« 新保守(ネオコン)の芽 | トップページ | 早すぎるノーベル平和賞 »

2009年10月 8日 (木)

吉原・大門

 200pxfukusuke_nakamura_iv_as_miur_2

 浅草日本堤から吉原・大門までを衣紋坂という。明治以前の大門は、真っ黒な冠木門(かぶきもん)に、鉄鋲を厳しく打った大門口があった。この門は落語「明烏」でおなじみ、江戸文化を象徴する存在のひとつである。

 清元の北州に、
 「新玉の霞のころも衣紋坂、えもんつくろう初買の……松の位を見返りの柳の仲の町、いつしか花もちりてつとんと……」
など蜀山人が図にのって詠みこんでいる吉原名所も、実地に行って見るよりは、いながらにして空想している方が、ひどく綺麗で風流のようだ。(中略)

 昔の黒い大門は、明治十四年現在の鉄門に改められ、両柱に上に橋のようなものを架して、竜宮の乙姫が玉を捧ぐる悪意匠を凝らし、その玉を電気燈にしてあるなどは、いよいよ以て助からない。(矢田挿雲『江戸から東京へ(二)』中公文庫・写真右下)

2009_10080003   次にある写真は、明治33年12月に発行された『日本之名勝』(史伝編纂所)に掲載されている。柱上がガス燈、柱には福地桜痴による「春夢方濃 満街桜雲 秋信先通 両行燈影」の16文字が刻んであるというから、この間に改造されたのであろう。

2009_10080002

 その後、撤去されて小さな石碑ひとつになったのはいつからだろう。片側がガソリンスタンドになり、なんの変哲もない町はずれの通りになってしまった。

Trd0711041847008p1_3最近地元商店街で復活させたのだそうだが、ご覧の通り、とても往年をよみがえさせるようなものではない。(MSN産経

   

|

« 新保守(ネオコン)の芽 | トップページ | 早すぎるノーベル平和賞 »

散策」カテゴリの記事

コメント

これはこれはとばかり秋麗反戦塾  谷人

読書週間がまもなくやってきます。

投稿: tani | 2009年10月 9日 (金) 11時01分

吉原に電脳でゆく寒露かな
         ましま

台風一過、竜巻など兄のお屋敷は避けたのでしょうか。向寒の折、流感も避けるよう祈念します。

投稿: ましま | 2009年10月 9日 (金) 13時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/31701964

この記事へのトラックバック一覧です: 吉原・大門:

« 新保守(ネオコン)の芽 | トップページ | 早すぎるノーベル平和賞 »