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2010年5月21日 (金)

天武天皇

 あまりとぎれとぎれなので、シリーズの体をなしていません。一応これまで掲げてきた天皇を列記してみましょう。

 神武天皇。崇神天皇。応神天皇。継体天皇。

  そうです、一応歴史的に区切りとなるような王朝の始祖をあげたような結果になっています。神武以降の8代は「欠史の時代」といわれ、各天皇の事績が明らかになっていません。崇神天皇以降を崇神王朝または三輪王朝、応神以降を応神王朝といったりします。

 すると、継体以降は継体王朝ということになりますが、それがいつまでなのかよくわかりません。継体は、皇位が断絶しそうになったので、北陸地方から探し出されて天皇になったという以外に、あまり事績を挙げていないということを前回書きました。

 今回は、天武天皇ですがその間に欽明、敏達、推古(女帝で摂政に聖徳太子)、孝徳、斉明(女帝)、天智など、一時代をなす有力な事績を残す天皇が大勢います。私は、日本が本当の「国」らしい姿になったのはこの間だと思っています。つまり、外交問題が主要な課題になった時機ともいえましょう。

 対馬と朝鮮半島の海峡が「国境」と認識され、不法入国者や漂着者などの出入力管理が開始され、「今来の伎人(いまきのてひと)」などの言葉ができるなど帰化の時機や職業などが意識されるようになりました。また、応神天皇の時代に海外から大勢の移住があったことを書きました。

 たしかに移住者ですが、極端にいうと四国の人が大勢九州に移住したというのと大して違わない感覚だったのではないでしょうか。日本人というのはこの列島の中で自然発生したわけではありません。早い遅いの差はあるものの、すべて海をわたってやってきたのです。

 国境がないからビザもない、どこへ行こうと勝手なわけです。前にも書いたことがありますが、朝鮮半島南部には有史以前から「倭人」が住んでいた形跡があります。彼らは当然得意な海上交通手段で相当広い範囲を往き来していました。

 混血が進んでいるから○○人といって差別する意味は全然ありません。それどころか、鉄の貿易や中国の新知識をよりどころに日本のトップクラスの豪族になっています。古くは天皇家、新しくは蘇我家などその可能性は極めて高いと見ています。

 前置きが長くなりましたが、この時期の詳細をシリーズ「異説・天智天皇」で書いていますので興味のある方はご覧ください(右帯・インデックス参照)。そしてそのあとに躍り出たのが天武天皇です。天智天皇の死後、この嫡子と皇位を争い、壬申の乱のクーデターで、それまでの王制をすっかりすっかり変化させました。

 神武天皇、万世一系をクローズアップし、天皇神格化を推進した始めての天皇で、豪族の補佐を排し天皇親政に徹したのは、後世を見てもこの天皇だけではないか、と思うわけです。この天皇には、天智天皇の弟とされているが実は異父の年上の兄だとか、最初から政権簒奪の意図があったという説があります。

 しかし俗説や誤伝を排し、正しい国史を作ろうと言いだした天武です。『日本書紀』が完成した頃には亡くなっていましたが、まだ天武と同世代の生存者が大勢いて、大幅な歴史改ざんがあればわかるわけです。だから天武の祖父の代、すなわち聖徳太子の頃以降に大きなうそが書いてあるとは思えません。

 さらに、大化改新いらいの懸案であった律令制度を完成させることにも尽力し、いわゆる律令時代を切り開きます。ある高名な歴史学の先生が彼の事績のトップに「国号・天皇号の成立」を挙げていました。しかしこれはひいきのひきだおしで、間違いでしょう。

 国号とは、従来「倭」と称していたわが国の国号が「日本」と改められた、といってますが、「わ」といっていたのは中国人で、日本人は「やまと」と言っていました。漢字では大和と書いて「やまと」、遣唐使が「倭」の字を「日本」に変えてくれと中国側にいったのは彼の死後16年もあとのことですが、日本人は「日本」と書いても、やはりそれを「やまと」と読んでいたことは万葉集を見ればわかります。

 同じ万葉集ですが「天皇号」についてもそうです。天武の神格化を詠んだ大伴御行の歌、

 大君は神にしませば赤駒の
 腹這う田居を京師(みやこ)と成しつ

 で、当時「皇」という字や「すめらみこと」という日本語はあったが、一般的には大君→おおきみ→大王だったのではないでしょうか。証拠を一つだけ持ってきて「だからこうだ」と決めつけてしまう、はなはだ危険な例ではないかと思います。

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