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2010年2月13日 (土)

官僚叩きもいいが…②

 昨日(12日)予定されていた、次官・局長級公務員を部長級に降格できる公務員法改正案の閣議決定が見送りになった。詳細はわからないが「手ぬるすぎる」ということらしい。どういう場合に降格するのかわからないが、民間でできることなら公務員でも、という発想があるようだ。

 お役所のトップの勤務成績は、コンビニの店長であるまいし売上高や利益額ですぐ出てくるわけではない。評価をする政治家には、どうしても「意に添わない」という情実が入るだろう。民間会社に左遷はあるが、法を犯したとか社の名誉を損じたとかの懲罰以外に降格というのはめったにない。

 役員クラスが部長に降格となれば、エリートにとって耐えられない屈辱だし、その部の社員が忠誠をつくすわけがない。結局は依願退職、「くび」にしたと同じことになる。筆者は法改正の趣旨に反対するわけではない。それならば最初から「貴官は前政権に忠実だった。政権交代したのでくびにする」と言った方がすなおで本人のためでもある。

 前回のシリーズ①では、日本の近代官制ができてから戦後まで天皇のための天皇による官僚であったことを言った。それが新憲法により、主権者で任免権を持つ国民の官僚となった。憲法第12条第2項には「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とある。

 公務員の不偏不党精神は、明治憲法下でも機能していた。内閣や政党政治の交替で業務が不安定になることを防いでいるのである。明治官制をうち立てた伊藤博文が参考にしたのは、憲法同様プロシア(ドイツ)の官制であったと思われる。

 官僚の身分保障や特権とともに厳しい任官試験、資格、勤務規律などがそれを担保する背景となっていた。われわれの若い頃の役人の印象は、空威張りする、融通が利かない、安月給、そのかわりこつこつ勤め上げれば恩給がつく、といったものだった。新しい改革案は、職責と身分にどう折り合いをつけようとしているのか。

 公務員制度改革の狙いは何か、あるべき姿はどうなのか、冒頭に書いた閣議決定のつまずきなどを見ていると、どうも全体の姿が見えてこない。官僚を弱体化して政治権力の独裁化を図るのが目的のようにも見える。ここで「陛下の官僚」から「国民の官僚」に変わって間もない頃の論文の序言から一文を紹介しておこう(辻清明『新版日本官僚制の研究』東京大学出版会)。

 官僚制の民主化という課題は、新憲法の原理を実現して行くために、我々日本国民が避けることのできない至上命令であり、現在の新しい制度の設定のみでこの課題が果たさると考える安易な態度は、絶対許されるべきものではない。

 とくに本書で指摘しているような日本官僚制の特殊な性格は、ひとり統治構造の分野にのみ限られず、政党や大企業、さらに進歩的と称される組合に至るまで、およそわが国におけるすべての社会集団のなかに、程度の差こそあれ常に存在している現象である。いわば、それは日本の社会全体を蔽うている暗雲のごときものであり、国民のすべてが、自己の属する集団で克服に努めねばならない問題である。

 ちなみに、引用の中の「日本官僚制の特殊な性格」というのは、セクショナリズム、縦割り行政、前例主義、非能率、責任不在など現在取り上げられいる問題のほとんどを含んでおり、改善が進んでいない。結論として、個々の現象面だけをとらえた「官僚叩き」や「小沢叩き」で解決する問題ではなく、戦前にさかのぼる国民全体の体質改善にかかわっている、と言いたかったのである。 

 

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