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2009年9月11日 (金)

アジア主義

 以前、東アジア共同体のことを記事にした際、「そんなのは、昔の大東亜共栄圏と一緒じゃないか、EU各国は同じ宗教で人種も近く通じやすいが、中国、朝鮮は言葉も違うし価値観も違い日本とは水と油。領土問題もあり日本の脅威だ。共産国を含めた共同体などできるはずがない」という趣旨のコメントをもらったことがある。

 さらに、そういった考えは、「共同体など作れば中国の意のままにされ、遂には日本が飲み込まれてしまう。日本を中国に売り渡そうとするものだ」という危機感を持った孤立、排外主義者、またはパワー・ポリティックス信奉者に多いようだ。

 「アジア主義」という言葉がある。そういった考えが出てきたのは、日本で自由民権運動の盛んだった明治10年代、1880年頃からであろう。当初は、アジア各国が対等な立場に立って力を合わせるべきだという意見もあったようだ。

 その後明治憲法が制定され、天皇が絶対視されるにつれ、日本のアジア主義は日本を盟主に位置づけるようになった。それは日清・日露の戦争を経て日本がアジアの軍事大国として突出したことにより、さらに大陸進出に新たな観点をつけ加え、大東塾など多くの右翼の精神的支柱となって受け継がれていく。

 その系譜は軍部にも根をおろし、昭和の終戦時まで続く。欧州列強の植民地主義をはねかえし独自の発展を遂げるために、アジアが一致協力しなければならないという汎アジア主義の考えは、中国建国の父・孫文も一時は持っていた。

 大東亜共栄圏はその決着点のように見えるが、それまでのアジア主義とは全く性格を異にする。「大東亜共栄圏」は、第2次近衛内閣の時、日中戦争打開のため新体制運動と共に突如持ち出されたもので、満・蒙・中華の協和をうたうプロパガンダの一環であった。

 その後、太平洋戦争の広域化にともない松岡外相の談話で東南アジアはもとより、インド、オーストラリアまで範囲を拡大した。これは主義とか理念というものでなく、ちょうどブッシュ政権がいう「不安定の弧」やそれをまねした麻生元外相がいう「自由と繁栄の弧」という戦略目標に似ている。

 アジア主義が反植民地運動を起点にしているように、汎ヨーロッパ主義も当初はトルコの脅威から守るための協調、さらにはソ連の侵攻に備えた団結といったことが動機になっている。これはそのまま「集団的自衛権」の発想と言える。

 しかし、現EUの発端は全くこれらとは違う。長年対立を繰り返し、ヨーロッパを荒廃させたフランスとドイツ双方の調和点をさぐっり、紛争の種を一つずつ取りのぞくことから始まった。

 そして長い時間をかけてヨーロッパを一体とした共同化を計り、恒久平和の理想に近づこうということである。つまり、アジア共同体の発想は、かつてのアジア主義とは何の連続性もないといえよう。

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