« 朝鮮を考える① | トップページ | 戦中戦後の中学生 »

2010年7月23日 (金)

朝鮮を考える②

 「無抵抗の婦女子を暴力で拉致して帰さない、人道上決して許すことのできない犯罪国家である」というのが北朝鮮に対する拉致被害者家族の声であり、大多数の日本国民の意識である。ところが、前回も書いたように朝鮮における反応は日本と微妙に違うのである。

 それは、連合国による日本占領の末期、1950年(昭和25)から1953年まで続いた「朝鮮戦争」について、ほとんどの日本人が、戦争特需で景気が好転し戦後復興の足がかりができたという、「人ごと」のような関心しか持っていなかったことに起因するのではないか。

 この3年間、38度線を越えて釜山近くまで攻め込んだ北朝鮮、(この時は、北九州に警戒警報が発令され、いざ戦争!という気分になった)国連軍の参戦で逆に中朝国境近くまで押し返し、さらに中国義勇軍の参戦でソウルが奪い返されるなど、詳しくは Wikipedia などで見てほしいが、日本の沖縄戦のような悲惨な戦闘が長期間、何度も繰り返されたのである。

 日本は沖縄の犠牲のもとで、本土決戦はまぬかれた。しかし同じ日本の施政下にあった朝鮮は、冷戦構造の犠牲となり新たな「戦争」に巻き込まれたのである。死者は、軍・民間を合わせて400万人から500万人といわれる。米軍の犠牲者は6万3000人といわれるが、ベトナム戦争をはるかに上回り、今日のアフガンの1000人余と比べて格段の差があることに慄然とする。

 その戦争がまだ続いているのである。休戦協定は結ばれたものの、法的にはいつ熱戦が再開されてもいい状態にある。北朝鮮にとって、連合軍すなわちアメリカ、韓国、それに占領下にあった日本は、敵国なのである。日本人は「えっ、そんなおぼえはないよ」と言いたいだろうが、日本から米軍が出動し、物資を補給し、軍備の補修までしている基地になっている以上、攻撃目標になってもおかしくないのだ。

 当時の日本人は知らなかったが、海上保安庁の掃海艇が米軍の命令で北朝鮮の元山港まで出動し、触雷して戦死者までいる。知らなかったと言えた義理ではない。われわれ、戦時を知っている者は「戦争というのは、何でもありなのだ」とよくいう。

 民間だから、人道に反するからなどといって手控えすれば負けてしまう。人道に反しても原爆も使い、じゅうたん爆撃もする。スパイを潜入させ、工作員を潜らせて暗殺や拉致、後方攪乱、場合によればクーデター工作までする。特に近代兵器に遅れを取っていた北朝鮮にとっては欠かせない戦術だ。

 熱い戦争が終わっても、こういった水面下の戦争は続いた。もちろん韓国もこの手は使っている。それが戦争遂行上欠かせない手段である以上、交戦国は相手を非難できない。朝鮮戦争下、双方が何度も国土を上下するたびに住民が協力を強いられ、徴用されて、いまだに多くの離散家族がの交流がはばまれたままだ。

 だけど、学校帰りの中学生を拉致することが戦争目的遂行上欠かせないことか、というとそれは違う。これは原状回復して謝ってもらうしかない。ただ、それを実現するためには、例えば上述のような、朝鮮戦争や日本の位置、立場をわきまえたうえで、相手側の取り得る方法を交渉で探ること以外にないということだ。

 そうではなく、朝鮮半島のもつ痛みや傷口に手を突っ込んで引っかき回すようでは、その糸口さえつかめないということになる。また、北朝鮮が、朝鮮戦争の侵略者であったことはすでに定説になっているが、当時の国際共産主義は、国境を越えても飢えた農民や搾取される労働者の決起を支援するという発想、特に南の傀儡腐敗政権のもとで苦しむ同朋を見捨てるわけにはいかない、という大義名分があったことも、時代の変化とし知っておく必要があろう。

|

« 朝鮮を考える① | トップページ | 戦中戦後の中学生 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

北朝鮮が『とんでもない国』だとは耳にたこが出来るほど今の日本では報道されるので今では誰でもが知っているのですが、ところが02年の小泉訪朝の日朝首脳会談までは、これとは事情が正反対で、殆どの日本人は直ぐ近くにある隣国である北朝鮮の事を完璧に忘れていて、知らなかったのです。
今とはちょうど逆でマスコミでは何の報道も無いのです。
しかしこれだけ報道されている風に見える北朝鮮ですが、『とんでもない国である』の原因である朝鮮戦争が未だ休戦中で北朝鮮が戦時下に有り首都の地下鉄を百数十メートルの地底深くに掘って真剣に戦争を考えているとの報道が希薄で、『何をやるか分からない』で済ましている。
この記事の視点である『戦争をしている国だ』と考えて日本の65年前と対比させれば、北朝鮮の色色不思議な行動の原理が簡単に分かるのに、今の日本のほとんどのマスコミではこの視点が欠落しているので、『何をするか分からない』から一歩も進歩が見られませんね。
敗戦までの日本との対比で考えれば『何をするか分からない』とは正反対で、『北朝鮮の行動原理が分かり易い』。

投稿: 逝きし世の面影 | 2010年7月24日 (土) 10時45分

戦後で、北の暴発を警戒しなければならない最も危険な状態に今はあると思います。金賢姫を呼んで軽井沢でママごと遊びを演出、悦に入っているような政府高官に危機管理ができるでしょうか。

朝鮮戦争の時のように、アメリカさまに全部お任せ、そんなだから、いまだにむしられ放題になるのです。大言壮語だったにしても、鳩山の「かけはしとして」の演説がむなしく彼方に消えていきます。

投稿: ましま | 2010年7月24日 (土) 18時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/35863397

この記事へのトラックバック一覧です: 朝鮮を考える②:

« 朝鮮を考える① | トップページ | 戦中戦後の中学生 »