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2010年1月 9日 (土)

桜井茶臼山古墳のこと

 去年の11月、思い入れを込めて「纏向のロマン」という記事を書いたからには、昨今の報道に現れる桜井茶臼山古墳での鏡の大量発見(日本最大の81面)を無視するわけにいかない。なぜかというと、纏向に卑弥呼の宮殿跡かと騒がれた大型遺構発見に続く、大和王朝発生のなぞに迫るものだからである。

2010_01080002_5  地図で見て、JR桜井線と山の辺の道を天理市から櫻井市にかけ南下するあたり、つまり奈良盆地東縁のこの一帯が「出現期大型前方後円墳」の本場である。纏向はほぼその中央に位置し、卑弥呼と邪馬台国のことはわきにおいていても、ここが大和王朝の発祥地であることはまちがいなさそうである。

 その意味するところは、東海、北陸、九州など各地の特徴を示す土器がこの地から発見されることと、ここに発生した大規模前方後円墳と祭祀のパターンが東北中部から九州にまで波及し、豪族連合の盟主としての大和王朝の権威が確立したと見られることである。

 以下、ここにある大型古墳のプロフィルを簡単に紹介しておこう。記載の順序は学界で古いとされている順である。( )内は全長。▼は宮内庁所管で発掘調査禁止の古墳。

①箸墓(278m)▼纏向と三輪山に最も近い。最近は建造時期を最も古く見積ると卑弥呼死去の時期・250年前後までさかのぼれるという研究もある。『日本書紀』にヤマトトビモモソヒメの墓と明記、造営の模様まで描いてある。 

②西殿塚(234m)▼ 6世紀継体天皇の皇后・手白香皇女衾田陵に指定されているが、考古学的所見からは時代が全く合わず、卑弥呼の後継者・臺与の墓とする説もある。

③桜井茶臼山(200m) 今回国内最多の13種81面の銅鏡が発見された。これまでの多い例は30数面から40面。種類の多さも異例である。被葬者は、次のメスリ山と同様『日本書紀』に該当する記事が見あたらない。過去の調査で発見された豪華な「玉杖」が有名。

④メスリ山(250m) ③に近く、柄鏡に似た外形も似ている。鉄矛212本、銅鏃236本など武器を中心に農耕具など多数を副葬。特大埴輪もある。

⑤行灯山(240m)▼崇神天皇陵に指定。ヤマトトビモモソヒメは崇神天皇の時代に亡くなったことになっている。

⑥渋谷向山(300m)▼景行天皇陵に指定。

 以上を総括すると、①は皇女ではあるが『日本書紀』上の天皇ではない。しかし、最初に造った大型古墳で後の天皇陵に全くひけをとらずむしろ凌駕している。③、④も規模・副葬品からみて帝王クラスのものであることは疑う余地がない。

 しかし、『日本書紀』によるこの時期の皇統の中には、当てはめるべき天皇がいない。そこで拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』では、メスリ山古墳を大和王朝の始祖、仮に実在したとすれば神武天皇を後世になって追葬したものと見た。桜井茶臼山も多分先祖追葬だろう。

 神武天皇の名はイワレビコである。イワレ(磐余)は地名で、まさにメスリ山から見下ろす位置にあり大和の戦略的要衝にあたる。また大量の武器副葬は、神武東征でこの地を武力侵略した神武にこそふさわしい。

 追葬をヤマトトビモモソヒメ=卑弥呼に関連ありとすれば、魏志倭人伝に卑弥呼死後、倭は再び邪馬台国に服さず混乱、臺与を立ててようやく平定したとある。卑弥呼の権威が一代だけのものでなく、祖先から受け継ぎさらに引き継がれるべき性格を持つことを誇示する目的があったのではないか。つまり万世一系思想固定化への始まりである。(地図は上掲書より)

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