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2010年1月 4日 (月)

今こそ核軍縮の先頭に

 オバマ米大統領は昨年4月5日、プラハで核兵器廃絶の演説をして世界にアメリカの姿勢の変化を印象づけ絶賛を博した。その時「自分が生きているうちに実現させるのは困難か?」と付け足したことに、これが本音ではないかと、一抹の疑念を抱いた。

 その後、対イスラエル政策、アフガンへの米兵増派や戦争肯定発言など、彼にどれほど言行一致の期待がかけられるか、疑問に感じることが多くなった。これは単に米国内保守派や議会対策というより、アメリカの「チェンジ」ができない本質の部分を露呈したものではないかとさえ思う。

 核に対するアメリカの本音は、「廃絶」ではなく「拡散防止」である。つまり拡散防止のため廃絶を言ってみただけとも解される。また拡散は、リビア、北朝鮮、イランに狙いをつけていたのが、今やイランだけにしぼられ、北朝鮮は、イスラエル、インド、パキスタンなどと同じ「見ないふり国」に仲間入りするかも知れない。

 アメリカが恐れているのは、国家のコントロール下にないテロリストに核兵器がわたることである。テロリストが核弾頭や爆破装置をかかえて自爆テロをするとは思えないが、9.11のあり得ないことを実行したテロリストなら不可能なことはないと思っているのだろうか。

 今、核抑止力をまじめに信じているのは、北朝鮮、インド、パキスタン、それに核の傘を後生大事に持とうとする日本と韓国ぐらいではないか。しかし、核を持たない国が保有国に対して脅威を感じるということは現実に存在する。

 前置きが長くなったが、当塾では昨年11月、「密約暴露の先にくるもの」と題して「北東アジア非核兵器地帯宣言」のことを取り上げた。ただ、外交折衝には綿密な手順根回しが必要で、民主党がマニフェストに掲げているにしても、長期目標になることはやむを得ないと考えていた。

 さらに、北朝鮮の核保有は、それを脅威と感じていないアメリカに対するものではなく、あくまでも南北統一の際に唯一優位なカードとしてそれまで残しておきたいという意図から、近い将来の核放棄は望めないということは、上述のエントリーでも既に述べている。

 また、アメリカも核拡散防止徹底をどう図るかで、IAEAなどに任せきれないとする厳しい条件を出すだろう。だからといって漫然とこの問題を放置しておいていいということにはならない。岡田・現外相も力をいれていた「民主党核軍縮促進議員連盟」による「北東アジア非核兵器地帯条約(案)」が発表されたのは08年8月のことである。昨日今日の思いつきではない。

 今年の新年にあたり、北朝鮮はその年の施政方針となる各新聞の共同社説で「朝鮮半島非核化」を高々とうたいあげた。かつて金大中韓国大統領時代に南北首脳会談で交わした共同宣言は、北の核実験を経た後も非核化を国是として変えていないことを示す。

 今年政府は、外交安全保障問題で普天間基地移転問題という重い荷物を背負っている。しかし、鳩山発言などを見るとたして2で割るような解決方法しか見えてこない。通常国会も波乱含みで決して政権にとってプラスにはならないだろう。

 以上述べてきた、日米に共通する政権交代後の閉塞感を打破するには、懸案の「北東アジア非核兵器地帯構想」を提議する好機になるのではないか。日本にはその能力がないとか日米同盟を優先させ慎重にというのは、冷戦時代以来続いた自虐史観である。日本の潜在能力をもってすれば決して唐突ではない。

 これを6カ国条約にまとめれれば、東アジア共同体の第一歩にも位置づけられ、北の核問題は一挙に解決する。また、直ちに成功しなくとも、各国の思惑を表面化することでその後の交渉の手がかりを得られる。日本にとって外交上の存在感を増すことはあってもマイナスになる要素はなにもない。

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