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2010年3月23日 (火)

NATOと日本の核の傘

 NATOとEUの違い、自信のない方は一度こちらをご覧下さい。簡単にいうとNATOはアメリカを含むヨーロッパの軍事同盟、EUはヨーロッパ主体で経済・外交等の各国国家主権を一部移譲した共同体です。加盟国はほとんどダブりますがイコールではありません。2国間、多国間の違いなど性格は異なりますが、やや乱暴にいえば、NATOは日米安保に相当する米欧安保です。

 来月、オバマ米大統領がプラハで昨年「核兵器のない世界」を呼びかけたのに呼応、NATOの外相会議で欧州の核兵器配備について話し合われます。ヨーロッパには米軍基地がいくつもありますが日本のような「非核3原則」はありません。

 したがってオランダ、ベルギー、イタリア、ドイツ、トルコの基地には150から240発の地中貫通型の核兵器が配備されているといわれますが、詳細は不明です。それでも一時は7000発以上といわれている数から比べると、ほとんどゼロに近い数まで廃棄されたわけです(フランスとイギリスは核保有国)。

 今度の会議で、ドイツ、ベネルックス3国、ノルウェーなどからこういった中短距離ミサイル用の戦術核兵器の撤去に向けた話が出る可能性があります。ドイツの外相は「冷戦時代の遺物」で役に立たないという立場ですが、ポーランドやリトアニアなど旧共産圏で冷戦後にNATO加盟したロシアに近い国は消極的です。チェコなども「米国が欧州を守るシンボル」という評価をしています。

 つまり、対ロシア抑止力です。これらの国は過去に何度も陸続きのロシア・ソ連から軍隊が送り込まれ、国土が蹂躙された苦い経験を持っています。核兵器があればそう簡単に攻めてくるようなことはないだろうという「安心感」です。陸続きでも遠い国にはその心配がありません。

 これらを見てアメリカのクリントン国務長官は、撤去は慎重にすべきだという考えのようです。無用なことはわかっていても、対ロ交渉の切り札に使える、という下心のようです。世界から戦術核兵器が劇的に減ったのは下の年表資料にあるように、1970年に米英ソ間で拡散防止条約(NPT)が発効したことによります。

 これで戦術核兵器は、アメリカの洋上艦船、飛行機に搭載されることもなくなりました。したがって世界の関心は、大陸間弾道弾など戦略兵器削減条約(START)の行方に向いています。そこで、日本の「核の傘」論を考えてみることにしましょう。

 日本の非核3原則の持ち込ませずは、今のところ持ち込まれる心配はないようです。しかし密約が破棄されない限り「これは例外」という詭弁と「軍事機密」という壁に守られ、密約は生き続けることになります。密約暴露しても、岡田外相のように歯切れの悪い言い方しかできないのが現状です。

 これは、冷戦時代の抑止力とか核の傘信仰が残っているからで、チェコなど東欧国の考えに似ています。日本は幸いに海に囲まれ、旧共産国の陸戦隊が攻めてくるようなことはこれまでもなく、これからもないでしょう。仮にあったとしても戦術核をどこに打ち込めばいいのか、見当もつきません。

それなのに麻生内閣は、原子力潜水艦への核兵器装備などを「核の傘」配備として維持するように要望していたようです。アメリカとしては、「どうか守ってください」というお願いは、正直迷惑かも知れません。しかし、それをはねつけるようなことはしません。

 なぜならば、NATOの例でもわかるように、いろいろな切り札として使えるからです。日本に対しては「おカネ」でしょう。「日本を守らないと日本は核武装する」というのも、アメリカが時々内外に向けて使うカードです。そういった日米安保体制60年のぬるま湯体制から脱却するためにはどうすればいいか、普天間にしろ、安保見直しにしろ思考停止の状態が今の日本です。

核軍縮年表
(広島平和記念資料館資料)

1955年 8.6 第1回原水爆禁止世界大会開催
1961年 11.24 国連総会、核兵器使用禁止決議
1963年 8.5 米英ソ、部分的核実験停止条約調印(同年10.10発効)

1968年 7.1 核拡散防止条約(NPT)調印(1970.3.5発効)
1987年 12.8 米ソ、中・短射程ミサイル(INF)廃棄条約調印(1988.6.1発効)

1991年 7.31 米ソ、第1次戦略兵器削減条約(STARTⅠ)調印(1994.12.5発効)史上初めて戦略兵器を削減する条約で、発効後7年間でそれぞれの戦略核弾頭を6,000個に削減するというもの
  9.27 米核軍縮提案
 1.地上配備のすべての核砲弾と戦術核ミサイルの核弾頭の一方的廃絶
 2.海洋発射ミサイル(SLCM)を含め、洋上艦と攻撃型原子力潜水艦搭載の戦術核兵器を一方的に撤去
    ソ核軍縮提案
 1.地上配備の戦術核兵器の全廃
 2.洋上艦と多目的潜水艦から戦術核兵器をすべて撤去
 3.核実験の1年間の一方的停止

1992年 7.13 米大統領、核兵器用プルトニウム、高濃縮ウランの製造中止を発表
1993年 1.3 米ロ、第2次戦略兵器削減条約(STARTⅡ)調印(未発効)
双方の戦略核弾頭を2003年までに1/3(3,000~3,500発)に削減する
地上発射の多弾頭大陸間弾道ミサイルの配備を禁止
1994年 1.25 ジュネーブ軍縮会議で包括的核実験禁止条約(CTBT)交渉開始の文書案を採択

1995年 5.11 核拡散防止条約(NPT)の無期限延長決定
 11.7 国際司法裁判所(ICJ)で核兵器使用の違法性について平岡広島市長、伊藤長崎市長意見陳述
1996年 1.26 米上院本会議、STARTⅡを批准(ロシア議会未批准)
 7.8 国際司法裁判所が世界保健機関(WHO)及び国連総会から求められていた核兵器使用の違法性について、勧告的意見を言い渡す
  7.29 中国が通算45回目の核実験を実施。30日以降の核実験の凍結(モラトリアム)を宣言
  9.10 第50回国連総会特別本会議で包括的核実験禁止条約(CTBT)を圧倒的多数で採択

1996年 12.5 グッドパスター元欧州連合軍最高司令官、バトラー元米戦略空軍最高司令官ら17か国61人の退役軍人が「将軍たちの核兵器廃絶声明」を発表
  12.10 国連総会、国際司法裁判所の勧告的意見に基づき、核軍縮を目指す多国籍間交渉を1997年に開始するよう求める決議、究極的な核廃絶を目指す核軍縮の促進を求める決議などを採択、115か国が賛成、核保有国など22か国が反対、日本を含む32か国が棄権、核保有国では中国だけが賛成

1997年 3.21 ヘルシンキでの米ロ首脳会談で核兵器削減に合意
 1.第二次戦略兵器削減条約(STARTⅡ)の発効後、2007年末までにそれぞれの核弾頭数を2,000~2,500とする第三次戦略兵器削減条約(STARTⅢ)の交渉を開始する
 2.STARTⅡの履行期限を2007年末まで延期する

1998年 2.2 カーター元米大統領、ゴルバチョフ元ソ連大統領ら46か国117人が署名した「世界の文民指導者による核兵器に関する共同声明」を発表
2004年 1.6 (核兵器等の保有)懸念国リビアが、大量破壊兵器の開発計画を破棄し、包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准し、科学兵器禁止条約(CWC)に加盟・批准

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