« 天武天皇 | トップページ | 再び「総理は辞任を」 »

2010年5月22日 (土)

古代の官僚

 前回の「天武天皇」では、継体天皇から天武に至までの約1世紀半、この間に日本の「国」らしいものができあがったといいました。その半ばを過ぎる頃、早くも官僚制の悪弊が出現しています。『日本書紀』を塾頭風に訳してご紹介しましょう。

 舒明天皇八年(636)秋七月の己丑の一日に、大派王(敏達天皇三男)、豊浦大臣に語りて曰く「まえつきみ(群卿)及びつかさつかさ(百寮)、みかどまいり(朝参=出勤)することすでに怠れり。今より以後、卯の時(午前6時)の始めに参りて巳の時(午前10時)を過ぎて退庁させる。鐘で合図するようにせよ」しいう。然るに大臣従わず。

 孝徳天皇大化二年三月19日、東国の国司(地方派遣首長)達を集めて天皇自ら訓辞をした。「官の権威をもって公金や税金を私してはいけない。食事代や交通費は自弁とすること。もし違反すれば次官以上は降格させ、判官以下収賄をすればその2倍の科料に処す。罪科は罪の軽重にそって行う」

 いつになっても、同じようなことをやっていますね。

 

|

« 天武天皇 | トップページ | 再び「総理は辞任を」 »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/34823875

この記事へのトラックバック一覧です: 古代の官僚:

« 天武天皇 | トップページ | 再び「総理は辞任を」 »