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2009年11月29日 (日)

荷風の予言

 荷風の予言といっても大正前半の頃のことである。欧米で5年弱を過ごして帰朝、その体験に照らしながら、更めて日本の姿、より正確に言うなら東京の原風景を荷風独特の眼で観察した「日和下駄」と題する随筆があり、その中にこの先の社会の変化を予測する記事がある。

 100年近くたった今、荷風の想像に絶する世間であり世相であるかも知れないし、あるいは、まさに想像のとおりであったかも知れない。しかし、荷風の考えたのはせいぜい数年程度のことで、そんな先まで予言したとは思っていないだろう。

 「蝙蝠傘を杖に日和下駄を曳摺りながら市中を歩む」というと、もっぱら戦後、晩年の荷風を想像しがちだが、この頃は30代で、枯淡の境地にはまだ遠い。荷風の散歩は、自ら習癖というだけに、自然と人に対する観察は鋭く、蒔絵を見るように読者を引き込む。

 その予言めいた話は「寺」と題された文中にある。ただこれから書くことは寺に直接関係がなく、戦後も彼が好んで題材にした彼の言う「貧民窟」の先行きを占った部分だ。

 場末の路地や裏長屋には仏教的迷信を背景にして江戸時代から伝襲し来ったそのままなる日蔭の生活がある。怠惰にして無責任なる愚民の疲労せる物哀れな忍従の生活がある。近来一部の政治家と新聞記者とは各自党派の勢力を張らんがために、これらの裏長屋まで人権問題の福音を強いようと急(あせ)り立っている。

 さればやがて数年の後には法華の団扇太鼓や百万遍の声全く歇(や)み路地裏の水道共用栓の周囲からは人権問題と労働問題の喧(かしま)しい演説が聞かれるに違いない。しかし幸か不幸かいまだ全く文明化せられざる今日においてはかかる裏長屋の路地内には時として巫女が梓弓の歌も聞かれる。清元も聞かれる。盂蘭盆の灯籠やはかない迎火の烟(けむり)も見られる。

 彼らが江戸の専制時代からの遺伝し来ったかくのごときはかない裏淋しい諦めの精神修養が漸次新時代の教育その他のために消滅し、いたずらに覚醒と反抗の新空気に触れるに至ったならば、私はその時こそ真に下層社会の悲惨な生活が開始せられるのだ。そして政治家と新聞記者とが十分に私欲を満たす時が来るのだと信じている。

 いつの世にか弱いものの利を得た時代があろう。弱い者がみずからその弱いことを忘れ軽々しく浮薄なる時代の声に誘惑されようとするのは、まことによその見る目も痛ましい限りと言わねばならぬ。

 荷風の貴族趣味、差別主義はいかに時代が違うとはいえ、田舎者で貧民に類せられる筆者が荷風と同じ立場に立つことはない。しかし荷風の予言が全く的はずれかというと、どうも「下層社会の悲惨な生活」や「見る目も痛ましい限り」という表現と、勝者にされた「政治家」や「新聞記者」が引っかかってしまうのだ。予見の半分は当たっている。

 しかも日本にとどまらず、アメリカに中国に、ロシア、欧州、ムスリムに至るまで世界に蔓延しているようにさえ思える。「日和下駄」では、工業化、河川改修などによる自然破壊や景観破壊、そして日本古来文明の消滅などへの慨嘆が至る所に出てくる。

 明治維新と日本敗戦が大きな画期にされているが、日露戦争・ロシア革命・第一次大戦・ヴェルサイユ体制は、現今を占う大きな画期になっていると思う。それから1世紀、次の「文明化」の画期にいたるまでまだ当分の時間がかかりそうだ。荷風は、この文末をこう締めくくっている。

 思わず畑違いへ例の口癖とは言いながら愚痴が廻りすぎた。世の中はどうでも勝手に棕櫚箒(しゆろぼうき)。私は自分勝手にただ一人日和下駄を曳きずりながら黙って裏町を歩いていればよかったのだ。議論はよそう。皆様が御退屈だから。

 (引用部分は『日本の文学・永井荷風(一)』中央公論社、より)

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