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2009年9月17日 (木)

地獄極楽図

浄玻璃にあらはれにけり脇差を
         差して女をいぢめるところ

飯の中ゆとろとろと上る炎見て
         ほそき炎口のおどろくところ

赤き池にひとりぼつちま真裸の
      をんな亡者の泣きゐるところ

いろいろの色の鬼ども集りて
          蓮の華にゆびさすところ

人の世に嘘をつきけるもろもろの
        亡者の舌を抜き居るところ

罪計に涙ながしてゐる亡者
        つみを計れば巌より重き

にんげんは牛馬となり岩負ひて
     牛頭馬頭どもの負ひ行くところ

をさな児の積みし小石を打くづし
        紺いろの鬼見てゐるところ

もろもろは裸になれと衣剥ぐ
        ひとりの婆の口赤きところ

白き華しろくかがやき赤き華
       あかき光りを放ちゐるところ

ゐるものは皆ありがたき顔をして
        雲ゆらゆらと下り来るところ

【明治三十九年作『斎藤茂吉歌集』】

 2009_09170002 地獄図は小学生の頃、大阪の四天王寺の庭で見た。息子は幼稚園卒園式の日、経営するお寺の庫裏から本堂に行く渡り廊下で見たという。30年、70年の昔のことである。強烈な印象がいつまでも抜けない。しかし、最近はとんとお目にかかることがない。

 教育上好ましくないとされているのだろうか?。もっと好ましくない画像が携帯の中まで入ってきている。昨今、親殺し、子殺し、放火、詐欺。地獄志願者が多いのはこれを見ていないからではないか。    

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