句ノートを押収された。そして特高は私を「自由主義」ときめつけ「共産主義」と罵った。

 以下の5首は、『非戦のうた』日本評論社、『川柳にみる戦時下の世相』梨の木会、『さつき』1944・2/3月号などを参照したものらしいが、メモに不備な点がありご容赦いただきたい。

・出世医に聴診器売る寒さかな 坂口銀地
   (出征となれば、未知の人でもねぎらいの言葉をかけたり感謝の念を表明したりりする『明朗銃後』などというのは大嘘である。そうあるべきだというだけのことで、しょせん他人事である。)

・蜜柑むきて皆戦いのこと言はず 杏童
    (南京占領後まもないころの作品)

・心貧しく物に乏しく冬に入る 板谷淇久女

・売り切れに散る行列へみぞれ来ぬ 星華

・木枯しやガソリンスタンド荒れしまま 
                     作者不詳

 もちろん、これらの何万倍もある戦争賛歌が、庶民の声として新聞に、放送に、学校に、街頭に満ち溢れていたのはまちがいない。前回、高名な(戦後生まれの)歴史専門家がよく間違いを犯す、といったのは、公式のそういった史料にだけ目を向けていることからくるのだろう。

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