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2010年1月

2010年1月30日 (土)

抑止力議論を表に出せ

 30日付の毎日新聞(東京・朝刊)によると、鳩山首相が行った29日の施政方針演説で、日米同盟に関して原案に盛り込まれていた「抑止力」の語句が削除された経緯が報道された。それによると25日に首相官邸で開かれた基本政策閣僚委員会の結果らしい。その模様が簡単に伝えられている。

 基本政策閣僚委には首相、社民党党首の福島瑞穂消費者担当相、国民新党代表の亀井静香金融・郵政担当相の与党3党党首らが出席した。席上、福島氏が「抑止力」の語句を外すよう要求し、民主党側は「東アジア共同体を日米関係より前にもってきており、(対米配慮から)日米同盟を評価する言葉として外せない」と反論。意見交換のほとんどがこのやり取りに費やされた結果、外すことになった。 

 それだけなのか、もっと安全保障の根幹に迫る議論が交わされたのか知るよしもない。当塾でもたびたび主張しているが、公開の場(国会、パネルディスカッション、論文なんでもいい)で、政治家同士の突っ込んだ議論になったのを聞いたことがない。

 塾頭のひが目で見ると、民主・自民・公明は党内の意見統一がなされていず、ことに民主は党内対立の危険をはらんでおり、社・共は、非武装中立または日米同盟の否定、そして自衛隊違憲状態の原則論から抜け出せずに議論をさけているせいではないか。閣僚委でもその先に進めず、お茶を濁したことがうかがわれる。

 当塾も不用意に「抑止力」という言葉を施政方針演説に入れることに反対である。それは「抑止力」の定義がなされておらず、現在までもっぱら米軍海兵隊や核の傘の存在、そして最近明らかになりつつある在日米軍の朝鮮半島進軍事前協議不要密約などを根拠としているからである。

 この際、「抑止力」について国民的議論を巻き起こそうではないか。政治家もマスコミも「民意に従う」ことだけに没頭せず、オピニオンリーダーという言葉を思い起こしてほしい。安保50年の見直しの議論はそこから始まる。そう思いながら当塾の「抑止力観」を次ぎに述べておく。

 第一に、自らの郷土は、外敵からの侵略に命がけで守る、という自覚と信念を共有するということである。例は悪いが、さきの戦争で「日本は本土決戦で竹槍を持っても米軍に立ち向かう」という傾向にあった。アメリカは、空前の人的被害をおそれ原爆投下の口実にしたのだ。これもひとつの抑止力である。また、自衛に無関心または事大主義から、植民地支配をほしいままにされた多くの過去の例も教訓にしなければならない。

 第二に、憲法9条の厳格な遵守である。上述したように、これは自衛権の放棄を意味するものではない。日本が戦争を仕掛け、または侵攻してくることがないと外国が認めれば、その外国が好んで日本に攻めてくる理由がなくなる。これも抑止力となり得る。暴力装置を海外に持ち込まない限り、憲法違反にはならないと解釈すべきだ。 

 第三は、第一であげた理由により、日本を敵視(口先では北朝鮮)する国があれば、その軍事力からの防御に可能な装備を持つべきである。ノドンが不安なら迎撃ミサイルPAC3の増設やアメリカとの連携協力もあっていい。侵攻をふせぐための領域内制空権、制海権のための装備は、必要な範囲で充実させることだ。日本を攻めても損害が大きく効果が得られないと思わせるのが抑止力である。

 このように「抑止力」には、先制攻撃・核兵器・海兵隊など外国攻撃用の「恫喝」に用いる「抑止力」と、9条に立脚した平和指向の「抑止力」に大きく分かれる。また前者は、歴史的価値観となった軍拡競争を再燃させ、後者は国連など「集団的安全保障」と軍縮につながる。

 ここらから「抑止力」の仕分けをはじめたらどうだろう。

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2010年1月29日 (金)

田沼時代の事業仕分け

 明和8年(1771)、幕府は諸役所の経費節減について5年間の節約令を出した。この頃、日本史上まれに見る天災地妖に見舞われ、飢饉や暴動が相次いだ。100年に1度というリーマン・ショックの比ではない。

 昨寅夏中、御料所旱損の国々多く、御収納高格別相減じ、御勝手向御入用不足に相成り候に付、元払御納戸、御作事方、小普請方、御賄方、御材木方、御細工所、その外遠国御役所等まで、定式臨時共御入用、当卯年より五カ年の間、格別の御倹約仰出され候程の義に付、なおまた左の通り仰出され候。

 つまり、それでなくても危機的な債務体質に、去年は各地の天災による税収不足が加わった、よつて、出先を含む各省庁は一段と倹約に励むよう、とのお達しである。節約令は8カ条にわたるが、そのうち台所料理の節減だけをあげてみよう。

 一 御台所料理下され候儀、当卯年より五カ年の間は、老中若年寄は、御湯漬下され、御側衆奥向の面々評定所へは、香物共に一汁二菜の積り、夜食はこれ迄の通り、一の間二の間御台所下され候面々へも、これまた朝夕夜食共に御湯漬下され候間、その通り相心得らるべく候。只三の間の義(ママ)も、香の物一汁二菜の積り、四の間御台所は、これ迄の通り下され候。尤も席共に御酒は下されず候事。

 中味はよくわからないが相当こまかく品数も少ない。それまでは酒もあったようなので、相当切りつめたものなのであろう。この頃は、老中として田沼意次が幅を利かせた時代である。政治とカネの問題もからんで、政権に対する下々の評判はさんざんであった。

 また当時、黄表紙とか青本、草双紙といったマスコミ印刷物が大流行し、落首、川柳といった草の根発信の政権批判が活溌に行われた。意次の息子・意知が殿中で佐野善左衛門に斬りつけられたテロの一件とともに、記憶に残す方は多いだろう。

  これらは、どうも現世と重なって見えてしまうのである。(参考文献、辻善之助『田沼時代』岩波書店)

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2010年1月28日 (木)

懲りないアメリカ

 前回の記事「不毛なテロとの戦い」の続きです。というより、違う角度から見るため文体を変えた“付録”だと思ってください。前回は、アメリカがイラクから撤兵を進めても、代わりにアフガンへ3万人の増派を決め、さらに、オスロのノーベル賞授賞式で米軍最高指揮官として戦争を合法化したオバマ大統領に対して、「引き時を誤って敗戦の憂き目を見た日本の教訓を教えてあげたらどうか」と言いました。

 日本は日露戦争に勝利し、遼東半島や鉄道などロシアが得ていた利権をロシアから奪い取りました。一旦中国に返すべきなのでしょうが、ことわらずにいただいてしまいました。その守備のためといって、日本軍を常駐させたのが1905年です。それから1945までの40年間、一度も引きあげたことがなかったのです。

 その歴史は、本塾でも書いてきましたが、ロシアの侵入を防ぎ、五族協和のためといって満州を独立させ、その防衛を日本が受け持ち、さらに北支、蒙古とじわり勢力を拡大、ついには首都南京まで占領して「大東亜共栄圏だあ」とうたい上げました。

 中国人は、そういった日本の“善意”を信用せず、反日・抗日運動を高めるばかりです。また、それに火をそそぐような行動が軍部を中心に繰り返されてきたことも事実です。まさに「泥沼」に落ち込んだのです。“正義の国”アメリカなどは、日本に対立する蒋介石支援にまわりました。

 日米開戦を避けるため、アメリカは日本に中国からの撤兵を要求しました。東条など陸軍の幹部は、ここまで戦線を拡大し今さら撤兵などできない、戦意が失墜し軍が持たなくなるといったことで反対しました。 

 そうです。それで開戦、最後は原爆を落とされ日本は負けました。アフガンに米軍が入って早くも9年目です。(沖縄は65年目??、そんなチャチは入れないでください)。とにかく、住民の支持がない戦いは、何年居座っても絶対に勝てません。

 アメリカのどなたさんかのように「えらソー」に言ってごめんなさい。アメリカでも立派な教訓があったのでした。南北ベトナムの戦争を「アメリカの戦争」としたのは、ケネディ暗殺後の政権を引き継いだリンドン・B・ジョンソン大統領ですね。

 その手はじめが北ベトナムへの空爆でした。なかなか効果が現れないので攻撃を激化、北ベトナム側の死者はアメリカ兵の10倍にのぼるが、なかなか参ったとはいわない。ジョンソンは軍部の求めに応じて増派を続けました。ベトナム戦争最後の決断を下したのは、リチャード・ニクソン大統領でしたね。

 戦争は早期に終結させねばならないが敗北も許されない。「名誉ある撤退」を掲げるニクソンとヘンリー・キッシンジャーが選んだ方策は、増派を中止し、北ヴェトナムとの交渉を続ける一方で、圧倒的な軍事力で威圧することであった。(西崎文子『アメリカ外交とは何か』)

 そのため北爆や枯葉作戦を徹底し、お隣の国、カンボジアやラオスにまで戦火や破壊が及びました。これはチョット今のパキスタンに似ていません?。結局、南ベトナムの首都サイゴンに突入した北ベトナム軍を見て、アメリカは撤退することになりました。

 これは、誰が見ても「敗け」ですよね。だけどお国では、いろいろ屁理屈をつけて「敗北」ではないことになっているようです。オバマさん。屁理屈ならいくらつけてもかまいません。ブッシュ大統領のはじめた「テロとの戦い」から軍隊を引くことです。そうしないと、アメリカの果てしない凋落につながりかねないことを、お節介ですが小プログは心配しているのです。

  

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2010年1月27日 (水)

不毛なテロとの戦い

 日本、そして世界に逆流が吹きまくっている。歓声をもって迎えられたオバマ大統領、選挙で自民党支配の構図をくつがえした日本、いずれも景気回復の足取りは重く、先行きに暗雲がたれ込めている。日本の政治資金疑惑は、検察官対小沢の崖っぷちに立った攻防戦であることがだんだん見えてきた。普天間基地移転に関する政府の混迷ぶりも、国民をいらだたせ、暗い気持にさせている。

 一方、アメリカでも国内問題に大きな悩みをかかえているが、外交・軍事面でも行き詰まっているようだ。国内ニュースの影に隠れてあまり大きく取り上げられていない。そういった変化というか潮流をとらえないで、日本の基地問題を云々することは決して両国の将来にプラスにならない。その観点で、直近のニュースの中からすこし拾ってみたい。

イラク 首都バグダッドで26日、警察の科学捜査施設を狙ったとみられる自爆テロが起き、18人が死亡、80人が負傷した。その前日25日は、同地主要ホテルが目標になり、約40人が死亡している。オバマ公約で米軍撤退を進めているが治安は一向に改善していない。テロの対象は、外国人と外国軍の保護のもと成立した政府機関である。

アフガン・パキスタン 米軍3万人増派を目指したものの基本的に治安回復が達成したとはいえない状況だ。むしろ戦線がパキスタンに移り、内戦の様相さえ呈している。対立は、TTP(パキスタン・タリバン運動)&アルカイダ米国の越境無人機&パキスタン軍である。

 TTPは、アフガンで最多の民族パシュトゥン人で、パキスタン国内でも北西部のアフガン国境から南部にかけて同じ民族が住んでいる。また、パキスタン軍は以前からパシュトゥン人を支持し支援してきた。したがって、アメリカの要請でTTPを殲滅させるという政府の方針にはあまり熱心でない。 

 その戦闘状態の中心が、北西部ワジリスタンから海に面した南部のシンド州まで下りてきたのだ。州都カラチは、同国最大の人口を有し海・陸・空の交通の要衝でパキスタンの玄関口である。また、海に面していないアフガンにとっても、ここを経由して多くの物資が陸送される。

 ここに住み着くパシュトゥン人難民は、150万人とも言われ、故郷をうばったのはアメリカだという反米感情が高く、TTPの潜入が容易になっている。この近くで今月8日に警察訓練センターを狙ったと見られる自爆テロが発生し、すくなくとも8人が死んだ。

 「インド洋の洋上給油は後方支援だ」などとは言っていられない。中止していてよかった。戦線はもう海岸線まで迫ってきたのだ。また、警察の訓練支援ならいい、などとも言っていられない。アメリカが敵視されているのは、現地人の心を踏みにじる暴力装置・軍の存在である。

 日本軍が中国に派遣され、それがいかに日本の善意によるものだとしても理解を得られず日本の敗戦につながった。その教訓をアメリカに伝えることは、決して反米的ではない。日米の指導者は今こそ、冷静・果断に局面の展開をはかるべきだが、その道は遠いというのが現実だろうか。

  

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2010年1月26日 (火)

小沢対決・週刊誌が面白い

 前にも書いたが、私は週刊誌なるものをめったに買わない。特に雑誌系週刊誌、本屋に悪いがまず立ち読みで用が済む。一瞥しただけで大体中味の想像はつくし、資料として役立つ内容もほとんどない。ところが今回、『サンデー毎日』を買ってしまった。

 その理由は、先頃掲げたエントリー「反小沢キャンペーンの質」や「取材先疑念に狼狽する新聞」に関連しそうな見出しが多く並んでいたからである。私は、小沢民主党幹事長の政治資金をめぐり、検察当局が国会が始まる直前に強制捜査や議員を含む関係者を逮捕し、それに歩調を合わせるようにマスコミ、ことに新聞の論調が小沢(民主党)バッシングに一転したことに疑念を持った。

 そして「この所の急激な小沢バッシング(読者にはそう見える)について、検察リークや関係者ソースだけでなく、読者に納得のいく説明責任が新聞社にも必要なのではないか」という結論も書いた。『サンデー毎日』を買ったのはそこに何かのヒントが見いだせないかという期待もあったからである。

 結論からいうと、新聞ほど反小沢一辺倒でなく、正義の味方=検察、には多くの疑問を投げかけていること、しかし正面から新聞を批判するようなものはない(当たり前だけどね--(^^))ことである。以下そのさわりをアトランダムに紹介しよう。

 昨年春、衆議院選を前に特捜部が小沢サンの秘書を逮捕した時には「国策捜査だ!」「検察ファッショだ!」と特捜部批判も多かったが……娑婆の気分は微妙に変わっている。世論も強制捜査を支持した。

(世論というけど、元日に4億円事件を石川知裕議員の供述をスクープした読売新聞が、強制捜査・逮捕と続くニュースのさなかに手際よく行ったアンケートではねえ)

 今回も、検事が意図的に流したものもたくさんあるだろう。地検は「やらなければ、こちらが小沢にやられる」と思っているからだ。
 しかし、信憑性がなければ記者は書きはしない。小沢サンは、脅そうとして「正義の番人」を自負するメディアを敵に回した。

(俗受けしそうだけど、これが本当なら世はまさに江戸時代以下、検察も新聞もその程度ですかねえ--(>_<)。以上の2件とも同誌「牧太郎の青い空白い雲」引用。牧太郎氏は、かつて同誌の編集長もつとめた辣腕記者で、現・毎日新聞専門編集委員)

 冒頭の特集記事では、「民主党が特定した検察リークの“ネタ元”」とのサブタイトルで、民主党の調査で常習犯に名指しされたのは、特捜部の経験者で某最高検幹部だと特定。マスコミとの付き合いがよい半面、情報管理が緩いという評判で、酒席で「女性記者を呼べ」などセクハラまがいの言動まである、とまで書いている。

 そのほか、「きまぐれの日々」でも取り上げられている小沢一郎が尊敬する同郷の先輩・原敬が闘った軍部と検察、その代表的人物山県有朋と平沼騏一郎などに触れた「佐高信の政経外科」。司法試験受験の経験がある小沢の「法意識」「法治主義」に対する自信を述べた、塩田潮の「新・民主党政権の研究」など見応えのある記事が山積だ。¥350は高くなかった。 
 

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2010年1月25日 (月)

普天間で首相は自信ある決断を

 名護市長選挙は、県外移設派の稲嶺進氏が17950票を獲得して、現職の島袋吉和氏(16362票)を破り当選した。島袋氏や建設関係業者などが稲嶺氏優位の形勢に危機感を持ち、組織票固めに全力をあげた結果、事前投票の動きなどから形勢逆転当選圏へ、などという観測もあったようだ。

 1588票が僅差なのか圧勝なのかわからないが、前述の話や現状変更の意思表示だと見れば文句のつけようのない結果といえよう。新聞の社説はこの結果を肯定的に見る朝日・毎日と、逆に取る読売・日経・産経という予想通りのパターンだった。

 反対論に共通して見られるのは、「地方選の結果で国政が動かされてはならない」などの意見だが、反戦塾は、昨年11月14日付読売新聞の社説がいう「一市長選の結果が、国全体の安全保障に重大な影響を与える事態は避ける必要がある」という論調を、あるまじき「暴挙」として非難したことがある。

 それは、国全体のためなら沖縄が、あるいは名護市民が犠牲になってもやむを得ない、という沖縄切り捨て論や、かつての琉球処分と底流が同じだからである。書いている方にそのつもりでなくても、幕末以来の歴史がその連続であったことに気がついていない。

 あえて極論を言おう。琉球王国は、中国に朝貢をしてもその保護を受け、独立国として貿易で栄えていた時代があるのだ。日本国になることを望んだとしても、日本の安全のために沖縄が軍事基地になったり、戦場になってもいいとは誰も思っていない。上記社説のような本土中心の考えが、沖縄県民の心にどう響くか気がかりだ。

 鳩山内閣は、いろいろな選択肢の中から5月末までに結論を出さなければならない。その中には、現行の辺野古沖というものもあるだろう。しかしそれを選べば、沖縄県民はもとより国民を裏切る結果になるのは自明の理だ。さらにそれがそのまま参院選に影響し、自民党末期のようになるのも目に見えている。

 日本に、沖縄に、大陸または中東など遠国になぐりこみをかけるような海兵隊が必要なのか、また、専守防衛を国是とするわが国内に、先制攻撃や外国侵攻のにらみを利かす「抑止力」外国軍が常駐したり訓練をする必要が本当にあるのかどうか、そこを出発点に考えてほしい。

 野党や旧権力に依存してきた勢力がいう「米国との関係悪化」などに惑わされることはない。「年内に辺野古案に同意しないと」と言い続けたきた筋の話が本当なら、今頃は、抜き差しならない破綻寸前の両国関係になっているはずだ。

 オバマの足を引っぱる勢力にとってはそうだろう。久間元防衛相の表現でいうと、いまだに「偉そうにいう」くせが残っている。オバマも窮地に立っているのだ。どうすることが、日本にとってアメリカにとって世界平和にとって大切なのか、じっくり考えて交渉して欲しい。

 そのため、時間がかかってもいい。普天間移転が遅れても沖縄百年の計から見ればもうすこし我慢してもらってもやむをえない。場合によれば交渉決裂寸前まで行っても真意をつくすべきだ。そこからよき解決の道筋がうまれれば、オバマ路線にも光明がさして日米間に新たな不滅の絆が生まれるだろう。

 首相はその信念で自信をもって今後の対処をしてほしい。 

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2010年1月24日 (日)

春遠からじ

 1月も最後の週。節分間近である。今日は散歩道で見た「すずなり(すずめなりもある)」特集。祈・五穀豊穣子孫繁栄。

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2010年1月22日 (金)

取材先疑念に狼狽する新聞

 22日午後の衆議院予算委員会では野党委員の質問が続き、こぞって首相や小沢幹事長の「政治とカネ」の問題を追求した。井上義久公明党委員は、原口一博総務相に対する質問で、情報源を「関係者によると」とした記事について閣僚が記事の書き方にまで踏み込んで批判するのは極めて異例で適切さを欠いている、発言を撤回する意志はないか、と迫った。

 この意見は同日付け毎日新聞の社説と全く符合する。この質問に対し総務相は記者会見での質問の内容と、問題にした発言の前後を復元させ、発言の撤回を拒否した。その内容は極めて良識的、前向きで、毎日社説のいいわけがましい主張より見栄えのするものだった。井上委員は重ねて同趣旨の質問をしたが反論にならず、あっさり質問を打ち切ってしまった。

 当塾では「反小沢キャンペーンの質」と題した記事を18日に掲げた。その冒頭にこう書いている。

 ニュースが一つの事柄に集中し、嵐のように吹きすさぶ状況の下ではブログを書きにくい。何をいっても蟷螂の斧、当たり前のことが非常識になってしまい「流れに棹さす」勢いに勝てなくなる。そういったさなかに世論調査をする読売新聞も読売新聞だが、小沢幹事長は辞任すべきだとする意見が70%にのぼったとする。

 この質問が「小沢氏は議員を辞職すべきだ」だったにしても、そう変わらない数字が出ただろう。これはまさに恐ろしいことだ。戦前、斎藤隆夫の反軍演説が軍部の圧力のもと除名処分を招いたように、法的根拠のないまま、民意だと言って議員辞職に追い込むようなことは決してあってはならない。

 こういった雰囲気を醸成することにマスメディアは、どれだけ自戒の念を持っているだろうか。これまで民主党応援団のようだった毎日新聞が、一転、小沢バッシングの先頭に立っている。(続きを読む

 この豹変ともいえる論調の急激な変化を書いてみたものの、あくまでも個人的な素人判断で自信があったわけではなかった。それについて「新聞が一斉に小沢批判を強めたのはなぜか」と題する論考が21日に現れた。ジャーナリストの大御所・田原惣一朗氏がnikkei bpに書いたものである。

 今回この問題のキーワードは「関係筋」と「リーク」である。当塾が“「関係者」という亡霊”という記事を書いたのは、1か月近くも前の12月25日であった。そもそもの動機は、毎日新聞の金子秀敏専門編集委員が書いたコラムに、産経新聞の記事を例に取った出所「関係者」の怪しさを指摘していたことによる。

 私は、一般の人がニュースをどう受け止めているかについて、新聞社の世論調査とは別にテレビ桟敷での感想を参考にする。それは家族であったり公民館の休憩室であったりする。そこでは、小沢批判に劣らないくらい情報発信源に対する不信も耳にするのだ。

 さらに、ブログなどネット上の意見は明らかにマスコミに対する批判が優勢な感じがするし、有力なジャーナリストの意見も大勢は新聞批判になっているように見える。明日は小沢幹事長が検察の参考人聴取を受けるが逮捕に至ることはあり得ない。

 検察にも残された時間はすくない。決着はどうつくかわからない。ただ小沢が嫌いだ、カネが動いただけでは犯罪者にできない。マスコミは小沢バッシングへ急展開してみたものの先行きが見えないことと、思いのほか世間が同調しないことに狼狽しはじめているのではないか。

そのような意見として、トラックバックいただいた虹色オリハルコンの金木犀さん 
http://blog.goo.ne.jp/hanamiduki87/e/c16c599f5b05fa3f99c2cdb8c2ae1e40
そこでもリンクされているDIAMONDonlineの上杉隆氏
http://diamond.jp/series/uesugi/10110/
ならびにEGAWASHOKOJOURNALの江川紹子さん
http://www.egawashoko.com/c006/000315.html
の見解をここに紹介しておこう。

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2010年1月21日 (木)

観念右翼

  「観念右翼」という言葉は、右派無所属代議士・平沼赳夫の義父で、東京裁判により終身禁固判決(講和前に病死)を受けた長老政治家・平沼騏一郎につけられた名である。彼は、昭和のはじめから政変や事件などのたびに、枢密院や司法畑での権力をバックとして歴史に顔を出した政治家である。 

 なぜ戦争が起きたか、ということは当塾にとって切り離せないテーマである。ことに昭和に入ってからは、軍部・政治・右翼の3勢力が微妙にからみ合いながらその底流をなしてきた。右翼といってもいろいろあり、一人一殺の井上日召のような在野の「行動右翼」に対して、政治に影響力を持つ「観念右翼」ということになったのだろう。そういえば、戦後「観念左翼」という言葉もあった。

 平沼騏一郎もバイプレーヤーとしてではなく、系統的に調べたいと思ってはいたが、どうにもつかみにくいのだ。思想の源流は、戊辰戦争以前の攘夷思想を出るようなものではなさそうだし、彼の思い入れとは逆に、元老・西園寺公望や天皇からは毛嫌いされ、なかなか首相になれなかったらしい。

 日独伊三国同盟は天皇の意志に反し、陸軍と駐独・駐伊大使が先走りしたことから始まった。その時の首相であった平沼は重大な責任を負っていたわけだが、彼自身の態度がどっちを向いているのかもうひとつはっきりしない。

 さらに、太平洋戦争末期には、近衛文麿と組んで東条首相引きおろしに一役買ったり、支持基盤であった陸軍皇道派を裏切って終戦に導いたりするなど、「右翼だからこう」といった単純な発想とは結びつかないのだ。

 一度は書いてみたいと思った彼のことだが、こういったしまりのないことしか書けないのに取り上げたたのは、kojitakenさんの「きまぐれな日々」《検察官僚・平沼騏一郎がぶっ壊した戦前の「政党政治」》から前々回の記事にリンクをいただき、アクセス数がふえたことにもよる。

 いずれ、平沼騏一郎論が書けるような材料があれば改めて書いてみたいが、多分義父の騏一郎がこうだから右翼新党を画策する平沼赳夫もこうだ、という結論にはならないだろう。また、そういった遺伝(もっとも血縁はないが)的因子に重きを置くのは私の趣味に合わない。

 ひとつ言えることは、平沼赳夫が事業仕分け人を務めた民主党の蓮舫参院議員について、「元々日本人じゃない」と発言し、次世代スーパーコンピューター開発費の仕分けで「世界一になる理由があるのか。2位では駄目なのか」と言ったことを問題視するようでは、次元の低い国粋主義と偏見・差別意識を露呈したに過ぎず、「観念右翼」どころか「ネット右翼」の域さえ出ないということを発見できたことである。

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2010年1月19日 (火)

読売とは瓦版のこと

 瓦版の歴史は古く、一説によると江戸時代初期の慶長20年(1615)までさかのぼるという。幕末に近づくと、幕府の諸規制にもかかわらず庶民に迎えられ、多色刷り職業絵師の手も加わって、浮世絵と肩をならべる程の豪華なものもあったという。

 瓦版(かわらばん)というのは俗称で、幕府の法令では読売(よみうり、「読売新聞」とは無関係)が正式名であった。以下は西山松之助編『江戸ことば百話』(東京美術)からの引用。「人魚図」(1805年)は、早稲田大学演劇博物館蔵、同書所載。判読は反戦塾。

 内容には事実無根の噂話もあったが、比較的正確なものも少なくない。また、政治を批判したり茶化したりする反骨精神のものもあり、他方では幕府政治をたたえる内容のものもあった。

Photo 人魚図
  一名海雷
越中国放生渕四方浦ト申所ニて
猟船をなやましさまたげ候物へ鉄炮
四百五十挺ニてうちとめる
 頭 三尺五寸
 丈 三丈五尺
 髪ノ毛長サ壱丈八尺
 両腹ニ目三ツ宛有
 角丸ク二本金色也
 下腹朱の如く赤き也
 鰭に唐草の如キ筋有
 尾ハ鯉のごとし
  なく声ハ壱里もひゞき候
此魚を一度見る人ハ
寿命長久し悪事災難をのがれ一生仕合
よく福徳幸を得ると
       なり
  文化二丑五月

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2010年1月18日 (月)

反小沢キャンペーンの質

 ニュースが一つの事柄に集中し、嵐のように吹きすさぶ状況の下ではブログを書きにくい。何をいっても蟷螂の斧、当たり前のことが非常識になってしまい「流れに棹さす」勢いに勝てなくなる。そういったさなかに世論調査をする読売新聞も読売新聞だが、小沢幹事長は辞任すべきだとする意見が70%にのぼったとする。

 この質問が「小沢氏は議員を辞職すべきだ」だったにしても、そう変わらない数字が出ただろう。これはまさに恐ろしいことだ。戦前、斎藤隆夫の反軍演説が軍部の圧力のもと除名処分を招いたように、法的根拠のないまま民意だと言って議員辞職に追い込むようなことは決してあってはならない。

 こういった雰囲気を醸成することにマスメディアは、どれだけ自戒の念を持っているだろうか。これまで民主党応援団のようだった毎日新聞が、一転、小沢バッシングの先頭に立っている。このブログでもこれまでに小沢氏に関する記事を書いてきたが、小沢氏の金権体質はぬぐいようがなく、その政治的信条や政治手法からみても代表は辞任すべきだと書いたことがある。そこで、毎日新聞の記事(1/18・東京朝刊)を見ていただきたい。

 しかし、小沢氏は石川知裕衆院議員らの捜査を通じて、東京地検特捜部が再び自らの周辺にひたひたと迫っていることを鋭敏に感じ取り、心穏やかではなかったようだ。「小沢支配」構築は、検察との「全面戦争」を射程に置いた布石だった。

 昨年12月に約140人の国会議員を含む総勢600人を引き連れて訪中したり、元日に私邸へ166人の国会議員を招いたりしたのも、「やれるものならやってみろという権力の示威行為」(自民党幹事長経験者)にほかならない。羽毛田長官批判もその一環と見ることができる。

 団体による訪中や私邸の年賀行事は毎年行われる定例行事だということは、新聞にも書いてある。たまたま民主党員が多数当選し、定例行事への参加希望者が増えただけだ。また、羽毛田長官批判は小沢氏固有の意見ではない。私は小沢さんの発言以前に「天皇政治利用をめぐる醜態」というエントリーを上げていた。あとで「小沢さんの意見とおなじになりましたね」といったコメントもいただいた。

 これらが「全面戦争」とどこに関連があるのだろう。記事全般を見ても「関係者」という怪しいニュース源が頻繁にでてくる。こういう書き方が多かったのは産経新聞だと思っていたが、とうとうそのレベルにまで落ちてしまったようだ。

 この記事は「読む政治」という特集で1面と3面にあり、大見出しが踊っている。解説記事だろうがそれにしては、憶測、仮説、牽強付会が多い。そして、不思議なことに他の記事には必ずついている執筆記者の名がない。おそらく論説委員以上の実力者がかかわっており、社説なみなのであろう。

 毎日新聞は、「記者の目」コラムが好評を得ているように、比較的記者によって多様な意見・観察が誌面に反映されるところが魅力だった。それならば、この所の急激な小沢バッシング(読者にはそう見える)について、検察リークや関係者ソースだけでなく、読者に納得のいく説明責任が新聞社にも必要なのではないか。

(注)「関係者」「産経新聞」などについて昨年12月、毎日新聞の金子秀敏専門編集委員がおもしろいコラムを書いています。この方も是非ご覧ください。

http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-8540.html

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2010年1月16日 (土)

神頼み

[検察に天罰が下りますように 小沢一郎]
[小沢天の声の証拠が見つかりますように 東京地検]

1 絵馬
これは「小絵馬」で庶民が願い事を託す。門前市をなす合格祈願。
本来は大旦那が奉納する扁額式の「大絵馬」で美術品扱い。拝殿や絵馬堂などに飾る。

2010_01150019 お神籤
神意を占うというのは太古からの風習。そもそもは卑弥呼のような巫女の仕事。テレビやネットの各種占いの多種多様は、今を盛り。そういえば筮竹を持った大道辻占いはどうしたんだろう。

2 千社札
18世紀の江戸にはじまる。浮世絵や瓦版同様、刷り物の文化である。2、30年前に一時流行の兆しをみせたが汚れもの扱いする神社仏閣に嫌われて衰退。しかし、これもささやかな庶民の信仰娯楽であった。 
 

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2010年1月15日 (金)

小沢資金、血を見ずには…

 政治資金報告書や建設業者の政治献金をめぐる東京地検と小沢民主党幹事長の間のバトルは、とうとう行き着くところまできてしまった。もうこうなったら、高速道路での正面衝突と同じである。13日は小沢氏の個人事務所や陸山会から元秘書の石川知裕衆議院議員の事務所や、第三者である鹿島本社にまで捜索が入った。

 さらに大きくは報じられていないが、14日には、現在公判が進んでいる元公設第1秘書、大久保隆規被告の空き家になっている岩手県釜石市の自宅にまで捜査が入ったようだ。以上の検察の行動は、小沢幹事長が任意の事情聴取に応じなかったからだというが、大久保被告の公判維持にも決め手になるものがほしかったのだろうか。

 異状、まさに異状である。納得のいく説明ができない小沢。誰がああ言った、こうだったなどという、状況証拠めいたタレコミや検察リークに基にしたマスコミの小沢バッシング。当ブログでは去年大久保秘書の疑惑が報じられた当時、小沢辞任を主張したことがある。

 しかし今と違うのは当時は党代表で、金権体質を疑われる小沢代表では、解散総選挙で圧倒的勝利を期すことができないと思ったからである。小沢幹事長は「法に触れるようなことはしていない」という自信を持っている。それが今回の事情聴取拒否の裏にあるのだろう。参院選があるといっても、もう引っ込みがつかなくなった。

 強制捜査には、「何がなんでも物的証拠をつかむ」という検察の執念が感じられる。しかしそれは書類かそれに類するものに求めるしかない。権力の執念ほどこわいものはない。ここまでくれば検察も死にものぐるいになるだろう。あるはずのないものでも発見する。

 親分・田中角栄の裁判を欠かさず傍聴し、金丸疑惑も身近で見てきた小沢氏だ。検察もうかつなことはできない。「検察が強制捜査に入るときはガチガチに固めるものだが、そういう雰囲気が感じられず、ちょっと異例かなという気はする」と元検事の小川敏夫参院議員が14日夜、BS11のインサイドアウトで言っている。(毎日新聞01/15)

 それが元プロの感触だ。小沢氏にしても石井氏にしても国会開催中は不逮捕特権がある。素人考えでも、押収した物件から決定的証拠がでてくる可能性については疑問がある。検察の無謀運転か大物野党議員の「天の声」大疑獄摘発か、やがて明らかになる日が来る。その際、どちらに転んでも偽証罪などを含めて縄付きがでてくるだろう。
 

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2010年1月14日 (木)

魁皇、幕内808勝

 スポーツには縁の薄い当塾だが、力士魁皇については過去2回記事にしている。ファンと自信をもっていえるのは彼だけなので、今回の快挙を見過ごしていいいわけがない。そもそものひいきの発端は、娘婿の実家の婚礼に招かれ、東京から新幹線・筑豊本線と乗り継いで降り立った駅が直方だったことに始まる。

 つまり、娘婿の実家の縁で直方出身の彼を応援し、かれこれ10数年続いていたことになる。彼の人気は地元九州だけでなく全国区となり、遠くモンゴルにまで及ぶ。なんといっても魅力は「気は優しくて力持ち」なところであろう。腕っ節の強さ、豪快さがある反面、相手の気迫に押されたりつめの甘さで負けるのは、優しさからのように見えてしまうのだ。

 そして勝っても負けても表情を変えず、遠い空を見ているような寡黙な童顔がたまらない。土俵上だけではなく、日頃、朝青龍など力士仲間からも尊敬されているというから人柄がそのまま土俵に現れているのだろう。

 その新記録の背景は、マスコミが初優勝力士にさえないようなくわしさで伝えているので、ここでいう必要はない。千代の富士の最高記録に並んだ2日目、そして新記録を出した3日目とテレビ桟敷にしがみつくように見ていた。

 その中で最も気になったのは、3日目の千代大海を送り投げで土俵にひっくり返したあとだ。勝ち名乗りを受け立った彼の目は泳いでいるようで、眉間には喜びどころか、かすかにしわを寄せ青ざめているようにさえ見えた。

 まるで腹が痛いのを我慢しているような、これまでに見たことのない表情だ。それが昨日になってわかってきた。立ち合い後のNHKのインタビューを「勘弁してくれ」と断っているが、負けた千代大海には惨めすぎるような投げ方だったのを気に病んでいたのだ。

 千代大海は先場所大関角番に勝ち越せず関脇に転落した。そして今場所大関復帰が不可能となる6敗目を喫したら引退すると宣言していた。そして、3敗目だった魁皇戦の翌日、千代大海は引退を決意した。そのコメントは次のようなものだった。

 「テレビで自分がひっくり返された画像を何十回も繰り返し見て引退する決意をした」、「魁皇関が気を使ってくれてインタビューを遠慮してくれた好意は知っている」、「現役最後の取り組み相手が魁皇であってよかったと思う」などである。

 かつてのやんちゃ坊主も彼を尊敬していたのだ。これは、最近の角界の不祥事をぬぐう一服の清浄剤であり、歴史に残る美談だろう。「友愛」といっても政界の権力闘争では、とてもこうはいかない。塾頭も魁皇のファンでよかったと思えるこの2、3日であった。

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2010年1月13日 (水)

外国人参政権の問題

 政府は、「永住外国人に地方選挙権を付与する法案」を今度の通常国会に提出する方針を決めた。これまでこの問題を当ブログで取り上げたことはないが、民主党内に根強い反対論があると同時に、社民が賛成、国民新党は反対という、安保などの取り扱いと似たようなところがある。

 野党になった自民は、もうひとつはっきりしていない。しかし、安倍晋三氏や外野にいる平沼赳夫氏が反対の旗を振っており、反対で一致できるかどうか、場合によれば政界再編劇のひとこまになるかも知れない。一方、公明党は積極推進派で今国会実現を目ざしているし、共産も賛成するようだ。

 このように、非常に複雑で微妙な問題を抱えているせいか、マスコミでもあまり正面から取り上げようとしない。しかし、ネットの上では「反日」「売国」「工作員」「日本が日本でなくなる」などの常套語が飛び交い、激しい反対論が圧倒している。

 当ブログにも「伊豆諸島のような島嶼の自治体が危ない」といったようなトラックバックを頂戴していているが、「対馬が韓国に乗っ取られる」などと同様に、まともに取り上げることすらはばかられるような非現実的議論になっている。

 だからといって、議論がなくてもいいとは言えない。その理由は、上述のような思慮のない言論を政治が利用し、国の運命をあらぬ方向へ導いたことが過去にあったからである。その典型がナチズムだといってもいいだろう。

 議論にのせなくてはならないのは、1.これからの日本の将来を考える上で、確立していかなければならないアイディンティティー。2.レイシズム(人種差別主義)、排外主義など島国根性の克服。3.国民と住民、人権と規制といった異なる価値基準の調和。といったことであろうか。

 さらに、憲法15条で定める「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」という規定である。地方議会の外国人選挙権付与は、違憲ではないという裁判所の判断はすでにあるが、これに対しても国民的合意が必要であろう。

 ただし、自衛隊や安保問題で解釈改憲の手垢のついた安倍氏など、自民党政治推進者にこれをいう資格はない。また、反対論者のいう外国人とは、50万余人いるという在日韓国人を指しているようで、彼らの代弁者(被選挙権は与えられない)が地方議会で専権をふるい、議会が支配されるようなことをいう。

 そして、さかんに北朝鮮の脅威を例としてあげるが、同国の代弁者とされる朝鮮総連はこの法律に反対している。その理由は、日本の反対論者と全く逆で、権利を得ることで義務と責任を負い、日本への同化政策に引き込まれることを警戒しているのだという。

 大韓国居留民団は、永住者の権利拡大に反対はしていないが、3世、4世となると日本人化は避けられず、やはり同様な憂慮が内部にあるようだ。そこまで考えなくても、この法律が地方自治に有利か不利か、国際親善や国益に役立つかどうかだけを考えれば、答えは自ずから明らかになるはずである。

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2010年1月12日 (火)

債権者会議

 日航、会社更生法適用などのニュースを見て、駆け出しサラリーマンの頃の体験を思い出した。昭和30年代だったか、断片的で詳しくは覚えていない。会社から社印、社長印、収入印紙付きの重々しい社長委任状を持たされ、ある破綻会社の債権者会議に出席した。

 会場は、たしか国電神田駅に近い狭い階段をのぼった二階だったように思う。「この会社の再建に賛成しますか」と聞かれたら、「賛成します」と答えてくれれればそれでいい、ということだった。会場の人数はそれほど多くなかったが、ほとんどが背広姿の中で、近くの料理店の調理師といった格好の人だけが目立った。

 従業員給与や小口の付け払いのような債権は優先弁済される。また、労働組合の賛成がなければ会社更生法の適用は難しいというような話や、「会社更生法適用で立ち直らない会社はない。なにしろ裁判所が仕切って、借金ほとんどゼロからやりなおせばいいのだから、こんな楽な商売はない」などという話はここで聞いたのか、別の下世話なうわさ話だったのか定かではない。

 その後職種が変わってこのような仕事にたずさわったことはない。法律も変わったし日航のこともくわしくない。しかし、私的整理というのはよくない。会社のイメージダウンになるというが、もう十分にイメージダウンしている。一部の利害関係者や資本家の思惑による不安定要因が残るより、国の金を働かせる以上、透明性が確保されてスッキリさせた方がいい。

 飛行機は今日も飛んでいる。将来もしJALに乗るとすれば、更正法再建会社の方が安全なような気がするから、迷わずその方を選ぶ。まだ命は惜しい。

 

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2010年1月10日 (日)

オバマの退潮

 オバマ米大統領はあと10日(1月20日)で就任1年目を迎える。アメリカ初の黒人大統領の就任は、アメリカのみならず世界に感動と期待をもって迎えられた。しかし、それが続いたのはせいぜいノーベル平和賞受賞が伝えられた頃までで、以後「チェンジ」への期待は急速にしぼみ続け、当初からあった懐疑的な見方の方に近づきつつある。

 ことにプラハの核廃絶演説、カイロでのイスラムとの和解演説は、世界平和に向けての米国家戦略の変更を示すものとして、敵対する国を含め全世界が歓迎した。中南米は、アメリカが過去の長い歴史の中で、陰謀・強圧・軍事介入などを繰り返し、その反発からほとんどが左派政権になってしまった。それだけに、アメリカの体質を最も知り尽くしている地域である。

 そこで主導的な位置にある急進左派のベネズエラ・チャベス大統領が、オバマ歓迎の意思表示をしたことから、このブログでも「アメリカの変化は本物か」という評価を書いた覚えがある。しかしその後、ホンジュラスの政変に対する干渉やコロンビアへの米軍駐留などの対応を見て、キューバのカストロ前議長が「オバマは知的な人物」と評した前言を撤回するに至った。またチャベス大統領もこれに同調している。

 期待された中東和平にも強硬路線のイスラエルに影響力を行使できず、無為無策のままである。イラク撤兵後の治安には不安が残り、アフガンは米軍増派にかかわらず、隣国パキスタンを含め連日のように自爆テロに見舞われ先の見通しが立たない。

 それどころか、最近の旅客機爆破未遂事件などから、イエメンをアルカイダの新たな拠点と位置づけ、イエメン政権に攻撃を代行させる方針をとっている。ちょうどパキスタン政府に、国境地帯のタリバン掃討を代行させているのと同じ図式の戦火拡大が憂慮されている。

 オバマは、オスロのノーベル賞授賞式で、皮肉なことに自らが戦時大統領で「テロとの闘い」を正当づけ、勝利するまで戦い続けることに意欲を示した。これらをもって中南米各大統領が、「帝国主義的体質に変化はない」と即断するに至ったのだ。

 オバマに同情する点があるとすれば、アメリカ経済の中枢を担った自動車産業が崩壊し、金融危機の火元になった今日、世界の軍事費の半分といわれる膨大な軍事費支出と、世界一の兵器輸出を担う軍需産業を削減することは、アメリカ経済の悪化に決定的な追い打ちをかけることになる。また、兵員を削減してこれ以上の失業者増大を招くともできないことだ。

 中長期的にはブッシュ政権ほどではないにしろ、戦い続けるという現体制の維持継続はやむをえないということになるのかも知れない。その影響は直ちに日本にはね返る。今年に持ち越した普天間飛行場移転問題はもとより、日米同盟の見直しなどについても、オバマに過大な期待はかけられない。

 むしろ、予想外の保守的戦略を見せられ、日本の思惑はうっちゃりを食らう恐れもある。鳩山政権によほど自主性のある将来の展望が示せない限り何の前進もなく、結局アメリカのリコピー政策から抜け出せなくなって「鳩山退潮」を決定づけることになる。参院選を前に最も警戒しなければならないことがらである。

  

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2010年1月 9日 (土)

桜井茶臼山古墳のこと

 去年の11月、思い入れを込めて「纏向のロマン」という記事を書いたからには、昨今の報道に現れる桜井茶臼山古墳での鏡の大量発見(日本最大の81面)を無視するわけにいかない。なぜかというと、纏向に卑弥呼の宮殿跡かと騒がれた大型遺構発見に続く、大和王朝発生のなぞに迫るものだからである。

2010_01080002_5  地図で見て、JR桜井線と山の辺の道を天理市から櫻井市にかけ南下するあたり、つまり奈良盆地東縁のこの一帯が「出現期大型前方後円墳」の本場である。纏向はほぼその中央に位置し、卑弥呼と邪馬台国のことはわきにおいていても、ここが大和王朝の発祥地であることはまちがいなさそうである。

 その意味するところは、東海、北陸、九州など各地の特徴を示す土器がこの地から発見されることと、ここに発生した大規模前方後円墳と祭祀のパターンが東北中部から九州にまで波及し、豪族連合の盟主としての大和王朝の権威が確立したと見られることである。

 以下、ここにある大型古墳のプロフィルを簡単に紹介しておこう。記載の順序は学界で古いとされている順である。( )内は全長。▼は宮内庁所管で発掘調査禁止の古墳。

①箸墓(278m)▼纏向と三輪山に最も近い。最近は建造時期を最も古く見積ると卑弥呼死去の時期・250年前後までさかのぼれるという研究もある。『日本書紀』にヤマトトビモモソヒメの墓と明記、造営の模様まで描いてある。 

②西殿塚(234m)▼ 6世紀継体天皇の皇后・手白香皇女衾田陵に指定されているが、考古学的所見からは時代が全く合わず、卑弥呼の後継者・臺与の墓とする説もある。

③桜井茶臼山(200m) 今回国内最多の13種81面の銅鏡が発見された。これまでの多い例は30数面から40面。種類の多さも異例である。被葬者は、次のメスリ山と同様『日本書紀』に該当する記事が見あたらない。過去の調査で発見された豪華な「玉杖」が有名。

④メスリ山(250m) ③に近く、柄鏡に似た外形も似ている。鉄矛212本、銅鏃236本など武器を中心に農耕具など多数を副葬。特大埴輪もある。

⑤行灯山(240m)▼崇神天皇陵に指定。ヤマトトビモモソヒメは崇神天皇の時代に亡くなったことになっている。

⑥渋谷向山(300m)▼景行天皇陵に指定。

 以上を総括すると、①は皇女ではあるが『日本書紀』上の天皇ではない。しかし、最初に造った大型古墳で後の天皇陵に全くひけをとらずむしろ凌駕している。③、④も規模・副葬品からみて帝王クラスのものであることは疑う余地がない。

 しかし、『日本書紀』によるこの時期の皇統の中には、当てはめるべき天皇がいない。そこで拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』では、メスリ山古墳を大和王朝の始祖、仮に実在したとすれば神武天皇を後世になって追葬したものと見た。桜井茶臼山も多分先祖追葬だろう。

 神武天皇の名はイワレビコである。イワレ(磐余)は地名で、まさにメスリ山から見下ろす位置にあり大和の戦略的要衝にあたる。また大量の武器副葬は、神武東征でこの地を武力侵略した神武にこそふさわしい。

 追葬をヤマトトビモモソヒメ=卑弥呼に関連ありとすれば、魏志倭人伝に卑弥呼死後、倭は再び邪馬台国に服さず混乱、臺与を立ててようやく平定したとある。卑弥呼の権威が一代だけのものでなく、祖先から受け継ぎさらに引き継がれるべき性格を持つことを誇示する目的があったのではないか。つまり万世一系思想固定化への始まりである。(地図は上掲書より)

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2010年1月 7日 (木)

松の内をあとに

2010_01070004  七種粥(ななくさかゆ)は、朝食べるものらしいが、小宅では朝パン食の癖がついているので昼食になった。松の内というのも今日7日までで、飾ったモチを割って食べる鏡開きなどもこの日の行事か。共産党や労組など革新勢力には、なぜか「旗開き」という風習が持ち込まれている。案外古いのだ。

 この一週間、政治にサプライズはなかった。強いてあげれば藤井財務大臣の辞任、後任に菅、仙石両閣僚がぞれぞれ横滑りするというニュースだ。しかしこれは、藤井さんが総選挙以前に政界引退を考えていたことからすれば、予想の範囲以内でハプニングではない。

 テレビに写った鳩山首相のコメントは「医者の判断は重く受け止めます」。またも出ました「重く受け止めます」だ。かつて首相の新年挨拶や伊勢神宮参拝記者会見で目新しい方針、決意が示された例はすくなからずあったような気がするが、今年は印象に残るものがない。

 「松の内は待つのうち」、では洒落にもならない。民主連立政権が国民に元気を与えるような政策を発信できるようになるのはいつになるのか、マスコミは盛んに小沢・鳩山の政治資金報告不実記載を追いかけ、今度の藤井辞任の裏に小沢幹事長、などとネガティブ報道を繰り返している。

 前者に対しては、汚職に関連しない限り国会の追求を受けるだろうが、おお化けして内閣の命取りまで進むとは思えないし、後者も「藤井が小沢代表当時辞任を薦めたことを根に持ち」などという、したり顔の解説には笑ってしまう。辞任を薦めたのは何十年来の盟友で気心の知れた仲であり、後任人事も反小沢か距離を置いていた人たちだ。

 去年の今頃も、やはりすっきりしないもやもやの気分に支配されていた。中味は大分違っていて、麻生総理が解散の時期を失し、次の機会は予算通過後の年度末かゴールデンウイークの前か後かなどとさかんに取り沙汰されていた。

 結局は自民崩壊寸前の結果を招くまで引きずり、公明の離反や政権交代につながったことは記憶に新しい。この内閣は、今年の前半に鳩山首相をはじめ菅、仙石、岡田など主要閣僚と連立の顔がそれぞれ「らしさ」を発揮する(発揮して欲しくない閣僚も約2名いるが)ことだ。野党にない新鮮さをあらためて見せることができるかどうかが参院選に反映し、この一点で日本の将来が大きく左右されるような気がする。    

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2010年1月 6日 (水)

松虫寺

 印旛村は、おそらく東京都心から一番近い「村」ではなかろうか。東隣は成田市だが、松虫寺のあるこのあたりは、古木に囲まれてわずかに住居を見るだけで閑静な山里にまぎれこんだ感じの所だ。

2010_01051_2   松虫とは珍しい寺名だが、秋の夜に奏でる虫ではない。聖武天皇第3皇女松虫姫(不破内親王)に由来するという。となると、8世紀「今をさかりの奈良の都」と「鄙さかる東」の片田舎、それにうら若い皇女の間にどんな由緒があるのか、気になるところである。

 社寺の縁起として神話に出てくる祭神や、実在に疑いのある日本武尊などの伝説によるものは関東でも少なくない。しかし、実在する人物の固有名詞を寺伝でつたえるお寺としては、十分に古いものである。この時代は、開基を行基菩薩とする寺が多く、この寺もその例に漏れないが多すぎるとかえって信用されなくなるものだ。2010_0105_2

 さて、その伝説であるが要旨は次のようである。

 松虫姫14歳のおり、重い病にかかり快方に向かわない。ある夜、夢に出てきた薬師如来が下総の同地近くにある薬師を信仰するすれば快癒疑いなしと告げた。姫は早速乳母や供を従え、牛車で長旅に出て同地に至り、日々熱心な信仰に励んだ。

 同時に地元へは、産業振興、福祉増進などにつくし民の信頼を厚くした。やがて姫は決願を果たし見違えるように元気になって都へ帰った。同時に帰京がかなわなかった牛が嘆いて水に嵌った池とか、姫が刺した杖が公孫樹の大木となり今に残るという神木とか、姫の死後分骨して祀った陵墓跡だとか同寺をめぐる伝説上の小道具には事欠かない。

2010_01052  本尊は、平安時代末期作とされる7仏薬師如来像(国重文)、天皇勅願の開基は745年(天平17)とされている。上述の伝説はいろいろに脚色され、異伝も多いようだ。なお、同寺本堂は寛政11年(1799)建造となっているが、古めかしすぎて足下がはなはだ心許ない(写真)。

 然しご安心あれ。重文ほかの秘仏などは耐震防火に耐えられる白い倉(写真上)に収まっているようだ。現在、都営地下鉄から直行できる北総鉄道線の終点・印西日医大前駅から徒歩20分たらず、近くこの線は成田空港に延長し、都心から最速の路線となる。   

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2010年1月 4日 (月)

今こそ核軍縮の先頭に

 オバマ米大統領は昨年4月5日、プラハで核兵器廃絶の演説をして世界にアメリカの姿勢の変化を印象づけ絶賛を博した。その時「自分が生きているうちに実現させるのは困難か?」と付け足したことに、これが本音ではないかと、一抹の疑念を抱いた。

 その後、対イスラエル政策、アフガンへの米兵増派や戦争肯定発言など、彼にどれほど言行一致の期待がかけられるか、疑問に感じることが多くなった。これは単に米国内保守派や議会対策というより、アメリカの「チェンジ」ができない本質の部分を露呈したものではないかとさえ思う。

 核に対するアメリカの本音は、「廃絶」ではなく「拡散防止」である。つまり拡散防止のため廃絶を言ってみただけとも解される。また拡散は、リビア、北朝鮮、イランに狙いをつけていたのが、今やイランだけにしぼられ、北朝鮮は、イスラエル、インド、パキスタンなどと同じ「見ないふり国」に仲間入りするかも知れない。

 アメリカが恐れているのは、国家のコントロール下にないテロリストに核兵器がわたることである。テロリストが核弾頭や爆破装置をかかえて自爆テロをするとは思えないが、9.11のあり得ないことを実行したテロリストなら不可能なことはないと思っているのだろうか。

 今、核抑止力をまじめに信じているのは、北朝鮮、インド、パキスタン、それに核の傘を後生大事に持とうとする日本と韓国ぐらいではないか。しかし、核を持たない国が保有国に対して脅威を感じるということは現実に存在する。

 前置きが長くなったが、当塾では昨年11月、「密約暴露の先にくるもの」と題して「北東アジア非核兵器地帯宣言」のことを取り上げた。ただ、外交折衝には綿密な手順根回しが必要で、民主党がマニフェストに掲げているにしても、長期目標になることはやむを得ないと考えていた。

 さらに、北朝鮮の核保有は、それを脅威と感じていないアメリカに対するものではなく、あくまでも南北統一の際に唯一優位なカードとしてそれまで残しておきたいという意図から、近い将来の核放棄は望めないということは、上述のエントリーでも既に述べている。

 また、アメリカも核拡散防止徹底をどう図るかで、IAEAなどに任せきれないとする厳しい条件を出すだろう。だからといって漫然とこの問題を放置しておいていいということにはならない。岡田・現外相も力をいれていた「民主党核軍縮促進議員連盟」による「北東アジア非核兵器地帯条約(案)」が発表されたのは08年8月のことである。昨日今日の思いつきではない。

 今年の新年にあたり、北朝鮮はその年の施政方針となる各新聞の共同社説で「朝鮮半島非核化」を高々とうたいあげた。かつて金大中韓国大統領時代に南北首脳会談で交わした共同宣言は、北の核実験を経た後も非核化を国是として変えていないことを示す。

 今年政府は、外交安全保障問題で普天間基地移転問題という重い荷物を背負っている。しかし、鳩山発言などを見るとたして2で割るような解決方法しか見えてこない。通常国会も波乱含みで決して政権にとってプラスにはならないだろう。

 以上述べてきた、日米に共通する政権交代後の閉塞感を打破するには、懸案の「北東アジア非核兵器地帯構想」を提議する好機になるのではないか。日本にはその能力がないとか日米同盟を優先させ慎重にというのは、冷戦時代以来続いた自虐史観である。日本の潜在能力をもってすれば決して唐突ではない。

 これを6カ国条約にまとめれれば、東アジア共同体の第一歩にも位置づけられ、北の核問題は一挙に解決する。また、直ちに成功しなくとも、各国の思惑を表面化することでその後の交渉の手がかりを得られる。日本にとって外交上の存在感を増すことはあってもマイナスになる要素はなにもない。

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2010年1月 3日 (日)

明治初期の中国脅威論

 下の記事は06年1月4日、当塾の前身「反戦老年委員会」の記事にしたものである。また、文中にある《去年あった状況》というのは、4月に勃発した中国の反日デモを指している。当時の小泉首相が靖国参拝に固執する中で、日中の国民感情悪化に火を注ぐような世情となったことを、古書に託して皮肉ったものである。

 ところが今日なお、在日米軍の抑止力議論などをめぐり、明治初期と変わらないような意識の持ち主が存在するのを見ると、リンク不能になった過去の記事を消してしまうわけにはいかない。下記引用のうち、国際関係における「実形」と「虚声」についていえば、読売新聞などの「アメリカは怒っている」報道も「虚声」の疑い濃厚のひとつといえよう。

   ----------------------
 今から120年前の1887年、中江兆民は『三酔人経綸問答』の中で、去年あった状況をあたかも予測していたかのような議論を、「南海先生」「豪傑君」「洋学紳士」三人にさせている。

 歴史は繰り返すのか、社会が一歩も進歩していないのか、考え込ませる同書であるが、兆民の卓抜した「新しさ」にも改めて敬服する。今回は管理人の現代語訳でやや長く引用をするが、岩波文庫に同名のテクストと桑原武夫・島田虔次訳・校注があるので、是非全文を見て当時の国際情勢と現在の比較をお願いしたい。

 南海先生曰く、(中略)中国のように、その風俗習慣や文物や地勢を考えて見ても、周辺の国々はこれと友好関係を維持すべきで、つとめて恨みを転嫁するようなことを無くさなければならない。産業が発展し通商が盛んになれば、中国国土の広大さと民衆の規模から見て、わが国の販路は無限に拡がり利益の源泉になる。これを考えずに、国体を張る、などの観念で些細な行き違いをあおり立てるのは、まるで計画性のない行動に見える。

 ある論者はこんなことをいう。「中国はもともとわが国に恨みを持っている。こっちが礼を厚くして友好を求めても、周辺他国の関係をうかがいながら、それらまたは欧州強国と協定して日本を餌食にして利益を得ようとしている」と。

 僕はそうは考えない。中国の本心はそんなところにない。大抵国と国の間にある怨恨というのは、「実形」ではなく「虚声」なのだ。「実形」を見れば疑う余地の無いようなことでも「虚声」がそれを恐怖に陥れる。したがって各国間の不信感は、いわば神経病なんだ。青色の眼鏡をかけて見るとなんでも青色になる。僕は常に外交家の眼鏡は無色透明であってほしいと思っている。

 だからこそ両国が戦争状態になるというのは、互いに戦いを好んでいるからではなく、むしろ恐れているからなんだ。我が方が相手を恐れて急に軍備を強化すれば、相手もまた急遽軍備を増強する。相互の神経病はこうして昂進する。その間に新聞などがあって、各国の「実形」と「虚声」を区別せずに並べて書き、なかには、「神経病」に筆を振るい、一種異様に着色して世間に宣伝する者さえでてくる。

 こうして両国の神経はますます錯乱し、先んずれば人を制すとばかり、戦争の恐怖がその極に至り、自然、戦端が開かれることになる。以上が古今万国交戦の実情である。もし仮にその一方に神経病がなければ、大抵戦いに至ることはない。もしあったとしても、その国は戦略上防御を主とし、余裕と正義を手にすることで文明の破壊者としての非難を浴びることがないのだ。

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2010年1月 2日 (土)

新年・雑念

 戦争という手段には平和を維持するという役割もある

↑ノーベル賞授賞式でオバマ米大統領

 ♪勝ってくるぞと勇ましく
  ……
  東洋平和のためならば
  なんで命がおしかろう

↑昭和12年、藪内喜一郎作詞「露営の歌」

 「君子でも闘うことがありますか」
 「いや君子は闘わない」
 「犬や豚でも闘います。どうして人間が闘わないことがありましょう」
 「傷ましいかな。君たち儒者は、口では文王とか湯王とか聖人のことを説きながら、行いは犬や豚にたとえるのか。傷ましいかな」

↑2000数百年前、儒者と墨子の問答

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