« ゴーヤの日 | トップページ | 第3金王朝はあるか? »

2010年5月10日 (月)

抑止力を学ぶ

 鳩山首相の「学ぶにつけ」発言で議論の最先端に飛び出してきたのが「抑止力」です。首相の変節の軽さが批判されていますが、これをきっかけとして、国民の中にひろく「抑止力を学ぶ」気運が生まれたことは、けがの功名かも知れません。

 最初に抑止力を分けて考えてみましょう。海兵隊の抑止力、核抑止力、総合したすべての軍事力の3つです。さらにそれが「どこに向けられた抑止力」か、「その目的は何か」に分かれます。それをゴッチャにして議論したり学んだりするからまとまらないのです。

 まず総合力ですが、戦争を考える上で聖典扱いされている、プロシア(ドイツ)の軍人・クラゼヴィッツが書いた『戦争論』という本があります。そこには「戦争は政治におけるとは異なる手段をもってする政治の継続にほかならない」という有名なくだりがあります。

 クラゼヴィッツは、なんとナポレオンのいた時代の人ですが、強い軍事力を持つことによって外交の駆け引きを優位に進めることができるという発想を、現代にまで通用させました。もちろん、弱肉強食の中世ヨーロッパや帝国主義植民地競争の時代ではあるまいし、否定的な意見も多いのですが、冷戦や、その後のパスク・アメリカーナ(米国一国主義)のなかでクラゼヴィッツ理論が生き続けてきました。

 拓殖大学の森本教授もTV番組に出て「抑止力」をそのように解説しています。教授だけではなく、アメリカの力に頼り切っている外務・防衛官僚のほとんどが、信仰といってもいいほどその考えを持ち続けています。しかし、虎の威をかりる狐では限界がありますね。

 世界は変わりました。アメリカは一国主義から多国間主義へ、核兵器活用から核廃絶へ、つい10年ほど前まで「国連とはアメリカのことだ」と豪語していたのに、最近はアフリカ勢の多数の力もあって「国連重視」へ方向転換しました。これは、オバマの力というより、そうせざるを得なくなってきたのです。

 かといって、私は「抑止力」否定するわけでもなく、アメリカもすべてを放棄したわけではありません。アメリカは今テロ防止のことで頭がいっぱいです。世界各地で古典的な国民国家間の戦争がおきるなどには関心がなく、日本と北朝鮮、中国と台湾などそれぞれの紛争ががあったらその国同士で話し合って解決してくれ、という態度です。

 そして、米軍はそれぞれ世界各地の別個の問題に展開するのではなく、冒頭に書いた軍事力をできるだけ統合・集中して効率と機動性を高めようとするのがいわゆる「米軍再編」で、地球の東半分をグアムに集中するねらいがあったのです。

 抑止力にはいろいろあります。まず核抑止力ですが米ソはお互いに競争しあって数万発も核弾頭を作ってしまい、もう抑止力どころではなく実際に使えない兵器の処理に困りました。そこでバランスをとりながら数をへらしていくことになったのです。ほかの核保有国も使いようのないことは同じです。アメリカも北朝鮮が自ら核兵器を使うとは思っていません。心配するのは、それがテロリストの手に売り渡されることだけです。

 次ぎに沖縄の海兵隊に移りましょう。まず支離滅裂なのが、米海兵隊がいることで、中国・北朝鮮への抑止力が効くという言い分です。知られているように海兵隊は敵地へのなぐり込み部隊です。たった数千人から1万人ぐらいでなぐり込みをかけても、広大な大陸を持つ中国、100万の精鋭陸軍を持つ北朝鮮にはとても勝てるはずがありません。したがって抑止力にはなりません。

 海兵隊の役割は、せいぜいで一時的・局地的に敵地を制圧し、邦人を救出する程度でしょう。これは、想像を絶した稀有の有事ですが、緊急に駆けつけるために最短距離の沖縄に常駐する必要があるという理屈です。それならば、アメリカが一番必要とするのは、イスラエル、イラン、パキスタン方面で、例えばクエートあたりに海兵隊が常駐していなければならないのに、なぜ日本やグアムから行くことになっているのでしょうか。

 それから、最近軍事力を増強している中国が尖閣諸島に攻めてきたら、とよくいいます。日本の領土を守るのはあくまでも自衛隊の役目で米海兵隊の任務ではありません。抑止力になるのは、憲法9条を確実に守るということと、領土・領海の制空権・制海権を確保して国土を守るという固い国民の決意を持つことです。

 そうすれば、多大な損害を被り、国際的な非難にさらされてまで中国が攻めてくることはありません。ただ、国境問題が未解決という問題はあります。これは、他の外国の例でもあるように交渉で解決するようになってきました。

 鳩山内閣は、公約の東アジア共同体に手つかずですが、私はEUのスタート時の独・仏の石炭・鉄鋼共同体のように、対峙する国の紛争の種になる最も大きな問題を、お互いの利益のため主権を共同体に移譲することから始めるのが最善だと思っています。それが発展すれば相互の戦争はなくなります。

 このような理念を、官僚の仕事を楽にさせるために曲げてしまうのが、もっとも抑止力をなくする理由になります。ここては触れませんが、私は以前シリーズで書いていた日韓併合前の李王朝のあり方に、ついその姿を重ね合わせてしまうのです。

  

|

« ゴーヤの日 | トップページ | 第3金王朝はあるか? »

安保」カテゴリの記事

コメント

沖縄の海兵隊の抑止力の意味ですが、
自民党一の軍事通で、多分自民党以外でも国会議員一の軍事オタクである石破元防衛相ですが、この人は実に面白い人ですね。
軍事問題とは、『自分が如何思うか』『他人がどう思うか』など主観には何の価値も無く『事実は如何であるか』など客観的な科学的事実だけが唯一価値がある。
自民党政治家なのに、時々は実に正確な客観的発言をするのですが、今回沖縄海兵隊の有事の抑止力の意味は、直接的な戦闘行為を意味しているのではなく、もしもの有事の際に在留米人保護、米人救出なのですが、これも座席に余裕があれば同盟国の日本人が優先的に乗せてくれる程度なのです。
これが日本国が大金と大事な自国領土を提供する見返りの『抑止力』の正体ですが、何となく当てにならないキャンセル待ちの優待券みたいな話です。

投稿: 逝きし世の面影 | 2010年5月10日 (月) 16時41分

逝きし世の面影 さま ようこそ
石破さんや前原さんは、護憲、反戦陣営から蛇蝎のようにきらわれている傾向がありますが、田母神某さんなどと違って実証的、現実的な発想のできる人だと思っています。
ただ、防衛省の責任を負うと、予算獲得や自衛隊の士気を配慮してどうしても、仮想敵国脅威論をいわざるを得ないでしょうね。
「敵は絶対攻めてこないよ」などとは、口が裂けてもいえなくなるわけです。

投稿: ましま | 2010年5月10日 (月) 18時38分

塾長様。
そして「逝きし世の面影」様。
横から割り込んですいません。
常々感じていたのですが、石破さんは<制服組>としての見方しか出来ない人ですね。
彼は、統合参謀長であって、防衛大臣の器では無いと思います。
<制服組>はあくまで戦う為に最前の手段と環境とをほしがります。
<背広組>は、外交や内政と、国際関係とのバランスを計りながら、軍事戦術をわきまえた上で、外交駆け引きとを使い分けながら、国益の為に発言しなくてはならない筈です。
石破さんが<軍事オタク>と言われる所以と言うか、彼の<政治家>としての限界でしょう。
失礼しました。

投稿: 時々パリ | 2010年5月11日 (火) 16時20分

時々パリ さま
人物評論をウリにするブログもありますが、よく知っている人でも間違うことがあるので、著作を調べるなどよほど材料がないとなかなか手出しできません。

軍事オタク、もっと言えば兵器オタクというのは政治家に是非必要だと思います。それも社民党あたりに。
それは2つあります。

その兵器が必要か本当に役に立つのか。兵器というのは秘密のかたまりで、競争入札しにくい対象です。その価格が妥当かどうか。

軍事オタクの役割です。

それができないから守屋某さんなどが幅をきかすわけです。

投稿: ましま | 2010年5月11日 (火) 20時20分

普天間基地問題の本質は戦後65年にも及ぶ自民党政権の対米従属外交が沖縄への米軍基地集中と治外法権的米軍優先、基地施設区域の無期限自由使用を容認し沖縄県民の基本的人権を否定して来た事にある。日本国憲法、日米安保条約、地位協定の矛盾点、致命的欠陥を放置し沖縄県民の犠牲の上で経済的発展、歪んだ日米関係の下での利権構造維持を計って来た政官業癒着の結果である。

鳩山政権は昨年9月の政権交代後も自民党長期独裁政権で実質的な官僚統治機構を構築し国民に選ばれた政治家の権限を制約して官僚の既得権限を維持しようとする各省庁の人事刷新に切り込まず(内部で社長と呼ばれる)事務次官支配を容認した事で経験の浅い閣僚、政務三役は政治主導を掲げながら官僚の提示する誤った情報に翻弄されて実質的な主導権を失っている。

鳩山総理がここで乾坤一擲の勝負に出て対等な日米関係を前提に米軍基地施設区域の無期限自由使用に終止符を打ち、辺野古移設を使用期限付きの暫定基地と位置付け将来的な海兵隊及び陸軍グリーンベレーを含む米軍地上部隊の全面撤退と訓練施設の返還で米国と合意出来るならば最低でも県外との公約は実現可能である。

投稿: isao-pw大城 勲 | 2010年5月11日 (火) 22時23分

大城 勲 さま
外務官僚のしたたかさは天皇の官僚以来で、GHQの占領下でも健在ぶりを発揮し、岡田新大臣下でも密約問題を巧に受け流し、鳩山総理さえ籠絡しました。

よほど力量のある政治家でなければこれを越えられないでしょうね。みんなの党あたりでできることではありません。

投稿: ましま | 2010年5月12日 (水) 16時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/34624240

この記事へのトラックバック一覧です: 抑止力を学ぶ:

» やっと[抑止力]の話が俎上に上がってきた! [ちょっと一言]
 テレビや新聞で毎週のように発表される政党支持率や内閣支持率調査なるものは「イカサマ」だと思っているので余り気にしていないし、発表媒体が加え [続きを読む]

受信: 2010年5月10日 (月) 22時37分

» 「基地阻止」から「基地閉鎖」への直接行動の拡大を — “Futenma 365” の提案 — [ペガサス・ブログ版]
末尾に文献・動画リンク追加(9日22時)     要約 普天間問題が全国民のアジェンダになっているかつてない機会(オポチュニティイー)を生かし,普天間基地撤去を実現するためには,同基地のゲートに連続的かつ長期間に亘って座り込む,非暴力の封鎖行動が必要かつ効果的であると思う. 応援のクリック歓迎 昨日紹介したチャルマーズ・ジョンソン氏は,次のように発言しています.「同じ日本人である沖縄住民が米軍からひどい扱いを受けているのに他の日本人はなぜ立ち上がろうとしないのか、私には理解できない。もし日本国民が... [続きを読む]

受信: 2010年5月11日 (火) 06時49分

» ★普天間基地問題ゼロベースの戦略! [ようこそイサオプロダクトワールドへisao-pw]
画像はクリックで拡大します。★普天間基地問題ゼロベースの戦略!昨年の総選挙で鳩山 [続きを読む]

受信: 2010年5月11日 (火) 23時56分

» 3月の韓国海軍の哨戒艦天安爆発沈没の衝撃は [逝きし世の面影]
『軍』の説明に納得出来ず、沈没した哨戒艦天安の艦長の車両を取り囲み抗議(実力行使?)する遭難者家族。 『6月2日の統一地方選対策か? 』 名目的には現在も1950年に開戦した朝鮮戦争は継続中(停戦中)であり決して終戦には至っていない。 米軍(国連軍)戦闘司令部があるのは韓国国内だが、国連軍後方司令部は2007年までは神奈川の座間のアメリカ陸軍基地で、現在は在日米空軍司令部のある横田基地に移動している。 朝鮮戦争(1953年7月27日停戦)では、陸上の休戦ライン(38度線)は決まっているのですが... [続きを読む]

受信: 2010年5月12日 (水) 09時19分

« ゴーヤの日 | トップページ | 第3金王朝はあるか? »