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2009年11月 9日 (月)

鉄と核と人類

 佐賀県玄海原子力発電所で日本最初のプルサーマルによる発電計画が今月5日から始まった。順調にいけば今日あたりから発電が開始される。政権交代で核兵器に対する政府のスタンスは、表面的には大きく転換したように見える。

 しかし原子力発電については、前政権とどう違うのかよく見えてこない。鳩山首相の言葉を借りれば「工科出身閣僚が4人もいる」政権であり、温暖化防止・25%の排出ガス削減のためには、原発推進により比重を置くことが不可避という感触も見え隠れする。

 科学立国を目指さなければならない日本だが、この際、日本ではじめてノーベル賞を受けた故・湯川秀樹博士の言葉をかみしめておく必要がないか。これは豊田利幸著『核戦略批判』に寄せられた巻頭文の一部で、書かれたのが40年以上前の1965年、しかし根源はなんと紀元1世紀から人類に科せられた課題だと説く。

 人類の長い歴史の中で現代はどういう時代であろうか。あるいは、どういう時代となりうるであろうか。一九六五年という時点ににおいて、この設問に対するどういう解答を私たちは持ちうるであろうか。

 過去のいくつかの時点において、何人かの人が、同様な設問――ただし、それは地球全体ではなく、限られた地域に住む人たちの歴史についてではあったが――に解答をあたえている。例えば紀元一世紀のローマ人プリニウスは『博物誌』の中で 

「鉄は生活における最善にして最悪の道具である。鉄で土地を耕し、樹を切り、石を切り、家を建てる。しかしまた、鉄を戦争、殺人、強盗にも用い、直接殺しあうだけでなく、投げ道具にし、あるいは羽根をつけて飛ばせる。死がいっそう早く人間に達するように、死に翼をつけたのである。

 しかし、自然には責任がない。ポルセンナの市民は国王を放逐し、ローマ市民と講和を結んだが、その条件は鉄を農業以外には使用しないということであった。」
と言っている。(中沢護人著『綱の時代』[岩波新書]による)

 この解答が、二千年近くの年月をへだてた現在の時点において、私たちの考えていることと、あまりにもよく似ているのに驚かされるのである。彼のほかにも、古代人の中には、火と鉄とについて、今日私たちが原子力、核兵器、その運搬手段などについて持っているのと同じような考えを持っていた人が何人かあったであろう。

 しかし幸いにして鉄は、それだけでは人類の歴史を中断させうるほど巨大な力をもっていなかった。(以下略) 

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