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2010年2月27日 (土)

新聞不信

------------家に帰ると新聞が来ている。東京の悲劇に関して沈黙を守っている新聞に対して、言いようのない憤りを覚えた。何のための新聞か。そして、その沈黙は、そのことに関してのみではない。

 防諜関係や何かで、発表できないのであろうことはわかるが、――国民を欺かなくてもよろしい。

 国民を信用しないで、いいのだろうか。あの、焼跡で涙ひとつ見せず雄々しくけなげに立ち働いている国民を。

 昭和20年2月27日の高見順の日記にある一部である(『敗戦日記』文藝春秋新社)。高見はこの日、自宅の鎌倉から東京に出て2日前の空襲のあとを目のあたりにしてきた。被害は神田区、下谷区、浅草区、荒川区、本所区、日本橋区、深川区、本郷区の広範囲にわたっている。

 しかし、残る下町の民家すべてを狙ったじゅうたん爆撃「東京大空襲」は、このあとの3月10日であった。多くの国民が目撃した事実を隠蔽する方がかえって人心をまどわす。さすが今度は、大本営発表せざるを得なかった。しかし、酸鼻を極めた被害の実情は伏せたままである。

 天皇をはじめ、指導層の一部が敗戦を決意したのはこの頃のようである。広島・長崎の原爆投下を5か月前にさかのぼる。  

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