星の数ほど“共同体”
当塾のカテゴリに「東アジア共同体」を設けたのが福田内閣の頃、“反戦”の立場から欧州連合などを取り上げたのはその2年前、靖国で中・韓との関係が最悪におちいっていた年である。鳩山政権の誕生でこのところようやく“共同体”が広く論じられるようになった。
しかし、どうも当塾が夢に描いていた共同体と、評論家先生などを含む世間のイメージが異なる。反対論の最右翼にあるのが「価値観を異にする国(中国)とは協同できない」というもので、ネットでは、言語体系が違うとか、宗教が違うとか、なかには「同じ通貨を使うなど身震いがする」などと嫌悪感をあらわにするものもある。
マスコミに現れる好意的論調でも、ASEAN(東南アジア諸国連合)プラスをより促進させるという点で評価するものが多い。福田内閣発足後の07年11月にASEANと経済連携協定(EPA)を締結し、自由貿易協定(FAT)で先行していた韓国・中国にようやく追いついた。
そこで日本が構想したのはASEAN+3とか豪州・インドなどを加えた「東アジア共同体」である。ASEANを足がかりにしたり、豪州などを加えるというのは、やはり中国へく敵対意識が抜けきれないからであろう。
当塾では、ヨーロッパで不倶戴天の敵同士のドイツとフランスが手を握ってEUまで成長させたことなどを書き続け、直近では「共同体7つの誤解」とか「わかっていない共同体」という題で思いの丈をエントリーした。
しかし、もうあきらめた。共同体に関する議論はこれからも盛んになるだろう。百花斉放、それでいいのだ。共同体は星の数ほどあり定義などない。卑弥呼にはじまる日本古代の「豪族連合」、アメリカ合衆国、国連、すべて「共同体」の一種だ。EUも最初の頃は石炭・鉄鋼カルテルであり市場統一であった。そして、アメリカ、ソ連の2強に対抗するためでもあった。
EU最初の共同体を成功させたフランスのジャン・モネによる「モネ方式」という原則がある。しかしEUの発展、時代の変遷にしたがってそれ自体も変化を遂げ、モネの想像を超えてしまった。しかし、最終形態を示さない、限定的な領域での国家主権の委譲、加盟国のアイデンティティーと合意の尊重、法による支配、そして最初のきっかけが欧州平和の確立であったことなど、今後も忘れられることはないだろう。
東アジア共同体には「魂」を入れなくてはならない。それはかつて一番厳しく対立した日・中、あるいは日中韓が相互の行きがかりを捨てて協調し、軸となることだ。その過程で、当然厳しい議論があり蹉跌もあってしかるべきだ。
そして、何がいいか何をすべきかを決めてオープンな共同体に持っていくことは可能だ。経済に限ることはない。安全、文化、教育なんでも大いに話し合うこと、つまり友愛の精神から発展していく。それを抜きにした単なる仲良しクラブなら意味がなく、共同体としては失敗するだろう。EUはその意味でいいお手本を示してくれるはずだ。
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