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2009年11月12日 (木)

「より実用的で大胆に」

 「より実用的で大胆なことからはじめて、より果敢に国家の主権を制限しようとしなければならない」

 これは、ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(CECA)を立ち上げることに貢献し、ヨーロッパ統合の父と称されるジャン・モネ(Jean Monnet,1888-1979)が『回想録』(近藤健彦氏による邦訳がある)のなかで述べている言葉である。

 フランスの外相シューマンに共同体の構想を持ちかけたのは、2度の大戦をくぐり抜け60歳に達していたモネで、当時、政府の設備近代化計画局長官を務めていた。この案はアデナアウアー独首相をはじめ、直ちに関係各国首脳の歓迎するところとなった。

 石炭と鉄鋼の生産を協同で管理するというこの案が実現すれば、フランスとドイツのあいだの戦争は、想像もつかないだけでなく、事実上不可能になる。それだけではなく、経済統合への発展などを通じて各国の利益に大きく還元されると考えられたのである。

 モネは、若い頃からよかれと思ったことは自ら果敢に挑戦するという行動派で、1951年8月には、ルクセンブルクに置かれた超国家機関である共同体の暫定本部初代委員長に就任した。しかし順風満帆とはいかなかった。ことにフランス右派を代表するドゴール将軍からは、「アメリカを愛する男」といわれ、何度も対立した。

 しかしモネの引いた路線が途絶えることはなかった。モネ退任の翌年1956年10月、アデナウアー独首相とフランス社会党出身のギ・モレ首相がルクセンブルクで会談し、独・仏国境近くの産炭地で約200年間帰属を争ってきたザール地方について、住民投票の結果も入れ西ドイツ領とすることに決定、歴史的な和解に合意した。これは共同体が築き上げた信頼関係の成果でもある。

 この和解がCECAの次ぎの段階EEC(欧州経済共同体)への橋渡しに積極的な役割を果たした。モネの目指した方向はこうして実現していくが、共同体の苦難はまだまだ続く。モネはさらなる統合をめざし、折に触れアイディアを提供していた。

 そしてEU(ヨーロッパ連合)設立が行き詰まった折りなどには、「あまり野心的ではない道」を選ぶなどという、モネの戦法が参考にされた。しかし、1992年のマーストリヒト条約調印を見ることなく、モネは1979年に没した。

 

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