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2010年6月15日 (火)

荷風ゆかりの石碑

 荷風日記・昭和22年4月26日
 (高橋俊夫『葛飾の永井荷風』より)

 晴。午後須和田村の村道を歩み国分村の丘陵に登る。林間に古寺あり。路傍の石に准四国霊場豫州国分寺写。下総国葛飾圀分邑金光明寺の文字を勒す。田畴の眺望頗る佳なり。●(日へんに甫=夕刻4時ころ)下家にかへる。

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  その石碑をたしかめに行ったが見つからず、再度トライしてやっとありかを突き止めた。無縁仏碑群の隣で大五輪塔の裏側の木蔭にあり、通りすがりからでは見えない位置になっている(写真上)。参道に面したいい場所はほとんど最近建てられた修復記念碑や、永代経供養観音像など昭和・平成の建立物で占められている。

 荷風が見つけた当時は、当然目立つ位置にあり、雄渾な筆跡に目を奪われたのだろう。しかし風化が進み、白いこけ様のものがついて今や気に留める人もない。

 正面は「准四國霊場」の5文字が筆太に彫られている。左面が「豫州國分寺写」、裏面は「下総葛飾郡圀分邑金光明寺」で荷風の記録とやや違う。右に「文化第四 丁卯歳冬十二月 富山先□法印英亮十三回忌」それ以外にもまだ文字があるが、判読不能。文化4年は203年前、アメリカ船が長崎に来航、ロシア船が択捉島を侵略した年である。

 なお、最近南側に繁茂していた照葉樹林の枝が払われ、「田畴の眺望」のかわりに、埋め尽くす住宅の屋根の波と市川駅近くに屹立する超高層ビル2棟の眺望が佳くなったのは、寺を訪れる人へのサービスになる。2010_06150006

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 左の記事は今朝の読売新聞ですが、裁判員裁判に拘わる報道で、懲役9年と見出しにあっても余り気にならなかったのですが、記事の中頃に「取り調べ録 [続きを読む]

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