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2009年10月12日 (月)

「共同体」7つの誤解

 鳩山外交の始動で急速に「東アジア共同体」という言葉が浮上した。言葉自体はすでに2005年、小泉首相の頃から使われ始めている。しかし、これまで意識されてきたのはASEAN+3などから出ている発想で、鳩山首相の「友愛」に源を発するEU型連合国家指向とは決定的な違いがある。

 それをごっちゃにして(首相自体もその違いや具体策を明確にしていないが、岡田外相の断片的発言からはEU型指向が読みとれる)議論しているため、さまざまな誤解があるようだ。以下、批判的意見に散見する7つの誤解をあげてみたい。

 なお、このブログが戦争防止策としての共同体を取り上げたのも2005年5月にさかのぼる。のちに“東アジア共同体”というカテゴリにまとめたが、日本ではEUをユーロー経済圏として意識する程度で、その歴史・発展・仕組み・実態などはまだまだよく知られていない。

 当ブログでそこらを解明できればいいのだが、上記の予断を含めて理解し切れていない部分も多く、とてもその任に当たる能力も自信もない。したがって今後も鳩山アピールやEUの動きを監視し、勉強を続けることにしたい。

①価値観を異にする国と共同できないという誤解
 おそらく共産圏と言いたいのだろう。中国は、今やかつての西側諸国以上に自由経済のメリットを駆使しており、今後ますますその方向を強め法整備・透明化を進めるはずだ。EUは共産圏にあった多くの国を吸収してきた。「価値観外交」などといって冷戦時代の感覚しかないようでは、確実に世界経済から孤立し脱落するだろう。

②歴史認識・国境など対立点が多いという誤解
 加えて、言語・宗教・文化などに欧州のような一体感がないという消極論がある。欧州では、過去2回の大戦、それ以前の長い抗争に明け暮れしたドイツとフランスがまず手を握らなくてはならないと言ったのはイギリスのチャーチルである。

 そういう深い対立こそ共同体の原動力になったと言える。ちなみに、最初の共同体・CECA(欧州石炭鉄鋼共同体)からEEC(欧州経済共同体)に発展するバネになったのは、独仏間で200年も争われていたザイール地方の領有問題の解決であった。なお、宗教、言語、文化等各国が違いに固執こそすれ一体化する動きはない。

③アジア共同体は反米になるという誤解
 朝日、読売、日経、産経各紙の社説は、そろって日米同盟との関係を懸念している。これに対し岡田外相は米国を加盟対象にする考えなどないと言い切る。当然であろう。EUにアメリカが入っていたらEUの意味がなくなる。

  EUも発足当初は米ソ2極支配から抜け出すという目的があった。今や経済、安全保障などさまざまなブロック共同体が世界を覆っている。アフリカ、南アメリカ、地中海、湾岸、中央アジア(上海協力機構)など枚挙にいとまない。

 東アジアだけ例外であっていいわけはない。一国支配体制から多国間関係に切りかえたアメリカは、共同体に同盟国日本が存在することを、かつてのようにうとましくする時代は終わった。むしろ日本の存在で鳩山首相の言う「かけはし」の機能に期待するようになる。

  EUにおけるイギリス同様、時には対立する問題が生じるのは当然だ。アメリカが機嫌を損ねる、そんな甘い仲良しクラブとは違う。しかしこれまでの日米関係の緊密さから、いい方向で解決する知恵がだせるだろう。

④地域経済ブロックであるという誤解
 冒頭に書いたASEAN(東南アジア諸国連合)には、EUのように相互の戦争防止という動機がない。もっぱらブロック経済圏としての機能が重視され、日中が主導権を争ったり、アメリカが日本の深入りを好ましく思わなかったのは、地域における経済支配の側面が強かったからだ。前述の各紙の論調もその線から抜けでていない。

⑤参加国の経済格差が大き過ぎるという誤解
 これに人口格差という問題もある。ちなみにドイツは人口でルクセンブルグの193倍(1998年)、GNPで118倍(1996年)ある。これは次の⑦中国に飲み込まれるという誤解にも関連するので次項で説明する。

⑥中国に飲み込まれるという誤解
 EC(欧州共同体)という言葉に長い間なじんできた。それがEU(欧州連合)に名称変更したわけではなく、それぞれの機能を分担しており、総称としてEUが使われている。このように決定機関・権限なども非常に複雑で欧州人にもよくわからないといわれている。

  ただ決議には、参加国全員一致でないと決定できないこととか、小国に不利にならないように議員定数や1票に人口その他の要素をを加味した格差を設けたり、国別に拒否権があったり、知恵を出し合った慎重な配慮がなされている。したがってそれぞれ格差のある国があれだけ多く集まっているのである。

⑦共同体がすぐにでも実現するという誤解
 欧州統合や合衆国の発想がでたのは、13世紀とも19世紀ともいわれる。しかし具体化の動きが出たのは第1次、第2次の世界大戦を経験した後で、鳩山一郎が取り入れた「友愛」を説いたオーストリアのカレルギー伯が具体案を提示し、チャーチルや今でいうNGOの運動もあって、最初の超国家組織CECA(欧州石炭鉄鋼共同体)ができたのが1958年の元日であった。

 それから半世紀以上もたった。当初あったむきだしな各国間利害のせめぎあいや離反などの危機を克服、試行錯誤の連続のなか、ようやく今のかたちにたどり着いたのである。CEACA発足当時、統一通貨とか、大統領職や外相を設けることなど、だれ一人予測した人はいなかっただろう。

 このように、理念・理想はあったにしろ、最初から加盟する国の範囲、共同する事業や事項が決まっていたわけではない。できること、共同の利益にかなうことをひとつひとつ積み上げてきたのだ。当然これからも試行錯誤は続く。

 東アジアも欧州の手法は参考にするもののその段階、結果は違う姿になっても不思議はない。戦略物資である石油エネルギーの備蓄や精製設備を、人口減少、消費減退で余裕のできた日本の民間企業が、中国の国営企業にかわって日本国内で受け持つなど、すでに実態が先行している。

 大陸棚共同石油開発は、過去に日韓間の実績がある。国境問題を保留してもできるし、国家主権委譲の進展があれば、国境紛争の比重もいずれは低下する。これらに加えて環境問題など、共通の利益に効果があり直ちにできるものから始めればいい。統一通貨など、今考えることではない。

 

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