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2009年11月16日 (月)

相撲・おでん・ミカン

 昨日から大相撲九州場所が始まった。幕内最年長の魁皇のファンだが、今回はご当地場所で応援がものすごい。JR博多から出身地の直方行きの特急に「かいおう」という愛称がついているとは驚いた。最近は懸賞ののぼりの数がいやに増えたが、土俵を回る時は、NHKのカメラがずーっと引いて字が読めないようにする。

 公共放送はコマーシャル無関係ということらしい。だが呼び出しさんなどが着ているはっぴ、背に「紀文」と書いてあるのが大きく写ってしまうのはやむを得ないらしい。伝統から来る特権であろうか。「紀文」といえばおでんのたね。どうして相撲とおでん……?。うんそう。ちゃんことねり物はつきも、相性がいいかも知れない。

 江戸時代の「紀文」は、粋人・紀伊国屋文左衛門である。

 沖の暗いに白帆が見える
 あれは紀伊国蜜柑船

紀伊の国屋文左衛門は、材木問屋を家業として、世にも聞こえたる富豪なり、活気の者にて、常に、花街、劇場に遊び、任侠を事とし、千金を抛ちて心よしとす、故に、時の人の紀文大尽と称して、其名一時に高し、寛永の比(ころ)までは、本八丁堀三丁目総て一町、紀文居宅なり。(上山勘太郎『実伝紀伊国屋文左衛門』)

 吉原大門を両手で〆、など大尽の風流話、真偽のほどはさだかでない。隠居後、俳人「千山」として名をなしたともいう。「おでん」の方は、初代が山形県出身だそうで、紀伊ではない。命名の由来は調べていないのでわからない。こういうとりとめのないことを書くのを無粋のきわみという。さりながら相撲は納めの場所。おでんもみかんも、これからが味わい時である。

 

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コメント

なるほど、そういうつながりなんですね。読む前は、巨人、大鵬、卵焼きの現代版かと思っていました。
紀伊国屋文左衛門の話は、子供の頃、偉人伝でよく読みました。
それから、紀文の「はんぺん」は関東に就職していくまでは、なじみがありませんでした。私はあまり好きにはなれませんでした。やはり、関東で「さつま揚げ」といわれる天ぷらが好きですよ。寒くなったので、天ぷらも煮込んだおでんが食べたい今日この頃です。

投稿: カーク | 2009年11月19日 (木) 19時20分

おでんのたねもさることながら、毎日毎日「反戦」を書いていると、さすがに「たね」がなくなります。今日は11月としては記録的な寒さだそうです。

なべもので一杯、体を温めて、おたがい風邪をひかないようにしましょう。

投稿: ましま | 2009年11月19日 (木) 20時28分

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» ミカン [虹色オリハルコン]
子どものころ、冬になると我が家では、必ずミカンが箱買いされて、毎日よく食べましたっけ。 コタツミカンはもちろん定番。みんなミカンが大好きでした。 「庭にミカンの木を植えたらいいよ」 木からもいで、ミカンが食べたいばかりにそんなことを大人にいうと、 「この土地では気温が低すぎて、ミカンが育たないから無理なんだよ」と答えが返ってきたものです。 事実、庭にミカンの木があるうちなど、近所に一軒もありませんでした。 冬は木枯らしの中、母に編んでもらったミトンの手袋とマフラーをしてもまだ寒くて、頬を赤くして霜... [続きを読む]

受信: 2009年11月16日 (月) 22時48分

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