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2009年9月28日 (月)

アジア共同体とEU

 前々回の「鳩山外交☆☆☆」は、当塾にしてははしゃぎすぎのような気もした。しかし、それなりの理由はあるのだ。このブログの前身「反戦老年委員会」でEUをはじめて取り上げたのが、4年以上前の05年5月30日だった。

 そこでは、EU憲法案をフランスの国民投票が否決したことに触れている。日本のマスコミの反応が冷ややかで、EUの限界を示唆するような後ろ向きな論調が多かったように記憶している。しかし、そういった皮相的な見方より、これまでの実績、効果が評価され、多少の不調和音があっても後戻りはありえない、と考えていた。

 そして、日本とアジアの現状では、同年春先に起きた中国の大規模な反日デモの余韻が続き、小泉首相の靖国神社参拝にこだわる硬直的発言で、中・韓との善隣外交は最悪の時期にあった。ブログは、欧州における平和構築の知恵として始まったEUにくらべ、東アジアは「百年河清を待つ現状か」と慨嘆した記事になっている。

 以後、「反戦」を題名にする当ブログはたびたび「共同体」をテーマにあげ、「東アジア共同体」というカテゴリ設けて訴えてきたが、「大東亜共栄圏の再現」などという批判のほかは、見るべき反応がなかった。

 それは、荒野で声をからして叫んでもこだますら帰らないむなしさに似ていた。民主党の今回の公約にはあったが、鳩山首相はこのたび国連の場ではじめて公言し、近隣外交の基軸に据えた。モデルになる欧州共同体の理念が生まれたのは、遠く150年以上も前の文豪ヴィクトル・ユゴーに始まる。

 それが緒についたのは第2次大戦後だが、実現に向けて影響力のあったのはオーストリアの政治家カレルギー伯で、「友愛」は、首相の祖父・一郎がその著書から得た思想に感激して唱えたものだ。したがって鳩山首相の理念には筋金が通っている。私が百万の味方を得たように舞い上がるのは、一時的であろうとも許していただけると思う。

(参考)「安保政策でチェンジを」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-6ad8.html

 これまでも「東アジア共同体」と言う言葉は、福田元首相をはじめ口にされてきたことはある。また、TVのワイドショウに出てくる勉強不足の大学教授などが、最近になっても「中国との主導権争いになる」とか「日本が中国の東海自治区になる」という極端な無責任発言を振りまき、必ず「アメリカとの関係を危うくする」という、時代錯誤の結論をつけ加える。

 こういった発想は、大東亜共栄圏のような盟主の決まった覇権主義、かつての閉鎖的なブロック経済主義を「東アジア共同体構想」とダブらせているのだろう。また、欧州共同体そもそもの理念・目的をはじめその組織、共通の利益追求、決定のルール、主権の委譲と尊重、発展と蹉跌の歴史など知らずに言っているとしか思えない。

 東アジア各国はそれぞれ「言語の系統が違う」「体制が違う」「価値観が違う」「歴史認識が違う」「日本を否定的に見る中国人6割、中国を否定的に見る日本人7割」などという発言にもそれが表れている。フランスとドイツの間柄がそうだったように、私は対立が深ければ深いほど共同体への熱意と動機が深まると思う。

 日本の侵略への反省、日本敵視の教育、領土問題、核や環境問題などの議論を深化させ、共同化で解決する方法があるかどうか、またその順序をどうするかを探る。経済問題はあくまでもその手段であって目的ではない。EUと並べてみて「共通通貨などできるわけがない」とは誰でも言える。EUはここまで半世紀以上をかけているのた。できることからやればいい。

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コメント

東アジア共同体ですが、キリスト教社会が背景にある欧州モデルのEUではなく、何でもありの東南アジア諸国連合モデルの方が現実性があるのではありませんか。?
トルコは未だにEUに入れてもらえない原因は(EU側は色々条件を言い募るが)国民のほとんどがイスラム教徒だったことが最大原因であることは、そろそろトルコ人に気が付かれ出している。
(トルコより問題がある後進国でもキリスト教国は先に加盟している)
このままではトルコは永久に候補のままで終わるでしょう。
欧州には沢山の国があるように見えるが、違いはごく小さいらしいですよ。
デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、アイスランドなど北欧の4カ国は文化的に非常に近く言葉も日本の方言の違いより小さいので不便なく通じるし、 フィンランドやバルト三国も色々な共通項がある。
スペイン、ポルトガル、イタリア、フランスなど南欧でも言語の基本構造がラテン語なのでアジアの漢字圏で意思が通じるようにある程度は通じるようです。
その点、アジアは多様で文化も宗教も社会構造もてんでんばらばらで、共通項は少ない。
キリスト教もイスラムも仏教、儒教と宗教はばらばら、政治体制もばらばらだが、これらは相互に干渉しないが、経済を優先するASEAN10ヶ国のこれまでの経験は貴重であると思います。

投稿: 逝きし世の面影 | 2009年9月29日 (火) 13時59分

 本質的なことですが、共同体がうまく機能するかどうかは共通項が多いか少ないかではありません。似たもの同志が集まるというのは、むしろブロック経済圏構想に近く、平和追求型のEC/EUのように厳しく対立した経験を持つ相手だからうまくいくということもあります。夫婦と同じです。
 キリスト・ユダヤ・イスラムは同じ経典の民です。反面欧州は同じキリスト同志で長い間激しい宗教戦争を繰り返して来ました。トルコの加盟が遅れているのは宗教に関係ないと思います。
 トルコはすでにNATOに加盟しており欧州とは縁の深い国です。EUには全会一致の原則があり、キプロスなどの障害もあって範囲拡張にスピード調整が必要だということだと思います。

投稿: ましま | 2009年9月29日 (火) 15時19分

キプロスですが、日本では一方的にトルコに非があるように報道されているが、これら長い歴史がある民族問題では反対側にも言い分があり、一方的に片一方だけが悪い事の方が少ない。
日本のニュースは欧米の通信社経由で一定のフィルターを通ったもので公平とはいえません。
キプロスが英国から独立したとき、当然のように多数派のギリシャ民族主義が台頭します。
民主主義の多数決原理だけならギリシャ系の一方的勝利で、2割の少数派のトルコ系は勝てるはずがありません。
トルコ軍の軍事介入はユーゴのコソボのNATO軍の介入と全く同じ理由ですが、一方(NATO)は善で一方(トルコ)は悪であるとされています。
判断基準の違いは矢張り『白人でキリスト教という共通項』である。と(トルコ側に)解釈されても仕方がないでしょう。
NAYOのユーゴ(セルビア)空爆では、セルビアと同じ東方正教のギリシャ人は9割以上の圧倒的多数がNATO軍事介入に反対していました。

投稿: 逝きし世の面影 | 2009年9月30日 (水) 16時29分

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