« 9月にあと1週間 | トップページ | 小沢氏の代表選出馬 »

2010年8月26日 (木)

「戦中・戦後」断片③

日の丸・君が代編
 日の丸は子供のころ好きだった。今でも嫌いではない。

 ♪白地に赤く 日の丸染めて 
   ああ美しい 日本の旗は
だと思うし、
 ♪母の背中に 小さい手で
   振ったあの日の日の丸を
の世代である。

 昭和40年代はじめ、子供が小さかった頃は、正月の気分を演出するため門に日の丸を飾った。万国旗を見渡しても、こんなに単純ですがすがしくかつ目立つ旗はない。誇っていい美的感覚である。

 弁当箱の白いごはんの真ん中に梅干しひとつ、日の丸弁当である。端に卵焼きに削り節か佃煮でもあれば上乗、それでも贅沢だった。嫌いなのは、米軍の迷彩模様に似た塗装の真ん中に据えた右翼街宣車のみっともない日の丸。それに自民党候補者がよくする日の丸手ぬぐいの向こう鉢巻。いずれも目がつりあがり好戦・対決ムードだ。

 右翼の方の書き込みがあった。閣僚のだれだれは会見の際演壇わきの国旗に敬礼するがだれだれはしない、という難詰だ。日本に閣僚室や、会見室に日の丸を置き、敬礼するなどの習慣はあったのだろうか。

 昔はテレビがなかったのでわからないが、そもそもあれはアメリカ合衆国の習慣ではないか。州の数を星で示して一丸とする国の象徴だ。日本では日頃の敬礼対象は「旗」ではなく「天皇」であった。旗なら日の丸でなく「聯隊旗」である。

 聯隊旗は、天皇から直接下賜されるものなので、戦場を潜ってぼろぼろになり、縁だけのものでも戦功のシンボルとして大事に扱われた。学生、生徒が登下校時に礼拝したのは、国旗でなく御真影(写真)と勅語を安置した奉安殿である。

 次に君が代。これは好きでも嫌いでもない。歌詞は大昔のものなので、天皇礼賛とだけとらえなくてもいい。さざれ石が巌となる、魚や虫でも化石になるのだからあり得るけど、それにコケが生えるとは、滑稽でふざけた話だ。

 曲は6音階、雅楽風の宮中音楽だ。よその国の行進曲風、革命歌風でなくなんともしまらない節回しで、妖怪でもでてきそう。これも、日本のパーソナリティで文化なら文句はいえない。ただ、民謡風ならもっとよかったかなと思う。

 というわけで、そう深く考えたことはなかった。それがそうではなくなったのは、それに特別の敬意を払うよう強制する輩が出てきたからだ。思想、信条、表現の自由を束縛し、従わなければ懲罰を加え非国民といい、職を奪うことまでするようになった。

 産経系マスコミは、菅首相が何年か前に、国歌斉唱に立ち上がらなかったとか歌わなかったなどと確証のないことを蒸し返して騒いでいる。期待に反して同調する他社はほとんどない。それで難癖をつけようという時代は去ったのだ。

 しかし、神経をとがらすのは、その底に天皇神聖化や超国家主義のいまいましいにおいと、戦争賛美を嗅ぎ取るからだ。誰も日の丸、君が代を嫌いにさせないでほしい。

|

« 9月にあと1週間 | トップページ | 小沢氏の代表選出馬 »

戦中・戦後」カテゴリの記事

コメント

君が代は結局嫌いなんですね。その理由が押し付けられるからってのは疑問ですけどね(笑)

まあ、ブログ読ませていただいて思ったことなんですけど、何いってもあなたみたいな人は無駄な気がするんで一言だけ。


きっとあなたみたいな人が戦争を起こすんでしょう。


ちなみに、滑稽とか言ってますけどコケ生えますよ。今後恥をさらさないように気をつけてください。

投稿: ぱうあ | 2010年8月28日 (土) 10時39分

ばうあ さま

「無駄」な記事にコメントありがとうございました(笑)。

ひとつだけ文学的にお答えしておきます。

昔の人は、さざれ石が巌になること、つまりありえない無期限の話としてとりあげました。そのあとに、こけの自然発生という身近な体験を加え、対句のおもしろさを出しています。

さざれ石であっても石灰であっても高圧のもとでは岩になることは、ありえない話ではないことが常識になりました。それに「こけ」をつけても、原作の面白さが出てこない、といったまでです。

投稿: ましま | 2010年8月30日 (月) 11時15分

『逝きし世の面影』のブログタイトルをそのままHNにしていたのですが、どうも名前としては長すぎて、皆さんに不便をおかけしている様なので自己紹介文を変えたついでに『宗純』と短く変更しました。

チリで700メートルもの地底に閉じ込められて奇跡的に生残った人たちが発見されていますが、
この極限的な環境で全員で歌っているのがチリの国歌なのですね。
これが日本なら・・・・困りますね~え。
真っ暗に近い地底の洞窟で『君が代』を歌ったのでは、余計に気分が落ち込み、気が滅入ること間違いない。

投稿: 宗純 | 2010年8月30日 (月) 15時25分

宗純 さま
ようこそ、元のお名前でも「ゆきし」で単語登録していたので、そんなに不自由は感じませんでしたが、宗純とは一休ですか?。

まったく理由はありませんが勝手に「源内」という感じかな、と想像していました。

「起立。君が代斉唱!」では、口パクという手もありますが、ピアノの伴奏演奏を断って都の教員が処分されたのは、気の毒に思います。

 楽器演奏というのは、ある程度乗っていなければ指がこわばったりするのではないでしょうか。強制というのはいけませんね。

投稿: ましま | 2010年8月30日 (月) 21時47分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/36364419

この記事へのトラックバック一覧です: 「戦中・戦後」断片③:

» 宗教と共産主義と科学との不思議な関係 [逝きし世の面影]
『共産党と、ものみの塔の似た部分』 日本における『共産党』ですが、残念ながら『ものみの塔』などのカルト宗教とイメージ的にかぶる部分が多いのは、明らかな事実である。 具体的な客観的事実(数字)でも、選挙前の世論調査での支持政党の調査と実際の投票で破壊的カルト宗教の政治部である『公明党』と『日本共産党』では不思議な一致点があるのです。 今度行われるの選挙で『何党に投票しますか』との新聞社などの世論調査の設問に対しては、公明党支持者では半数しか本当(公明党支持)を明らかにしないのです。 アンケートで... [続きを読む]

受信: 2010年8月26日 (木) 08時55分

« 9月にあと1週間 | トップページ | 小沢氏の代表選出馬 »