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2010年4月19日 (月)

一日一筆

『岡本綺堂随筆集』岩波文庫(青空文庫より)
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     一 五分間

 用があって兜町の紅葉屋《もみじや》へ行く。株式仲買店である。午前十時頃、店は掻き廻されるような騒ぎで、そこらに群がる男女の店員は一分間も静坐《じっと》してはいられない。電話は間断《しきり》なしにチリンチリンいうと、女は眼を嶮しくして耳を傾ける。

  電報が投げ込まれると、男は飛びかかって封を切る。洋服姿の男がふらりと入って来て「郵船《ふね》は……」と訊くと、店員は指三本と五本を出して見せる。男は「八五だね」とうなずいてまた飄然と出てゆく。詰襟の洋服を着た小僧が、汗を拭きながら自転車を飛ばして来る。

  上布の帷子に兵子帯という若い男が入って来て、「例のは九円には売れまいか」というと、店員は「どうしてどうして」と頭を掉《ふ》って、指を三本出す。男は「八なら此方《こちら》で買わあ、一万でも二万でも……」と笑いながら出て行く。電話の鈴は相変らず鳴っている。表を見ると、和服や洋服、老人やハイカラや小僧が、いわゆる「足も空」という形で、残暑の烈しい朝の町を駈け廻っている。

 私は椅子に腰をかけて、ただ茫然《ぼんやり》と眺めている中に、満洲従軍当時のありさまをふと思い泛《うか》んだ。戦場の混雑は勿論これ以上である。が、その混雑の間にも軍隊には一定の規律がある。人は総て死を期している。随って混雑極まる乱軍の中にも、一種冷静の気を見出すことが能《でき》る。

    しかもここの町に奔走している人には、一定の規律がない、各個人の自由行動である。人は総て死を期していない、寧ろ生きんがために焦っているのである。随って動揺また動揺、何ら冷静の気を見出すことは能ない。

 株式市場内外の混雑を評して、火事場のようだとはいい得るかも知れない。軍《いくさ》のような騒ぎという評は当らない。ここの動揺は確に戦場以上であろうと思う。

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 底本「木太刀」の初出は明治44年12月、まさに明治最後の兜町光景である。「満州従軍」というのは日露戦争のことだろうか。昭和も戦後を迎えて落着きを見せてきた1950年代、「ふね」=日本郵船、「あぶら」=日本石油、「ちやんこな」=日清製粉などという銘柄の符丁はまだ生きていた。

 変わったのは和服が消え、国民服が見えなくなりワイシャツ、背広となった程度で、その頃の兜町が喧噪の絶頂期だったに違いない。素人には別世界だった取引所(東証)の場立ちの光景、指先や符丁でやりあう姿が見られなくなったのは、1999年4月である。

 10年一昔というけど、そんなに昔ではない。今は電光掲示板チカチカ、パソコンがスラリだけ。株取引はすっかり静寂の世界になってしまった。そういった中で巨大金融取引会社ゴールドマン・サックスが、素人をだましたとして訴訟沙汰に。この静寂さがもたらすのは、地球規模のそこしれない魔性なのだろうか。

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