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2010年3月13日 (土)

差別ということ

 朝鮮学校の無償化が第三者による協議機関に判断をゆだねるようなかたちで先送りされた。鳩山内閣の決断力のなさをまた露呈したわけで、わずか一人の閣僚の横車に揺らぎまくっている。これでは普天間移転先など、5月までに決まりようながない。

 中央紙は、産経以外は読売を含めて中井拉致担当大臣の除外意見に疑問を呈する社説をかかげている。国際機関から、差別を問題視する勧告がありそうだという報道もあるが、一部とはいえ、依然として歴史や世界を見渡す良識が通用しない日本が恥ずかしい。昔、民族服を着た学生に暴行したという卑劣な事件があったことを思い出す。

 憂鬱になるのは、この傾向がもっと広ろがる、あるいは広げようとする人が増えるのではないかということである。中国が経済・軍事・外交でますます実力を高め、日本が下位に置かれる、また家電など韓国に追い越されオリンピックでも太刀打ちできないなどのことで、負け惜しみに代わり差別で鬱憤を晴らすということだ。

 相手国にもたしかに次元の低い反日感情がある。これは腹立たしいことに違いない。しかし、「大人げない」というのは、これをまともに受けて張り合おうとする心根である。度量の点ですでに相手と同じかそれ以下だといえよう。

 こんなことを今日のテーマにするつもりはなかった。過去、外国人参政権の問題を一度取り上げたことはあるが、在日朝鮮人をテーマにして書いた記憶はない。問題が複雑だし、子どもの頃、同じ日本人であった同級生の仲間が大勢いたことにもよる。

 このブログは「反戦塾」を名乗っている。そして過去(2007/12/25)に「入門編・戦争とは」と題してシリーズ(カテゴリ「戦争とは」参照)にした。その中で戦争がなぜ起こるかを、サ=差別、ケ=経済格差・貧困、カ=拡張(領土・軍拡をいったものだが、最近は減りつつあるので、「干渉」と変えてもいい)、ナ=ナショナリズム、シ=宗教、にわけて考えてみた。

 理論的根拠は何もないが、「差別」をまっ先にだしている。その観点からも、政府の一歩置いた姿勢はやはり許し難い。反対論者に「差別」ではないという主張があるのなら聞いてみたいものだ。国交がない、拉致をした犯罪国家、経済制裁を受けておりそれを強化すべき国だからか。

 子どもや父兄がそうしたわけではない。国交がなくとも国連加盟国だ。経済制裁といっても、6カ国協議復帰に向け努力が続いているのに、制裁をもっと強化しようなどと考えている国は日本以外にはない。金正日は、すでに拉致で詫びを入れている。

 なんとか筋道をつけて国交を正常化し、諸問題を解決して平和国家にし向けようというのが世界の良識ではないか。金親子の写真がかざってある、朝鮮語で教育をしている、民族教育や朝鮮の歴史教育をしている、当然ではないか。だからルーツを重んじている父兄が通わせているのだ。

 日頃、「日の丸・君が代」を声高に叫ぶような人に限って、反対論が多いのも奇妙な現象だ。仮に朝鮮総連が特殊な政治的意図にもとずき、反日工作員教育でもしているとなれば問題だ。パナマが米軍の工作員学校を国外に追放したことがある。そうすればいいので、無償化の対象にするかしないかとは、おのずから次元が異なる。

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コメント

すべての高校を無償化に
2010.3.13

 卒業する生徒から、「先生、これからも言葉の美しさを生徒に伝えていってください」というお礼の手紙をもらったことがあります。それは、在日三世の朝鮮の女子生徒からでした。私は彼女が朝鮮人だということを知りませんでした。在日朝鮮人であるという事実も、その手紙に書かれてあったのです。私は中学校で国語を教えていますので、彼女が「言葉の美しさ」に触れてくれたことはとてもうれしく感じました。しかしそれ以上に、彼女が朝鮮人であることを卒業の手紙で教えてくれたことがショックでした。そして朝鮮人であることを隠しながらこの日本に生きていて、日の丸や君が代を前に日本の学校を卒業することはどんな気持ちだったのだろうと、複雑な気持ちにさせられたものです。
 また、中国人の生徒も受け持ったこともあります。ある日の技術家庭科の授業で、その生徒はエプロンを忘れてきてしまいました。その日は調理実習の授業だったので、全員がエプロンと三角巾を持ってくることになっていたのですが、それを忘れたときのペナルティも決まっていました。五分間ほど正座をして、反省の言葉を言う、というのが技術家庭科の先生が決めたペナルティでした。エプロンと三角巾を忘れたものは数人いましたが、中国人のその生徒もふくめていつものようにそのペナルティを課せられました。ところが、その日の夜、その生徒の父親からクレームの電話が入りました。罰として「正座」をさせたことが問題だというのです。後日、技術家庭科の先生とも会っていただき理解を得ることができましたが、「正座させられた」ことが許せなかったのは、中国人としての憤りなのだろうと思いました。
 国際社会といわれる今、人と情報の行き来はかつてない速さです。二度の大戦を経た20世紀から、21世紀の社会を子どもたちはどう築いていくのでしょうか。
 子どもたちに罪はありません。どこの国籍であろうと、子どもたちが歴史や政治の隘路に陥っていくことは悲しいことです。世界の果実となる子どもたちに対して、国によって差別するような政策を日本が進めるならば、国際社会から支持されることはないと思います。

 最後に中国人の生徒が中学三年生の時に、芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」について、書いた感想文を載せます。
 例えば「夏草や」の「や」の切れ字。夏草をただ想いうかべると、ただの草だけど、その夏草の草原の上をサーと風が通りすぎてゆくと、草の白く反射した部分がきれいに横一列に移っていくのは誰でも見たことはあるはずです。最初に光っていた草もすぐに光を失い、次の草、次の草へと移っていきます。そして、その間の時間はほんの一瞬の出来事です。もしかしたら(本当にもしかしたら)夏草にはこんな意味があったのかもしれません。
 地球から見たら、こんなに小さい草原(夏草)、この長い歴史から見たらこんなに小さい藤原三代の出来事、だけどそのどちらもこんなにも感動を与え、人々を圧倒させる。ただ人の世のはかなさに涙を流したのではなく、この小さな物、事がこんなにも長く、大きく人を感動させていたことに感心し、この句を詠んだのではないだろうかと思います。

投稿: shuuei | 2010年3月13日 (土) 21時14分

shuuei さま
 こんな美しいコメントをいただいたのは、はじめてです。ありがとうございます。
 ついては、お願いがあります。このブログは、原則日曜お休みにしていますが、先生のコメントを本文として掲載させていただきたいのです。
 ご返事いただく前で申し訳ありませんが、是非ご許可願います。
 私も高卒直後、新設された新制中学で代用教員に採用され、教壇にたったことを思い出しました。ただし、担当は理科と数学です。懐かしい想い出です。先生の教え子は本当に幸せです。

投稿: ましま | 2010年3月14日 (日) 09時48分

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