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2009年10月

2009年10月31日 (土)

星の数ほど“共同体”

 当塾のカテゴリに「東アジア共同体」を設けたのが福田内閣の頃、“反戦”の立場から欧州連合などを取り上げたのはその2年前、靖国で中・韓との関係が最悪におちいっていた年である。鳩山政権の誕生でこのところようやく“共同体”が広く論じられるようになった。

 しかし、どうも当塾が夢に描いていた共同体と、評論家先生などを含む世間のイメージが異なる。反対論の最右翼にあるのが「価値観を異にする国(中国)とは協同できない」というもので、ネットでは、言語体系が違うとか、宗教が違うとか、なかには「同じ通貨を使うなど身震いがする」などと嫌悪感をあらわにするものもある。

 マスコミに現れる好意的論調でも、ASEAN(東南アジア諸国連合)プラスをより促進させるという点で評価するものが多い。福田内閣発足後の07年11月にASEANと経済連携協定(EPA)を締結し、自由貿易協定(FAT)で先行していた韓国・中国にようやく追いついた。

 そこで日本が構想したのはASEAN+3とか豪州・インドなどを加えた「東アジア共同体」である。ASEANを足がかりにしたり、豪州などを加えるというのは、やはり中国へく敵対意識が抜けきれないからであろう。

 当塾では、ヨーロッパで不倶戴天の敵同士のドイツとフランスが手を握ってEUまで成長させたことなどを書き続け、直近では「共同体7つの誤解」とか「わかっていない共同体」という題で思いの丈をエントリーした。

 しかし、もうあきらめた。共同体に関する議論はこれからも盛んになるだろう。百花斉放、それでいいのだ。共同体は星の数ほどあり定義などない。卑弥呼にはじまる日本古代の「豪族連合」、アメリカ合衆国、国連、すべて「共同体」の一種だ。EUも最初の頃は石炭・鉄鋼カルテルであり市場統一であった。そして、アメリカ、ソ連の2強に対抗するためでもあった。

EU最初の共同体を成功させたフランスのジャン・モネによる「モネ方式」という原則がある。しかしEUの発展、時代の変遷にしたがってそれ自体も変化を遂げ、モネの想像を超えてしまった。しかし、最終形態を示さない、限定的な領域での国家主権の委譲、加盟国のアイデンティティーと合意の尊重、法による支配、そして最初のきっかけが欧州平和の確立であったことなど、今後も忘れられることはないだろう。

 東アジア共同体には「魂」を入れなくてはならない。それはかつて一番厳しく対立した日・中、あるいは日中韓が相互の行きがかりを捨てて協調し、軸となることだ。その過程で、当然厳しい議論があり蹉跌もあってしかるべきだ。

 そして、何がいいか何をすべきかを決めてオープンな共同体に持っていくことは可能だ。経済に限ることはない。安全、文化、教育なんでも大いに話し合うこと、つまり友愛の精神から発展していく。それを抜きにした単なる仲良しクラブなら意味がなく、共同体としては失敗するだろう。EUはその意味でいいお手本を示してくれるはずだ。

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2009年10月30日 (金)

ムダ使い、SM3

 28日、海上自衛隊のイージス艦「みょうこう」から海上配備型迎撃ミサイル(SM3)をハワイ沖で発射し、弾道ミサイルの迎撃実験に成功したと発表した。07年12月は成功したが、昨年11月は失敗していたものである。

 費用は約63億円(毎日新聞)。何の財政チェックも受けずに一瞬で海にポシャン。無駄遣いの最たるものである。当ブログで再々指摘してきたことだが、ブッシュの方針で進められてきたこのMD(ミサイル防衛)計画が、金持ちの道楽よりまだ始末におえない無駄遣いであることは世界の常識だ。

 北朝鮮のテポドン騒ぎの時、撃墜命令とやらで話題にされた。宇宙空間で超音速のミサイルを電波などで追跡し打ち落とそうというものである。テポドンがそのまま飛べばハワイ方面に行くが米本土には行かない。

 日本にどうすれば落ちてくるのか説明がつかない。このシステムには膨大なお金がかかるが、打ち上げる方はチョットの工夫だけでこれをかわせる。ダミー弾頭を同時にばらまけばいいのだ。現に中国にはそれがあるという。その上をいくものを開発しようというのだから、コストの勝負は最初からついている。

 9月半ばには、アメリカがかねて強行しようとしていたポーランドとチェコでのMD施設建設計画を棚上げにする方針を決めたと伝えられている。これはイランから米本土・欧州をねらうミサイルをここで打ち落とすという説明になっていた。

 イランにそんな意図や能力がないにもかかわらずである。一方、ロシアが計画に強く反対していた。それは、核弾頭軍縮で、仮にアメリカ100発・ロシア100発と決めても、MDシステムでアメリカだけがその半分を打ち落とせば50対100となり、協定が無意味になるからだ。

 棚上げ方針は、オバマ大統領の指示で早期見直しの対象になっていたようだ。それよりも、中短距離ミサイル対策に重点を置くということになれば、日本にとってはノドン・テポドン対策となる。太平洋・大西洋を隔てたアメリカは別としても、この方が日本にとってはより現実的だろう。 

 今回の実験は、自民党が決めたものだとしても、まさか第4回実験を民主党内閣が予算に組み込むということはないでしょうね。(>_<)

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2009年10月29日 (木)

アフガンは振出しにもどせ

 28日、カブールで国連施設が武装集団に襲われ12人が死亡した。イラクではそのようなことがあったがアフガンでは初めてだ。他国の指図による大統領選を妨害するためだ。パキスタンでは同じ日、ペシャワルで爆弾テロ、市民ら91人が死亡200人以上が負傷した。これはTTP攻撃に対する反撃か。もはや、際限がないといっていい。

 あえて“俗論”を言おう。「アメリカもNATOも国連もアフガン問題から手を引け!」、これしかない。軍の撤収で一時的に混乱は増すかもしれない。しかし、アフガンですでに国土の8割以上を掌握しているタリバンが全権をにぎり、パキスタンでは軍政が力を得るだろう。そうすればすくなくとも今より治安は回復する。そうして、両国とも国際社会への復帰を急ぐことになるだろう。

 カルザイは逮捕処刑され、宗教指導者オマルが地下から現れ復権するかも知れない。しかしビンラディンは公然と姿を現すことはないだろう。アフガンにいない限り「客人」としてもてなす必要がないからだ。パキスタンも外国から潜入したテロ要員を、倒産の危機にある国家予算を割いてまで面倒を見る余裕などない。かつてのようにサウジから秘密資金が流れる可能性が低いとなれば、いずれ厄介払いするしかない。

 以上は素人の想像の域を越えるものではない。問題はアメリカのオバマだ。敗戦を決めた大統領として「腰抜け」「売国奴」というネオコンの罵倒にさらされることになる。しかし、ギリギリ今なら間に合う。世論ではアフガン増派に反対する国民がわずかながら多いのだ。

 ブッシュから始まった戦争優先体質をチェンジし、アメリカに最後の勝利をもたらす、と得意な弁舌で反撃することだ。このままずるずる先延ばしすると、ソ連崩壊の二の舞となるかノーベル賞が吹っ飛ぶこと必定である。日本も人道支援援助など姑息な対策は一旦白紙に戻し、外国部隊撤退を先行させる道筋をつけるべきだ。

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2009年10月28日 (水)

宗教指導者と民主主義

 アフガニスタンの大統領選挙の決選投票が10日あと、11月7日に行われる。アメリカをはじめ関係各国は問題解決への第一歩としてこの選挙を注目している。そもそもこの決選投票は、さきの大統領選に大量の不正があったとされ、再調査の結果カルザイ現大統領の得票が過半数に達していなかったこと判明し、実施されるものである。

 全国の8割を支配しているといわれるタリバンの中でも、強硬派は前回同様選挙不参加を呼びかけるだろう。アフガニスタンの人は、今度もアメリカの傀儡政権を作るための選挙だからというより、こうして選ばれる政治家たちを全く信用していないからであろう。

 世俗の政治家は、権勢欲、汚職、腐敗がつきもので益より害が多いと思っている。いかに好意からであってもアメリカ式民主主義など迷惑千万なのではないか。それより宗教指導者による政治の方が善政がしかれると信じている人が多そうだ。

 人々に敬愛される宗教指導者であれば、それは絶対的になる。アメリカのお尋ね者オマル師が現在どれほど支持を保っているかわからない。しかし彼の指導下にあっ時代はイスラムの戒律には厳格だったが、平和で不正・腐敗もすくなくこんな苦労はしなくてすんだ、と思っているだろう。

 宗派が違い事情もことなるが、イスラム国のイランでも同様である。欧米傀儡の王制を倒してホメイニ師を熱狂的に迎えたエネルギーはいまだに生きている。アメリカが不倶戴天の適にしてしまったのはそれからである。欧米式民主主義だけが正義とする考えでは、永久にことは解決しないだろう。

 もう一人、宗教指導者をあげよう。チベットのダライ・ラマである。この指導者にも古来続いている政治指導の役割がある。中国共産党独裁の憲法から見れば、絶対受け入れられない思想である。ダライ・ラマは、独立を求めないということで妥協をはかろうとしているが、たとえ地方政府であろうと共産党の組織・仕組みを変えることは許されない。

 中国も欧米式民主主義のない国である。しかし、ダライ・ラマがいかにチベット人民の敬愛を受けていたとしても、彼を支援したりノーベル賞を与えたりするのは、欧米式民主主義のダブルスタンダードといわざるを得ない。

 さて、最後は戦前の日本。昭和3年に、現行憲法9条の根拠ともなるパリ不戦条約の批准の時の話である。原案に「人民の名において宣言する」とあるのにクレームがついた。「日本国の統治権は天皇にある、したがってこの部分は受け入れがたい」というものだ。

 一部議員の本音は「不戦条約など結びたくない」というものだったかも知れないが、結局この文言は日本において適用しないという付帯決議をつけて承認された。ちなみに「人民」という言葉は明治なかば頃までは普通に使われ「People」の訳語にもなっていた。今はすっかり追放され、すべて「国民」になってしまった。

 話をもどすと、戦前の天皇はどう見ても宗教指導者的地位にいたのだ。混乱なく戦争を終結させることができたのもその立場があればこそである。そして占領軍も敢えてそれを利用した。それが今の憲法である。したがって、厳密に観察すれば日本は、欧米式民主主義とはやや異質なのものといわざるを得ない。この先、この位置関係はもっと使えるのではないか。
 

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2009年10月27日 (火)

緒方洪庵と種痘

Ogata  新型インフルエンザワクチンで医療関係者から接種がはじまった。われわれ高齢者の順位は一番最後だ。妊婦や子どもが優先されるのは当然で、別に異議をとなえることはない。近所の医者の口調では、明言はしないものの「まあいらないんじゃないでしょうか」という感じだった。

  開闢以来、天然痘は死を免れても生涯醜いあばたを皮膚に残す最も恐ろしい伝染病だった。イギリスのジェンナーが発見した牛痘種痘法のが日本に入ったのは、160年前の嘉永2年(1849)6月、冷凍設備のない当時生きた苗を欧州から取り寄せることができず、届いたのは患者の「かさぶた」だった。

 それは早速佐賀藩の御側医・楢林宗建の生後10か月のわが子ほか3名の子どもに植え付けられ、宗建の子だけ赤い腫れが見られ接種は成功した。そこからリレー式に何人かの子ども経て緒方洪庵(写真)のもとに届いた。

 洪庵はあらかじめ準備して置いた1軒の貸家を大阪除痘館(現・大阪市中央区道修町)と名付け11月7日に神式による分苗の儀式を行い、社中の医師への普及を開始した。しかし、ジェンナーの発見当時と同様、世間から異端視され、幕府から公認を受けたのは安政5年(1858)、9年もたってからであった、

 大阪除痘館の規定に次のような一文がある。

「是唯仁術を旨とするのみ、世上の為に新法を弘むることなれば、向来幾何(いくばく)の謝金を得ることありとも、銘々己が利とせず、更に仁術を行ふの料にせん事を第一の規定とする」

 洪庵は大阪で蘭学塾「適塾」を開き、大村益次郎、佐野常民、橋本左内、大鳥圭介、福沢諭吉、高松凌雲など各地から身分を問わず集まった向学の士を育てている。幕末の民間の教育者として私は吉田松陰より高く買っている。(百瀬明治『「適塾」の研究』、Wikipedia、ほかより)

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2009年10月26日 (月)

わかっていない「共同体」

 2009_10260001 今日は1日雨との予報。つわぶきの葉・花が一段と鮮やかだ。半月前《「共同体」7つの誤解》を書いた。これから鳩山首相の所信表明演説が行われる。「アジア共同体」の議論も一段と活溌になるだろう。しかし、マスコミも一般社会もさっぱりわかっていない。 「アジア共同体を作ろう」という発想自体がまちがっている。「戦争をなくするにはどうすればいいか、そのためには何ができるか」というEUの発端になった精神がない。そこで、第2次大戦当時英国の首相だったチャーチルのチューリッヒ大学における1946年演説(再掲)と、最初の共同体鉄鋼・石炭プール計画にたずさわったドイツのアデナウアー首相の信条を引いておく。(小屋修一『欧州連合論』より)

チャーチル
 われわれが生きているこの時代に、平和を破壊し、人類の全ての未来に暗影を投じることになったあの恐るべき「民族の戦い」を二度も戦ったのは、この欧州においてであった。だが、欧州がこの不幸を癒すひとつの薬を用いるなら局面は一変し、欧州を短時間で今日のスイスのように、自由にして幸せな知に変容せしめ得る、そんな薬が存在する。

 その特効薬とは何か?それは欧州の家族を平和にかつ安全に生活させることができるように、再編成することである。つまり、一種の「欧州合衆国」を建設することである。その欧州一家復活の第一歩は、フランスとドイツの統合でなくてはならない。

アデナウアー
 ドイツは欧州全体のなかに、自分の居るべき場所を見いだすことによってしか、平和でいることはできない。

 さらに、単なるブロック経済と考えている人が多いことだ。1930年、世界恐慌が吹き荒れたあと、米ドル、英ポンド、仏フランなど統一通貨、域内保護貿易圏を目指したブロック化で日本などが孤立した。そのあせりから東亜新秩序、大東亜共栄圏などの円支配圏に活路を見いだそうとし、ブロック経済が第2次世界大戦の引きがねにもなった。EUは「反戦・平和」が作ったのだ。わかっていない。( ̄| ̄;)!……

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2009年10月24日 (土)

外交ブレまくりは×

 鳩山外交の滑り出しは順調で◎をつけだが、このところ首相と外相、防衛相などの発言がブレまくっている。外相が日本外国人記者クラブで「東アジア共同体にアメリカは加えない」と発言していたのに対し、首相はASEANに出席してアメリカの参加を求める意向を表明するという。

 まったく逆の意見で、これほどの食い違いが表面化することなど聞いたこともない。また、沖縄の基地移転問題でも、首相は民意を慎重に見極める必要があるとして、期限を設けない方針であるのに対し、他の閣僚は早期決着を求め県外移設の選択肢はないなどという。

 また、岡田外相は普天間飛行場の嘉手納基地統合案持ち出し議論を複雑化している。国内の他の案件でも閣僚間の意見食い違いが表面化していて、ガラス張りで政策決定の過程がよくわかるなど、新政権に甘い評価も見受けられる。

 しかし外交は違う。米国防長官らが来日しても従来どおりの強硬策を表面にだす。そして一歩もひかぬ立場を説明し、一切の妥協を拒むところから始まる。さまざまな応酬があって最後に首脳がでて落としどころをさぐって決着をみる。日本外交はその逆だ。

 金正日のまねをしろとまでは言わないが、そんなのは外交交渉のいろはではないか。多少のイレギュラー発言をするにしても、それは最善の結果を招くめの陽動作戦の範囲内だ。官僚はずしはいいけど、官僚だったら決してこんな混乱を招くようなことはしないだろう。

 あしもとを見られて相手を利するだけでなく、あきれられ信用をなくすだけだ。どうしてこんなことになるのだろう。先が思いやられる。このままでは、早晩鳩山外交の◎から×に転化するに違いない。

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2009年10月23日 (金)

スーダン

 前々回は「アフガンの動き、急」、続けて「PKO法緩和反対」を前回とりあげた。その中でスーダンへの自衛隊派遣について触れた部分がある。多少とも文化のかかわりあいのあるアフガンとちがって、アフリカのスーダンは日本人にとってなじみが薄い。

 しかし、国際貢献や自衛隊というキーワードでいつ国内問題で取り上げられるかわからない。それにそなえ、概略の知識は持っておく必要がある。詳しくは「Wikipedia」という便利な道具があるのでそちらに譲るとして、懸念としては何があるのだろう。

 まず、位置からいうと、エジプトを潤すナイル川の上流にあたり、アフリカで一番国土面積が広い。接する国は北にエジプト、時計回りで、北東は紅海にのぞみ、対岸がサウジアラビア。さらに隣にエリトリア、エチオピアと続き、南はケニア、ウガンダ、コンゴ。西に中央アフリカとチャド、最後の北西の隅がリビアである。

 地中海沿岸国、アラブ・イスラム国、インド洋接岸国、赤道に近い内陸国、あわせて9カ国に接し、まるでアフリカ北部の「ハブ空港」のようだ。そのせいか、住民は北部がアラブ系イスラム教徒、南部がアフリカ系黒人でキリスト教か土着の原始宗教の信者が混在している。

 イギリス、一時はエジプトが植民地にしていたため1国家としての形成が遅れ、他のアフリカ旧植民地同様内乱が多く落ち着かない。現在も、北半分、南半分それに西側を占めるダフールと三つどもえの紛争がある。

 北部を「中央政府」がにぎり、南部には「自治政府」がある。南部は11年に独立を問う住民投票が予定されているが、南部内部の部族間抗争と石油資源の多い中部で激しい中央政府との境界争いがある。ダフールは、03年に中央政府に不満を持つ黒人を中心とした住民が武装蜂起し、これまでに政府や民兵の無差別襲撃などで30万人が死亡、250万人の国内避難民がでたという。

 同国の背景にはやはり有形・無形の大国の干渉がある。まずアメリカだが、かつてビンラディンが潜伏していたこともあるテロリストの隠れ家だったため、テロ支援国家に指定していた。制裁一本槍だったが、最近は硬軟双方の政策のなかで揺れ動いている。

 中国は、石油開発で力を貸し、政府は石油で稼いだ金で中国・ロシアなどから中古の武器を買って、他民族弾圧に使っている。日本も石油を買っているから虐殺に手を貸していることにもなりかねない。国際刑事裁判所(ICC)は、同国のバシル大統領の逮捕状を出したが、国際社会はアフリカ連合をはじめ必ずしも足並みが揃っていない。

 このような中で、日本は軽率な行動に出るべきではない。やはり、国連などを通じて、紛争国への武器輸出禁止を徹底することとか、力に頼らない内戦状態終結のため、何ができるかを模索する以上のことはできないのではないか。世界の警察官の警察犬役はおことわりだ。

 

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2009年10月22日 (木)

PKO法緩和反対

 岡田克也外相は21日の講演会で、自衛隊派遣の根拠法となるPKO協力法について、5原則の制約を緩和する方向で、法改正の検討をするよう指示した旨発言した。大反対である。この制約があるからこそ、イラクをのぞき自衛隊の海外派遣に反対はしなかった。

 改正案の内容がまだ明らかにならないので、具体的な反対論は言えないが、政権交代した今、なぜ見直しをする必要があるのか。海上自衛隊のインド洋での給油活動中断で、国際社会から自衛隊の海外派遣そのものにも消極的と見られることを避けることが狙い、というが、まわりの評判にへつらう改正は岡田さんらしくない。

 インド洋の給油を受ける各国は、軍艦にタダで給油サービスを受けられるのだから、中止に賛成するわけがない。米軍基地移転問題にしてもそうだ。国際貢献や同盟を口にするが、自国の軍事費節減に貢献してもらえればそれでいいのだ。要はお金だ。

 一般庶民ならいざ知らず、各国の首脳は日本国憲法を知らないわけがない。ネオコン主導の米ブッシュ政権は、あからさまに日本の憲法改正を迫った。しかし今や趨勢が変わった。日本国憲法を前向きに評価する国が増えてきた。いつまでも「金は出すが血は流さない」という湾岸戦争当時のトラウマにこだわる必要はない。

 5原則を緩和するのでなく、他国にもそれを広げる立場が日本だ。もしそのために紛争処理が不可能になるというなら、小沢幹事長の言うように国連職員という立場の御親兵になってもらい、国連としてその能力を生かしてもらうしかない。

 また、国内紛争、宗教、民族、独立紛争などに対して、軍・警察などの国家暴力装置の派遣、あるいは資金・武器等の援助は、必ず一方に荷担することになるのですべきではない。

 日本が、今なお朝鮮や中国に「お詫び」をし続けるような羽目になったのはなぜか。いかに、日本は正義を貫いたといっても、軍隊がその地へ行ってそこでことを起こし、引きあげることなく支配拡大を続ければ必ず反感を買う。その点だけで言いわけが立たないのだ。

 岡田外相は、非武装自衛官2人の派遣にとどまったスーダンの例が頭にあるようだが、ソマリア、イラク、アフガニスタンなどの教訓がどこまで生かされているか。スーダンのことはスーダン人が、アフリカ大陸のことはアフリカ連合が、地球上のことは国連が決めるべきで、石油資源があるからといって各国の進出競争に付き合う必要はない。

 仮にどうしても支援が必要なら、危険でも丸腰で行くべきだ。犠牲がでてもやむを得ない。日本人は危険を避けているのではなく、わずかな日本人の犠牲者より、外国の介入が戦乱を拡大してその何百倍、何千倍もの犠牲者が出てくることを恐れているからだというべきだ。

  いま、海外派遣の原則をいじるとその次が必ずでてくる。民主党政権が永遠に続くとは限らない。田母神さんや「ひげの隊長」さんのような人を幹部に据えたがる政権が出てくれば、憲法はその場でたちどころに命を奪われる。ブッシュ、小泉・安倍の時代が完全に去ったとはいえないのだ。

PKO5原則

(1)停戦合意が成立
(2)紛争当事者が日本の参加に同意
(3)中立的立場を厳守
(4)基本方針が満たされない場合は撤収できる
(5)武器使用は命の防護のための必要最小限に限る

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2009年10月21日 (水)

アフガンの動き、急

 アフガンというよりパキスタンというべきか。とにかく地下でマグマが動き始めているような気がする。その理由を挙げる前に、わかりにくいアフガン・パキスタン問題を整理しておこう。

 ・タリバン 米軍が攻め込む前までアフガン政権を支配していたイスラム至上主義の勢力で、ソ連が侵攻してきた時には、アメリカの援助も得てこれを撃退した。サウジ人であるビンラディンと義勇軍アルカイダも、これに参加した。しかし、9.11テロの首謀者とされるビンラディンをタリバンの宗教指導者・オマルがかくまったことからアメリカとの戦争になった。

 タリバンと称される勢力は、強硬派から穏健派まで極めて多様で、カルザイ大統領は来月大統領選の決戦投票を迎えるが、すでにアフガンで8割近くの地域を支配下に置いているというタリバンとの話し合い路線は動かないだろう。

 ・TTP(パキスタン・タリバン運動) もともとタリバン育ての親は、パキスタンである。ヒンズー教国・インドと境を接するカシミールで厳しく対立する同国にとって、バックを支える強力なイスラム政権が必要だった。

 アフガン内でも過激派タリバンが存在し、依然自爆テロなどによる治安悪化が続いているが、犯行はパキスタン北西部を基地とするTTPとの疑いが持たれている。もちろん、カルザイ政権打倒をめざす他の勢力かも知れないが、ビンラディンとオマルはすでにアフガンから逃れ、パキスタン北西部にいるとされる。

 ・パキスタン北西部 アフガンで最大人口を擁するパシュトン人が多い国境地域であるが、ペシャーワルに州都を置く「北西部辺境州」と、北西部の南端に位置する「連邦直轄部族地域」ワジリスタンに分かれていること知っておくべきだ。そうでないと、新聞を見ていても混乱を起こす。法体系をはじめ、ほとんど国の統治権が及んでいないのが「直轄」と名を付けた後者の方なのだ。

 つまり、「パキスタン北西部の南ワジリスタンにパキスタン軍が猛攻を加え、住民が続々と直轄地域から北西部に避難している」などというと、北と南が混在してわけがわからなくなる。オマルや外国人を含む過激派は、TPPが本拠を置く南ワジリスタンの3千㍍を超える山岳部にいるとされている。

 さて前置きはこれぐらいにしておいて、いま述べたパキスタン軍の猛攻は、17日に開始された。これはパキスタンが01年に米国の「対テロ」同盟国にかじを切って以降、最大の軍事作戦である。同軍部はこれまで同盟関係にあったタリバンと対敵することには至って消極的であった。   

 この裏には、アメリカが共同作戦や核兵器の管理という強硬なムチと、膨大な援助というアメで、パキスタン政府に強圧をかけた結果であろう。作戦には3万人以上の兵士が配置されるというが、冬は雪に閉ざされ短期決戦は無理である。

 続けて奇妙なニュースがある(毎日新聞、10/20)。

 【カブール栗田慎一】パキスタンの有力英字紙「ニューズ」は19日、北西辺境州政府や軍部の情報として、パキスタン軍が反政府武装勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)との戦闘を続けている部族支配地域のアフガニスタン側国境で、米軍とアフガン軍が設けていた主要な検問所が半数以上も撤去されたと報じた。パキスタンでの共同作戦を求めている米国が、あえてアフガンのタリバン戦闘員の越境を容易にさせたとの見方も出ている。(後略)

 これはどういうことか。アフガンにいるタリバンに「パキスタンの本家が危ない」と思わせて、アフガンから自発的に追い払うためかか、パキスタン軍の猛攻を避けてアフガンへの逃げ道をあらかじめ用意、そこで絡め取ろうという「ねずみ取り作戦」か、どちらも考えられる。

 以前、このブログのどこかに「米軍増派はパキスタン向けか」と書いたような気がするが、もしそうなら、無人機以外にパキスタンに入れない、まさにマンガチックな米軍の高等作戦ということになるだろう。日本外交の対アフガン政策も心して当たっていただきたいものだ。

 

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2009年10月20日 (火)

天皇と平和

 昨日の報道であるが、広島平和公園の原爆死没者慰霊碑の献花台に置かれた花を取り去りまき散らしている右翼団体構成員が、礼拝所不敬容疑で逮捕されたようだ。この団体には、05年7月にも慰霊碑の「過ちはくり返ししませぬ」の過ちの部分をのみなどで破損、器物損壊で実刑判決を受けた男がいる。

 この時は、アメリカがやったことを「過ち」だと反省するのはおかしい、と言っていたらしいが、反米右翼なのだろうか。その前から慰霊碑をペンキで汚したり、慰霊碑のわきに共同で国旗掲揚柱を立てたり、最近では、原爆忌にぶつけて田母神講演会を開いたりする者がいる。

 正直なところ、もともと原爆忌が、左翼団体主導のような形で進められたことへの反感からではなかろうか。すなわち「いやがらせ」である。こんなことをしているから、国民から相手にされないということになる。ご忠告申し上げておきたい。

 今日は、皇后陛下の誕生日である。この日に当たって以下の感想文(抜粋)が発表された。

 (今年は)政権交代という、政治上の大きな変化のあった年でもありました。米国においても政権が代わり、着任から程なく、オバマ大統領のプラハでの演説があり、その中で核兵器廃絶に向ける大統領の強い決意が表明されました。そして今月、ノーベル財団は他の要因も含め、この大統領のとった率先的役割に対し、今年度のノーベル平和賞を贈り、この行動に対する共感と同意を表しました。核兵器の恐ろしさは、その破壊力の大きさとともに、後々までも被爆者を苦しめる放射能の影響の大きさ、悲惨さにあり、被爆国である日本は、このことに対し、国際社会により広く、より深く理解を求めていくことが必要ではないかと考えています。

 アフガニスタンで農業用水路を建設中、若い専門家がテロリストにより命を奪われてから1年が過ぎ、去る8月には故人が早くより携わっていたその工事がついに終わり、アフガン東部に24キロに及ぶ用水路が開通したとの報に接しました。水路の周辺には緑が広がっているといい、1971年、陛下とご一緒にこの国を旅した時のことも思い合わせ、やがてここで農業を営む現地の人々の喜びを思いつつ、深い感慨を覚えました。

 右翼団体が反皇室とは思えない。あるいはかつての一部の旧軍部のように「君側の奸の仕業」というのだろうか。当塾はブログ主宰者などから「護憲派ブログ」と分類されている。しかし「改憲」必ずしも悪くない。

 天皇については「国民統合の象徴」とは「平和」を意味し、天皇の機能として、平和への祈念祭祀とか、平和友好外交を国事行為として積極的に明記すべきだし、9条は3項を付け足して「公務員の国外への武器持ち込み、使用禁止」などを盛り込むべきだと思っている。

 歴代の天皇のうち、戦争に積極的にかかわった天皇は、神武・神功皇后・斉明(負け戦だったので皇民化教育にはでてこない)・後醍醐ぐらいで、あとほとんどは天照大神以来平和指向で、祭祀(まつりごと)を軸に和解や紛争の処理に当たってきた。

 明治、昭和天皇なども御製(和歌)などで見る限り平和主義者で、終戦時を混乱なく処理できたことは天皇制抜きでは考えられない。これらについてはすでに述べたこともあるが、稿を改めて考えてみることにしたい。

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2009年10月19日 (月)

新外交にギヤがかかった

 前回のエントリーで「オバマの背中を押せ」を書いたら、早速、岡田外相が「核の先制不使用宣言をアメリカに働きかける」という考えを講演で示した。これは、鳩山新外交方針に慎重かつ確実にギアがかかったことを示す。当塾としては、これをすなおに受けとめ、手放しで喜びたい。

岡田氏は講演の中で「(日本政府が)一方で核の廃絶を強く言いながら、自分のためには先制使用してくれと言うのは、矛盾のない行動であるかというのはかなり議論がある」と指摘。「大きな方向性としての先制不使用は否定できないこと」と語った。

 核の先制不使用は18日の「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」の本会合でも議論され、年明けにも出される最終報告書に盛り込まれる見通し。岡田氏は報告書がまとまった段階で、米側に議論を提起したい考えだ。 (AsahiCom、10/19

 8月はじめ、麻生政権が民主党に断末魔のネガティブキャンペーンを始めた頃、「核先制攻撃希望の日本政府」という記事を書いた。アメリカの先制攻撃がいかに日本にとって危険か、そして報復攻撃にも核は使えないということを書いたものだ。

 今回の、岡田発言が明快さより慎重さが目立つのは、背景に依然として次のような意見が存在することを意識したからであろう。

 米国が先制不使用を宣言した場合、北朝鮮が弾道ミサイルに搭載した生物化学兵器で日本を攻撃しても、米国は核兵器では反撃しないという保証を与えることになる。今回の外相発言は、日米両政府内で波紋を呼びそうだ。(毎日新聞、10/19。電子版ではこの部分をカット)

 これほど、あり得ない仮説はない。北朝鮮が日本を狙うとすればノドンだ。弾頭はなんでもいい。何発かは打ち落とせるだろうが、一定の被害はさけられない。仮に抑止力を米国の報復攻撃に頼るとしても、核兵器を使うはずがない。

 なぜならば、過剰防衛になることはいうまでもないが、発射基地が散在しているので狙いがつけらない。しかも基地は中国・韓国に近く、放射能被害が確実に他国に及ぶ。そんな危険を犯して、世界で3発目の使用国も米国という愚を犯すだろうか。通常兵器のピンポイント攻撃の方がよほど確実で効果的なはずだ。

 このほか、普天間基地の移転問題、おもいやり予算、地位協定その他問題は山積しているが、外交はすべて駆け引きだ。米国防省を先陣に立てて強硬姿勢で臨んでくるだろうが、アメリカでも世界軍事戦略変更、修正が必要なのだ。真剣に相談に乗り、オバマを助ける方向をさぐる方がいい。

 日本は、これも前政権末期に、勝俣東電会長や東大・京大教授たちを集めた懇談会で、年末に改定される「防衛計画の大綱」への超タカ派・対米従属の答申意見を出した。もちろん新政権はこれを無視、改定を来年に持ち越すことにした。急ぐことはない。あわてず、次のギヤをどこでかければいいかを思案すればいいのだ。 

 

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2009年10月17日 (土)

オバマの背中を押せ

 パキスタンのペシャワールでは、昨日(17日)もバイクに乗った男女二人の自爆テロで37人が死傷した。岡田外務大臣は、アフガン、パキスタン、インドネシアを駆け足で回った。なぜか、イスラム圏の国だけだ。いま、何をやらなければならないか、岡田大臣はわかっているはずだ。

 マスコミに出てくるインド洋の給油、警察官の訓練、そんな些末のものではないことは、各方面から流れてくる報道を総合すればわかる。オバマのノーベル平和賞は、選考委員会で委員5人のうち3人が反対していたことがわかった。

 それは、時期尚早論特にアフガン戦争への米軍増派などに関連があったらしい。しかし、強い委員長の推薦があり決定に至ったという。「オバマの背中を押す」という意味を重視したのだ。アメリカではこのところ厭戦気運がたかまり、アフガン増派反対世論が優勢になったようだ。

 反面、同時テロ犠牲者遺族、イラン、アフガン戦争での戦死者遺族、退役軍人の猛反発とそれに乗りやすい若者や共和党右翼のキャンペーンで、オバマ大統領の政権基盤がゆるがされかねない。私は、日本が満州そして大陸侵略の野望に走った一因に日露戦争で払った犠牲の大きさがあったと思っている。

 オバマはブッシュと違い、イスラム圏からもその宗教観で一定の支持を得ている。オバマの国内に存在する難関を乗り越えるためには、強力な国際的後押しが必要だ。そうことは簡単に進まないだろうが、一つ一つのつっかえ棒がやがてそれを実現させる。

 核廃絶にしてもそうだ。日本が94年から毎年国連総会に提出してきた核兵器廃絶を目指す決議案に、アメリカが共同提案国になることが15日に決定した。これまでアメリカ上院が批准に反対していた核実験全面禁止条約(CTBT)もあとを絶たれる感じだ。

 オバマ政権は、今年中に「核態勢見直し」の政策基本文書を更新する予定だ。これまで核の先制使用を否定しなかったブッシュ政権が、核廃絶共同決議案に反対した理由として、毎日新聞(10/17)が次のように説明している。

 核軍縮が専門の英「アクロニム研究所」のレベッカ・ジョンソン所長は「共和党側は『日本が核の傘を求めている』ことを反対の根拠にしている」と指摘し、日本の新政権に先制不使用宣言を支持するよう求めている。

 このことは、すでにこのブログで何度も指摘(カテゴリ=反戦・軍縮)している。先制攻撃は日本国憲法をないがしろにするものであり国連憲章の精神にも反する。また中国は、核兵器開発当初から先制攻撃否定宣言をしている。一方核の傘は、日本が非核三原則の密約を破棄するのことで幻の傘となり、民主党公約の北東アジア非核宣言指向を先どりすることになる。

 つまりこの方針の確立は、オバマ態勢下では日米関係上さしたる問題ではなくなるのだ。その双方を宣言することにより、オバマ路線をしっかり後押しすることになる。さらに、平和都市宣言の核廃絶期限である1020年に向けて広島・長崎でのオリンピック開催のムードを高めれば、オバマが生きているうちどころか、塾頭が生きているうちに核廃絶が実現できるかも知れない。

 

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2009年10月16日 (金)

2期目はない森田知事

 2009_03280001_3_2 羽田空港のハブ化問題で、前原誠司国土交通相の発言をめぐり森田健作千葉県知事がテレビカメラを意識した下手な過剰演出、これをにがにかしい思いで見た方は人は少なくないと思う。前原発言は12日、13日は「冗談じゃない、怒りで夜も眠れない」と歯を食いしばり、14日間会見後は、「大臣の真意を聞き安心した」とカメラに向かってオーバーアクションをして見せた。

 これらについて毎日新聞・県版(10/16)では、辛辣な事実を伝えている。森田知事は、98年3月の東京4区衆院補選の自民党公認候補として、地元・羽田空港の国際化を公約に掲げ初当選した。その後、衆院運輸委員会で数回質問に立ち、「千葉県の皆様の言いたいことは本当によくわかる。しかし、これからは21世紀に向けた国益というものを考えてやっていかないときずいのではないかな、と思う」と発言している。

 一方、成田空港周辺9市町議会連絡協議会は、このたびの前原国交相の発言は変わっておらず「何をもって『安心した』のか違和感が残る」と、その経緯に不信を残したままだと伝えている。県知事選では「完全無所属」としながら自民党支部を残したまま、八ッ場ダム問題は争点隠しで当選した。剣道2段のウソも発覚した。

 子どもの模擬議会では、「県知事はウソをつかないように伝えてください」とまで言われた。時間の経過や、立場の違いで政策が変わることはあり得る。しかし、あそこまで平気で自己矛盾をさらけだせるのは、天才というのか人格的欠陥なのか、あいた口がふさがらない。

 さすがの千葉県民も、再び「森田健作」に投票する気にはなれないだろう。

 

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2009年10月15日 (木)

億・兆

 「億兆心を一にして……」というのは、頭に刻み込まれた教育勅語の一節、「一億一心火の玉だ!」というのは、戦争末期が近い頃の標語だった。1億というのは、当時朝鮮・台湾の人まで入れた国民の人口総数だから概念としてつかめた。

 だけど兆となるとその一万倍、何にもたとえようのない架空の数字で無限大を意味しているという感じだった。それがこのところいやに身近になった。政権交代のニュースのおかげである。自公内閣が作った本年度補正予算を削り取り、公約実現の財源を捻出する。

 目標3兆円、新大臣にハッパをかけてぎりぎりひねり出した2兆5000億、まだ足りぬ、さらにがんばれもっと厳しくと、各大臣は東奔西走。こっちでなん億あっちになん億なん千万、90%まできたあとひと息、などと連日のご活躍。

 億どころか千万にも縁なき衆生だが、ひとごとではない気がしてくるから不思議だ。そこへ飛び込んできたのがビックリ外電。

【ニューヨーク時事】米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は14日、金融大手の今年の報酬支給額が前年比2割増の計1400億ドル(約12兆4000億円)に達するとの試算を明らかにした。これは、米株式相場が最高値を記録した07年の水準(1300億ドル)を上回り過去最高。失業におびえる庶民を尻目に高額報酬を謳歌するウォール街(米金融街)に、米国民の怒りが再び爆発する可能性がある。(毎日新聞・東京10/15)

 エエーッ、12兆……。何人で分けるのか知らないが、これだけあれば日本全国子ども手当(2.7兆円)4年分払ってまだお釣りが来る。怒りが爆発するのは米国民だけでない。金融マフィアで迷惑しているのは世界中だ。

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2009年10月14日 (水)

モラトリアム

 亀井金融新法がTVワイドショーで話題になっている。モラトリアム(支払い猶予令)という言葉はなぜか評判が悪く、出演する円くなった(顔が?)亀井さんも防戦一方である。モラトリアムがそんなに悪いのか、金融に弱いのでどうもよくわからない。

 多分、かつて見舞われたことのある恐慌で使われ、それが禍根を残して傷を深めたというイメージが強いからだろう。ところがその恐慌やモラトリアム自体、個別の原因と結果があり一概に評価するのは無理であるような気がする。

 第一、恐慌の名称がわかりにくい。その最たるものが「昭和恐慌」だ。次ぎに示す恐慌のうち、あとの二つは昭和になってからだが、③の「昭和金融恐慌」は、大正時代から尾をひいたものだ。最後の④は、アメリカ発の世界恐慌に起因するが、両方を合わせて昭和大恐慌などというから混乱する。

① 戦後(第1次世界大戦)恐慌 
 ・1920年(大正9)春から2年弱、以後中間景気

② 震災(関東大震災)恐慌
 ・1923年(大正12)9月1日震災発生
 ・9月7日から「震災手形」に1か月のモラトリアム
 ・翌年から復興景気ブームとなる

③ (昭和)金融恐慌
 ・1927年(昭和2)3月15日、震災手形法案をめぐる片岡蔵相の不用意発言がきっかけで、渡辺銀行に取り付き騒ぎ。以後連鎖反応金融不安が拡大、大型倒産や弱小銀行の整理が進んだ。
 ・4月22日から緊急勅令で21日間のモラトリアム
 ・5月には沈静化したが不況から抜け出せず慢性化した。

④ 世界恐慌
 ・1929年(昭和4)10月24日、ニューヨーク株式取引所大暴落、暗黒の木曜日。
 ・金解禁のタイミングの悪さもあり、影響を受けた日本は、以後4年弱不景気のどん底が続く。
 ・満州事変とともに軍需景気がおき、不景気は解消する。

 この間、モラトリアムは2回あるが、いずれも突発緊急措置で期間も1月以内と短い。次ぎに抜粋引用する『銀行業務改善隻語』は、株式会社三十四銀行副頭取一条粂吉が昭和2年の金融恐慌の嵐の中で書き上げた金融業のバイブル的警句集で、今なお味わい深いものがある。

三九、無謀なる経営者に対しては、数年間の計画を以て救済せんよりは、寧ろ数年間の計画を以て、徐に処分するに如かずと説くものあり。

四〇、なる程破綻するものは破綻し、縮小するものは縮小せざれば、財界の刷新立ち直りは行なわれず。もし弥縫を以て生命を延長せば、不健全の持越となる。しかしこれは程度の問題なるべし。

一〇五、ひとり中小商工業者に限らず、借りたる金は必ず返済する道徳観念は、総てを解決するの前提たり。もしこの前提を忘れんか、も早万事休するの外なく、如何なる卓説明暗も何等実際に即する作用をなすに足らざるなり。

一三三、銀行は貸出の求めに応ずれば謳歌せられ、若し之を拒絶せば忽ち悪声に包まるるを常例とす。銀行は是等に頓着せず、宜しく預金者より賞賛を受くるに至らんことを要す。

一四二、借金は不愉快のものなり、絶えず気に懸り、頭を押さえらるるの心地をなす、断じて借金すべからずと説くものあり。又借金は排すべきものに非ず、これあるがために、これを済し崩す目的を以て、発憤努力し、人一倍勤労となり、義務を果たし、光明ある生活に入るを得べしと言うものあり。

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2009年10月13日 (火)

ひだまり

2009_10120003  日傘をさし、日陰を選んで散歩したのはつい先頃のように思う。紅葉にはまだ早いが、朝夕は斜めにさす陽のぬくみが快い。「ひだまり」、こんな繊細な感覚を表現する英語はないだろうと思ったら、ありました。「Sanny」、さにいー……。

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2009年10月12日 (月)

「共同体」7つの誤解

 鳩山外交の始動で急速に「東アジア共同体」という言葉が浮上した。言葉自体はすでに2005年、小泉首相の頃から使われ始めている。しかし、これまで意識されてきたのはASEAN+3などから出ている発想で、鳩山首相の「友愛」に源を発するEU型連合国家指向とは決定的な違いがある。

 それをごっちゃにして(首相自体もその違いや具体策を明確にしていないが、岡田外相の断片的発言からはEU型指向が読みとれる)議論しているため、さまざまな誤解があるようだ。以下、批判的意見に散見する7つの誤解をあげてみたい。

 なお、このブログが戦争防止策としての共同体を取り上げたのも2005年5月にさかのぼる。のちに“東アジア共同体”というカテゴリにまとめたが、日本ではEUをユーロー経済圏として意識する程度で、その歴史・発展・仕組み・実態などはまだまだよく知られていない。

 当ブログでそこらを解明できればいいのだが、上記の予断を含めて理解し切れていない部分も多く、とてもその任に当たる能力も自信もない。したがって今後も鳩山アピールやEUの動きを監視し、勉強を続けることにしたい。

①価値観を異にする国と共同できないという誤解
 おそらく共産圏と言いたいのだろう。中国は、今やかつての西側諸国以上に自由経済のメリットを駆使しており、今後ますますその方向を強め法整備・透明化を進めるはずだ。EUは共産圏にあった多くの国を吸収してきた。「価値観外交」などといって冷戦時代の感覚しかないようでは、確実に世界経済から孤立し脱落するだろう。

②歴史認識・国境など対立点が多いという誤解
 加えて、言語・宗教・文化などに欧州のような一体感がないという消極論がある。欧州では、過去2回の大戦、それ以前の長い抗争に明け暮れしたドイツとフランスがまず手を握らなくてはならないと言ったのはイギリスのチャーチルである。

 そういう深い対立こそ共同体の原動力になったと言える。ちなみに、最初の共同体・CECA(欧州石炭鉄鋼共同体)からEEC(欧州経済共同体)に発展するバネになったのは、独仏間で200年も争われていたザイール地方の領有問題の解決であった。なお、宗教、言語、文化等各国が違いに固執こそすれ一体化する動きはない。

③アジア共同体は反米になるという誤解
 朝日、読売、日経、産経各紙の社説は、そろって日米同盟との関係を懸念している。これに対し岡田外相は米国を加盟対象にする考えなどないと言い切る。当然であろう。EUにアメリカが入っていたらEUの意味がなくなる。

  EUも発足当初は米ソ2極支配から抜け出すという目的があった。今や経済、安全保障などさまざまなブロック共同体が世界を覆っている。アフリカ、南アメリカ、地中海、湾岸、中央アジア(上海協力機構)など枚挙にいとまない。

 東アジアだけ例外であっていいわけはない。一国支配体制から多国間関係に切りかえたアメリカは、共同体に同盟国日本が存在することを、かつてのようにうとましくする時代は終わった。むしろ日本の存在で鳩山首相の言う「かけはし」の機能に期待するようになる。

  EUにおけるイギリス同様、時には対立する問題が生じるのは当然だ。アメリカが機嫌を損ねる、そんな甘い仲良しクラブとは違う。しかしこれまでの日米関係の緊密さから、いい方向で解決する知恵がだせるだろう。

④地域経済ブロックであるという誤解
 冒頭に書いたASEAN(東南アジア諸国連合)には、EUのように相互の戦争防止という動機がない。もっぱらブロック経済圏としての機能が重視され、日中が主導権を争ったり、アメリカが日本の深入りを好ましく思わなかったのは、地域における経済支配の側面が強かったからだ。前述の各紙の論調もその線から抜けでていない。

⑤参加国の経済格差が大き過ぎるという誤解
 これに人口格差という問題もある。ちなみにドイツは人口でルクセンブルグの193倍(1998年)、GNPで118倍(1996年)ある。これは次の⑦中国に飲み込まれるという誤解にも関連するので次項で説明する。

⑥中国に飲み込まれるという誤解
 EC(欧州共同体)という言葉に長い間なじんできた。それがEU(欧州連合)に名称変更したわけではなく、それぞれの機能を分担しており、総称としてEUが使われている。このように決定機関・権限なども非常に複雑で欧州人にもよくわからないといわれている。

  ただ決議には、参加国全員一致でないと決定できないこととか、小国に不利にならないように議員定数や1票に人口その他の要素をを加味した格差を設けたり、国別に拒否権があったり、知恵を出し合った慎重な配慮がなされている。したがってそれぞれ格差のある国があれだけ多く集まっているのである。

⑦共同体がすぐにでも実現するという誤解
 欧州統合や合衆国の発想がでたのは、13世紀とも19世紀ともいわれる。しかし具体化の動きが出たのは第1次、第2次の世界大戦を経験した後で、鳩山一郎が取り入れた「友愛」を説いたオーストリアのカレルギー伯が具体案を提示し、チャーチルや今でいうNGOの運動もあって、最初の超国家組織CECA(欧州石炭鉄鋼共同体)ができたのが1958年の元日であった。

 それから半世紀以上もたった。当初あったむきだしな各国間利害のせめぎあいや離反などの危機を克服、試行錯誤の連続のなか、ようやく今のかたちにたどり着いたのである。CEACA発足当時、統一通貨とか、大統領職や外相を設けることなど、だれ一人予測した人はいなかっただろう。

 このように、理念・理想はあったにしろ、最初から加盟する国の範囲、共同する事業や事項が決まっていたわけではない。できること、共同の利益にかなうことをひとつひとつ積み上げてきたのだ。当然これからも試行錯誤は続く。

 東アジアも欧州の手法は参考にするもののその段階、結果は違う姿になっても不思議はない。戦略物資である石油エネルギーの備蓄や精製設備を、人口減少、消費減退で余裕のできた日本の民間企業が、中国の国営企業にかわって日本国内で受け持つなど、すでに実態が先行している。

 大陸棚共同石油開発は、過去に日韓間の実績がある。国境問題を保留してもできるし、国家主権委譲の進展があれば、国境紛争の比重もいずれは低下する。これらに加えて環境問題など、共通の利益に効果があり直ちにできるものから始めればいい。統一通貨など、今考えることではない。

 

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2009年10月10日 (土)

校正恐るべし

  「校正恐るべし」は「後世恐るべし」の格言から来ている。特に著作、出版、編集にたずさわる者にとっては金科玉条だったが、最近はどうやら死語になった感がある。ワープロ、パソコンの普及で、漢字転換などの間違いもゲーム感覚で捉えられ、大目で見られるようになったからだろうか。

 最近は、有名新聞でさえそれが目立つようになった。格言が意味するところは、麻生前総理の漢字読み違いではないが、誤記、誤植、事実誤認など、わずかなことでも「この程度のことを間違うようではほかも推して知るべし」で権威が疑われるからだ。

 ブログの記事も、一応著作物だ。私も最低3回は読み返してから投稿する。にもかかわらず、ご存知のとおり間違いだらけだ。何年も前のエントリーを見て「アレーッ」と思うことも一再ではない。出版物などで、すくなくとも3人以上の人が10回は目を通したと思われるものでも、1万件に1回は見逃すという。

 拙ブログの場合、「安倍晋三」を手が滑って「安倍晋太郎」としてしまったことがあった。最近では横浜開港150年イベントの入場者が予定の40%ではなく、4分の1つまり25%を勘違いしていたいた誤記があった。いずれも、リンクいただいている方から直接・間接的にコメントで教えていただき、丁寧に礼を言って訂正をした。もちろんそのまま見過ごされる方の数が多いと思うが、教えていただくのは有難いことだ。

 保阪正康氏という昭和史では売れっ子の作家がいる。この人の所論には日頃敬意を払っているのだが、最近、『占領下日本の教訓』(朝日新書)というのを購入した。その中にこういう記述がある。

 アメリカの教育使節団がとりまとめた報告書は、結局はGHQ将校の協力やマッカーサーのお墨付きを得て、日本の教育制度やその内容の改革にと至った。そのなかでも特徴的だったのは六・三・三制の採用であった。もともとアメリカの教育は小学校教育六年、中等教育三年、そして高等教育も三年となっている。つまりは日本もこれに準ずることになるのだが、日本は小学校教育六年(尋常科四年、高等科二年)と中学校教育が五年になっていた。

 長い引用は文意の正確を期すためである。このなかで明らかな間違いがカッコの中にある。私が入学したのは尋常高等小学校だが、尋常科6年、その先に高等科2年が併設されていた。尋常科4年は明治末までの制度で、以後は廃止されている。

 つまりカッコはなくてもいいのだが、カッコを残すなら(1941年に国民学校と改称)とすればより正確だった。この点を出版社気付で著者に私信を送り指摘したのだが、半月過ぎてもご返事がない。すくなくとも「昭和史教訓3部作」と銘打った「歴史書」である。 些細なことではあるが、「後世」に残る本である。増刷その他の機会をとらえて、しっかり訂正をお願いしたいものだ。

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2009年10月 9日 (金)

早すぎるノーベル平和賞

 オバマ大統領へのノーベル平和賞授与が決定した。平和賞以外は、綿密な実績の審査を経て賞が決まるが、平和賞は往々にして「宣言」だけで賞が決まる。オバマ授賞にケチをつける気はないが、核廃絶プラハ演説はもちろん、他の平和政策もこの先どれだけ実効をあげられるか、不安視されている。

 特に、アフガンでは昨日(8日)も首都カブールで大規模な爆弾テロが発生し、100人近くが死傷している。インド大使館の近くだというから、インドと抗争の絶えないパキスタン発の過激派の仕業かも知れない。

 アメリカの現地司令部は、国防省を通じてさらに数万人の軍増派を大統領に要請した。表向きはアフガンの治安強化だが、パキスタン対策に違いない。今、まさに新たな火の手が上がりかねないのだ。パキスタンは非公認の核保有国である。従ってアメリカは、まずパキスタンの核の手をしばらなくてはならない。

 これは、パキスタン、ことに同国の軍部は猛反発するだろう。インドに対抗しての核だから、インドの方はお構いなしでは、いかに援助を多くもらっても我慢できるものでない。その前に、イスラム国から見て、イランの核開発に制裁強化はするが、ヤミ保有国イスラエルには全く知らぬ顔。そういった二重基準を平気で押し通す、こういったアメリカの態度がすっかり信用をなくしているのだ。

 遠い先の核廃絶願望宣言をするなら、まずここから手を付けなければならない。軍の増派は平和賞にならない。それより、イスラエル対策や包括的核実験停止条約批准などを妨害する米上院の説得が先ではないか。そうして核廃絶に役立つ政策を前進させることた。ノーベル賞はそれからでいい。

 佐藤栄作元総理は核三原則宣言でノーベル平和賞をもらった。ところが、「核兵器持ち込ませず」には、これを無効にする密約があったことがばれ、核の傘を差してくれるようアメリカに頼んでいたこともわかった。

 これですっかりノーベル平和賞の権威を落としたが、金大中元大統領の太陽政策に5億ドルの裏金が動いたことなど、あとでケチがつくケースが続発している。政治家への平和賞授賞には数年以上間をおいた方がいいのではないか。
 

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2009年10月 8日 (木)

吉原・大門

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 浅草日本堤から吉原・大門までを衣紋坂という。明治以前の大門は、真っ黒な冠木門(かぶきもん)に、鉄鋲を厳しく打った大門口があった。この門は落語「明烏」でおなじみ、江戸文化を象徴する存在のひとつである。

 清元の北州に、
 「新玉の霞のころも衣紋坂、えもんつくろう初買の……松の位を見返りの柳の仲の町、いつしか花もちりてつとんと……」
など蜀山人が図にのって詠みこんでいる吉原名所も、実地に行って見るよりは、いながらにして空想している方が、ひどく綺麗で風流のようだ。(中略)

 昔の黒い大門は、明治十四年現在の鉄門に改められ、両柱に上に橋のようなものを架して、竜宮の乙姫が玉を捧ぐる悪意匠を凝らし、その玉を電気燈にしてあるなどは、いよいよ以て助からない。(矢田挿雲『江戸から東京へ(二)』中公文庫・写真右下)

2009_10080003   次にある写真は、明治33年12月に発行された『日本之名勝』(史伝編纂所)に掲載されている。柱上がガス燈、柱には福地桜痴による「春夢方濃 満街桜雲 秋信先通 両行燈影」の16文字が刻んであるというから、この間に改造されたのであろう。

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 その後、撤去されて小さな石碑ひとつになったのはいつからだろう。片側がガソリンスタンドになり、なんの変哲もない町はずれの通りになってしまった。

Trd0711041847008p1_3最近地元商店街で復活させたのだそうだが、ご覧の通り、とても往年をよみがえさせるようなものではない。(MSN産経

   

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2009年10月 7日 (水)

新保守(ネオコン)の芽

 自民党の安倍元総理に近い自民党議員や平沼赳夫無所属議員で構成する新保守グループ、真・保守政策研究議員連盟は、有力議員の落選や党内の穏健派谷垣総裁の誕生、さらには会長・中川昭一議員の急逝で、かつての威力を失ったように見える。(「ネオコン」というと、アメリカのブッシュ政権を支えたスタッフの意味になるので、日本のそれは漢字で「真」ではなく「新」保守とした)。

 それに、政権を奪った鳩山内閣は「友愛」や東アジア共同体を表に出した新外交政策で、予想をこえる足場を築くことに成功した。民主党内閣には、松下政経塾出身でかつて「タカ派」と目されていた大臣が二人加わっている。

  政権党となってそれなりの要職についたこれらのタカは、ハトは無理としてもトンビぐらいになって鋭い爪は隠し続けるに違いない。つまり、野党分裂などの政局があっても、新保守グループに同調、これに加わるとは考えられない。しかしそこらをにらんだ「新保守の芽」には注意が必要だ。

 世界の国々が、競争力を強化しようと奔走しているからだ。世界の景気が再び落ち込むと言われているが、日本は構造改革なしにどうやって生き残るつもりなのか。

 今後、日本は間違いなく世界の激動に飲み込まれていく。たとえば、軍事力を強化している中国が、経済発展の行き詰まりから台湾に侵攻するような冒険を犯さないとも限らない。その場合、シーレーンを中国に抑えられれば、日本の物価や通貨はかなり不安定になるだろう。

 日本の存立基盤が根底から揺さぶられようとしているときに、「子供手当て」のような国民へのサービス合戦を展開している場合ではない。(以上DIAMOND online 09/9/28より)

 これは、山田宏東京・杉並区長のインタビュー発言である。最近はほとんど聞けなくなった新保守アナクロニズムの丸出しで、反・民主党の立場も鮮明にしている。彼は松下政経塾第2期生で日本新党から立候補、細川政権を立法調整委員長として支えた。

 すなわち原口一博、前原誠司両大臣の大先輩で、塾出身者の中では随一の指導力・統率力があったとされる。在塾当時からの「新党結成論者」で、長浜博之・野田佳彦氏らと「志士の会」を結成、血判状をとったという芝居じみた話もある。

 区長の任期はあと1年あるが、国政を目指した彼にとって、現職大臣である後輩の後塵を拝す屈辱の中にいる。こうなったのは、細川政権のあとの野党の離合集散で、メンバーの去就がばらばらになって裏切られた思いから、中央政界に見切りをつけ、区長戦に転身したことによる。

 全く事情は違うが、塾出身で小池百合子議員の秘書から議員となり、民主党の支持を含め3期連続当選しながら横浜市長戦に鞍替えした中田宏がいる。彼はこの衆院選が日程にのぼる頃、突如横浜市長を辞任したことで世間を騒がせた。

 補欠選挙は衆院選と同日に行われたが、辞任に納得のいく理由は示されていない。ただ、山田杉並区長と行動を共にするということが明らかになっているだけだ。彼の企画した横浜港開港150周年イベントの有料入場者が予定の40%しかなく、大赤字になることがはっきりしており、責任追及が避けられない状態ではあった。

 また、当初のはなばなしさに反して女性問題など素行面でも市民の評判は低下、相乗り議会のもと民主党関係者の信頼も高くなかったようだ。自己顕示欲が強く野心まんまんのところは山田区長と似ているが、すでに松下塾の同窓は頼れない。

 山田氏の新党へのこだわりは決して失せることはないだろう。二人ではなにもできないが、地方自治の経験をてこに橋下大阪府知事を巻き込むことができれば、ひと波乱起こせる可能性がある。さらにその母体に新保守グループを持ってくると、場合によればだけれど要注意信号だ。

 しかし、塾出身者でまとまるということは、それぞれ一匹狼的な側面が強く、ことにその最大勢力である民主党から求めることは絶望的であろう。そうすると反・民主党を旗印にするしかなく、かといって谷垣自民党の是々非々野党ではインパクトがない。

 橋下も日和りまくっている。東国原は使えない。当分は新保守の主導権を目ざして空しい過激発言を繰り返すしかないだろう。(本稿は出井康博『松下政経塾とはなにか』その他を参考にしました)

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2009年10月 6日 (火)

日米対等の意味

 「日米対等な関係」をうたった民主党のマニフェストが発表され、鳩山論文がアメリカの一部マスコミで批判的に見られたことから、民主党の政権運営の不安感を煽ろうとする動きがあった。しかし、鳩山訪米などにより、それらの目論見は失敗した。洋上給油問題や基地移転問題で日米関係にひびが入る、そんな頼りない同盟ならばない方がましだ。

 これまでの属国視扱いがあまりひどかったので、独立国、独立民族として当たり前のレベルにもどそうという、ごく常識的な話だ。ブッシュや小泉・安倍時代につかりこみすぎた政官界・財界・マスコミが、惰性で関係悪化を言っているに過ぎない。

 やや古いが『世界』2000年9月号に、板垣雄三(中東・イスラーム研究学者)のインタービュー記事がある。日本人の世界観が歴史的にどういう経過をたどったについて興味ある発言をしている。それによるとまず最初、日本社会が形成され国家が意識され始めてから近世に至るまで、伝統的な対外意識は、本朝・唐・天竺という三要素で世界を見る「三国」の認識枠組みだった。「三国一の花嫁」の「三国」である。

 それが一六世紀、鉄砲伝来の頃からこれに南蛮・紅毛の西洋が加わり幕末に至る。維新により鎖国から解き放されると国民の目は当然広く世界各地域に及ぶ。イスラム圏では、1880年にペルシャ(イラン)カージャール朝のテヘランに民権運動ゆかりの吉田正春を長とする政府使節団を派遣し、一九世紀末にはオスマン帝国(トルコ)の軍艦が串本沖で沈んでのを見舞う義捐金が全国津々浦々から寄せられ、それを茶道宗偏流の家元・山田寅次郎がイスタンブルに届けに行って、そのままで改宗し日本人最初のムスリムになった。

 しかし、時を接して日本はヨーロッパのオリエンタリズムに同化、東洋対西洋の二分法に基づき、「脱亜かアジア主義か」が二者択一の選択肢と思いこむ風潮が蔓延する。そしてそれがついに今日にまで及ぶと説く。当ブログでも福沢諭吉の脱亜論や右翼が唱えるアジア主義などを記事として取り上げたことがある。

 現在の(最も近視眼的な)二者択一の選択肢は、日米同盟か中国・北朝鮮かである。それは、世界どころかアメリカからでさえ通用しそうもない思いこみであろう。われわれが、終戦後復興すへき日本の姿をどう描いたか、また目標とすべき国を考えたかも触れておく必要がある。

 占領国アメリカからは多くの文化を受け取った。しかし敗戦国が強大国アメリカを目指せるわけがない。新憲法と前後して、永世中立国を目指した「東洋のスイスに」という声が大きかった。また、あこがれの文化は、アメリカというよりフランスだった。

 一方、革命後計画経済進展に自信を見せ、人民解放を唱えるソ連に対する強い憧憬もあった。それに恐れをなした占領軍と政府はレッドパージを強行する。このように、国際問題を多角的に考えることが普通だったのに、いつのまにかまた二者択一に戻った。

 対等な関係というのは、国として国益を考えごく普通な選択肢を持つということである。イスラムとキリスト・ユダヤ教との間は、1つの神を互いに奪い合うような関係がある。中東の戦乱を欧米との宗教紛争と解したくないが、ここに二者択一を持ち込んで「ムスリム イコール テロリスト」にくみするような愚を決しておかしてはならない。

 日本人が本来持っているはずのバランスある国際感覚、それを取り戻すのが「対等」の本来の意味であり、「友愛」を生かす道でもあろう。

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2009年10月 5日 (月)

9条の会大盛況!?

 たびたび書くが、ブログを始めたのが4年前、中国に反日暴動が起き、小泉首相が靖国参拝にこだわり、自民党の新憲法素案が発表された年だ。同じ年、私は多分知人の推挙なのだろう、地元で9条の会を立ち上げるので呼びかけ人・賛同人になってほしいという要請を受けた。2009_10040001

 迷わずOKの返事を出し、設立総会に出席した。参会者は、順に全員が発言したところを見ると数十人を上回らない数であった。以後、年1回の総会は必ず出席しており、ことしも澤地久枝さんの講演会を兼ねてということで、昨日、市のホールで行われた会に出席した。

 小泉元首相が政界を引退し、改憲を公約に掲げた安倍元首相のかげも薄く、自民党が歴史的大敗北を喫した。変わった民主党鳩山政権は、マニフェストどおりオバマ米大統領に歩調を合わせて、核廃絶・平和構築路線を邁進している。

 いわば、改憲ムードは4年前に比べて考えられないほど後退したのだ。一周年記念、全国大会開催記念などと銘うった過去の大会も、右翼街宣車が1台だけ来たりしたが数百人を集め、それなりに盛り上がった。

 今年は、改憲ムードも遠ざかったので、さぞかし参加者は減るだろうと思った。ところがあに計らんや全く見当外れ、かつて見ない大盛況であった。写真を見ていただきたい。開演直前、場内整理係が「はい、一名さん、ここ空いてますよ」と立ち見の人を案内しているところである。これまで目にしたことのない光景だ。

  定員1900余席はこうして全部埋まった。世話人には共産党員や革新懇といった活動家が多いようだが、組織的動員をかけてもこうは集まらないし、そういった人たちには見えない。知った顔の世話人も見あたらなかったので聞けなかったが、これはどういう現象なのだろう?。

 司会者や澤地さんの言葉のはしはしからもうかがえることだが、よく言えば「政権交代効果」、悪く言えば時流に乗った行動なのか。民主党への圧力団体誕生と見て、すなおに喜べばいいのだがやはり少しひっかかる。小泉効果の裏返しなら、また転覆することもあり得るからだ。

 スタート当時は、その名の通り「9条の会」は9条のみで結集する、という慎重な雰囲気があった。それがこのたびは、国籍法、外国人参政権、従軍慰安婦その他の問題にも話題の幅を広げて話される。拍手は起きるが、これもやや気がかりだ。

 9条を本当に根付かせるためには、どうすればいいのか、真剣に取り組むべき問題だが、まだどこからも答えはでてこない。

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2009年10月 3日 (土)

日中文化の相互依存

 毎日新聞に、西川恵の「グローバル・アイ」という連載コラムがある。3日付では、日中文化に長年にわたる補完・共益関係があることについて述べている。最近の体験で、甘粛省にある仏教遺跡・敦煌石窟を訪問し、ガイドの女性学術研究員から堪能な日本語で質の高い説明を受け、感銘したことを書いている。

 彼女は、東洋美術の研究で日本に1年留学した経験を持つが「敦煌研究で、まだ中国は日本に及びません」と言っていたそうだ。たしかに、日本人のシルクロードに対する関心は昔から並々ならぬものがあり、研究レベルもそれなりのものがあるのだろう。

 日本文化が遠く西域の影響を受け、仏教などが漢字を媒介として伝わってきたことは否定し得ない。その漢字について中国は18世紀初頭、「康熙字典」(親文字4万余字)を編集した。戦後、中国がこれを超える辞典を作ろうとしたら、55年に日本で編集された「大漢和辞典」(親文字5万余字)を参照することが必要だということになった。

 84年にその改訂版が出たとき、中国政府は5000部を予約購入し、これを基に新研究を加え日本を上回る大辞典を作成したという。手元に資料はないが、日本には、中国で既に失われたものが多く保存されている。文献も原典にもっとも近い書籍が日本にあったり、『日本書紀』などにも、現存しない文献からの引用が見られたりする。

 中国では、秦の始皇帝の焚書にはじまり、近くは文化大革命に至るまで文献・資料は受難を繰り返してきた。朝鮮の文献でも言えることだが、日本はそこから多くのものを得る一方、豊臣秀吉の侵攻などにより破壊もしてきた。

 中国では、世界的に貴重な北京原人の標本が日中戦争中に、なぜか行方不明になってしまった。大きな歴史の翻弄を受けながらも、お互いの東アジアの文化・文明はお互いに補完・強化しあわなければならない関係にある。

 研究や発掘物などでも、これから日本が参考としなければならないものがどんどん増えるだろう。そういった観点で、「歴史認識」などという偏頗な立場にとらわれず、それこそ「グローバル・アイ」な文化協力を進めてもらいたいものだ。

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2009年10月 2日 (金)

朝青龍いびり

 朝青龍優勝から5日たち、そろそろほとぼりがさめる頃だが、またぞろ内舘牧子さんなどの「ガッツポーズ・品格論」がくすぶっている。相撲は好きな方で、用がなければ必ずTVを見ることにしている。両国には行ったことがないが、蔵前には何度か行ったこともある。

 しかし、朝青龍いびりは度をこしていないか。そうだとするとみにくいかぎりで心を暗くする。予想をくつがえす逆転勝利のうれしさが顔に表れ、観客の歓声に答えたバンザイがそんなに品格のないことなのか。高見盛の立ち合い前の所作、勝ったあとのパフォーマンスは一切おとがめなし、というのもわからない。

 あれは横綱でないからいいということか?。もし、横綱になれるような成績をあげたら、以後禁止するのか。そんなつまらない相撲を高い金を出して見に行くファンなどいない。観客が横綱の敗北に座布団を投げるのもマナー違反に違いない。しかし「ふとんが飛ぶ」というのは風物詩でもあり、実害のない違反だ。

 そうでない、というなら朝青龍は「再犯」だ。横綱審議会は自信をもって推挙を取り消し、角界から追放すべきではないか。外国人だから気にくわないのであれば、各部屋に1人などいわず全面禁止にして弱い日本人だけにすればよい。

 そうはできないところが「醜い」というのだ。ゴルフは、相撲におとらず品格を重んじるスポーツである。最近は世界のトップレベルで日本人選手が活躍している。ガッツポーズやへそだしルックは禁止すべきだと思うがいかがなものだろう。

 欧州貴族のスポーツが発展して一般化し、世界のスポーツになったのだ。相撲も国技の伝統を保ちながらここまで国際化した。韓国、モンゴル、ロシア、グルジア、ブルガリア、エストニア、アメリカ……。世界に誇れる喜ぶべき現象ではないか。

 以前、まわしの色がカラフル過ぎるということが問題視された。しかし黒一色にしたらどんなに味気ないものになるか。伝統も時代により少しずつ変化する。ちなみに、特にひいきのない力士同士の対戦で、それが外国人と日本人であった場合、私は、日本人に声援を送ることで、それもまた楽しみにしている。

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2009年10月 1日 (木)

国慶節

 今日10月1日は中国の建国記念日で、北京天安門広場で厳戒のもと軍事パレードがおこなわれる。今年は60年の節目の年でようやく還暦というところだ。北朝鮮は1年早く、去年がそうだった。中国は日本が降伏したあと、蒋介石の国民党政府との内戦を勝ち抜くため遅れをとっている。

 台湾は10月10日の双十節だ。孫文による辛亥革命で、清王朝を倒し近代国家が誕生したことを祝う。再来年で100年になる。韓国は、日本の終戦記念日と同じ日、8月15日を光復節とする。もうひとつ10月3日に開天節というのがあって紀元前2333年前の檀君神話に基ずく。

 壇君が支配したという伝説の古朝鮮は、中朝国境あたりを舞台にする伝説で、韓国にとってもあやふやなものだ。そのあやふやさにひけをとらないのが、2669年前の2月11日とするわが紀元節である。このお国柄の違いは各国の歴史認識を知る上で非常に参考になる。

 中国で「歴史」といえば、辛亥革命以降、中国共産党支配までの苦難と共産党の輝かしい革命の成果をうたい上げることである。それまでの清朝は漢民族にとって異民族であり、列強に国を切り売りした国辱史、つまり自虐史観になってしまう。中華5000年の世界一長い歴史は、日本の現代史がそうであるように、教育の重点項目ではない。

 朝鮮最後の李王朝も末期はひどいものだった。北朝鮮は檀君神話から金日成神話に飛躍して、もっぱら首領さま礼賛だ。毛沢東時代の中国にも似たようなところがあった。韓国は光復節というから、日韓併合前までは東洋礼節の国として光っていたということになる。

 中国と、北朝鮮は建国記念日を軍のパレードで飾る。いずれも、建国は銃口(軍事)から生まれたという発想があることと共に、国民の団結を鼓舞する道具になっている。北朝鮮は今年憲法を変えて軍の最高指揮者が国の全権を握ることななった。なんだか帝国憲法の統帥権以上になってきたようだ。

 中国は、人民解放軍で共産党の指導のもとにあり、他国のように国軍ではない。これも中国の憲法をみればわかるように、人民が主人公の国でありながら、人民と軍は党に指導される立場にあるのだ。アメリカのオバマは「チェンジ」をいったが、中国、北朝鮮ともに60年の節目でそろそろチェンジを考えなくてはならない時期に来ている。

 

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